30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

We are the 99%。転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

人間あれこれ

人間の脳って、そんな程度

「わたしは幼いころ、〇〇をした経験があります」
と嘘をついていると、最初は「というのは嘘だけど・・・」、と本人もわかっているはずだのに、
だんだんと時間が過ぎると、それを本気に思う人も出てくるらしいです。
だいたい、5割の人がそういうトリックにひっかかってしまうらしい。

あるいは、母親がおもしろがって息子に向かって
「ほら、小さいときに熱海の温泉へ行ったでしょう。大きなお風呂に入ったでしょう」
とか嘘を言っていたら、本当の本当に、当人も本気でそう思い込むそうですよ。行ってないのに。

人間の脳って、そんな程度らしいですね。
これ、小学校だったら何の教科の勉強になるのかな。

オロナミン

「キレる」が正当化されない、ということ

学校で、わたしが堅持しているのは、
「キレる」を正当化しない、ということ。
これを認めてしまったら、まあちょっとひどいことになるだろうと思う。

ドラえもんを見ていて、昭和には実際によくあったのかもしれないが、ぜったいに許されないのはジャイアンが周囲の人物をお気軽に殴るシーン。
ジャイアンは、自分の機嫌をそこねる相手にたいして、実にお気軽に手を出してしまう。
これを「いい」としてしまうなら、人間が人間ではなくなっていく。
人間は知的に活動できるからこそ、その価値が出てくるのであって、相手を殴るのを正当化していては、人間としてはまったくもう、負けである。
戦争は、手を出したら負け、である。
何も残らず、何も得られない。
終わった後に残るのは、深い悔恨の念と自責の念、そして傷ついた同胞と焼け野原である。
「キレる」は、人として異常なこと、としていかねばならない。

これを子どもに徹底させるのは、最初は容易なことではない。
なぜなら家で親にそう教育されている場合もあるからだ。
「やられる前にやれ」と教えている家庭もある。
そこに一教師や担任が、「手を出したら負け」と教えるのだから、子どもは混乱する。

しかし、学校で生活していると、その意味がだんだんに分かってくる。
子どもたちが納得していく。
手を出した子は、どうしてもレッテルを貼られるのである。
「手を出す子」として。

相手が傷ついて苦しんでいるのに、それを見てニヤッと笑っているのである。
それを見て、平気でいるのである。
同じクラスで生活している子にとっては、そういったクラスメートは、『気持ち悪い』としか思えないのだ。だから、だんだんに、しずかに、しずかに、孤独にさせられていく。子どもは実に、そのあたりの運び方が自然である。

わたしは教師になって15年。この間に、「友達に手を出す子」ほど孤独な存在はいないと思うようになった。例外なく、孤独である。そして、その子の小学校生活は、例外なく、暗い。
本当の仲間は、だれひとり、いないのである。

そのことを子どもに伝えると、それはそうだろう、と納得する。
だから、家で親になんと習っていようが、実感が勝つ。
つまり、「手を出したら負けだな」と思うのである。

そして、その前に、手を出す前に、「キレる」を正当化しない、というのが出てくる。
キレるのは、戦略としては悪手であり、キレる必要もない。
そう思えるように、学級を育てていかねばならない。
そのためのたった一つの方法が、

「車座での話し合い」

である。
車座は、だれも中心がいない。
そのことがビジュアルで子どもたちに実感される。
全員が同格になっての、意見の出し合いなのである。
それも、しつこく、何度も何度も、毎朝のように車座、である。
そして、どうしたら解決できるか、と何度も話し合う。

これをやっている限り、「キレる」必要はない。
その場で、「困っているから相談に乗ってほしい」と一言いえば、キレる必要がなくなるのである。

そこまでを全部、ひとつのセットにして、指導のワンセット、とするのである。

手を出したら、負け、である。
これを何度も何度も、学級のさまざまなシーンで、わたしは言っている。

手を出すな。手を出したら、負けだ。
手を出したら負け

【教師稼業】もしも私が女神なら

試されるのが好きじゃない。
子どものころからそうだった。
堂々としていたい。
それがいちばん自分の中の正直な気持ち。

だから、何かを訊かれるなら、尋ねられるのなら、相手には堂々と質問してもらいたい。
こちらも堂々と、本当に思っていることを、つつみかくさず言いたい。
それがいちばん、人間と人間の、まっとうな、傷つけあわないコミュニケーションの姿だろうと思う。逆に、こちらも、堂々と質問をしていきたい。うそいつわりのない、本当の気持ちを聞いてみたい。

もちろん、それにはお互いが守らねばならない条件がある。
相手がなにを思おうが、何を考えていようが、どんな言葉をつむぎだそうが、相手をまるごと尊重すること。
そうならないかぎり、「通じ合う」ことがない。
通じ合わなければ、話す意味がない。

だから、幼いころに聞いた、金の斧と銀の斧の話をきいたとき、顔面を殴られたかのような衝撃を受けた。今でもおぼえてる。

3つ、歳(とし)の離れた姉が、わたしに読んでくれた。
わたしは「女神」というのが分からなかった。
姉に尋ねると、神さまの一種だろう、ということだった。

わたしがそれまでイメージする神さまは、やさしい感じのする、爺さま、だった。
しかし、この女神、なんと性格の悪いこと。

「あなたの落とした斧は、金の斧ですか、銀の斧ですか」

そんなの、神さまなんだから知っているでしょう。
ところが、今落とした斧を知っていながら、男を試したのだ。

教師は、この女神のようになってはいけない。
ただひたすらに、もっともっと、この木こりのことを観察しつづけるしかない。
みるのだ。子どもを見る。それが教師の仕事である。けっして、決めつけないで、ああだこうだ、としないで、〇や×をつけるために見るのでなく、ただひたすらに、真摯に事実を見ようとして見る。

女神だって、そうやって本当にみていないと、木こりが正直かどうかなんて、分からない。
また、そのとき正直であったとしても、正直でなくなる瞬間だってあるだろう。人間だもの。
他人の前で正直にふるまったところで、それが本当に良いことかどうかも分からない。また、正直に言わなかったから救われる、というケースもあるし、正直に言うから人を傷つける場合だってある。
正直、ということそのものに価値があるのではなく、『ひとを本当に思う』ということ、その心のはたらき方に価値があるのではないだろうか。

もし教師が女神なら、まずは

「ケガなかった?」

だろうねえ。

いえ、もちろん自分のけがじゃなく、木こりがけがしてないかという・・・

kin

丁(てい)ポイントからのシルバーポイント

レジで金を払おうと待っていた。
目の前は、腰の曲がったおじいさんであった。
一瞬、隣のレジをチラ見したけど、そちらもすでに並んでいた。

おじいさんは現金で代金を払おうとしていた。
わたしは頭の中で、次の社会の授業の展開を考え始めた。
「水産業は終わったから、工業の1時間目だな。さてどうすっか」
いつも、レジで待つときはこうすることにしている。

レジの会計係は、大学生らしきお兄さんであった。
小柄だがシャープな眼鏡をかけたイケメンで、そのまま仮面ライダーの若手俳優になれそうだった。

若いお兄さんは
「Tカードをお持ちでしょうか?ポイントがつきます」
と言った。

その瞬間、目を細めて小銭入れをまさぐっていたおじいさんの手が止まった。

チッ

私は心の中で舌打ちをした。
「余計な情報を・・・おじいさんTカードなんて持ってなさそうだろ」

おじいさんは手の動きを止めたまま、
「丁カードは・・・どうだったけかな」
とつぶやいた。

その様子を見て、わたしの後ろの客は、素早く隣のレジに移動した。
カニのような横移動
見事なくらいで、わたしもすぐにそうしたくなったほどだ。

ところが、私の耳に残った、イントネーションがそうはさせなかった。
おじいさんは、

T(ティー)

とは発音しなかった。

かっこよいほどにクリアなボイスで、

「丁(てい)」

と発音したのだ。

わたしは何事ならんと興奮し、その続きを聴くためにそのままそこに残ることにした。
脳内で、なにかが点滅し、「・・・ブログに書けるぞ、書けるぞ・・・」と繰り返したからである。

「丁(てい)カード」

おじいさんの見事な発音を聞いていると、本来はこっちだったのか、という錯覚さえ起きそうだった。

ちなみによく言われている道路交通法上の「丁(てい)字路」というのは、ただしく「丁(てい)」である。
それをたいした知恵もない若輩者がなにをとりちがえたのか「T(ティー)字路」だと勘違いした。今では国民の約半数が、T(ティー)字路と思っているそうだ。しかし、あくまでも道路交通の法規上は『丁(てい)』。さすが、昭和20年代に策定されただけのことはある。

さて、おじいさんは
「丁(てい)カードはどうだったっけか」
とつぶやきつつ、何かのカードを取り出した。

「いえ、こちらはカインズの会員カードですね」
にべもなく、突き返す若い店員。

わたしはその態度にむかついた。
一緒に探してあげるとか、なにかもうちょっと人間らしいあたたかな心遣いがあろうに。

おじいさんは狼狽した様子でさらに次のカードをレジのトレイに置いた。

「こちら、どこかのクリーニング店のカードですね。Tカードは無いでしょうか?」
スマートな眼鏡の奥で、冷たい目線をいささかも動かすこともなく、店員は言い放つ。

おじいさんはめげずに、
「丁(てい)カードは・・・。はて、ばあさん何か言っとったかナ・・・」

レジはしばらく時間停止状態となった。
おじいさんはロダンの彫刻のように動かず、立派なことに若い店員も見事に停止していた。
ついでに私も目の前のリアルな動画に興奮し、心臓以外は停止していたと思う。

やがておじいさんが三度目に取り出したカードは、どうやら本物のTカードらしかった。
わたしだったら、どうしたろう。
「素晴らしい!お客様、やっと丁(てい)カードが出ましたね!」
と歓喜の声を上げるのではなかろうか。

ところがその冷静沈着なスマートお兄さんはやはり動ぜず、そのままシャッと機械に通し、秒でカードを返した。

さて、ようやく現金払いの儀式にうつることができる。

現金をふたたび探し始めたおじいさん。今度は、『釣り銭を減らす行為』に出た。

「いくらだったかいね?」
「1421円です」


青年はひとことも無駄口をたたくことがない。
「そうですね」もなければ「はい」という合いの手も無い。
よく訓練されたレジマシーンである。
しかし、今はその方が何倍もありがたい。

「ほんなら、21円を出そうかなあ」
おじいさんは指で小銭入れをかき混ぜながら、ゆっくりと言った。
すると、上記のセリフを言い終わるか言い終わらないかのうちに、レジマシーンの見事な技がくりだされたのである。

「Tポイントで21円を出せますので小銭は要りません」

そのとたん、
シャキーン
どこかで、金属音が聞こえた気がした。
そして、青年の四角い眼鏡の縁が、一瞬、まばゆく光った。

彼は活舌が良い。おそらく市内で五本の指に入るくらいだろう。
だから、この長いセリフをたったの1.5秒ほどで言い終えた。
わたしも、かろうじてその前半が聞き取れたくらいだったから・・・。

さて、そのおじいさんには聞き取れなかったのだと思う。
速すぎて。
もしかすると、最後の
「小銭は要りません」
だけが聞こえたのかもしれない。

おじいさんはとたんに相好を崩したような表情となり、
「えええ、ほんまか。ありがとう、ありがとう」

青年はすぐに、じいじから札を受け取り、瞬く間に会計を終えた。

「はい、次の方どうぞ」

にこっとして、彼の白い歯が見えた。
わたしは一瞬、彼を抱きしめたいような気持ちにさえ、なった。

おじいさんは弁当をもち、よっこら、よっこら、と歩きはじめる。
わたしの会計はもちろん丁ポイント。スマートに会計を済ませ、若者の笑顔に送られた。

さて、おじいさんがカードを何枚も持たねばならないのは大変なことである。
ここで提言したい。
日本国民は還暦を過ぎたら、
〇丁ポイント
〇dポイント
〇ポンタ
〇WAON
などはもちろん、マツモトキヨシもビックカメラもナナコポイントもすべて、気にしなくても良いようにしたらいい。
すべて、還暦カード(シルバーカード)に統一するのである。
どの店でも、還暦をすぎたらそのポイントがつく。
そして、そのポイントを使えば、いつでも買い物の会計額のうち、10の位と1の位が、00に自動的にそろうのである。

そうしたら、還暦すぎると買い物が楽でしょうがない。
政治というのは、国民生活のためにあるのである。
だから、政治という仕組みをそうやって便利に使うべきだろう。

ということで、還暦カードのデザインを募集中です。
どしどしご応募ください。
わたしのクラスの子(現在5年生)が、将来の夢で総理大臣になる、必ずなる、と断言しております。なので、一応今からそのように頼んでおきます。いずれ実現するでしょう。間違いない。
(同時に、Tカード丁カードと呼んでよい、という法律もつくってもらいますネ)

card

評価って何だろう~自問自答シリーズ~

算数の授業中に、それは突如として訪れました。

「評価」ってなんだろう、という問いです。

正しい評価ってなんだろう、というのは、いつも教員についてまわる「自問」です。

今、5年生は分数の足し算引き算を学習しております。

ご存じの通り、分母が異なる分数の場合は、ちょっと計算がやっかいですな。

つまり、分母を同じ数にしておかねば、計算がスッとはできません。

そう、「通分」をしてから、足し算引き算をするわけですね。

ちょうどその「通分」をどうしてするのか、というところをあれこれと子どもたちと悩んでいる途中、ある児童がですね、

「通分考えた人、あたまいいー」

と面白いことを言ったわけです。

わたしは通分を人類ではじめて考えた人がだれか分からないのですが、

まあ、分数、というものを考えた時点で、通分、ということはそこから自然と導き出されるものでしょう。2分の1という大きさは、4分の2、と同じ大きさなのですから。分数がそういう定義である以上、通分、という仕草は、算数の数理の世界には、当然のように現れてくるのでしょう。

