30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。

「子ども」とは

サンタクロースとは何者か、と言う問いを立ててはいけない理由

サンタクロースに関しては、1年生を担任した時が一番面白かった。
クラスで2時間くらい討論した。
どこから家に入るのか?

問いの立て方が、具体的だった。
サンタって、何だろう?というような、ふわっとした問いなら、あんなに盛り上がらなかったと思う。

ところが、この時の問いは違った。
「サンタはどこから家に入るのか」
この問いは、とても具体的だった。

私が問いを立てるときに気をつけていることがある。
数学者の岡潔が本で書いていたことだ。
「問いを静かに3回繰り返して唱えろ。その間に複雑化するようであれば良い問いだとは言えない。しかしその間にシンプルに定まるようであれば良い問いだ」

色々と注釈をつけたくなったり、頭の中で解説が始まったり、枝葉の部分が増えるようであれば、それはまだ吟味されていない問いなのだ。
そして、問いと言うのは、自分の中心から発するものであるべきで、よそからの借り物ではまずい。岡潔は数学者だから、思考そのものに美しさを求めた。

さて、「サンタはどこから家に入るのか」という問いは、「サンタは何者か」という問いとは大違いである。それは、whatやwhyを問うような、東洋的な思想ではなく、How toを問う。近代の合理性に基づく、西洋的な科学的な思考であります。

従って、非常に教室の中での討論には向いている。

実際に教室の中で問うべきなのは、こういった西洋的なハウツーを話題にするのが良い。様々なアイディアが出てきても、合理性と言う1点で、全員の納得を得られる【解】が存在するからだ。

ところが、教師側が誤って、東洋的な思想を用いて、「サンタとは何者だろうか?」と言う問いを立ててしまうと、それはどこにも合理性を見出すことができず、全員が合理性と言う1点を指針にすることができなくなり、どんな解でも、それぞれの納得と言うものがあれば、それで良いと言うことになってしまう。つまりこの時の討論は、話題は広がるが、収束はしなくなる。

以前の記事に、小学1年生がこの討論をしたときのことを載せた。反響がずいぶんあり、先生の仲間から、「私もやってみました。面白かったです。」と言ってもらったりして、なるほど。問いの立て方は大事だなぁと勉強になった。


さて、今年は3年生である。
3年生の教室で、給食の時間にふと話題になったのが、サンタのそりは、なぜ飛べるのかと言う点であった。
これは、「サンタのソリは、どのような仕組みで飛んでいるのだろうか」と言う問いにすることができる。これはかなりシンプルである。岡潔のように、静かに3回繰り返しても、心の中で複雑にはならない。

これを言い出した子は、ただの面白いことを言った、ちょっと受けた、と言うだけでおしまいにするつもりだったようだ。話題にして30秒も持てば大丈夫、と言うつもりだったと思う。

ところが、私は、その問いが面白すぎて、次の時間に、15分ぐらい使って、みんなに紙を配ってその理由を書いてもらうことにした。

クラスの半数以上が、西洋的な魔法を信じていることがわかった。サンタが主体的な態度により、ソリとトナカイに、ある魔法をかけているのです。それは、魔法の粉とも言うべきもので、実際にディズニーの映画もしくはアニメの中で、サンタが、魔法の粉をふりかけたのを見ている子が何人もいました。

ここからが大事なんですが、多くの子がその行為によって、「あ!だから、そりは飛ぶことができているのだー」と納得をしたということなんです。彼らは西洋的な理解の仕方をしています。ソリは自分の知っているソリと同じです。しかし、そのソリには、具体的に粉を振りかけられたので、デバイスが、その能力を得たということです。

さらに、3割ほどの子は、理由はないが、なんとなくサンタの存在ってそんなもんなんでしょ、なんか神がかってるんでしょサンタって。
・・・という、東洋的な理解を示していました。天女が飛ぶのと、同じ納得の仕方です。あるいは浦島太郎で亀が喋るのと同じで、なんかそういったもんなんでしょと言う理解です。
ソリというデバイスに、何か具体的な、納得のできるような工夫があるのかどうかは問わないのです。「なんかそうらしい」と言う、曖昧模糊とした納得の仕方でも、大丈夫だと言う層が3割いるわけです。

少数派でしたが、クラスの1割ほどは、よくトレーニングされたトナカイが、生体デバイスとしてグレードを上げるのだと言っていました。

「にんじん食べるでしょ?」

私は古い人間で昭和生まれなので、このことを知らなかったのですが、何か、クリスマス・イブの夜ににんじんを屋外に吊り下げると言う風習があるんですか?

