相手に共感する事は、弱さの表明だと思っている人が、います。
逆ですよね。相手の気持ちに寄り添う事は、自分の感情を大切に保持しながらも、相手を受け止めようとするわけで、強いわけです。
これはちょっと、人によってはキツイ話ですが、相手に共感したら負けなのだ、という心的状態である方もあります。
ずっと感情的になって、子供を叱り続けてきた経験を持つ親にとっては、これを受け入れるのはかなりきつい。
共感する
→ 子どもの痛みが見える
→ その痛みの原因が自分だとわかる
→ 自分が「加害者」だったという事実
→ 自己像が崩壊する
→ 耐えられない
→ だから共感しない
体罰と怒声罵声で後輩をしごき上げる有名なスポーツクラブがあったとしましょう。これはなかなか変わらないと思います。残念ですが。
それは何故かと言うと、後輩の気持ちに共感したら、自分が加害者だと言うことがわかってしまうわけですから、耐えられないわけです。だから決して共感はできないんじゃないかなと思います。
元巨人軍の、桑田真澄さんがいますが、桑田さんは、この状況をなんとか変えようとしていろいろ発言されておりますね。
最近の教育心理学研究によれば、結局共感能力が育たないのは、以下の図式のようです。
自分が共感されなかった(幼少期の欠損)
→ 感情を識別する能力が育たなかった
→ 感情=排除すべき問題、と学習した
→ 共感=弱さ、と信じるようになった
→ 共感しないことが自己防衛になった
→ 子どもに対しても共感できない
→ 子どもも共感を学べない
ということのようです。
柔らかい感情は、どうも、「弱い」と勘違いされやすいのかも?
相手の気持ちをしなやかに受け止め、相手の感情に共感する行為は、決して、「弱さ」では無いのですがね。