ところが、その子は、だれかが異分母の加減算をするために、

「通分」

を発明したようにイメージしたのです。
そして、「すごい!」「この人、天才か」と思ったわけですね。


クラスの仲間もわたしも、
「そうじゃないでしょ。発明したとかじゃないでしょ」
と思いました。

それでもその子が、
「通分」という数理計算上の工夫?について、「スゴイ」と感動した、高評価を出した、ということが面白くて、ちょっと教室に笑いが起きました。

わたしはそのときに突如、モディリアーニを思い出して、ちょっと算数なのに、モディリアーニの話をしちゃいました。

モディリアーニはご存じのとおり、イケメンのイタリア人画家で、生前はあまり絵が売れずに世間的にはほとんど話題になることなく死にました。

ところが、そのモディリアーニを評価する人物が新聞にその記事を書いたり、少数のパトロンたちが運動をしたりして、それをもとにモディリアーニは世界でも有数の画家となるのですね。

わたしは幼いころ、名古屋市の美術館がモディリアーニのおさげ髪の少女を買ったためにモディリアーニを知り、父も好きで良く模写をしていたことからそのちょいと変わった作風が好きでありました。

わたしがモディリアーニを現在こうして楽しめるのは、当人のモディリアーニのおかげでもありますが、やはりそのモディリアーニの絵の価値を知り、その価値を認めた人がいたからですね。

画家はそういう人が多いですね。ゴッホもそうだと聞いたことがあります。

少数でもパトロンがいて、その絵の価値を正しく見てくださらなかったとしたら、私のような大陸から離れた島国に住む東洋の人間が、彼らの作品を見て楽しむことなんてできません。

つまり、「正しくその価値を認める」ということには、かなりの価値がある、ということです。
価値を認める能力にこそ、価値がある、というわけです。

となると、「通分」の良さをきちんと指摘して感動すらできた、という、この子のセンスは、まったくもって素晴らしいわけですね。価値を認める能力が、ある、というわけで。

わたしは子どものころ、通分に感動したかというと、まったくそんなセンスは持ち合わせておらず、ただひたすら

「算数なんて、くだらないなあ、ちっ」

としか思っていなかったと思います。

そういう私が、くだらなかった、のですな。よくあるパターンです。

osagegami

【DNA】コロナウイルスと先祖の関係は?

コロナウイルスのような感染症は、人間にとっての脅威だ。
このような感染症と人類の戦いは、過去にもあった。
一番古いのは、現生人類ホモサピエンスが、気候の安定とともに、アフリカを出て、各地へ進出しはじめたとき。

これは大冒険だった。
それまでには経験しなかった脅威が、ホモサピエンスを襲ったのだ。
それが、

ウイルス感染!

ホモサピエンスがひょっこりアフリカから外で出てみたら、おそろしいウイルスが、別の土地にはふつうに存在していたわけだ。これで、ホモサピエンスはかなり数を減らします。

ところが、ホモサピエンスの中に、生き残ったのがいる。
それは、実はすでにかなり前に、アフリカを出てヨーロッパや中近東のあたりに住み始めていた、ネアンデルタール人が関係している。

アフリカを遅れて出てきたホモサピエンスは、一部、死に絶えました。
病原菌に冒されて。ヨーロッパやアジアに存在していたウイルスに勝てなかったのです。
ところが、ネアンデルタール人は、そのウイルスの耐性を持っていた。なんとなれば、彼らネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスより数十万年も先に、アフリカを出てヨーロッパやアジアに広まっていたわけ。その間に、ウィルスへの耐性を獲得していった。

我々の先祖は、みんな大急ぎでネアンデルタール人と結婚し、あわててDNAにその耐性を取り入れた。その結果、生き残ることができたらしい。

つまり、今の時代に生きている日本人も、ホモサピエンスである以上、DNAの一部にどの人も、ネアンデルタール人のDNAをかすかに持っているのだ。

もしかしたら、今のコロナウイルスの騒ぎにも、このDNAレベルでのなにかが関連しているのではないか?と研究している科学者もいるそうである。

まだ何もわからないらしいけど・・・。


ネアンデルタール


さて、ついでに。
現在の日本民族には6つの源流が考えられる。

時代的に古くから言うと、
1番めは、まず、アイヌ系と南島人で、古モンゴロイド系の縄文人の末裔。
2番めは倭人で、彼らの多くは稲作農耕民と海の近くで舟運に従事し、漁をして暮らす海民。
3番めは南方系海洋民で、その主力は黒潮に乗って北上したマレー系海民とみられる人たち。
今日のフィリピン人、インドネシア人の源流に連なる人びとだ。
4番めは、朝鮮三国からの渡来人ですが、その主力は倭人系。
5番めは、中国の江北地方から朝鮮半島を経て北九州に渡ってきた新モンゴロイド系で、大陸の北方に住む漢人系の人びと。
6番めが北方系騎馬民族(新モンゴロイド系・ツングース族)で、ヤマト王朝を建国した天孫族にもこの流れが入っている。
したがって、もっとも古くから日本に住んでいる現在の民族は、縄文人の血を引くアイヌ民族であります。

ヤマト王朝を建国した人々は、ずいぶんとこの1番目の人たちに、遠慮した方がいいかもしれない。
少なくとも、中元歳暮の礼くらいは尽くさないといけない。あとから来たものが、大きな顔をすべきではないからだ。

で、結局、1番目から6番目までがどんどんと混血して現在の日本人ができあがっている。

今の日本人は、このすべてが祖先にあたる。
少しずつ、その遺伝子を、多かれ少なかれ、持っている。
ちょっとずつ、体の細胞の中に、分け合っている。
現代日本の、どの日本人も全員が、一人残らず、祖先のDNAを受け継いでいる。

やはりお盆には、祖先を招き入れて、接待をせねばなるまい。
すべての祖先を引き入れるとなると、部屋がちと狭いが、相手はミクロの遺伝子なので、んまあ広さはどうってことない。

縄文系のご先祖には、縄目の器でお茶を。
海の民のご先祖には、カタクチイワシのおつまみを。
大陸からのご先祖には、馬刺しを。
そして元騎馬民族には、馬頭琴の音楽を聞かせてあげたい。

ともかく、現代人はご先祖をお招きするのに、最低6種類のおもてなし法をマスターすることが肝要うだ。そのうち、100円ショップに、6種類のかんたんなおもてなしグッズが並ぶでしょう。

しかし、今日近所のDAISOへ行ってみたら、なんだかもうオレンジ色のパンプキンのお化けが飾られていたぞ。
ちょっと早くない?あれ、10月だよな・・・外国のお祭りの、外国の先祖が里帰りするやつ。
なんていったっけ?あのイベント・・・。たしか、子どもがお菓子をねだるやつ。
弘法様じゃなくて・・・思い出せんな。

harowin

「自分のあたまで考えるのがカッコイイ」VS・・・

依存はカッコ悪い。
自立がカッコイイ。

 ↑ これはそうとも言い切れない。
そもそも人間は、人とひとの間で生きるのが当然で、すべて周囲から受けたもので生きている。だから、依存するというのも当然で、相互に依存しあって生きているのが事実。相手に依存できることが社会的動物の証でもある。

しかし、自分の感情まで、依存させるのはカッコ悪い。
たとえば、隣の家のおじさんが、

「テリー伊藤はかっこいい」

と言ったので、自分もテリー伊藤を好きになる、というのはいささか短絡的すぎる。
根拠を自分で言えないくらいに、「思慮が浅い」という批判は受けるべきだろう。
なぜテリー伊藤がかっこいいの?と聞かれて、

「えっと・・・隣の人がそう言ってたので」

というしかない程度なのだから。

自分の感情は、自分の中に湧き上がってきたものを見て、あるいは
知恵を使い、自分らしさを追求したうえで
「わたしはこれが好きだ」
というべきである。

自分の好み、という自分の主体性のつまった感情まで、
他人に操作させるのは、カッコ悪い。

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と、これに近いような議論を、教室でする。
たとえば国語の授業で、討論になった時に、
「Aだと思う」か「Bだと思う」か「そのどちらでもない」か、
どれかに自分で胸を張って手を挙げる、という場面。

隣の席の剛田武が
「おれはAだ。おいのび太、お前もAだよなあ」
と言ったとき、
「いや、ぼくはBだなあ」
と涼しい顔で、なんの躊躇もなく言えるかどうか、ということ。

このときに、感情的に剛田武になびいてしまうのか、
あるいは精神のよりどころとなるくらいに、日ごろから崇拝してやまない源静香が
「のび太さん、わたしはBよ」
と言ったからBだとするのか、
あるいは自分で考えて、どうも今のところどちらでもないなと判断して
「どちらでもない」
に挙手するのか、ということ。

このときの自分の感情に、責任を持つことって、かっこいいじゃないか、ということ。

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剛田武になびくのは、恐怖感に支配された、ということになる。
あるいは源静香になびくのは、崇拝思考(陶酔感)に支配された、ということになる。
どちらも、主体性がないことが共通している。

主体性をもとう、というのが文科省の大方針である。

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恐怖感にも自分の魂を売り渡さず、
かといって
陶酔感にも自分の魂を売り渡すな、
というのが、文科省の方針である。
文科省はただ一つ、「自ら主体的に考え、自ら主体的に創造せよ」と教える。

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・・・と、ここまでは理想論であります。

実際は、子どもはうんと「非主体的」になってしまいがちだ。
先生が言うから、友達が言うから、お母さんが言うから、ということで、
いともやすやすと決めてしまい、自分の好みまで深くさぐることがない。

まあだからこそ、小学校教育があるのでしょう。

さらに突き詰めると、この話はいじめにもつながります。
いじめを肯定する子も、ちらほらいます。
自分が気に入らない子をいじめて、何が悪い、と開き直るのです。

これは、むしゃくしゃして鬱積した感情を吐き出したい、というだけなので、良いとか悪いとかの道徳では抑えることができない。<知的ではない態度>に向けて<知的な対話>を促しても、子どもは受け入れません。
その子は、自分ではどうにもできないような、むしゃくしゃした感情に溺れてしまっているから、そこから真に主体的になる道をたどっていかないと本当には自立できないのですが、もう自分がそういう感情に溺れていることすら客観視できないし、自分を取り巻く状況をつぶさにしらべることもできなくなっている。
だから、いじめ、という非道徳的な行為も平気で行ってしまえる。

そういう子に、「自分を見失っているよ」というセリフは届きません。
そんなふうに自己を客観視できる子なら、そもそもいじめなどしないし・・・。
いじめる子は、ただ、どこかで周囲からINPUTされた、勝手な感情を吐き出しているだけです。
そして、そんなふうに吐き出すことの快感に酔いしれているだけ。
まったく主体的ではありません。

このように、主体的態度が育っていない子どもを、主体的に考え行動する子にするにはどうするか、というのが文科省が100年ほど悩み続けていることです。その最中に、太平洋戦争などの不幸な事件も起きました。金属バット殺人事件もあったし、神戸の酒鬼薔薇事件もあったし、最近では神奈川県津久井市の事件もありました。どれも、「感情を吐き出す」ことに酔いしれた事件でした。

で、教師はどうするか、という難問ですが・・・

はっきり言って、難問です。
「主体的な態度」というのは、長い時間をかけて獲得するものなので、
授業でちょっと考えたからといって、なにかすぐに身につくかというと・・・

そうではありません。

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したがって、この方法がいいかどうか、わかりません。
まだ自分でも、考えあぐねています。
しかしまあ、なにかするしかないので・・・とりあえず、この1学期には

「いじめはかっこいいだろうか」

という討論を仕組む、というのをやってみました。

いじめは正しいかどうか、ではありません。
かっこいいかどうか、です。
だから、正解はありません。(かっこいいかどうかは人によるので)

ただし、話し合いの場では、自分はどう思うかを言うことになります。
で、かっこいいなら、なぜそう思うのか、
かっこよくないのであれば、なぜそう思うのか。
その考えの奥を尋ねられる、というわけです。

これまでは「良い悪い」の軸でしか、考えていなかった子ばかりです。
1年生の時からそう習ってきたから、という子もいます。
すると、「〇〇先生がそう言ったから、というのはもう卒業しよう。これからは、自分で考える、というのを大事にしよう」と伝えます。
「いじめは良くないから、カッコ悪い」
という子には、
「なぜ良くないと、カッコ悪いのですか」
と聞きます。
すると、だまってしまいます。成績の良い女の子なんて、困ってしまいます。
そんなの、考えたことない・・・。

『たばこを吸う人だって、身体には決してよくないと思っていても、かっこつけて吸う人いるでしょう。良くないことがカッコイイ、と考える人だっているよね』

というと、さらに混乱してしまいます。

今年はこれをやったら、ほとんど全員がカッコ悪いに挙手したのですが、
いちばんみんなが納得した理由は、
「いじめをする人は、パワハラだからキモイ」
というのでした。
小学生がパワハラという言葉を使うことに驚きました。
解説抜きでみんな理解してました。さすが現代っ子。