イブの夜、西洋の子どもたちはトナカイのために「ニンジン」を外に置いておきます。これを食べることでトナカイが超人的なパワーを得る、という説明です。

この子たちも、ただ単に、いきなりトナカイが、重たいそりとともに、空中に飛ぶわけがないと信じているわけです。
これを納得させる何かしらの処方が必要となったわけで、そこで西洋の大人社会は、イヴの夜にイベントを仕掛けます。窓の外ににんじんをぶら下げるのです。すると、世界中の子供たちがにんじんをぶら下げることになり、その子供たちの夢の詰まったにんじんを食べることにより、デバイスに変化が生じ、トナカイは空を飛べると言うことです。これは西洋理解です。

そのため、こんなふうには思わないのです。

「トナカイってのは、たまには空を飛ぶんだよ」

サンタとはそういうものだ、と言う理解はしないんですね。というかできないのです。これは西洋の合理的知性が、「そんなわけないだろう」と、否定するからですね。
ところが、東洋の子供たちは納得を先にします。天女は空を飛ぶんです。そして、龍は、風と雲をあやつって、自在に空を飛べるんです。羽がなくても。

今、クラスには、西洋的な理解で納得する子が半分、東洋的な理解で納得する子が半分。
つまり、2025年のクリスマス時点では、日本と言うのは、ちょうどその半々、中間の地点に、国民性としては位置しているんではないかと思います。

西洋の子供たちは、Howを問うことを鍛えます。
東洋の子供たちは、どちらかと言うとそうではなくて、どうしてプレゼントを配るんだろう、というような哲学、サンタの存在意義は何か、という問いをもち、全体的なストーリーとして「理解」しようとすると思います。まずは不思議な存在を受け止め受容しようとする気がします。

昭和の子どもも、TBSで放送していた、まんが日本昔ばなしで、龍の子太郎がでんでん太鼓を持って、龍の背中に乗って飛んで行きますが、あの龍には羽根なんて生えてません。それでも飛ぶことにみんな納得していたわけです。
これは合理性とは言えませんね。龍の持つ精神性と、神通力と、雲や風と言う自然の力と、「気」の流れで、ストーリーとして、龍が飛ぶのは、あり得る、と納得するのが、昔からの日本人の性質です。

「あの龍、羽が無いのに、飛ぶわけねーだろ」

と、騒ぎになった事はありません。
ところが、西洋の子供たちは違います。あくまでも合理性を追求したくなる心理性を持っております。だから、アメリカ合州国の子どもに、あのオープニングの動画を見せると、

「このドラゴン、羽が生えとらんやんけ」

と言うそうです。

確かに、エルマーと龍でも、あのドラゴンには羽根が生えていますもんね。デバイスのほうに、何か仕掛けがない限り、飛ぶわけないだろと思うわけです。だからエルマーとりゅうの挿絵では、龍はしっかりと羽を動かして飛んでおります。

東洋的理解と西洋的合理性、どちらが優れているかは分かりません。
風と気をあやつる龍と、羽を動かすドラゴン。
どこに重点を置くかが異なる国民性なわけです。

ここが、トヨタとテスラの違いです。
Appleは、東洋思想を重視したスティーブ・ジョブズがいましたので、その中間に位置します。

話が長くなったので、トヨタとテスラの違いはまた今度しますね。

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赤ちゃんタイム!

赤ちゃんて、よくまじまじと見てきますね。
赤ちゃんをこちらが見てるんですが、そうと思えない時もあります。赤ちゃんが私を観察しているんだなと思う時があります。
眼力(ガンリキ)が赤ちゃんの方が数倍強い場合です。

大人はこの場合大抵負けます。
大人には時間がないからですね。
観察しても、「あ、大体わかった」と、時間を節約しようとします。

ところが、赤ちゃんには時間がもったいないなどと言う概念がありません。これの観察が終わったら、次はあれをして、それが終わったらこれをしてという予定もないからです。

なので、もう時間を超越してこっちを見てきます。大人はその目力に、屈服するほかありません。

私はまだ孫がおらんので、つい最近出会った赤ちゃんは、なんとクラスの保護者懇談会でした。
個人懇談の場に、赤ちゃんを抱っこしておいでになったのです。

こういう場合、話の半分が、クラスのその子のことではなく、半分が赤ちゃんの話題になることありますね。そうならない場合もありますが、そうなる場合もあります。

その日は、赤ちゃんの話題になってしまいました。その子が宿題をやってこないと言うことをお母さんに直接、訴えようかと思ったんですが。

言葉の切っ先が鈍りました。

小学校3年生の息子も可愛いが、この子も可愛い。

ほとんどの文脈はそうなりました。
仕方ないです。
で、その赤ちゃんは、私を生まれて初めて見る宇宙人のように、マジマジと見てきました。

私がしゃべる様子を、ずっと、「なんだ、こいつは」と言う目つきで見続けてくるのです。

私は人生はこうあるべきだと思いました。
人生なんて、生まれてから死ぬまでのことです。
時間をどのように使うかなんて、自分が勝手に決めれば良いことです。人間と言うのは誰からも自由であるべきで、本当はそう生きるべきです。

ですから、この赤ちゃんのように、次の予定がどうこうなんてスケジュール帳めくって、考え込まなくても、興味があることに邁進していくのが本当だと思います。

ところでスケジュール帳なんて、なんであるんでしょうか?
効率よく進めたいから?

朝のルーティーン、昼のルーティーン、夜のルーティーン。
全部こなすといろいろ良いことが起きますか?

