最近わかってきた。
私は教員になることが目的ではなかったようだ。
20年ぐらいやって、ようやく見えてきました。
自分自身が、なぜこの道を歩いてるのか、ということが。
私は多分、ブログを書くということの方が本来の目的だったのだ。
ブログを書く書きたいという思いが、まずは根底にあって、それを叶えるツールとして選んだのが教員という仕事だったわけだ。
だから別に、本当は教員でなくてもよかったんだろう。
20代で、出版社に関係し、新聞作りの仕事をしていたときの事。その時は、これこそ自分の天職だ、と思っていた。
取材をして、写真を撮り、記事を起こし、インタビューをして。そのすべての行動が楽しくて仕方がない。朝もバッチリ目が覚め頭がフル回転。次はどんなことをしてやろうと計画するのがワクワクしてたまらなかった。
この時も、それはただのツールでしかなく、本当の目的は書くためでした。
この世の何かを解き明かそうとして、自分は調べている調査員のつもりでした。書く記事は、その調査の報告でした。
別の惑星からやってきて、この星の調査をしていると言うCMがありました。サントリーのボスと言うコーヒーのコマーシャルです。
Tommy Lee Jonesは、宇宙人ジョーンズとして、この星の生物、人間に関する調査をしているという設定でした。
気分はそんな感じでしたからね。
インタビューをしながら、この人はどうしてこんな風な境地に思い至ったんだろうと言うふうに思うと、どんどんと質問したいことが湧いてくる。インタビューと言うのはそういう仕事でした。それをまた自分が咀嚼し直してから記事にする。
自分の記事が掲載されると、それを何度も読み返しながら、もっとこんなことが聞けたのになぁと言うふうに思いながら過ごすのが極上の楽しみでした。
今子供たちと一緒に暮らしながら調査員と言う私の立場が変わっていないことに最近気が付きました。私は編集者である以前に、また教師である以前に、システムエンジニアである以前に、調査員だったのです。
宇宙科学研究所で勤務している時も、なんでこの人たちはこんなふうにして別の惑星を調査してるんだろうと思いながらネットワークやセキュリティーの仕事をしていました。
ひのとり、とか、ようこう、とか、MUSES-C(はやぶさ)とか、かぐや、とか。
なんでこんなに調査をしているんだろうと言うふうに思いながら、調査をする人たちを調査している感じでしたかね。
最近、私が調査しているのは、人間は、仕事と言うものについて、今一度捉え直したほうがいいんじゃないかと言うことです。
全く掃除をやろうとしていない男の子がいたとします。なんでやらないのかと聞くと、おそらくめんどくさいと答えるようなタイプの子です。
その子はあることをきっかけに、急にお掃除に目覚めて、爆発的なエンジンを持ってお掃除を始めるわけですが、この事は非常に調査の対象になりますね。
脳の仕組みに関係があるんでしょうか?
そういう子たちを、日々見ながら、その子たちの正直な感想や態度や表情などを見ながら、なぜ人間はこういう時にこんな感情に陥るのだろうと言うことを、日々調査しているのが、私の仕事なわけです。
この調査癖(へき)、というのは、私はどうやら生まれながらにして持っていたものと言うよりも、小学生低学年から中学年位にかけて開発されて濃厚に持つようになったと思います。
それが、学研と言う会社が出していた雑誌で科学と学習というのがありました。その雑誌が私に対してものすごく大きな影響を持っていたと思います。これが私の調査癖を、増大させました。
また、もう一つは、光のくにと言う出版社が当時はありまして、その会社が出していた図鑑シリーズの挿絵が素晴らしかったことにもよります。全部手書きの挿絵だったんですよ。昭和の時代ですからね。そしてその絵が、なんとも美しく味のある絵だったわけです。おそらく紙芝居を書いていた人たちが、戦争が終わった後にいろいろな出版社に集められて、ベビーブーム世代のために、挿絵を書いたのでしょう。図鑑の。
一つ一つの挿絵に込められた芸術性に、私は打たれまして、世の中はどうなっちゃってんだろうかと言うふうにページをめくるごとに驚愕したのを覚えています。特に大好きだったのは深海魚ですね。深海魚は年に1回は見に行くほうが良いと思います。この世の中は人間だけでできているのではないと言うことを骨の髄から教えてくれる施設です。
まあ、こういうことが、徐々に徐々に私の中に貯金されていき、今の【調査癖(へき)】になったんでしょうね。