わたしが
「なぜパワハラが(キモイの)?」
とさらに尋ねると、
「自分の感情しか見てないから、キモイ」
というような感じでした。

ある女の子は、こうも言いました。
「たぶん、いじめる人は、こういう(話し合いの場)だと何も言わないでごまかしてしまいそうだから」と。

みんなで討論をくりかえすうちに、教室のまんなかに、
いじめっ子の、苦しいような、切ないような『感情処理のようす』が浮かんできたのです。

これは、良い悪いとか、正しいか正しくないか、という視点からは、けっして見えてこない景色かと思いました。
ここでは、子どもたちが、「熟考」するのが当たり前、だときちんと実感することが大事で、感情を吐き出すという友達のせつない姿は、「討論を前提にする子たち」だからこそ、見えてくるのでは、と思いました。

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水木しげる「総員玉砕せよ!」について

ネットのニュースをたまたま見ていたら、
靖国神社で軍人の格好をしているおっさんたちが目にとまった。
無意識に、「総員玉砕せよ!」の水木しげる二等兵の姿をさがしてしまう。
水木さんはいなかったが、人はそれぞれのやり方で、醜悪な戦争をふりかえるのやなあ、と感心した。

さて、ご存じの通り水木さんは個性の豊かな人で、戦地に行ってまず絵を描こうとした話は有名で、上官に呆れられるのですが、世界中でこういう人はいたようですナ。フランスの作家、アルフォンス・アレー(Alphonse Allais)もまた、戦地を戦地と思っていないような態度でのんきに暮らしていたため、上官に怒られたそうだ。

わたしはこの話が好きなのは、子どもも同じような子がたくさんいるからで、教室を教室を思わず、授業中を授業中と思わず、好き勝手に寝転がったり、あくびをしたり、ムシと遊んだりする子はたくさんいる。わたしは呆れるのだが、昆虫の好きな子は、やはり、足元に虫などいたら、掃除中でも箒などほっぽりだして、掃除も忘れて昆虫の背中の羽の色に夢中になるわけです。

コスプレするおじさんたちも、水木しげると同じでしょうね。
水木しげるは、南国の珍しい景色をみたら、スケッチをせずにはいられない。同じように、靖国神社のコスプレおじさんたちは、コスプレの魅力にはまってしまっているのでしょう。やらずにはいられない、という感じ。毎日やるわけにもいかないから、終戦記念日、という大義名分がつけられそうな日をチャンスにしているのでしょう。

さて、授業中にムシに夢中になっちゃう子について、わたしは決して放置はしません。
こころのなかでは、その子らしさを十分に面白がっているのですが、そんなふうな担任の心中は知らせません。
どうするかというと、シンプルですが、今の時間の目的はなんだったか、と振り返ります。
授業は1時間ずつ、その時間の目的と目標があるので、算数なら「今日は、合同な四角形の書き方を明らかにする、だったよね」と、確認します。
たいていは、それで授業に向き直ってくれます。
集中してないなと思ったら、それなりの個別フォロー、全体への指導の時間配分などを変更します。

水木しげるにも、上官が目的を話したでしょうね。わたしと同じように・・・。


上官「馬鹿モノッ!」
しげる「はっ」
上官「ここにお前は何をしに来たんだ!」
しげる「はっ。こんなところへは二度とこられませんので、スケッチをするためであります!」
上官「馬鹿モノッ!鬼畜米英との戦いに来たのだ!米国の兵士と戦うためだっ!」

しかし、合同な四角形の書き方をマスターしよう、というような目的ならわかりますが、戦えといわれても、なんで戦うんだ?というのが水木しげる先生のホンネでしたでしょうね。

しげる「上官どの!なぜ戦うのでありますか!」
上官「馬鹿モノッ!南方を押さえねば、資源が手に入らないではないか!」
しげる「上官どの!なぜ資源が手に入らないのでありますか!」

これ、授業でも扱う場面ですが、なぜ太平洋戦争をはじめたか、という理由には、教科書にも「資源を手に入れようとした」と書いてありますよ。ただし、手に入らないから、という理由はまちがいです。資源はありました。しかし、「余計にほしいと考えた」からですね。東南アジアの資源を、ただ同然で、自国のものにしようとしたからです。

まあ、目的なんてのは、大人でもこうして見間違えたり、勘違いしたりしやすいのですから、常に熟慮しておかねばならないというわけです。

ただし、コスプレには目的なんてものはないでしょう。ただ、あの恰好がしたい、あの服を着たい、という、やらずにはいられない、という心性に突き動かされるようにして、靖国神社へ集っているのでしょう。

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悪口を言いたくて言っているわけではない

教員をやっていて面白いのは、1年の経過だ。
担任になってしばらくすると、だんだんと変化が出てくる。
人を責める場面が減っていく。
このことだけでも、ものすごい変化だと感じる。

やっているのはかんたんなことで、

「〇〇してほしい」

を言えるようにする、というだけのことです。

実際に学級でみんなが生活していると、あれこれと課題・問題が持ち上がる。
これは当然のことで、給食当番のことやそうじのこと、日直の仕事、宿題のこと、
さまざまにみんなでやりくりをしているのだから、話し合うことが当然でてくる。

そのときに、やはり多いのは、相手を責める、ということです。
責めたくなるのは無理のないことで、小学生がみんなで生きていこうとしているのだから、当然だ。

これが大人どうしの話なら、相手の都合もよくわかるし共感もする、立場を理解しようとする心も働く。相手がこうしてほしいと思っているんだろう、ということも察して動く、という配慮もある。

ところが、子どもどうしですから、相手の求めることが分からないのです。
だから、基本的なコミュニケーションとして、ちゃんと伝える、ちゃんと聞く、ということが必要になる。

子どもはモデルを探しながら生きていますから、身近なモデルとしてたとえば友達や、夫婦の会話を参考にするかもしれない。
すると、

「なんで ~ しないんだ」

とか

「〇〇しなきゃだめだろう」

という言い方を、まずは参考にする、ということです。

だから、4月当初、教室はこういう言い方が蔓延している状態。


そこから、先に書いた「〇〇してほしい」という言い方をうながしていくと、
だんだんとその言い方で言えるようになってくる。

たとえば、
「なんでそうじしないんだ!お前、サボり魔だな!」
という言い方をする子がいた場合、いい直しをしてごらん、それじゃ伝わらんよ、とうながすと
「〇〇くんに、ほうきでここを掃いてほしい」
と言い直す。
それも、深呼吸して、相手の目をみて、大きめの声で、ゆっくりと言うようにうながす。

すると、呼吸が合うのか、目が合うのか、気持ちが合うのかわからないが、聴ける体になっている。
で、
「わかった」
といって、その子はほうきで掃くのですよ。

まるで魔法がかかったようです。
今まで、

「そうじさぼんなヨ!」
「なんでやらんのだ!」
「いつもさぼってんな、お前!」
「お前の机、きたねえな!」

などと言うことばが行き交っていた教室が、

「ここを掃いてほしいです」
「はい」

というように、変化していく。

不思議なことですが、〇〇してほしい、といえるようになるだけで、
あたかも 憑き物がとれるように 悪口が消えていくのです。
なんかが憑依していたのかな、というくらいに。

実はこれはかんたんなからくりで、
子どもは本当はこころのなかで、あれもしてほしい、これもしてほしい、というのを常に100くらい思っているのですね。
で、もっと言うと、大人も常時、100くらい、あれしてほしい、これしてほしい、と思っています。40代でも50代でも60代でも100歳でも、人間はつねに100くらい、そう思っている。

しかし、なぜかこの世の中はそれを言ってはいけない空気があり、それを言うと
「甘えるな!」
と叱られるのですよ。

だから、子どもはものすっごく、がまんしております。
(実は大人も我慢してる)

なので、それを開放してあげるだけで、人間心理は安定するのではあるまいか。

一番肝心な点は、

〇〇してほしい、と言うだけで、効果がある、という点です。

べつに、それがかなえられなくてもいいんです。
人間って不思議ですね。〇〇してほしいんだ、そうか、そうか、と相手に受けてもらうだけでいいんです。べつに事柄として、それをしてもらえなくても。

女子に嫌われていたやんちゃくんが、クラスのみんなの前で、〇〇してほしい!と叫べるようになると、変化が起きます。やんちゃくんが、徐々にクラスの味方になっていきます。みんなを助けるようになる。正義の味方になります。
不思議ですよ。まったく。

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『龍の子太郎』を教科書に

たしか私は小学生の2年生ころだったかな・・・昭和のこと。
もう本当におぼろな記憶。

先生たちにうながされて、体育館に入っていくと、見知らぬ人たちがいる。
彼らは演劇をしてくれるお兄さんやお姉さんたちだった。みんなで迎えてくれた。
一人のお兄さんはなんだかジャンプして両足の先に手でタッチをするという曲芸らしきことをし、ぼくらは歓声をあげた。それだけで、ぼくたちはうれしくなった。
このあと、この人たちがぼくたちのために、とんでもなく楽しいことをして見せてくれるんだ、という気がしたからだ。

それが、劇団なんとか(覚えてません)の人形劇「龍の子太郎」でした。
大きい龍も小さい龍も出てきて、幻燈のような仕掛けをつかったりと工夫されている舞台で、悲しいけど見た後には元気が出てくるような、子どもの心をわしづかみにするのに十分な劇でした。酔いしれましたね。見終わった後、泣いてる子もいたし、劇団員の方たちが体育館から出る際には握手をしてくれたのは今でも覚えている。

その方たち、当時はまだ20代、30代の方たちだったろうから、今はもう70代から80代になっているだろうか・・・。
わたしのこの頭の中の、記憶の映像に映っているこのお兄さん、お姉さんたちは、今はどうされているのだろう。


ところで、どうしてこれを思い出したかと言うと、教室で子どもが読んでいたからですな。
それも、松谷みよ子さんの、ハードカバーを。
昭和のにおいがぷんぷんするような、挿し絵の芸術的な本を。

お、と思って少し借りて読んでみたら、思い出してきて・・・
思わず教室で「龍の子太郎」の話をしてしまいました。
ちなみに母龍が自分の目玉を太郎にしゃぶらせて育てたエピソードはずいぶんと面白い。
わたしは、目というのはさまざまなものを見ているから、知恵の意味があるのではないか?と考えています。龍になったお母さんは、自分の知恵を太郎に授けたいと願って目玉をしゃぶらせた、ということになるんじゃないかと。
このあたりは、なんだかゲゲゲの鬼太郎にも通じていくような気がします。
鬼太郎の父親も、実はかなりの知恵者です。わたしが以前見た回では、お父さんは閻魔様とタメで話をしていた。地獄の閻魔様と「やあ」「ひさしぶり」的な会話ができるあの人、霊界ではなかなかのポジションを占めて居るんじゃないか。

ともあれなぜ5年生でこの物語が重要になってくるかというと、5年生は社会で日本の国土を学ぶからですね。火山とか湖とか川とか平野とか山地とか。そうした土地の様子を学ぶ際に、古くから伝わる伝承はそのイメージを大いにふくらませてくれます。

太郎の話も、古くから伝わる民話伝承が元になっています。実際に信州の松本・安曇平はいまは田園風景が広がっていますが、かつてはそうではなく、ただの荒れ地だったらしい。そこに治水を施して水を得て、いくつもの水の流れをつくったことが、こうした物語の背景にあったのではないかと言われています。

物語の最後に、母親龍が見えない目でもって太郎を背中にのせ、大きな岩に何度も体当たりするシーンは涙をさそう。傷ついたからだでも惜しまず体当たりを続けていると、ついに岩がうごき、たまった川の水がついに村の方へと流れていく。龍は傷ついたまま倒れ、ついに動かなくなるのですが、太郎の涙がふれるとあらまあ。最後はハッピーエンドです。

文科省は、なぜこれを教科書に載せんのだ!!怒!!


tatunoko

【コロナ禍】硬直したら、あかん

タモリさんが昔、ラジオの中で

「やる気があるものは去れ」

と言ったってネ。
なんか、わかるわ。
だって、ただの「やる気」って、どこか不健康だもの。

そのやる気、大丈夫?
やる気があるって、なにをやるの?
やる気がありますって、なにをするつもり?
なんのために?
それ、やれなかったら、どうなるの?
そのやる気、なくなったらどうなるの?

「笑っていいともは、スタッフにやる気があったら続かなかった」
だって。

お茶の間の人気者が
「すぐに終了すると思ってた」
と言いながらも、番組がずっと続いたのは、「やる気」がなかったからだそうで・・・。

NHKのブラタモリという番組の、讃岐うどんを放送する回の中で、こうも言った。
「コシがあるのは、ダメだねえ。人間も同じ。コシがあって、しっかりしているのは、だめ。コシがなくって、ふにゃッとしていないと

コシのない子は、しっかりしてない。つまり、世間の価値観とは無関係。
したがって、世の流行や世間体、損得や効率、見た目や評判に左右されず、「外圧」に操作されない状態でいられる。

世間の価値基準とは無関係でいられると、やはりこれは、いいことがある。
自分の中の「探求心」だけで動くことになるから、
なんといってもネ、『飽きない』の。
飽きない、めげない、くたびれない。
これが大事!