ところが、長年人間を続けていますと、このマンネリにも似た、惰性で続けているような、ルーティーンが1番心地がいいんですね。

しかし、そのルーティーンばかり続けていると、部屋は片付くし、灯油はちゃんと買ってあるし、ゴミはちゃんと捨ててあるし、タイヤの交換もきちんと済むのですが、それだけで1日が終わってしまいます。

そこでこの赤ちゃんタイムです。
時間を忘れて興味のあることにずっと自分の矢印を向ける。
この赤ちゃんタイムが何よりも貴重です。

私は日曜日の午前中は赤ちゃんタイムにしています。予定は空けておくのです。スケジュール帳には何も書かないんです。赤ちゃんタイムの予定も立てないのです。赤ちゃんタイムに何をするかは事前に決めないのです。その時の心の発動に100%人生をかけるのです。

ところが今日は溜まっていたガラス瓶の処理や紙ゴミの片付けとか、息子がインフルエンザになったので、冷えピタを買いに行ったりとか、そんなことで赤ちゃんタイムが消費されてしまいました。

いえ、この消費されたと言う感覚自体がダメなんです。

集中した赤ちゃんタイムを興味、100%でやりきった、と考えた方が良いです。

結論、赤ちゃんタイムは赤ちゃんにしかできないことがわかりました。
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紙飛行機を生まれて初めてつくる3年生

皆さんは紙飛行機はいつ作りましたか?
生まれて初めて作ったのは、いつですか。

保育園?
小学校のとき?

さて、インフルエンザが猛威をふるう中、学級閉鎖が相次ぎました。
うちのクラスは無事でしたので、体育館で遊ぶことにしました。
ふだん、体育館を使用することはできないのです。いつもは高学年のクラスが使いますから、他の人が使って良いような空き時間は無い。

しかし、今日なら使える。空いている。

チャンス到来!
体育館が使える!

私は、子どもの頃、体育館で思いっきり紙飛行機を飛ばして遊んだ記憶があります。昭和の時代です。あの頃は、ブームと呼ばれるものがありました。ものすごい数の小学生が、いっきにローラースケートを始めたり、ほぼ同時期にルービックキューブを始めたりしたものです。

お相撲さん、力士の消しゴムが流行りましたね。
私は貴乃花とか若乃花とか持ってました。もちろん、先代の、です。貴乃花は大関でした。筆箱の上でトントン叩いてよく遊んだものです。
その前は、スーパーカー消しゴムが流行りました。ランボルギーニとか、デトマソソパンテーラとか、ミウラとかポルシェが人気がありました。

同じように、紙飛行機ブームってあったんですよ。少し固めの良い紙で、クリップにゴムを引っ掛けて飛ばしたりとか、めちゃくちゃよく飛びました。

今の子は紙飛行機ブームを知りません。
なので、驚いたことに、3年生になって、初めて紙飛行機を折った子がいました。クラスでスイスイ紙飛行機を作れるのは、たった3人か4人程度で、他の子は「どうやってやるの」の繰り返しでした。

私が不思議に思ったのは、なぜそのクラスの中の3人か4人の子は紙飛行機が折れたんでしょう。おうちでやったことがあるか本当に稀なことですが、幼稚園の先生か保育士さんが教えてくれたんでしょう。あるいは児童クラブなどで。

紙飛行機をなんとか私が折って見せて、体育館で飛ばしてみせると歓声が上がりました。
時間をゆっくり慎重に紙飛行機をつくり、みんなでとばしました。

夢中!

あっという間に45分が過ぎました。
初めて飛ばした子がこんなにも多くいたのですが、みんなの目が本当に輝いていました。

私は1番の原因に思い至りました。
つまり、昔は紙飛行機を飛ばして良い場所があったのですね。
ところが、今はその場所がないのです。

教室で飛ばすと怒られます。
何故かと言うと、誰かの顔に当たってその子が困るからです。

家の中で飛ばすわけにもいきません。

じゃあ公園でとなりますが、その公園が見当たりません。
また、自分1人だけで飛ばすのは何ともつまらないんです。

これが最大のポイントでしょうかね。

友達に、

「見てて!」

と、大きな声で叫んでから投げるのが最高に楽しいのです。

それを交互に、お互いが繰り返していくのです。
ほとんどセリフは、「見ててー」だけです。
でも最高に楽しいです。

土曜日・日曜日になると、友達は習い事に行ってしまって、家にいませんから、友達を誘うことはできないのです。
だとすると「紙飛行機飛ばし」は、学校の中でやるしかありません。友達がいるというのが保証されている場所が学校なのですから。

実は、今の学校が持つ社会的な意味合いは、そのことが1番大きなものなのかもしれません。「目の前に友達がいる」という状況を用意してあげるということ。
我々大人世代は、そのことにあまりにも鈍感なのです。友達がいる空間を用意するのは、今や、学校にしかできないことなのでしょう。

紙飛行機を飛ばしたことがないのは、なぜか。
結局、普段は目の前に友達がいないからです。友達がいる場合は、それは学校なので、紙飛行機は飛ばしてはいけなかったのです。

