話題になった子は、幼い時からチックがあったとのこと。
チック、と言うだけで、もうこれは論文が何百も何千もあり、著作がこれだけで何百冊とあるでしょうから、本当はすべてを読み終えた上で論じるのが必要です。
この親を批判するわけではありません。そうではなく、おそらくこれが世間一般の教育やしつけに対する考え方だろうと思ったのです。いわゆる子育ての常識、あるいはしつけのスタンダードな意見でしょう。
チックがある子に、お医者さんにこう言われたとのこと。ストレスを緩和するように、何がストレスなのかを見極めること、そのストレスを与える状況を少しでも緩和したり変化させたりすること。
まぁこれは妥当です。
どこの小児科医も児童心理学の先生も、身体症状が出ている子に対して、まずは健やかに健全に育つことを願うのです。チックは何かしらの心の訴えでしょうから、まずはその子がストレスに耐える力をつけると言うよりは、まずはそれらを取り除き、ストレス要因を緩和してあげるのです。親ができる事は環境を整えてあげることです。
ところが、そのことに対して、
甘やかされると、成人までに失敗や挫折を知らないから、独り立ちしたときに何もできなくて失敗する。また、失敗したときに、それに対処する術を持たないから、回避することができなさそう。それまで親が全部障害を取り除いてくれたんだろうから。だから、甘やかされた子は、挫折しそう。というような意見がある、と。
だから、【甘やかすべきではない=ストレスは与え続けても良い】
という結論。
それについて、先生はどう思われますか、ということでした。
その方は父親で、それもわかるとおっしゃっていました。つまりその父親からしたら、両方ともうなずけるのだと言うことなのです。
世間一般によくある、甘やかすのはダメだ、という論調。それもわかるし、我が子を支えたい、それは甘やかすことになるのか、どうなのだろうか、とお悩みでした。
世間一般、多くの大人は「甘やかすのは良くない」と考えるのてしょうが、教員の多くはそうは考えないから、保護者懇談会などでは、ズレが生じるのです。
私はこの論、つまり「失敗をさせないのは間違い。だから甘やかすのは間違い」という論の展開は、無理があると思います。
まず、失敗をしない子はいません。計算間違いをしなかった子は、世の中にいるのだろうか。
怪我を全くしなかったり、漢字をすべて書けたりする子の方が少ないのでは。
ケンカをしたり、お茶をこぼしたり、普通はみんな、失敗ばかりです。
甘やかされると、成人までに失敗や挫折を知らないから、独り立ちしたときに何もできなくて失敗する。また、失敗したときに、それに対処する術を持たないから、回避することができなさそう。それまで親が全部障害を取り除いてくれたんだろうから。だから、甘やかされた子は、挫折しそう。
もう一度文章載せました。
上記の意見では、もしかしたらもっと程度の大きな失敗のことを指すのかもしれません。
受験の失敗でしょうか? あるいは恋人との破局でしょうか。子ども時代のことを話題にしているのですから、成人までという括りで考えてみると、学生時代の恋愛かあるいは大学進学あるいは希望する会社に就職できなかったと言うような失敗挫折の経験を指すのかもしれません。
だとすると、これらの失敗を回避できたのは甘やかされたからでしょうか?
本人が頑張って努力して、自分の実力に見合った志望校を選んだ結果、ストレートで合格できたと言うだけのことのような気がします。合格できたのは甘やかされたからでしょうか?
あるいは恋愛の成功は甘やかされたからでしょうか。逆に恋愛に失敗したのは甘やかされることがなかったからでしょうか?
こう考えてみると、ここで言う成人までの挫折や失敗と言うのは、一体何のことを指しているのか、疑問です。
小学生での挫折や失敗とは何でしょうか?
毎日小学生は失敗ばかりしていますが、同時にリカバリーをしています。消しゴムで消して書き直したりしています。あるいはうまく発表できなくて、言葉が詰まったときに誰かからひそひそ声で教えてもらうこともあったり、友達と相談したりしてうまく言い直せたりしています。
これは甘えたからでしょうか?
これを甘えだと言うのであれば、わざとみんながその子を無視したようにして、正解を教えたり、助けたりとかしないほうがよかったのでしょうか。そしてそのようにして、友達から助けてもらったり教えてもらったりすることを、無しにすると、成人してから失敗や挫折をしないのでしょうか?
挫折や失敗を恐れず挑戦する勇気や、挑戦しながら様々にうまくいかなかった場面が出たときに、どのように解決していけば良いのか、自分だけでなく周りの人の意見を聞いたり助けを借りたりしながら、人々の協力に感謝しつつ、成功あるいは実現を目指していけるのはどちらのタイプでしょうか?
失敗をすればするほど、鍛えられて強くなると言う論理は、わからないこともありません。昭和のスポーツの世界はそうだったと思います。現代でも通じる部分は大いにあるかと思います。
しかし、スポーツの世界であっても、失敗をしたら、もうそれで放って置かれるだとか、誰もヒントを与えず、誰も協力せず、誰も練習の相手にならず、お前はダメだと突き放しておいて、その子は何かを得ることができるのでしょうか?
甘やかすとはどういうことでしょうか。
この文脈だと、まるで正反対になってしまいました。
私は、挫折をしやすい子育てるんだったら、簡単なのは、周囲がその子と関係を断つことだと思います。
関係を絶たれた子は挫折をしやすくなります。
なぜなら、人を信頼できないからだし、こうしてほしいと、自分の希望を伝えることもありませんし、人と協力しようと言う素振りを見せなくなるからです。そんなふうに、ひとと交わらずに成長するほかなくなるのです。一人でやらねばと考えている限り、挫折はすぐでしょう。
つまり、挫折をしやすい子と言うのは関係を絶たれた子です。
関係を絶たれた子は、自分だけのエコーチェンバーの中に浸り、自分だけの身勝手な価値観で生きていくようになります。
逆に、自分の失敗や成功も含め全てひっくるめて受容してもらい、周囲の反応を得て、何かしらのコメントをもらい、困ったときには相談に乗ってもらえると安心感を得ていた子は、まわりから十分な関心を得て育つことができたために、人の助けを借りることの感謝を覚え、自分もまた人を助けようと言う気概をもつために、挫折をしないのです。
もう一度、あの文章を見てみましょう。
甘やかされると、成人までに失敗や挫折を知らないから、独り立ちしたときに何もできなくて失敗する。また、失敗したときに、それに対処する術を持たないから、回避することができなさそう。それまで親が全部障害を取り除いてくれたんだろうから。だから、甘やかされた子は、挫折しそう。
いいえ。十分に甘えさせてもらえば、挫折はしません。それどころか、十分に人の心を理解する子に育ちます。
逆に、親の顔色を伺うことが常で、甘えることができず、親の機嫌を取りながら育った子どもは、心の中では、人を信頼することをせず、誰かを頼ったり人に感謝したりすることを知らないで育つでしょう。挫折するのはどっちでしょうか。