飽きないから、ずーっとやっていても平気。
マンネリズムに強い。

その一方で、コシがないから、途中でやめても平気。
やめるのが平気だから、平然としたまま、メンタルがやられてしまわないままで、
「次は、これね!」と明るく言える
プライド無いから、すぐリセットできる。
リセット力に優れる。
リセットできるから、いつでもスタンバイOK、という雰囲気。

コシのない子は、居場所を限定しないで、ふらふらするから、
新しいものに遭遇する可能性の高い子。
そして、世間の評価と無縁だから、自分で「面白い!」を決められる。
コシの無い子は、まだ誰にも評価されていない世界にも、優しい目を向けられる。

つまり、
「まだ形の無い世界」を、
創造できる子。


コロナウイルスの禍が起きて、世界が変わりつつある。
これからはもう、ソーシャルディスタンスをとるのが当たり前。
一斉に何かをする、長時間かけてする、という形が変わっていく。
お医者さんが本当にドライブスルーをやるとは思わなかったもの。

さあ、世の中、どんどん変わっていくぞ~!!

ドライブスルー
まー、硬直しとったらかんわ。(名古屋弁)

「まさか!」志村けんさんの訃報

「まさか」
口をついて、出た。

嫁様も何度も「まさか」とつぶやいている。
志村けんさんが亡くなった。
昭和の小学生は8時になるとわくわくして、テレビの前に座ったね。
一家だんらんが、そこから生まれた。

まさか、まさか。
人生は、まさかの連続だ。
今、世界が騒然としている様子も、毎日ながれてくるコロナのニュースも、
4月に学校が順当に始まるのかどうか危ぶんでいる今の学校の様子も、
みんな、「まさか」だ。
まさか、こんなになるとは、思わなかった。
「まるで、映画を見ているようだ」はテレビのコメンテーターの言葉だか、本当にそう。

人生の3つの坂のスピーチは有名だけれど、上り坂、下り坂、3つめの『まさか』がこんなに毎日のようにつぶやかれている時代は、人生でも初めてだと感じる。

2年前に父が亡くなったときも、
「まさか」
という感じがした。
早すぎる、と思った。もう少し、生きていてもらうつもりだったから。

父の死の後だろうか、「まさか」を身近に感じるようになった。

まさか、こんなに雪が降るとは。
まさか、こんなところに芽が出るとは。
まさか、母がまだ喫茶店をつづけるとは。
まさか、猫を2匹も飼うとは、なぁ。
まさか、自分が小学校の教員になるとは。


考えてみれば、ぜんぶ、『まさか』でできている。
ここにこうして暮らしていること、生きていること。
朝食でホウレン草のサラダを食ったが、それが食べられていることも「まさか」だ。

スーパーの棚に、物がなくなった映像をみたら、
本当の当たり前は、なにも並んでいない、「空の棚」の方が当たり前だったことに気づく。

そこに、物を運ばなければ、運ぶものを用意しなければ、
運ぼうとする人のはたらきがなければ、手が動かなければ、
なにも、並ばないで当たり前。「無い」がふつう。
いつの間にか、そこに「なにかが並んでいることの方」を当たり前にしているけれど。

こうやって毎日、なにかを食べていかれていること自体が、もはや「まさか」なんだろう。

今、こうやってキーボードをたたいて、ブログを書いていることも、
実は、「まさか」の連続で成り立っている事象。
もし、電気がこなければ。もし、指が動かなければ。もし、〇〇がなければ・・・。


まさか、で、当たり前。
その「まさか」を、
ひとの力と意志で、どんどんと爆発的に生み出している
のが、この世の中。
『「まさか」人類がこんなに地球上に繁栄するようになるとは』ということなんだろう。

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【※毒舌注意】社会の力をなめるな

「トイレットペーパーを買わなくては」
これは自衛の心理である。

政府があてにならない以上、自分の身は自分で守るしかない。
そう思うのも、無理はない。
自分のことは自分で、と思うからこそ、自衛しようとするのだ。

社会は見ず知らずの人も含めて、多数の人間が持ちつ持たれつ、生活していく場のこと。
損得だけではなく、公平さや公正さをどこかで考えていくからこそ、社会はまわっていく。
1%のお金持ちだけが幸せになる社会は、結局のところうまくいかない。
1%は、周囲その他の99%が健康でなければ成り立たないからだ。

春になり、家の周囲の田んぼは、荒起こしをはじめた。
冬の間、乾ききって固まっていた土が、掘り起こされ、湿った土の色をみせる。
すると、そこに小さな緑の雑草の芽があるのが見える。
土の表面についたこの種は、掘り返されたこの数日の間に、もうすでに新しく芽吹こうとしている。

同じく、学校は新学期の準備をはじめた。
駅に行くと、街もスタートしようとしている。
商店が春のセールの垂れ幕を出し、パン屋は「春の味」を考え、オフィスは新入社員を受け入れ、工場も動き始めようとしている。

一方、新聞報道では、官邸の記者会見や都知事の見解を流しているし、ワイドショーでは政治とコロナの話をしている。この国は、いや世界はどうなってしまうのか、とハラハラする。
ところが、一歩町へ出ると、どっこい社会はしたたかに生きていて、みんな春の準備をしているわけだ。

隣の田んぼの持ち主は、もう90を越えるおじいさんなので、仕事を頼まれた若者が手際よく耕運機をかけている。若者に向かって、たとえ、コロナが、政府が、という話をそこでしたとしても、

「いや、コロナも知ってるけど、春の準備をしなきゃ」

と彼は冷静に言うだろう。
そこに、『政府に頼ろうとする、政府の指示を待つ若者』の姿は、ない。
季節がめぐってくること、秋の収穫に向けて、春の準備をするという真理については、今の政権はなにも抵抗できないのである。

植物が春に芽吹くことについて、「自粛を要請します」と閣議決定はできない。
それは、地球の自然の真理であり、人々のくらしの真理であるからだ。
一政権がいかに力をもとうと、その真理にあらがうことはできない。

政府が禁止するから〇〇をやめる、のではない。
社会にとってどうか、と個人がお互いのことを考えてそうするのである。
社会が混乱すればその混乱は自分や家族に直結してくる。それが分かるから、そうするのである。
逆に、政府が禁止しないからする、のでもない。
わたしたちは、自分の意見も考えも魂もすべて、政府にゆずりわたしているわけではない。

われわれは、政府がうまくいきますように、とねがって行動しているわけでなく、
実は、社会がうまくいきますように、とねがって行動していたのだ。

そのことに気づくと、買い占めも転売も、
いずれはわが身に返ってくる社会全体のこと、
滑稽で恥ずかしくて、しようとしてもできなくなる。

同じく、テレビに映る閣僚の方たちに対しては、
「せめて、わたしたちと同じ目線に」
と願わずにいられない。

「わたしたちは、社会に目線を合わせています。閣僚のみなさんも、われわれと同じように、社会に目線を合わせませんか」

社会はずっと続いている。
政権は、そのときだけのものである。
政府こそ、社会に目線を合わせてもらいたい。


社会の力をなめるな1

母の計画 inハワイ

母がハワイに行く、と言い出したのが5月。
2年前に父が死んで、「なにもやることがなくなった」と言っていたが、気が変わったようだった。


父が死んだとき、
「これまではお父さんが喜ぶことだけ考えていたら、それで良かった。その相手がいなくなったからなんもすることがない」
若いころからチャキチャキしていて、なんでも思ったことをズバズバ言い、元気がとりえ、という人だったから、その脱力ぶりは見ていて痛ましいほどだった。

「なんでハワイ?ゆっくりしたいのなら、熱海とか、伊豆とか、国内じゃないの?温泉とかで、おいしいお刺身を食べてさ・・・」

国内を勧めたが、今回はハワイだ、と言ってきかない。

「まだ一度もハワイに行ってない。あんた、ハワイの旅館取って、手配して」

母は、ハワイにこだわる。で、結局、面倒くさい旅の準備はこちらに任せる、ということのようだ。

「もうすぐお迎えが来るんだから、その前に、ハワイ」

ちっともお迎えが来る様子は無いがな~、母と同居している姉が苦笑した。

姉と相談しながら旅行の準備を進め、随行することに。
ハワイで何がしたいんですか、と聞いても、特に何もないようだ。
喫茶店をしているので、コーヒーの木をみて、ハワイコナの豆を買いつけるのと、あとはただきれいな海のところへ行きたいんだそうな。

「ハワイコナの農園に見学できればいいよね。それならツアーもあるし」




出発の日が近づいてきた。
あと3日、というところで心配になって電話をかけると、姉が出た。

「お母さん、ハチに刺されたんよ」

足のかかとが、水膨れになっているらしい。

「どっかにハチの巣があるかもしれんで、出発する前に巣を取ってしまって」

出発の日の朝から、ずーっと忙しいぞ、こりゃ、と観念した。



高速をとばし、当日の早朝、実家に着いた。
実家に着くと、そこからすぐに蜂の巣を退治。それが終わったら庭木の剪定。
「本日休業」の看板をみながら、喫茶店の入り口のテラコッタを高圧洗浄機で洗う。
「これからハワイに行く感じがしないぞ」同じように掃除をしていた姉に文句を言うと、まあまあ、と軽くいなされた。

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夕方、中部国際空港で出国手続きをし、あれあれ、という間に機内へ移動。

いよいよハワイか、と鼻歌を歌おうという気分になったとき、隣席の母がふところから取り出したのは、父の写真だった。

「はい、お父さん。いよいよ飛行機にのったよ」

写真にうつった父に、機内をぐるり、と見せている。

「ああ、お父さん連れてきたんだ」

と姉が声をかけると、

「ああ、そうだよ」とすましている。

「喫茶店を10年やったら、いっしょにハワイへ行こう、と話していたんだからね」

どうりで・・・。

今回のハワイ旅行の意味が、ようやく分かった。

このあと、母は父の写真を旅行中に何度も出し、父の目に映るようにまわりの景色を見せたり、料理を見せたり、話しかけたりした。

「おかしな人だと思われなきゃいいけど」

と心配すると、

「思いたい人には思わせておけばいいのよ。人間なんて、思いたいことしか思わない動物なの」

77歳になると、達観するようでありますナ。

はわい


夕暮れ時、母がホテルの前のビーチを散歩しながら、

「お父さん、ここに暮らすのもいいねえ」

と、写真を両手でもって、ずーっと夕日を眺めている。



あたりが暗くなり、ホテルの照明がついた。

母は、ハワイに来れてよかった、と何度もいう。

「お父さんならここに椅子を出して、ずっと海を見てるわ」


買い物もしないし、観光もしない、なんにもしない、77歳のハワイ旅行。

ハワイの酋長に助けられた話

『Down to Earth』 という店で、水筒(ボトル)を買おうとしていたときのこと。

たかが水筒だが、棚にならんだ商品たちはどれもカラフルである。
豊富なカラーバリエーション。明るい黄色もあれば、深い青や淡い水色も、ある。
なかなか日本ではみかけないような極彩色の水筒が並んでいる。

一目で気に入って、これは良い、と選んでいたら、背後に人の気配。
振り向くと、そこに、インディアンの酋長がいた。

正確には、店員だ。

ただ、見た目が、酋長なだけ。

こんな感じ。

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その酋長が、話しかけてきたのだ。


実は、水筒(ボトル)はすべて口が空いていて、キャップは別になっているようだったので、わたしがキャップを別に買い求めようとしているところを、どうやら見咎めたらしい。

その酋長が早口の英語で、

ペーラペラペラ・・・

と話すのですが、

残念なことに、

皆目、わかりません。

ただし、わたしがそのキャップを持っているのを指さしていたので、キャップを買うなよ、というようなことを言っているようでした。レジのところでどうのこうの・・・というような雰囲気。

わたしは、酋長に向けて、

「わたしはこの店内において、この商品を選んでいるところのものであり、正真正銘、このセットが欲しいのである。つまり、一つはこの空のボトルであり、もう一つは、この空のボトルの口に合うであろう、この蓋、である。わたくしは、天地神明に誓って、これらのセットを買おうと思っているのである」

というようなことを懸命に説明すると、

酋長は哀れみ深い顔になった。

そして、さらにクリーミーな、マイルドな声で、幼子を諭すように、

「お前はこの蓋を、ここでボトルに合わせる必要がない。蓋をボトルに合わせるな」

という。

わたしはこの酋長が言いたいことが、いまひとつ、理解できない。

そこで、酋長の正体を知りたくなった。
あれこれと彼の人となりを観察してみると、どうみても、首から上は酋長然としているが、服装はかんぜんに、店員のそれ、である。

上着は他の店員と同じもの、つまり制服を着ている。
しかし、腰から下はまた、酋長、なのである。
どうみても、店員には見えない。

「こいつは、地元の有名なインディアンの酋長で、今日、たまたま店員と同じような服を着ているのかな」

と怪しんでみたが、彼はニコニコとしながら、他の商品をせっせと整理したり、並べなおしたりした。そしてまた、わたしを見て、にっこりとスマイルをしてみせた。どう見ても、しぐさとやっていることは、店員のそれ、である。しかし、店員とみなしてみても、そのセリフが理解できない。