ところが、逆に言うと、学校で紙飛行機を飛ばす時間を確保できれば、それは夢の時間に変わるということです。

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学校や公園からジャングルジムが消えるわけ

クレームを入れる人には、決まって、ある寂しさが付きまとっている。

これはクレームを受ける立場になった人の多くが感じ取っていることではなかろうか。

保護者も同じであります。
保護者は特に誰に言うこともできず、すがるような思いで担任に電話をしてきます。
友達とのトラブルがあった場合は、我が子の言葉を100%信じるわけでなくても、やはり、相手にも過失があっただろう、間違いがあっただろうと言う気持ちがあるから、相手を責めるような口調で電話をかけてきます。それがエスカレートすると、学校の対応がまずかったと言うことを言いたい、うちの子だけが悪ものではないと言う気持ちで、どんどんと口調が激しくなっていくことがあります。

クレームを言う人は寂しいんですよね。
自分の今の気持ちをなんと解消したら良いのか、不安で心細くて電話をかけていますから。

この時、電話を受けた学校の先生がやってはいけないことがあります。それは、使ってはいけない言葉を使うことです。
使ってはいけない言葉は、ズバリ、
「自己責任でしょ!」
という雰囲気やニュアンスのある言葉ですね。

クレームを言う人にこそ、包み込んであげて、大丈夫だよと支えてあげる気持ちで言葉をかけなければいけません。

昔に比べて、自己責任論は強くなってきています。昭和の時代は、それでも仲間がいて、それでも家族がいて、それでも親族がいて、長屋の大家さんのような人が周りにいて、その人を放ってはおかなかったのではないでしょうか。だから、お店に直接とか学校に直接とかクレームが届く事はあまりなかったのではないかと思います。

今は他に誰にも相談ができないから、ストレートに直球が飛んできます。自己責任だろと言う社会になったから、もう他にどうしようもなく、そうするしかないんでしょうね。

公園からジャングルジムが消えているそうです。
クレームが多いからだそうですが、これは要するに周りに相談できる人が減っているからだと思います。自分1人でなんとかしなさい。自己責任でなんとかしなさい、と言う社会風潮になってきたから、お互いに怖くなっちゃったんでしょう。

ジャングルジムで怪我をしたら、見かけた近所の人がすぐに救急車を呼んでくれたり、お母さんを呼んでくれたりしたんでしょう。ずっと以前は。

そのような社会の雰囲気がなくなったから、もう怖くて遊ばせられない。行政も、そこまでは面倒が見切れないということでしょう。

ドンドンと人が孤独になっていくことに比例して、先手を打って、安全策を取るわけです。人が孤独だと対処できないものは取り除いていくしかないのです。社会から。

孤独は弱い。一人ぼっちは弱い。
結局、社会全体が弱くなっています。弱い社会では危険なものは取り除くしかない。したがってジャングルジムは公園から消える。

社会の中で、人間が孤独になると、どうしてこうなってしまったのか、もっと人間は協力できる生き物だろうと思うのですが、なんでこうなっちゃったのか理屈がわからない。納得できる理屈が欲しい。そこで、【自己責任論】が唯一の納得のできる回答として浮かび上がってきたに違いありません。一人ぼっちというのと自己責任論は、お互いに相手を納得させられる存在ですからね。

孤独だとあぁこの世は自己責任だからなと自分を納得させようとするし、そんなの自己責任だろ!と、普段から繰り返していると、いつの間にか周囲から人の気配がなくなります。

結局、今の我々が選択している資本主義のような「社会システム」は、何かを強く意識したり、気をつけたりしていなければ、ふと気を抜くと、人間を孤独にするのでしょう。自己責任論は資本主義と、唯一相性が良いですから。

小学校と言う場所は、自己責任論が忍びよらないように気をつけなければいけません。気を抜いて扉を開けっ放しにしておくと、灰色の背広を着た【自己責任論】がふうっと、風のように学校の中に入ってきますから。

唯一できるのは、とにかく話しかけることです。目線を合わせることです。そして、あなたは大丈夫かどうか聞くことです。何かわたしにできる事はないかと聞くことです。あなたがどうしたいか、何を望んでいるのかを、ちゃんと目を見て質問することです。
大丈夫だ。うちはしっかり聞いているよと、伝えながらね。
それが唯一、自己責任論を足元に近寄らせず、人を孤独にしないための処方箋だと思います。

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家庭の三つの役割

「家庭が担うべき役割は、次の三点に集約されます。

(1)数多くの過ちを許容する場としての機能
現在の能力で「達成可能なこと」だけをこなしていても、人間的な伸長は望めません。
挑戦と試行錯誤のプロセスを経てこそ、深い洞察や理解は深まるものです。
失敗とは、「より実りある人生を送るためのデータ収集」にほかなりません。
挑戦を避けること、それこそが最も避けねばならぬ失策と言えるでしょう。
家庭は、失敗を許容する場でありたいです。