私は教員になることが目的ではなかったようだ。
20年ぐらいやって、ようやく見えてきました。
自分自身が、なぜこの道を歩いてるのか、ということが。
私は多分、ブログを書くということの方が本来の目的だったのだ。
ブログを書く書きたいという思いが、まずは根底にあって、それを叶えるツールとして選んだのが教員という仕事だったわけだ。
だから別に、本当は教員でなくてもよかったんだろう。
20代で、出版社に関係し、新聞作りの仕事をしていたときの事。その時は、これこそ自分の天職だ、と思っていた。
取材をして、写真を撮り、記事を起こし、インタビューをして。そのすべての行動が楽しくて仕方がない。朝もバッチリ目が覚め頭がフル回転。次はどんなことをしてやろうと計画するのがワクワクしてたまらなかった。
この時も、それはただのツールでしかなく、本当の目的は書くためでした。
この世の何かを解き明かそうとして、自分は調べている調査員のつもりでした。書く記事は、その調査の報告でした。
別の惑星からやってきて、この星の調査をしていると言うCMがありました。サントリーのボスと言うコーヒーのコマーシャルです。
Tommy Lee Jonesは、宇宙人ジョーンズとして、この星の生物、人間に関する調査をしているという設定でした。
気分はそんな感じでしたからね。
インタビューをしながら、この人はどうしてこんな風な境地に思い至ったんだろうと言うふうに思うと、どんどんと質問したいことが湧いてくる。インタビューと言うのはそういう仕事でした。それをまた自分が咀嚼し直してから記事にする。
自分の記事が掲載されると、それを何度も読み返しながら、もっとこんなことが聞けたのになぁと言うふうに思いながら過ごすのが極上の楽しみでした。
今子供たちと一緒に暮らしながら調査員と言う私の立場が変わっていないことに最近気が付きました。私は編集者である以前に、また教師である以前に、システムエンジニアである以前に、調査員だったのです。
宇宙科学研究所で勤務している時も、なんでこの人たちはこんなふうにして別の惑星を調査してるんだろうと思いながらネットワークやセキュリティーの仕事をしていました。
ひのとり、とか、ようこう、とか、MUSES-C(はやぶさ)とか、かぐや、とか。
なんでこんなに調査をしているんだろうと言うふうに思いながら、調査をする人たちを調査している感じでしたかね。
最近、私が調査しているのは、人間は、仕事と言うものについて、今一度捉え直したほうがいいんじゃないかと言うことです。
全く掃除をやろうとしていない男の子がいたとします。なんでやらないのかと聞くと、おそらくめんどくさいと答えるようなタイプの子です。
その子はあることをきっかけに、急にお掃除に目覚めて、爆発的なエンジンを持ってお掃除を始めるわけですが、この事は非常に調査の対象になりますね。
脳の仕組みに関係があるんでしょうか?
そういう子たちを、日々見ながら、その子たちの正直な感想や態度や表情などを見ながら、なぜ人間はこういう時にこんな感情に陥るのだろうと言うことを、日々調査しているのが、私の仕事なわけです。
この調査癖(へき)、というのは、私はどうやら生まれながらにして持っていたものと言うよりも、小学生低学年から中学年位にかけて開発されて濃厚に持つようになったと思います。
それが、学研と言う会社が出していた雑誌で科学と学習というのがありました。その雑誌が私に対してものすごく大きな影響を持っていたと思います。これが私の調査癖を、増大させました。
また、もう一つは、光のくにと言う出版社が当時はありまして、その会社が出していた図鑑シリーズの挿絵が素晴らしかったことにもよります。全部手書きの挿絵だったんですよ。昭和の時代ですからね。そしてその絵が、なんとも美しく味のある絵だったわけです。おそらく紙芝居を書いていた人たちが、戦争が終わった後にいろいろな出版社に集められて、ベビーブーム世代のために、挿絵を書いたのでしょう。図鑑の。
一つ一つの挿絵に込められた芸術性に、私は打たれまして、世の中はどうなっちゃってんだろうかと言うふうにページをめくるごとに驚愕したのを覚えています。特に大好きだったのは深海魚ですね。深海魚は年に1回は見に行くほうが良いと思います。この世の中は人間だけでできているのではないと言うことを骨の髄から教えてくれる施設です。
まあ、こういうことが、徐々に徐々に私の中に貯金されていき、今の【調査癖(へき)】になったんでしょうね。






