店員であれば、いうべきことは真反対であろう。
挙動不審な日本人がボトルとキャップを握りしめていたら

「お前はぜひそれを買え!」

というべきであろう。

「どうせ日本に帰ったら、そのキャップは買えない。だから今、そのキャップを忘れずに買え!」

と。




わたしは酋長には黙って、ないしょでボトルのキャップを掌(てのひら)に隠すように持ち、レジへ向かった。

そしてレジに行きつくと、かわいらしい若い女性の店員に計算してもらうと思っていたら、直前でアクシデントが起きた。

なんと、わたしがそろそろ順番になるかと思いきや、急にロシア人のような大男があらわれて、

「お次の方、こちらへどうぞ」

と言ったのである。

そいつはむくつけき胸毛を生やし、腕にも剛毛が生えていた。まくりあげた半そでのすそからは、紫色のタトゥーが見える。
しかし、彼もまた、店員なのであった。

わたしはチラッと、若い女性店員をみやった。
彼女は現地の人らしく、小麦色に焼けた肌で、愛くるしい顔つきの娘である。
彼女の細長い指で、レジをピッピとこなしてほしかったが、もう目の前には愛想笑いで人の2倍くらいある頭をもつ、ひげ面の大男がわたしに向けて手を差し出している。

観念してそっちへ行くと、その大男は、短く、Oh!と言い、

ボトルのバーコードはピッと読ませたが、キャップは何か机の下からささっと取り出してボトルの口金のところに入れ、締めたあと、

「これは無料なのだ。ただいまキャンペーン中だ。お前さんは今日はラッキーだった」

といった。

怪しんでレジから出てきたレシートを見ると、たしかに蓋(ふた)の料金は取られていない。
巨人がくれた蓋を見てみたら、彼が正しく締めてくれている。

どうやら、インディアンの酋長と、このロシアの巨人は、2人とも、正しくサービスをしてくれているようであった。見知らぬ東洋人を『だまくらかそう』とはせず、とても良心的なのであった。

わたしは人は見かけによらぬ、ということを常々、自分に言い聞かせているものであるが、今回は海外で慣れぬカードを使ったりと緊張していたせいもあって、そのことを忘れかけていたようだ。

おまけに、ハワイというところは、人種が多すぎる場所なのである。

表に出て歩いてみると、そこは世界人間博覧だ。

白人、頭髪の黒い白人、金色の白人、茶色の白人、赤毛の白人。
黒人、インド系、ロシア系、オーストラリア系、中近東の人。

東洋人にもいろいろいる。
中国人、韓国人、日本人、東南アジア系。

現地の人にもたぶん、いろんな人がまじっている。
ポリネシア系、ミクロネシア系、さまざまだ。

体形がまたすごい。
巨漢の人、激やせの人が、交互に向こうから、歩いてくる。

服装も、やはりすごい。
ビキニの人と、スーツの人、ムームーの人、アロハの人、そしてポロシャツの日本人。それらが、見事に交互に向こうからやってくる。めまいがしそうである。
だから、ハワイに来ると、だれもが隣の人を気にしなくなる。隣が何人だろうが、気にしているとくたびれてしまうからだ。

おそらく、隣に頭に角が3本生えた宇宙人がいても、帽子を足にはいた人がいても、もはやだれも気にしない。それが、ハワイなのである。


その後、なにげなくさきほどの可愛らしいレジの女の子を見てみたら、客がいない隙に

なにやら鼻の穴に白い紙をまいた筒状のものを入れて、吸い込んでいた。
そして、すこしトロン、とした顔つきになった。

あれはなんだったのだろう。
人はみかけによらぬもの。バイアスをかけるのが人間。バイアスをとりのぞく努力は、けっして無駄にはならない。

鉄則は、いつでもどこでも、通じるものだ。
「バイアスは取り除け」
これは、ハワイでも通用する真理なのであった。


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「怒っているとき」の頭脳が実はヒマな件

先日、怒っているときは頭脳がたいして働いておらず、暇~である、という記事を読んだ。
怒りは興味があるものに対して脳が理解できないサイン


怒りを正当化するとき、必死に頭を動かしているだろう、と思っているけれど、実は

「怒っている」

段階で、すでに脳は合理的に動くのをやめていて、ただ自分の気分を反復し、反芻(はんすう)しているだけだ。

怒っているときは、

◎こうしてほしかった

ということを、ただひたすら、脳の内部で何度もエンドレスで繰り返しているのだ。
実際の事実としては、こうしてほしかった、というその「願い」は実現されていない・・・。

(自分が思ったような現実でないと、こうなる以下)
・・・え?実現されてないの?こうしてほしかったのに!
・・・え?実現されてないの?こうしてほしかったのに!
・・・え?実現・・・(以下ループ)

脳内のニューロンは、願いを強く刻印する。
この「刻印作業」にも意味はあって、刻印すればするほど、それが順当になぞれた(達成できた)ときの達成感(ごほうび、報酬的興奮、ドーパミン分泌)が多くなる。
つまり、脳内にイメージを刻印し、その達成のあかつきに、大きな喜び(興奮)を得ようとするのだ。

ところが、現実的に、うまくいかないとき。
ひとは、願いが実現されないため、なんとかその『刻印作業』を打ち消そうとする。
その打ち消し作業は、めまいのような混乱を引き起こす。
高速道路で急ブレーキをかけるようなものだ。
急ブレーキは、タイヤと路面の間に大きな摩擦を生む。
その摩擦が、「怒り」というわけだ。

つまり、怒りは合理的思考に努めようとする脳の、正常な規制機能なのである。

混乱に気付くと、人間はアクセルを踏むのをやめ、暴走寸前だった脳の運転を、正常化させようとする。(はず!だった・・・)

ところが、人は言葉をもってしまった。



「怒り」の感情システムは、太古の昔、ヒトがまだ、言語のコミュニケーションをもたなかったころ、できあがったものだ。

神経系の発達で脳の正常化をうながすシステムであった「怒り」機構は、めまいと混乱によって、自身にそれを知らせる、人に正常性をもたらす(リカバリさせる)ためにそなわったものだ。

めまい、混乱、という信号を受け取った人類は、そこで脳への刻印作業を一時停止する。
そして、自分が客観的にどういう状況にいるのかを冷静に見極めようと立ち止まる。
1)事実をみよう、とする。

2)事実はどうか、と信号を受け取りなおす。

3)そこで、どうするかを考え、選択し、行動にうつす。

このように、あくまでも、「怒り」というのは、自分の脳の、合理的な防衛的規制機能だった。つまり、人を正常化させるために備わった、人類の「生きる術」であった。

ところが、現代人になればなるほど、その「生きる本能、もしくは生きる技術としての脳システム」を、きちんと使いこなせていないのだ。

なぜか。

言語をもったとたん、

「おれは◎◎をしてほしかったんだ!」

ということを、何度もくりかえし、相手に説明し、わかってもらおうと延々と繰り返すことができるようになってしまったからだ。

そのことは別に怒りとは無関係の行動にすぎないのだが、人はそこで混線(こんせん)し、「言語で自分の思いをだれかに説明することと、怒りの感情は、セットだ」と思い込んでしまった。

おまけに、◎◎をしてくれていない相手が、『わが怒り』の感情を引き起こしたのだ、と勘違いするようにまで堕落してしまった。

ちがうっ、つーの。(※ひとりごと)

怒りは、自分が自分のために発生させている。

相手は一切、無関係である。

「怒り」さえも、幸福への道。

人間は、最初から、一切が幸福に生きるように設定されている。

(怒りシステム研究道・初代家本「碇屋ポン太博士の怒りシステム解体新書」より)

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『尊敬する』が危険な理由(ワケ)

こういうことは、周囲に暮らす人たちから、空気を吸いながら、のようにして学んでいくのが良いと思っています。
だから、あえて『解説』のような文章を読むと、

わかった気になりやすい
ため、用心、用心。

どんな文章でも、読めば必ず自己解釈で、バイアスのかかった見方となります。

『尊敬する』は危険、という文だけでも、
その人の頭の中で、その人自身のおいたちや、学びの中身、読んだ本、影響された人、両親や兄弟や親戚からの影響、幼いころに接していた祖父母の言葉、あるいは保育者の先生たちの思考、ぜんぶ影響を受け、バイアスをかけ、理解し、把握し、感覚的に受け止めている。

だから、
文章というものは、元来、危険なものだということが、まず言えるでしょう。


しかし、その言葉をきっかけに、ひとはなにかしら考えていくことにはなるので、文章にまったく意味がないわけではありません。

よい文章というのは、できるだけ解説として、頭にすっきり入らない文章です。
その方が、誤解が少ないです。

A⇒B(AだからBになるのだ)、という具合に、すっきりと頭に入れるのは、「スッキリ感」はありますが、ほぼ自覚の無い思い込みを強めていく作用をします。おまけに、その後、考えないようにさせてしまう作用まで働く。だって、わかった気にさせてしまうからネ。

A⇒B、というふうに考えないのが良いのです。
A⇒Bではないので。

お母さんが痩せないのは、このサプリを飲まないからだ、という具合に、どんどんと、A⇒B、という狭い狭い、極小のサイズの了解世界へと、つきすすんでいきます。
まるで、小さな深い穴を掘って、みずからはまりこみにいくようなものです。

そうならないように、できるだけ、文章と言うのは、『スッキリわからせない』というものがよいのです。できるだけ、目に見える効果、というのが、あがらないのがよい。
なぜなら、その効果は、ニセモノだからです。
わかったような、気分になっただけの、害毒のある効果、だからです。


で、あえて、『尊敬する』が危険な理由、という、世の中にさもころがっていそうな文のタイトルを書いてみましたが、ここまでこの文を読んでみた人は、半分裏切られたような気持ちでしょう。
ちっとも理由なんて、でてこないから。

では、書きましょう。
『尊敬する』が危険な理由は、ざっと1000個ほど、あります。

1000個あるうちの、まず1つ目の代表的な理由は、みなさんもすぐに思いつくでしょうが、バイアスがかかっている、ということです。

つまり、色眼鏡で見る、ということです。

なぜ色眼鏡で見てはいけないのか、という理由もべつに見当たらないのですが、実際とはちがうもの(自分の感覚で受け取った印象)を見ているのですから、「誤解している」という自覚さえあれば、べつだん色眼鏡でみるのは素敵なことです。

わたしも、色眼鏡でみるのは大好きです。
朝起きて、天気を見ても、色眼鏡。
しかし、色眼鏡でいくら目を凝らして見ても、午後の天気がどうなるか、確実なことは何一つ言えないのです。ひとについても同じこと。

べつの言い方をすると、「人間は、必ず物事を自分勝手に見とり、見た気になる、という道理」だということです。人間が知らず知らずのうちに持ってしまっているこのような性質について、多くの場合、自覚がないために

「おれの判断は正しい」

という悪魔の自信にまでつながってしまいます。

俺の解釈が正しいのである、というように言い張る人を見ているのは、まわりから見ているひとにとっては、たいへん滑稽な態度に見えますが、その滑稽さもまた、人間が生まれながらにして持つ、愛すべき姿勢なのです。


バイアスには、次のような特徴があります。

偏向(へんこう)性
偏見(へんけん)性
恣意(しい)性
感覚(かんかく)性


偏向とは、『解釈の方向がかたよっている』ことです。
偏見とは、『見方(解釈の仕方)がかたよっている』ことです。
恣意とは、『自分だけの勝手な思いつきである』ということです。
感覚とは、『あくまでも感じとることしかできない』ということです。


尊敬するというのは一つの解釈の仕方のことですから、この4つがどうしてもついてまわります。
これは防ぐことができません。
歴史的にみて、この4つから、逃れられた人類は、未だにだれも、いないのです。
もし、自分はこの4つを克服した!(克服するものでもないのですが)と言い張る人がいたら、それこそ、その人自身が強烈なバイアスをかけて自身のことを解釈している、という具体例になります。


どんなにわかりやすい文章も、わかりやすい、という印象を与えれば与えるほど、この4つのバイアス性質に、たやすくよりかかっているのです。

したがって、子育ても、わかりにくい方が、いいのです。
子どもを見る際に、『ものわかりの悪い親』、である方が、いいのです。
愛情たっぷりで、いつも子どものことを思いやり、子ども目線に立つのだが、
なぜか
「ものわかりが悪い」
という親が、一番良い。

また、そういう先生が、いちばん子どもを上質に育てるのだと自分は解釈しています。

授業はすっきりしているのが良いです。
学問はわかりやすいのが良い。
数学なんてとくにそうです。

しかし、
人間の解釈については、ちがいます。
けっして、わかった気にさせてはなりません。
人生をすごす態度についても、わかった気にさせるのは害毒です。
「こう生きるのが良い」ということも、うかうかと分かった気にさせません。

たったひとつ、すっきりと伝えた方がよいことは、

「人間は自覚無くすぐ、わかった気になりやすく、事実から遠ざかっており、もともと事実を見ることができないという、バイアスによりかからざるをえない脳機能をもつ」

ということです。

したがって、

「休日にあらま先生のブログを読みましたが、こんなにいろいろな(ずっと中略)で、尊敬します

というメッセージを書いてくださった、ついこの4月から新卒採用されて小学校でがんばっておられる愛媛県在住の、おそらく女性のF先生は、

これからはうかつに、

「尊敬します」

などとは書かない方が良いと思います。ははは。


手段と目的を取り違える件

手段と目的を取り違える、という人間の病気は、やはりなかなか治りにくいもののようだ。
この人類が共通して罹る病(やまい)については、心理学的な探求もされていて、
「なんでこうも、みんなが陥るのか」
「世の中でも認識されているのに、なぜ未だに広く行われるのか」
ということが、心理学の世界でもアカデミックに解明されようとしている。
それにも関わらず、やはり全人類が共通して落ち込んでしまうのが、この心理的な「罠」であります。