(2)多様な性質を受け入れる場所としての機能
人は皆、生育環境も思考様式も得意とする分野も異なります。
その「相違点」こそが、知識を得るための源であり、世界観を広げる鍵となります。
「皆が同じであるべき」ではなく、「それぞれが違っていて良い」のです。
まずは親が我が子を他の子と比較したり、似せようとしたりしないことです。
比較しようとしなければ、子どもに他者との違いを尊重し合う態度を育てることができます。
これは、今後の社会を生き抜く上での土台となります。

(3)社会全体をより良くするための基盤であること
幼少期は、試験に合格するためだけに存在する時間ではありません。
それは、社会に存在する課題と真摯に向き合い、より良い未来を創造するための原動力です。
人生は学ぶことの連続です。家族全員で「学ぼうとする姿勢そのものを学ぶ家庭」であってほしいと願っています。
結局のところ、
「人間とは、生まれながらにして自由で尊厳ある存在である」
この真理を、精神と身体に深く刻み込む場所、それこそが「家庭」なのです。

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1年ごとに子どもは成長する

1年生と2年生は全く違うし、2年生と3年生もものすごい違う。

子供は1年経つと、こんなにも変わるかと言う位に成長する。
時間軸を短めに取り、1週間でみても、かなり変わっているのだと思う。本当は。

子供は音を立てて成長していく。

昨日は運動会だった。
6年生を見ると、なんでこんなにも背が高く、なんでこんなにも足が速いのかと驚く。
また、キビキビと準備を手伝う6年生。
指示を的確に聞き、少しずれていたら自分で直してくれる。
6年生だなぁ、すごい気がつくようなぁと思う。


今年は本当に久しぶりに1年生から6年生までが一緒に午前中の4時間余りを共に過ごした。
1年生は、他の学年の競技を全て見ることができたし、コロナ禍のために中止されていた、おそらくほとんどの見たこともなかった大玉送りを全校でやることができた。

大玉に空気を入れて膨らませていたら、4年生の子がやってきて「何この玉!」と言ったのが職員室で話題になっていた。
4年生の子ですら、見たこともなかったのだ。
「こんなの、学校にあったの?知らなかった」

職員の先生たちだけが、6年前を知っている。


現在の小学6年生は、2020年度に1年生、2021年度に2年生、2022年度に3年生でした。
彼らが小学校に入学した2020年以降、学校生活の多くが制限下にあったため、全校生徒が一堂に会する従来の形式の運動会を経験していないのです。これは、おそらく全国的に見て珍しいことではないように思います。

2年前からは、コロナもだいぶ落ち着きを見せていた。そこで午前中開催と午後開催に分け、3学年ずつの前半後半交代制で行っていた。
そこでやはり一年から6年生までが全て揃ったわけでは無いから、大玉送りなんてやらなかったのです。

一番面白かったのは、綱引きで、これも1年生の子たちが興味津々で大縄を見て叫んでいたことですね。私が担任している3年生も、なんだあれは!と驚いていました。

こうしてみると、コロナウィルスが人間の生活や成長に大きな影を落としていたことがよくわかります。

6年生は確かに手際が悪かったです。しかしあの子たちは初見なのです。小さい時から見慣れていた光景だったら、どんなふうにやればうまくいくか、先輩の姿が確かに頭の中に残っていて、もっとうまくやることができたでしょう。

でも、私はその手際の悪さを責める気にはなれませんね。上手にはできなかったでしょうけど、その場で色々と気がついて、何とかして進めようとしてくれていました。10年前の運動会を知っている先生たちからすると、モタモタしているように見えても、誰もそんなことで腹を立てる先生はいません。彼らは初めて見たものに、一生懸命取り組んでいたのです。

片付けの時、いい光景がありました。
大縄は、引きずってしまうと、土ぼこりでものすごく汚れてしまうので、空中に上げて、そろそろと片付けるのですな。
すべての競技が終わった最後、その大縄が運動場にビヨーンと伸ばされ、3メートルおきに、子供がずらりと並んで、綱を泥汚れから守るために、一生懸命に空中にあげている姿は感動的ですらありました。

でも、みんなの顔が笑っていましたね。
生まれて初めてやることだから、楽しいんです。
何回もやったから飽きちゃったよと言う雰囲気はしませんでした。だから、今年の運動会は、なんだかいつもよりもとても楽しく微笑ましく感動的でした。

思うんですが、あれが楽しかったから、またやろうと言うのは時折やめてもいいんじゃないかと思いますね。0から考える、1から考える。そういう運動会があってもいいんじゃないかと思います。