勤務校では、保護者とのつながりを大事にするために、
「学級通信」
をたくさん出すように、という指令が校長から出ている。


号令がかかると、どうなるか。
すごいです。ボクシングのリングで、ゴングが鳴ったような雰囲気。
真面目に子ども時代を過ごし、そのまま真面目に大学まで進み、けっこうな成績で単位をきちんと取得して採用試験にまで合格するような先生たちでありますから、これはもう、『一斉に』取り組み始めます。元来、先生たちは、「まっすぐ」なのです。やれ、と言われたら、やる。とくに、【保護者との繋がりを持つため】などと、その「意義」を説明されようものなら、ますます鼻息荒く取り組みます。

いや、わたしは学級通信は出すと良いと思いますよ。反対しているわけではない。
ただ、こうした姿を、客観的にいろいろと見ておいた方がよいと思うので。

で、夕方の職員室には、カタカタとキーボードを打つ姿がずらりと並び、壮観ですね。
校長教頭など管理職の目の前には、さまざまな学級通信の原稿が積まれてゆく。
管理職が目を通して許可が出ると、今度はいっせいに印刷に走る。
印刷機の前には列ができます。

やりはじめるとすごいですから。
で、文章が苦手で、なかなか筆の進まない先生など、写真で紙面をうめるためにカメラで児童の作品をパシャパシャ撮っている。いいアイデアですね。子どものノートをスキャンする先生もいて、ノートの指導などを紙面で行っている。みなさん、頭がいいんです。

ところがそういう、忙しい雰囲気のときに、保護者から電話がかかってくると、みなさんだいたいは、

あーー

という困った顔をされて、面倒だな、という雰囲気で、電話に出ることになる。
だって、今、印刷機まわしている最中ですもの。印刷、終わらせたいんですね。

で、結局、早めに電話の要件を終わらせて、印刷機にもどってくる。
電話で話す時間を極力減らし、保護者とは話さずに印刷に精を出すわけで。
つまりは、保護者の言いたいことを聞くのではなく、自分が出したい学級通信を出すことに集中していくようになる。

これは、ある種の「集団ヒステリック」のような状態ではないか、と思う。

売り上げを上げたい営業マンがいて、売り上げを上げるために訪問件数を増やせ、と上司に命令される。すると、その営業マンは訪問して会う顧客にかける時間を減らし、件数だけを増やすようになる。さらにますます件数を増やそうとし、スマホを見、電車の乗り継ぎをスムーズにさせるためのナビソフトを駆使していかに短時間で都内の顧客の会社をまわるかに血道をあげるようになる。

結果として、一日あたりの訪問件数は増える。しかし、短時間で切り上げてしまうために顧客の要望をきちんと汲み取ることができずに売り上げも伸びないということだってあり得るわけで。契約件数が以前より下がる可能性も・・・。まさに本末転倒ですね。

自分は学校にいる教職員であるが、この『本末転倒』をやっていないかが、すごく気になる。
学校には「学力調査」というものさしがあるので、これを上げることにまずは血道をあげたらよいのだろう。しかし、なにか手段と目的を取り違えている・・・ということになりはしないか、一抹の不安が・・・。

学校にある、行動の基準となる『ものさし』。
価値基準。
これがなんであるかが、大事だろう。

いったん、その「ものさし」が決まると、成績を上げるためにありとあらゆる努力をするのが教師という生き物。まじめな先生方は全員、スクラムを組んで全エネルギーを注ぐ。

では、いったい、なにが目的なのか。これが大事。

「価値」に重きを置くのは、どうやら『ちがう』ようだ。
「価値」というのは、ひとが今思っているほどには、重要ではない。
価値がある、とか、価値が無い、という言い回しそのものが、すでに勘違いなのだろう。

価値、からの、脱却。

これが、21世紀、その先のステージだ。

スクラム

あいづちを『撃て!』

嫁様が新しく勤め始めた。
私立の保育所である。

そのため今は、毎晩のように、彼女の職場の話を聞かされている。
向こうは、新鮮な人間関係の中で、あれやこれやと面白いことがあるので、話したくてたまらないのであろう。「でね、そのときA先生がどうにかフォローに入ったから良かったんだけど、でもねぇ・・・」



ところが、わたしが相槌を打たないと、怒るのであります。
「ね!ね?・・・ねえ聞いてる?」

わたしはここで、夫婦間がうまくゆく方法を編み出した。
今日は、多くの夫婦の間柄を保つための、とっておきの方法を紹介したい。

それは、簡単なことではあるが、

「ちゃんと聞いたふりをしろ」

という、至極まっとうな、当り前のことである。

嫁様の話は飛躍が大きい。
あちらこちらに飛ぶ。
また、科学的ではないし、少々、論理的ではないところもある。
したがって、まともに神経を使って聞けば、

「え?ちょっと待って。さっきはこう言ってたけど、なんでなの」

とか、

「え?どうして、そんなに早く・・・?ええと、さっきの事件からそれって、どのくらい時間が経っているの?」

などと、訊き返さなければならないことがたくさん出てくる。

ところが、嫁様はそんな質問にはさらさら答える気はないし、
なんでわたしがそんな微細な部分にこだわっているのかなど、到底理解できないのだ。

したがいまして、もっとも両者にとって負担が少なく、
両者が笑顔になって、明日に向かっての英気を養えるようになるためには、
この方法しかないのであります。

まず、あいづち。
つぎに、あいづち。
そして、変化のあるオウム返し。
最後に、あいづち。

内容は聞いていなくても、である。


世の旦那サマたちに釘をさすが、もちろん、これは、こちらがへとへとに疲れている場合に限る。
話を聞けるのであれば、聞いてもらいたい。
当たり前である。

ところが、あいづちをうつのさえ、呼吸が乱れて難しいくらい、
会社で疲労している場合もあるのだから、そういうときは、こくん、とうなづくのがいい。

そして、「聞いているふりをする」のである。

「嫁の話は、きいたふりでしのげ」

さて、先日もこうやってしのいでいたが、
嫁様の話が、「子どもの悪口を言う先生」ということになったので、
わたしはひさしぶりにきちんとそれを聞き、ちょっとばかり意見も言った。

このつづきは、次回。


osyaberi2

してもよい、しなくてもよい、というのは本当か

数々の職を経て、転職を繰り返した挙句に教員になった。今、学校という社会の中で生きるようになっても、頭のどこかで、「これが絶対のルール、ということではない」という考えは、ずっと滲みついて離れない。現に、学校のルールだって、見直しがあり、変わっていく。ぜったいにしなければならないと思っていた行事が、来年は校長の意見で廃止されることだってある。A校長が「家庭訪問は絶対に大事」と言っていたが、B校長は「廃止します」と言える。可能だからである。

「してもよい、しなくてもよい」ということがある。
たとえば、日曜日に礼拝にいく敬虔なキリスト教徒であったとしても、基本的には礼拝に「行ってもよいし、行かなくてもよい」という認識でいるだろうと思う。(想像)
また、われわれ市民の憩いの場である公園を、ひとが思い思いに散歩することについて、「してもよい、しなくてもよい」ということが言えるだろうと思う。
居住地についても、人間は選択をすることができて、〇〇県に住むことについては、「住んでもよく、住まなくてもよい」のだろう。

ところが、「してもよい」⇒「してよい」⇒「したほうがよい」と、進化する場合がある。

なかなか公園の利用機会が増えないので業を煮やした市役所行政係が、市民は公園を利用してくださいとよびかけて、公園の利用者にはペットボトルの備蓄用水を無料で配布したとしましょう。すると、これは、「してもよい」レベルではなく、官がそれを肯定している、つまり市民としては積極利用していくこと、に進化します。

さらに、「したほうがよい」から、「しなければならない」になる場合もある。

公園を利用しないと税金を高くします、という市長が立候補して当選し、公園利用者は経済的な恩恵を受けるが、利用しない人からは税金をたんまりとる、ということになる場合がそれだ。

ほとんどの市民が、日曜日に公園を散歩しないやつは馬鹿だ、ということになり、われもわれも、とみんなで公園を散歩しだすだろう。それが当たり前の風潮になってくると、ちょっとまずい。

ある人が
「おれはべつに、散歩しなくてもいいし、したい気が起きないので、散歩しない」
というと、

「おまえ、馬鹿だなあ。税金がとられるじゃないか」
といって、馬鹿にすることが起きる。

どうだろうか。
いつの間にやら、世界が変わっていることに気付きますね。
もうすでに、「してもよいし、しなくてもよい」という世界は、そこでは消滅しているのである。
「しないやつは馬鹿だ(白い眼)」
「しなければならないのだ」
と、なっているではありませんか!(びっくりですナ!)

人間社会の基本的なルールというものは、「してもしなくてもよい」であったのに、それをどんどんと放棄していくのが、現代という社会の宿命なのでありましょう。
(安楽死・尊厳死も、そのうちに「早めに安楽死しないと税金が高くなるから、早く死ね」と行政が言うようになるかもネ。嘘ウソ・・・こわーい・・・)

shisen_kowai

「ひったくる側」の心理

久しぶりに実家へ帰省。
夕食後、くつろいでいた姉から、イタリアの話を聞いた。

若かりし頃、姉はフランスに住んでいた。
1996年というから、ちょうど、ミッテラン大統領の国葬があった頃ですね。

ともかく、腹が減り、金は無い生活。
真冬でも暖房をつけず、震えながら暮らしていたため、仲間の日本人までが
「この部屋、だいじょうぶなの?」
と驚くほどの困窮ぶりだった。

それでも、「何でも見てやろう」の小田実じゃないが、若い頃というのは意気盛んなもので、なけなしのバイト代をやりくりし、一人でヨーロッパをよく旅した。

イタリアに入り、ちょっとした街を散策していたとき、向うから走ってきた男が、肩から下げていたショルダーバッグの紐を引っ張り、そのまま逃げ去ろうとした。

よくある、ひったくり、である。

ところが、こっちは、このバッグと金を無くしたら、もう二度とフランスにも日本にも帰れない、という悶絶状態の人間だから、おいそれと渡すわけにいかない。
そのまましがみついた。

そのとき、脳裡によぎったのは、

「ひったくられたら、おとなしく渡せ。あきらめない場合、下手をしたら刺されることもある」

という、旅行者が何度も聞かされるアドバイス。

姉は、ぼうっとした頭の中でゆっくりと

「あ、私はここで刺されて死ぬんだ」

と思ったそうだ。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと、地面が近づいてきて、倒れ、痛みを感じることなく、そのまま引きずられた。

実際にはそんなことは一瞬だったろう。
あとで、近くで見ていたイタリア人が、
「あなたは派手に転んだから、頭を打ったんじゃないか」
と心配したほどで、なぜ時間をゆっくりに感じたかと言うと、それは脳の処理速度が一時的に高速化したのであって、いわゆる死ぬ直前の『走馬燈状態』だったようだ。

その、脳が高速化した状態で、姉はわりと冷静になって

「わたしを刺すのはどんな男なんだろうなあ」

と思って、ショルダーバッグを引っ張られ、地面に倒されながらも、男の顔を見たらしい。身の倒れる角度がちょうど、犯人の顔を見られる向きだったのかもしれない。

「よく、そんな余裕があったねえ」

と感心して聞くと、

「なんだかとてもゆっくり時間が流れていたので、男の顔を見る余裕もあったんだよねえ」

と言った。

で、その男の顔を見て、姉はとても意外に思ったという。
その男は、泣きそうな顔をしていた、というのだ。

姉としては映画に出てくるように、ふてぶてしい悪党面(づら)で、人を恫喝するような悪い人相を思い描いていたのに、実際はちがう。

男は、甲高い声を出して何度もバッグの紐を引っ張り、姉が倒されてもまだ離さぬため、本当にくしゃくしゃの顔のままで、イタリア語で何か言いつつ、ぐん、ぐん、とくりかえし、引っ張ったそうだ。

姉が

「この人は何が悲しいのだろうか?」

と、とても純粋になって考えていると(といってもほんの0コンマ何秒の間に)

彼は、まるで子どものような泣き顔になり、あきらめて手を離すと、走り去ったそうだ。

「今でもあのイケメンの顔を、ときどき思い出すわ」

上の姉が

「よく刺されなかったねえ」

と感心すると、

「倒れて引きずられたんだけど、あの頃はフランスの食事にはまっていて、今よりかなり体重があったからねえ。あの男も、わたしを何メートルか引きずってるうちに息が切れて、体力が残ってなかったんじゃないかねえ」

と、呑気な顔で語るのであった。

今ならぜったいに手を離す、とのこと。
金よりも、命、である。



さて、わたしはこの話を聞いて、人に対して強圧的な態度に出る場合や、上から命令的、圧迫的な態度に出る場合というのは、それを心から当然のように思っているのだろうと思っていたが、もしかしたら違うのかもなあ、という気がしてきた。

ヒトラーのように、あるいはインパール作戦の牟田口(むたぐち)将校のように、強圧的に人に接してきている人の精神構造として、
「他の人間は自分にひれ伏すべき」
と心の底から感じているから、そういうことができるのだろう、と思っていた。
ところが、そのひったくり男は、悲しいような、泣きそうな顔をしていた、というのである。

人が、泣き顔になるとか、突然に激しい感情をあらわにする、というのは、その元に、背景に、なにかしらトラウマがあるものだ。イタリアのひったくり男は、どういう過去をもっていたのだろうか。まだ若かったというから、学校教育を受ける途中でトラウマを持つようなことがあったのか、それとも彼を育てた親との間になにかあったのか。いずれにしても、泣きながらひったくる、というのは、いかにもバランス感覚のない、幼いような感じがする。

人に対して強く出る、という行動の裏側に、なにがあるのか。

世間では、今、韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP1哨戒機に火器管制レーダーを照射したということが、話題になっている。韓国と日本の両国ともに、「相手に対して強圧的な態度に出よう」という行動が見える。
お互いが、お互いの国に対して、トラウマを持っている。あるいは、中国やアメリカに対して・・・。

必要もないのに相手に対してとんでもなく卑屈になったり、こちらの言い分だけを押し通そうとしたりすることがありはしないか。
極端な卑屈か、極端なわがまま、という具合にしか表現できないのは、不器用を通り越し、バランスを欠いた「幼い」ことのように思える。

結局、自分の抱えているトラウマを、双方が自覚することからでしか、いい解決は見つからないだろう。

カバン

青い空を見て、懐かしくなる話

研究主任となり学ぶことの多いこの頃。

秋は、研究の季節だから、学校はなにかと忙しくなる。





先日の週末、久しぶりに身体を動かして庭仕事をした。

すると、なぜだか懐かしいような感覚が体中にめぐるようで、愉快だった。

ふだん、夜の職員室で、デスクワークばかりしているからだろう。楽しくて身体がどんどん動く。



脚立にノッて、庭木の剪定をしたり、からみついたツルをとったり。

剪定用ののこぎりに「くれ556」を吹きつけたり、庭木の根に「油かす」を置いたりすること。

物置の中を片付けて、畑用のあれこれを、引き出しにきれいに整えてしまうこと。

一日、そうしたことで過ごすと、夕方になって今日はよく動いた、という感想とともに、

なつかしさ

が体中にあふれるようで。




やはり、農家のDNA、なのであろうか。

長靴を履き、タオルを首にまいて、砂利を踏みしめて歩くことが、妙にうれしい。

枝を見ながら、葉を見ながら、「どんなもんかな」と考えているとき。

長靴の泥を落とそうと、柄のついたブラシでこすっているときが、そのピークでした。

見上げた時に、青い空が見えたからかな。

一瞬だけ、20代にもどった気がしたな。

行ってきます

食べごと

人間の生活にとって、食生活が重要であることは言うまでもない。
また、食事は生理的条件(生命保持や成長)だけを満たせば済むものでは決してなく、美味しさ、楽しさ、満足を求める行動でもある。そして、食事の楽しさ・魅力・満足が人間生活の豊かさにとって基本的な条件の一つとなっているともいえる。

食生活を満喫謳歌する、というのはどういうことだろうか。
わたしたちは時折、「安全かどうか」とか、「栄養があるものかどうか」ということを考えすぎることがある。そのため、食事そのものを心から味わうことができない。
「安全面」と「栄養面」が自分の頭で判断した基準に達しているから、ようやくほっと安心し胸を撫で下ろして食事をいただく、というだけだと、何か心寂しい。
食事を心で味わう、心底美味しくいただく。そのためには、何をどう食べていくのか、食卓の上だけの話ではなく、食べ物を通してつながる社会の背景全体をも視野に入れた考え方が必要になってくるように思われる。

「食べごと」という言葉がある。
いわゆる食卓の上の物をたべる、食事風景のことだけをさすのでなく、食材を畑に収穫しにいくところから、それを運ぶこと、洗ったり皮をむいたり等調理すること、食器の用意、食べること、そしてその後の片付けや家族の団欒までをすべて含んだ意味をもっている。最近では、畑に収穫しに出かける、といったことは少なくなっても、食品の購入を前提にしながら店に出かけて行き、あれこれ物色しながら食物を手に入れ、家に持ち帰るという主婦の日常生活が「食べごと」だといえるかもしれない。

都市化と職業の専門化が進むにつれて、これらのプロセスが分断され、今日では都市の消費者はこれらの生産にかかわる社会的意味をすっかり失ってしまった。都市では食物がますます商品化され、すべて店で買って食べるようになった。その食物が存在した自然環境や季節、これを手に入れる時の細やかな知識や感性というものはもはや縁のないものとなっている。食事を、体内にエネルギーを取り込むための入力(インプット)方法だとわりきって、効率だけを考えた食生活をおくる人もいるようだ。「食べるだけ時間の無駄」と思っている、という話もある。「食べる=消費する」という考え方が、こういう考えへと発展していくのだろうか。

「食べごと」という観念は、「=(イコール)消費する」とはならない。それは人間の暮らしをつくる重要な要素の一つであり、人間生活そのものである。人と人とが共につくりあげていくもの。社会を支える根底である。

「消費」ではなく、「食べごと」、あるいは「食べごと」を通しての社会参加。人生を満喫謳歌するための大きな分かれ目が、ここにある。

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わたしはネアンデルタール人

ネアンデルタール人について、先ごろ、NHKスペシャルで放映されていたのをご存知だろうか。

わたしはそれまで、ネアンデルタール人というのは、われわれホモサピエンスよりも大柄で野蛮であり、ちっとばかし頭脳がゆるくて、そのため滅んでしまった、というイメージを持っていた。
そこで、学校でも歴史の授業の最初の最初、そういった話をしてしまったこともある。
ところが、それはまったくの誤解であったようである。

詳しいことは知らないが、どうやらネアンデルタール人のおかげで、現生人類のわれわれは、生きていられるようなのでありました。
その謎を紐解いていくと、なんだかネアンデルタール人に申し訳なくて、素直に謝りたい気持ちになる。

なんでこんなに、誤解してきたのだろう。
人類は、誤解がやけに多すぎる。
つまり、人類が普遍的に持っている欠陥回路なのでしょう。
だれも、完璧な知能を持ちえないためか、あるいは知能というものがもともと『マチガイを当然』とするものであるためか、人間は全員、当然のように誤解をするのです。

それにしては、わたしを含めてお互いに、みなさんも「いや、わたしは事実を知ってる」と言い張りますナ。
そして、そういう態度についてはだれも不思議に思わない。ここがまた、人類の悪い癖なのありましょう。


どういう背景があったのでしょうか。
ここからはNHK番組を見た、かすかな記憶を頼りに書いております。
(まちがっていたら訂正してください)

解説しますと、
ええ、ネアンデルタール人は・・・。

実は、ホモサピエンスよりもかなり先にアフリカを出ております。アフリカより北方向と東方向にむけて進んだのですね。時代的には、かなり古い時代です。
その間、気候の変動などがあり、アフリカ大陸が住みにくい土地になったとき、ホモサピエンスは絶滅寸前にまで追い込まれるのですが、ネアンデルタール人は幸運にも北方の土地およびアジアの各地域に進出済みであったため、生き残ることができました。

ホモサピエンスは弱くて集団の力を磨き、コミュニケーションの高度化によって生き延びていくのですが、ネアンデルタール人は個人の能力が高く、獲物をしとめる能力があったため、人数の少ない、ゆるやかなグループで生きてました。

で、時代的には後からになるのですが、ホモサピエンスがようやくアフリカを出まして、各地に散らばり始めます。当然、そこでネアンデルタール人と顔を合わせます。

これまでは、そこでホモサピエンスがネアンデルタール人と対決して、勝ったのだ、ということが言われておりました。(勝った負けた、という思考パターンが頭の中にあり過ぎなのでしょう)
ところが現実は、仲良く混血しておりまして、お互いを配偶者としていたのですね。どんどん混血が進み、今の現代人には、わずかでありますが、どの人も数パーセントはネアンデルタール人の血が流れているそうです。(つまり遺伝子)

これが明らかになると、どうにも顔が赤らんで、恥じる気持ちがたくさん出てきます。

たった今まで、口汚く「乱暴者!」とか「脳タリン!」とか、「図体がでかいだけの穢れた肉食野郎!」とネアンデルタール人のことをののしっていたのに、手のひらを返したように、全人類が

「すみません。わたしがネアンデルタール人の子孫です」

と言わねばならないのですから。


ヒトラーもアンネフランクも、トランプも安倍総理も、ミッテランもシラクも、ホメイニ師もサダト大統領も、死んでもラッパを離さなかった木口小平も、インパール作戦を進めた牟田口将校も、あなたもわたしも、みんなネアンデルタール人の子孫だということです。

で、アフリカを遅れて出てきたホモサピエンスは、どうやら一部は死に絶えたようです。病原菌に冒されましてね。ヨーロッパやアジアに存在していたウイルスに勝てなかったのです。
ところが、ネアンデルタール人は、そのウイルスの耐性を持っていたのですね。なんとなれば、彼らネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスより数十万年も先に、アフリカを出てヨーロッパやアジアに広まっていたのです。その間に、ウィルスへの耐性を獲得していったわけ。

ホモサピエンスは、弱かったし、ウイルスへの耐性を持っていなかったので、これはもう、自らのぞんでネアンデルタール人と混血するしか、生き延びる術がなかったのです。

ケロポンズと福田りゅうぞうさんの『ねあんでるたーる人』で火を起こしたり獲物をとったりしているネアンデールたちも私たちの祖先だ、と考えるとなおさらのこと、親近感がわいてきます。そしてまた、

同じ人として、人類として、

「誤解しててすまん」

と叫ばなければならないみたいですネ。

ネアンデル

脱獄、という生き方

みなさんは、北海道を観光したことがありますか?
いいところがたくさんありますが、では「網走」はどうでしょう?
行かれて、観光された方はいらっしゃいますか?

網走、というと、「網走刑務所」が有名ですね。
ある囚人は、国内の監獄を何度も脱走したあげく、とうとう2度目の脱走の後、北海道へ連れてこられ、「網走刑務所」に収容された。
ここなら、脱獄はできないだろう、と思われた。
現に、だれもここで脱獄を試みた者はいなかった。
ところが、この囚人は、心理学、化学、物理学、医学をすべて駆使して、とうとう脱獄してしまう。

たとえば、食事のみそ汁を、ほんのちょっぴり、口の中に含んで残しておくんだそうです。そして、看守が食事を下げて居なくなると、口中のみそ汁を湯呑みに移して残し、手錠に吹き付けたり、鉄格子にも塗りつけたりして、わざと錆びさせていたんだそうで。(こうすると、人工的に錆びることになる)

また、脱獄経験者である、ということから、この囚人の記録はとくに念入りにとられていて、たとえば部屋の中の、天井を見上げている回数は何回、とか、きちんと報告されるのです。ところがそれを逆手にとって、何度も天井を気にするふりをし、看守が天井を直したり、チェックしたりする隙に、いつの間にか地面に穴を掘っていて、逃げてしまう。

雑技団のような人です。なんてったって、頭が通る穴があると、肩の関節を外して、蛇のように這って逃げてしまうのですから。

こういう話を聞くと、興味出てきませんか。



この脱獄囚は、なぜ脱走したか、という刑務官の問いに、

「人間扱いをしてもらえなかったからだ」

と答えたとか。

ある所長はそれを聞いて、彼に対する考えを改めます。それからは特に面倒を良くみて声をかけ、あたたかく接した。
すると、彼はその間に模範囚となり、最後は仮釈放まで許されるのですね。

それにしても、所長が立派ですな。
相手は、人を殺めた上に脱獄を繰り返し、無期懲役の刑に服しているのですよ。そういう彼にも、「わたしとあなたはお互いに人間である」ということを出発点にして、接しているのですから。
この所長、のちに退官するわけですが、退官の際、最後に刑務官の任とは何かを聞かれ、「人間とは何かを常に考えること」と答えた。なんと哲学的なコトでありましょう。


「お前は人生を、脱獄する、ということに費やしてしまった。知恵のあるお前なら、きっと、もっと人の役に立つことができただろうに・・・。つくづく惜しいことだ。でも、それは世の中の人間がまだ、本当に人間にはなりきれていないからだろう。なにかが逆さまなのだ。人間とは何かを本当に分かっているのは、お前の方かもしれないのに・・・。お前のような人間が、世の中には星の数ほどいるのだろうな。」

所長が別の部署へ移動になり、急きょ、やってきたお別れの日。

頭を下げる囚人の彼。
雪の降りしきる中、厚手のコートに身をつつみ、去ろうとする所長。

雪はまだ、しんしんと降り積もります。
入り口の扉がしまっていくのを背景に、元・所長は再び、厳しい顔つきで、歩き始めるのでした。

網走

木が悲鳴をあげるとき

もう、30年以上前の話。

高校生の時でしたか。
ぼうっとテレビを見ていたら、こういうシーンが放映された。

100年の樹齢の木がチェーンで釣られて、製材所の中で切られることになった。

大きな丸鋸の刃が、大木を切っていく。

途中までくると、それまで素直に切られていた木が、まるで悲鳴をあげるかのようにのけぞり、斬られるのを拒否するように、身をよじらせて、斬られまい、とする。
チェーンで釣られた大木が、きしんだ音をたてて、揺れる。

あまりにも急激に暴れるので、危なくてなかなか作業が続けられない。

作業する人たちが、再度慎重に、刃を当て、角度を決めて、切り進もうとする。

が、しかし、ある個所にくると、急激に堅くなり、刃の音まで変わり、

がくん!