私がやりたいのは、靴飛ばし競走です。
誰が1番靴を遠くに飛ばせるか。
令和の子供はやったことがないと思いますから。

私は職員会議で必ず出すのですが、却下されています。先生たちみんな笑顔になるんですけどね。お約束の冗談だと思われているみたいです。

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リンゴスターのYくんの話〜ひとを受容するとは〜


月曜日は、とくべつな日です。

月曜日の朝、子どもたちの様子をみると、その子の土日の過ごし方が、なんとなしに伝わってきます。

最初から、わたしに何かを言いたくて、にこにこしながら、近づいてくる子がいます。

また、そうでなくとも、満足げな子もいます。

なんとなく、眠そうにして、ボーッとしている子を見ると、昨日はいつ寝たのかな~と心配になる。


印象に残る子がいます。

友達とおしゃべりしている子でも、目が生き生きとして、たいへんに友達に丁寧に接している子です。

友達の話を聞いて、目をまるくして、

「○○くん、すごいね」

と話をしている子は、本人の満足度が高いのでしょう。

他の子の話を、聞いてあげられる余裕があるのです。

聞いてもらった子も、うれしかったようで、そこにあっという間に、イキイキとして、明るい楽しげな空間が生まれてきます。

そういう雰囲気をサッとつくってしまう子が、Yくんです。

Yくんは、なかなか利発そうな子で、いつも大きい目をくりくりさせている子です。髪の毛が、ビートルズのリンゴ・スターみたいで、ちょっとかっこいい。

Yくんのことでは、とても興味深いことがありました。

Tくんという子がいるのですが、彼はいわゆる「すぐに友だちを叩いてしまう」子で、女の子からは少し、敬遠されています。

同じ保育園の女の子の口癖は、入学時から、

「もう!Tくんったら!」

でした。

さらに、

「Tくん!やめてよ!」

です。

そう言われると、Tくんもプライドがあるから、そういう女の子の口を封じるために、さまざまに動いてしまうし、それが先生に見つかると、大体はTくんが悪いことになって、思い切り叱られてしまいます。

そういう保育園時代を過ごしていたものだから、Tくんは、入学してからもずっと、さみしいのです。





そのTくんにとって、尊敬できる友だちが、リンゴ・スターのYくん。


「先生、これ、Yくんのと、同じだよ」


と、得意げに、Tくんが自由ノートを見せてくれたことがあります。

お絵かきの好きな1年生ですから、休み時間になると、自由ノートにお絵かきする子がたくさん。
自分のノートに、恐竜やら、ロボットやら、なんでも落書きをしていると、あっという間に、ノートを消費してしまう。

Tくんも、お母さんに言って、新しいノートを買ってもらっていました。
これまでのノートには、白いところがなくなるくらいに、ぎっしりと、恐竜を書いていましたから。

その新しいノートを、朝、わたしに見せにくると、

「これ、Yくんと同じだよ。同じ赤い花があるし、恐竜もあるしね。これ、漢字?これなんて読むの?」

Tくんは、自分で気になったことを、すべて言わずにおれない衝動性があります。だから、私に話す時も、一度に、一気に、3つも4つも、話をします。

Yくんと同じノートを買った、ということが自慢でならないらしく、わたしに見せた後、教室に「おはよう!」と入ってきたYくんに、さっそく見せていました。

「Yくん!赤い花でしょう。このノート、Yくんと同じだよ。昨日、アピタで買ったんだよ。ね、ぼくのお母さん、アピタの近くで働いているから」

そこまでを一気に言うと、Tくんは、嬉しそうにニコニコしています。

ショート・ヘアのYくんも、最後まで聞いてあげると、

「ああ、いっしょだねー、赤い花だしね。ぼくのお母さんも、アピタで買ったんだよ。いっしょだねー」



この対応を聞いていると、Yくんのことが好きなTくんの、感性は正しいのだな、と分かります。

Yくんは、Tくんが話してほしいことを、的確に話している。

コミュニケーションが、正しい。

同じ1年生で、こういうコミュニケーションをとれる子がいるのです。

なぜかな、と私はそこが気になります。

同じ1年生、同じような男の子でも、まったくTくんと、コミュニケーションがかみ合わない子もいるわけですから。




もう少し、Yくんのことを書きますと、

Yくんは、どうやら、人の気持ちが分かるようです。

なぜそう思うか。

時折、教師の私にはすぐにパッと、分からないようなことが、教室で起きるのです。

1年生の教室は、そういうことが、頻繁に起きる。

たとえば、

「座りなさい」

といっても、なんでか、なかなか座らない子がいる。

なぜか、プリントが1枚、余る。

なぜか、Kくんの水筒が、教卓にのっかっている。

なぜか、R太くんが、泣いている。

なぜか、水の入ったバケツが、廊下に出ている。

・・・・・・



私が職員室から帰ってくると、ほとんど毎回、不思議な光景が出現しています。

まあ、それが1年生なのでしょう。


そうしたときに、活躍するのが、リンゴスターのYくん。

「先生、R太くんね、S紀ちゃんが宿題プリントふんじゃったから、泣いてるみたい」


とっくに宿題プリントは机の中にしまわれているから、わたしは何が原因か、見ただけでは分からない。
ホームズじゃないんだし・・・。R太くんが、泣きじゃくっているときは、ちっとも分からない。
プリントが1枚あまったのも、どこかで列がずれて、もらわない子がいたらしいけど、それもYくんが、

「なんか、見てたら、U美さんのところから、ナナメに行ったんじゃないかなと思う」

と、教えてくれない限り、迷宮入りであります。



なかなか座らない女の子、「どうして座らないの?」と聴いても、うまく説明できない。

Yくんが、横から、

「先生、たぶん、うしろのTくんが、さっき鉛筆でつつくまねをしてたから、それがイヤなんだと思う」



女の子は、「Tくんにつつかれた」なら、はっきり述べることができたでしょうが、つつくマネをしていただけですから、ずばりと「イヤ」ということが言えずに、すこし困惑状態だったのでしょう。

それを、ちゃんとフォローしてくれるのが、Yくん。




気を回すとか、気を遣うとか、親切だとか、気働きができる、というの。

そういうニュアンスではない。

Yくんは、人と、ただしく、会話ができる。

相手が、「そうしている」。・・・で、Yくんは、相手の「そうしている」の真意はなにか、と知ろうとしている。

・・・ですね。(それがなかなか難しいわけです)

ノストラダムスの大予言と7月5日

朝、教室に行くと子どもが日本が滅亡すると騒いでいた。
最初は冗談かと思っていたが、何人かはかなり本気にしているようで、私に訴えてきた。
私が、

「あ、そうなの!へえ」

という、いつものお決まりの返事しかしないので、その子たちは苛立っているようだった。

「滅亡しちゃうんだよ!なんでそんなに平気なの!」

そのトーンと言い方が、

「もう学校行く時間だよ!なんでそんなにゆっくりしてんの!」

というママの言い方そっくりだなあ、子どもは親をよく見てるなぁ、と思ったので、ソレが表情に出てしまった。

「あー!先生笑ってる!ひどい!」

・・・ということで、私も今回の7月5日大予言騒ぎに、どうやら巻き込まれてしまったらしい。

昭和の時代をくぐり抜けてきた我々50代は、ノストラダムスの大予言やらオウム真理教やら口裂け女等を乗り越えてきている。

大人になって

「ああ、あれは金儲けだったのだな」

とみる視点が加わることで、一気に現実世界が覚めて見えてきてしまった経験を持っている。
不安を煽り→ものを買わせる。
これは、ほとんど商売の基本中の基本で鉄則でありましょう。もちろんやり方の汚なさにはレベルがありますが、ほとんどの広告には、そういった「脅し」が紛れ込んでいる。

ある彗星が地球に近づくと、その彗星によるガスの影響で地球の大気が汚染され、一時的に空気が吸えなくなるらしい。そのためにゴムのチューブを買い求める必要がある。いよいよとなったら、そのゴムのチューブを口に加えて、ゆっくり息をしながら彗星が過ぎ去るのを待つべきだ。

この話は有名です。気になる方は『空気のなくなる日』(岩倉政治・著)を参照してください。1910年にハレー彗星が地球に近づくことがわかり、デマが流れました。当時の騒ぎを実際に映画にしたものもありますね。
私はこの話を教材にして、人はなぜ騙されるのかを学習すべきだと思いますナ。

そして、大体騙すのは、論文で勝負するような本当のアカデミックな人たちではなくて、ちょっと賢いふりをした大人であることも、子どもたちは知るべきです。
ちゃんとした知識は、文字にしてきちんと検証を入れながら読解すべきで、安易な動画で学ぶものではないと言うことも。

大体、騙す人は、身振り手振りを大きくしながら、大声で早口で喋ります。
ヒトラーがそうでした。ヒトラーは『わが闘争』を書きましたが、文章にした途端に、論理のほころびがあっという間に見えたので、それこそ信者たちも驚いたと言うエピソードがあります。
知識と言うのは、文字にした途端にはっきりしてくる。騙そう騙そうとする人の、電話口での早口を全て文字起こししてみると、ツッコミどころ満載なのがばれてしまいます。それに気づかれまいと、早口になってしまうのです。

私がそんなことをつらつら考えていると、7月5日に地球が滅亡すると言う噂を唱える子供たちが、二重にも三重にも私を取り囲みました。

多くの小学校の教員が、多分私と同じように、この7月5日のちょっとへんてこな予言をどう解釈するべきか悩んでいたと思います。もちろん3秒でそんなのは虚言だと断じることもできるのですが、私はどうも頼りなくていけません。

私は、
「ねえ!滅亡するよ!先生どうすんの?!」
と口々に言う子どもたちに対して、以下のように返答しました。

①「えー、滅亡すんの?やだなあ(棒読み)」
続けて
②「先生、来週、ひまわりの長さ測るって言ってたでしよ?どのくらい伸びたか気になってたから、あれを調べないで、死ぬのやだなあ(棒読み)」
さらに
③「そういえば火曜日はプールだったよね、暑い日になりそうだからプール入りたかったんだけど」

そのうちに、子どもたちの質問はやみまして、

「先生、しゅんくんのひまわり、もう先生の背の高さより高くなったよ」
「火曜日のプールって、2組と合同なの?佐久間先生、また平泳ぎで泳ぐ?」

という質問に変わってきたので、ホッとしました。

全国の先生方、あなたはどのように今回の騒ぎに対応しましたか?
コメント欄で教えてね!