と大木がよじれて、切ることができなくなる。

製材所の人たちは、みんな、首をかしげる。

大木は、ある個所でかならず、丸鋸の刃を、拒絶するのだ。



わたしはこのシーンを、そのときも印象深く見たが、あとで何度も思い返しました。
ときおり、ふと、頭をよぎるような気がして、あれはなんだったのだろう、と思い返すのですね。
1年に1度は思い返して生きてきたから、ぜんぜん、そのときの印象が薄まることがない。
濃い記憶のまま、その記憶や印象を、今まで、ずーっと大切に守ってきてしまいました。



この映像には、つづきがありまして・・・

あとで見てみると、その場所は、枝が2つ同時に出て、しかしそのままでは伸びられず、お互いを避けるようにしてぐるりと半周して出てきたような場所でした。枝は、出てきたものの、スッとは伸びられなかったわけです。どちらの枝も、そのまま自分が素直に伸びていくためには、適した環境ではなかった。どちらの枝にも、目の上のたん瘤がいて、相手をよけねば自分が生きられなかったのです。いわば「木の苦しんだ場所」だったのでした。

このようにして、複雑に入り組んでしまった場所。
素直に成長することが許されなかった場所。
それゆえ、どうしても<堅さ>が残ってしまった。

その<堅さ>は、木として成長をやめた後、加工場で切られることになったときも、もう一度、そこに刃を当てられると、痛みを生ずることになった。

人も同じですね。

なにかに悩んだり、傷をうけてきた場所は、もう、当初のように素直に他を受け入れられないのです。かつて苦しんできた場所、痛みを受けてきた場所は、もう一度さわられると、どうしてもまた、痛みをぶりかえすものなのでしょう。

この痛みは、無視はできない。
現実に、感じないフリ、をして済ますことは、とうてい出来ない。

だから、堅さで身を護っていても、丸鋸がある点まで進んでくると、まるで悲鳴をあげるようにして、木全体がよじれたのです。

もうすでに、木全体が太ってしまっているから、入り組んだその禍根も、枝の複雑な成長のあとも、もう外からは見えないのですよ。外から見たら、まったくきれいな材木の一部なのです。だから、製材所のひとたちも、首をかしげたのですね。

外から見ただけでは、中身まで、分からなかったのです。
だから、難所をのりこえ、切ってしまってから、それがはじめてわかった。
「ここに、こんなに複雑な、成長の跡がある。だから刃を嫌って、暴れたんでしょう」
製材所の人が、言ってました。



8月6日。ヒロシマ原爆投下。
9日。ナガサキ原爆投下。
15日。敗戦。

これは、時代もそうでしょうナ。
われわれ国民には、傷ついた時代、記憶がある。
これを、消そうとしたり、見ないようにし、まるで無かったことにしたりはできない。
美化したり化粧したりしたら、難所は乗り越えられない。なぜ木が暴れるのか、理解できないし、じょうずに加工することもできないでしょう。


時代の痛み、民族の痛みは、消すことはできない。

もし、われわれが未来に進むことのできる道があるとしたら、

時代の痛みに、無理やりに刃を当てることでもなく、そこだけを削除したらよい、というものでもなく、そうとしか生きられなかった木の姿を想像しながら、その時代や人間を深く理解する、ということに尽きるのでしょう。

昭和の軍隊が、いかに人間性を無視したか。なぜ、無視できたか。
なぜ、同じ人間に、「命令」と『服従』が生まれたのか

私の祖父は、岐阜の大隊に所属した、ガダルカナルの生き残りですからなあ。
「全員、みんな、ふつうの顔をして発狂していた」

高校生の頃に聞いた、祖父の、重い言葉です。

玉砕

かみなりをまねて腹掛やっとさせ

江戸時代の川柳、とくに『誹風柳多留』の世界に惹かれる。

なかでも衝撃を受けたのが、題にあげたこの作品、
『かみなりをまねて腹掛やっとさせ』
だ。

この一句を最初に見たとき、目の前に映像がありありと浮かび、またその映像が途切れることなく展開していったのを感じて、思わずのけぞるほどだった。

「江戸時代って、叱らないで、子育てしてる!」

たった17文字の川柳。
しかし、その短いシーンから連想される世界はとても濃い。
テレビのドラマや映画よりも「濃い」ものだから、これはおそらく2時間の映画を10秒で感じ取るくらいの「エキス」の世界なんだろう、と自分で納得をした。

障子の陰に隠れて、「ゴロゴロ!!」とかみなりを真似るのは、おそらく父親であろう、と思われる。
そして、わが子のそばにいて、
「ほらほら、かみなりが鳴ったよ。おへそがとられてしまうから、腹掛けをしましょう」
と言い聞かせて、すかさずおなかに洗い立ての綿の腹掛けをかぶせにいった母。
さきほどまでは威勢よく、いやいや、をしていたのに、ふと、かみなりの音に不安を覚え、しぶしぶ腹掛けを許容する幼い子ども。

おそらく季節は夏だろう。
夕刻、もしかすると、にわか雨でもくるのだろうか。
母親が、腹掛けを着せたくなる時間。表を通る人の声も、少し急いて、足音もまばらになってくる。

母親はわが子に腹掛けをさせると、今度は急いで竃(かまど)を見に行くのだ。
父親は内職を続けるのか、子どもをおぶってあやしているだろうか。

この光景が、一瞬にして、この十七の文字の後に、あざやかに浮かんでくる。
江戸時代の子育ては、おそらく、強圧的、押しつけ的なものではなかったのだろう。


人間とは、何だろうか。
生産性があるとか無いとか、機械じゃないんだから、と思うネ。

かみなりをまねる父親の、心の根にあるもの、母親とのスマートな連係。
見事ではないだろうか。
そしてまた、やっとさせ、の「やっと」にこめられた、愛情深さ。

こういう世界を、授業で子どもたちと味わいたいと思う。
(教科書に、「誹風柳多留」は載っていないけどネ)

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山片幡桃(やまがたばんとう)と恋のまじない

江戸時代の商家の番頭さんで、山片幡桃という方は、死ぬ間際に
「地獄なし極楽もなし我もなしただ有ものは人と万物」
「神ほとけ化け物もなし世の中に奇妙不思議の事はなお無し」
と詠んだとか。

しかし、いくら山片幡桃が

「狐狸妖怪の類は現実には居ないのだ」

と説いたとしても、それを信じたくなるのが人の心でありましょう。
江戸はおろか、明治、大正、昭和、平成になっても、つまり山片幡桃の時代から200年経過しても、人には狐狸妖怪、摩訶不思議、易占い、風水予言、つまり現象として説明のつかないものを信じたくなる心理がある。

とくに子どもはこういう話題が大好きだ。
女の子が家から占いの本を持ってきていて、不思議なおまじないをやっている。左手の甲に赤いペンで好きな人の名前を書き、その上に絆創膏を貼って、3日間そのまま過ごすのだ、という。すると、摩訶不思議なことに、大好きな〇〇くんが、笑顔で話しかけてき、次第に恋が成就するのだとか。

その子はすでに何度もそれを繰り返しているが、効果が絶大なのだそうだ。
3日目。
偶然にも、彼女が水道で手を洗っている時に話しかけてきたらしい。
相手は、同じクラスのその〇〇くんという、目元の涼しげな少年。
彼女はすぐさま、
「おまじないの効果だ!」
と思った。
また、給食当番のときに、おかずの入った容器を返すタイミングが同じになり、その、大好きな〇〇くんと目と目があった。これまた、絶大なるおまじないの効果だといえよう。

わたしは彼女に、

おまじないは面白いけど、本当に恋をかなえるためには、おまじないはやめたほうがいいかもよ

と言いたくなる。
(しかし、言ってない)



〇〇くんは、けっこうな勉強家である。
西洋の児童文学を読んで、感想を書いてくるような子である。
5年生で、ゲド戦記(岩波書店)を読んでいるような子だ。
また、理科の実験で、めだかの観察をするのに、毎朝かならず顕微鏡をのぞいて、成長過程をメモするような子である。

こういう科学的な思考の子に、「おまじないでラッキー」という感覚は、どうも合わない気がしている。だから、この恋の行方が、相当に心配、である。

現に、〇〇くんは、利発なRさんと、よく活発に会話をしているし、今はそうではないが、Rさんと隣同士だったときはまったく良い雰囲気だった。ノートも見せ合うし、お互いに一目置き合っている気配があった。

手の甲に赤ペンで書くのも、良い。
おまじないの効き目を信じるのも、良い。
つまり、その行動自体が良いとか悪いとか、価値の有無を問う問題ではない。

しかし、おそらくおまじないを信じているために、話しかけるチャンスを失ってしまうことの方が多いだろう、と思う。

おまじないの効き目が、徐々に効いてくるのを待っている間に、恋敵のRさんはガンガンと、笑顔で彼に話しかけているのだから。


ねえ、ねえ!

おまじないやってる場合じゃない、やで!

まじないなんて、マジ、無いし!

Yamagata_Banto_statue

上は、おまじないは脳内の仮想処理データでありフィクションに過ぎない、と喝破した、江戸時代の思想家、山片幡桃さん。

60代、70代は昆虫少年のこころを失わない

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先日の土曜日に、近所の公民館で、昆虫の話を聞いた。
市では生涯学習の一環としてこのような出張授業を企画していて、地域の良さを知るためのさまざまな講座を開いてくれている。

今回は、ご近所に暮らす何人かの方たちが、企画したものだった。

わたしの暮らす愛知県岡崎市でも、豊かな自然が残っている。この地元の自然の豊かさについて、職員の方が昆虫の視点を軸にして話をしてくださった。

すると、絶滅に瀕した昆虫の話が出たり、逆に本当はいなかったような南方型の蝶やバッタ、カミキリムシなどが北上して分布をひろげている、というような、めずらしい話が出てくる。

これは〇〇公園にいました、とその方がパワーポイントの写真でみせてくれたものをみると、

「おお、こんなのがいたのか!」

と、会場からどよめきが起きる。〇〇公園って、すぐそこの公園じゃないか。そんな身近なところに、こんな台湾や九州に住んでたような毒々しい模様の虫が、棲み始めていたとはッ!

面白かったのは、この話の後、会場の聴衆が、異様に盛り上がっていたことであろう。

その盛り上がりは、いったい何だったのか。

会場には割合からいって、60代以上の男性の方たちが多かった。
その男性陣が、軒並み、興奮しだしたのだ。

「おれは、昔からトンボに興味があって、〇〇川の近くでそういえば大型のマルタンヤンマを見たことがある」

とか、

「昔からクワガタに興味があって、ずっと追いかけていたが、近頃くぬぎの木が少なくなっていけない。町会長と先日話をしたが、神社の松が、枯れてしまったので切り倒した。そのあとに何を植えようかと相談していて、くぬぎを植えることにした。カブトムシがくるといいが」

とか、

「おれが子どもの頃は、〇〇の工場の裏の林で、よくテンを見たことがあった。すばしこくてすぐに逃げたが、あれはテンだった」

など、生き物に関する情報を、もうまったくとどめておくことができないようで、もう蛇口から水が漏れだす如く、一気にしゃべりだした。

ニホンミツバチを飼い始めた、という方も中にまじっていて、

「ミツバチ。やっぱり、あんなに面白いものはありませんな。女房や娘たちからは嫌われていますが、わたしはもう、毎日のようにミツバチの巣箱を見に行って、かわいいミツバチが野に出ていく姿、懸命に子育てをする姿、集団で話し合っている様をみると、もうそれはそれは、わが子のようで・・・」

と、まなじりをさげて、幸福そうに話し始めるのでありました。

結局のところ、男というのはもう、なぜだか知らないが、動くのが面白いのか、おもちゃ感覚なのか、なんなのか、ムシが好きなんでしょうね。生まれつきだから、仕方がない。

この会合に、60代、70代の元・少年たちが、大勢参加していたのは、なぜか。
それは、実は決して失うことのない、昆虫たちへの愛を再確認するためではなかったか。

足の悪い方も、久しぶりの外出だ、とおっしゃる方も、みんな虫のことが大好きだったのだ。そして、その虫を追って、夏の空の下で、きらきら光る太陽の光線を浴びながら、夢中になって駆け回ったあの頃を、思い出したわけだ。

ミックジャガーのコンサート後のような、熱狂的な余韻を残して、講座は終了した。

公民館の温度は、熱狂のあまり、2,3℃、上がったようであった。

ああ、なぜ、昆虫に、多くの少年は、こころを奪われるのだろうか。

なんてったって、かっこよく飛ぶし、かっこいい甲殻に包まれているし、かっこいいデザインしてるし、ともかく、自分の手のひらの中で、動くんだもの。ぼくに捕まってくれたんだもんネ。感謝、感謝ですよ。

クスサン幼虫をもらった手のひら

ちんあなごのように

人間は 
ちんあなごのように
上を見て 下をみて ナナメ上をみあげる

人間は
ちんあなごのように
ゆらゆらと じっとして 少し動こうとして


IMG_2622


いつも足元をみられないように
大事なところはいつもかくして
せいいっぱい 顔だけは出していようと

遠くの未来と 遠くすぎさった過去を見たいと
ゆらゆらと 定まらない視点で 目だけは懸命に見開いて

まばたきは するものか
まばたきは するものか と



わたしは はたして、見ているのだろうか
わたしは 見ていると思っているだけ、だろうか
わたしは なんのために
まなこを 
けんめいに まなこを
ひらいていれば 見えるはずと



なんのために 見開いていく
ああ、なにも映りはしない
なあにも 波間にゆれているだけ
なあにも 波間に ただ ゆれているだけ

人間は ちんあなごのように
ただ、観なければならないと
精いっぱい、見開いていなければならぬと

歩くことのできる足と
泳ぐことのできるひれと
仲間にハグできる勇気を

いつか思い出すことができるだろうか
ああ 人間は

chinanago
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