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友だちを強く注意する、と言う問題

世の中から、パワハラ問題がなくならない。これは人々の意識の中に「〇〇しなければならない」と言う意識が濃厚なためで、なかなかそう簡単にはなくならない。

怒鳴りつける上司の方にも言い分があり、そうは言ったって得意先のあることだからそうは言ったって締め切りがあるのだからそうは言ったって。さらに上の上司から叱られるのだからそうは言ったって・・・、という部長なら、部長の課長なら課長の言い分があるのです。

そこで、脅し暴力と言うものが使われるようになります。安易に相手がひるみ恐れ言うことを聞き従うからです。
この方法は、あまりにも安易で簡単で、シンプルで効き目が強いために多くの人がこれに頼るようになります。しかし、長い目で見れば、組織は徐々に弱体化し、その組織はそれを続けている限り、長続きはせず、良い人材は離れ、求人にしても、人は集まらなくなり、噂が噂を呼んで、退職者が増え、組織は成り立たなくなっていくのです。

従って、本当の会社の存続を願う社長は、パワハラをする中間管理職の方をやめさせるか、その行動や意識を全て是正していかなければならないのです。

さて、小学校の教室にも、中間管理職が現れます。いわゆる、「学級の中間管理職問題」です。

これは先生のように教師のように強く何々してはいけません。何々しているのはダメだと思いますと言うふうに、同じ子供を、学級の友達を、非難し、なじるということです。

これを放置しておくと、学級が荒れて行きます。問題が地下に潜り込んで、教師の目に見えにくくなることもあります。表面上はおとなしくても、早くこのクラスが終わるといいなと子供たちが考えるようになるのです。

子供が子供に注意するのをそのまま放置しておく事は私は基本的にはありません。注意ではなく、きちんと言葉を使って、「◯◯してほしいです。△△だと⬜︎⬜︎になるので、それよりももっとこうして欲しいです」と言うように、指導します。

あるいは、「◯◯だと嫌な気持ちになってしまうので、そのことをわかって欲しいです」という言い方も教えます。

わかって欲しい、という言い方は、なかなか子どもはしませんね。知りません。

でも、言い方を教えると、便利に使うようになります。

◯◯してほしかった、と過去形で言う言い方も教えます。

これも、ずいぶん使うようになります。
つまり、こっちの心情を慮ってほしかった、というのを、言えるようにするわけ。

これが言えるようになった子で、すぐに手が出たり足が出たりする子が、暴力に依存しなくなったケースは山ほどあります。

◯◯するのは悪いのでダメ!
なんでそんなことするの!
△△しなきゃダメでしょ!

・・・という言い方を覚えた子は、その言い方に依存しているだけなので、依存しなくても良いんだよ。別の言い方があるよと伝えることで、中間管理職を辞めるようになっていくわけです。

これは権力の味と言うものを教えることにもつながっていきます。権力者の言うことだから従わなければならない、権力者の言うことに従わなければひどい目に遭う、権力者の言うことに従わなければ、このグループからつまはじきにされる・・・
いつの間にか、こんな間違った概念が、子供たちに浸透しているのです。
権力者などどこにもいないと言うことを、子供には骨の髄から教えていく必要があります。

「あー!いけないんだ!悪いことしてる!!〜しちゃいけないって校長先生が言ってたんだよ!」
「他の子もみんな、そう言ってたよ!なんでしないの?!」

こんな言い回しをしている子供を見つけたら、教師は本当に気をつけなければいけません。それはパワハラを教えることになり、差別主義を教えることになるからです。ファシズムやレイシズムにもつながる、危険思想です。

小学校の教員は、中間管理職を見つけたら、よほど気をつけなければならないのです。よっぽど気を入れて慎重に慎重に考えなければいけません。権力を笠にきた言葉を使うことで、相手を意のままに操作しようと言う子供を1人でも生み出してはならないのです。

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教師がゴールデンウィーク明けに話すこと

休み明けに、学校にやってくる子どもたちの表情はさまざま。
眠たそうな子も多い。
なんとなくスッキリした顔の子もいて、そういう子を見ると、ああ、良い充電ができたのだろうなあ、と思う。

ただ、全般的にはまだテンションは低め。

私はよく来たなあ、来たくない子もいるだろうけどなあ、と思うと、感心してしまう。

そこで、朝の会では、子どもの元気が出るような話をしようと思い、ゴールデンウィーク中に読んだ、かこさとしさんの科学の大サーカスの話をした。

子どもたちには、ありとあらゆる魅力的な世界が広がっている。
こちらは、人生の中で何度も繰り返し聞いてきたことでも、それを初めて聞く子どもたちは、目を輝かして聴く。

あまり長々とは話をしないのがコツ。
また、興味がある子は調べてみて、で終わる。

それにしても、小さな子たちが、毎日、毎日遠くからせっせと歩いて学校にやってくる。このことを純粋に静かに考えようとすると、今の私なんかよりも立派な子どもたちはたくさんいると思うし、その熱意と情熱と行動に、何とか応えてあげないと、と思わされる。

本来ならば、学校の教室にたどり着いた時点で、めちゃくちゃ褒めてあげたいレベルだ。今の学校には、それが足りない。教師のエネルギーが足りない。教師は疲弊しきっている。

休み時間になると、さっきのお話だけど、と続きを聞きに来る子もいる。また、「さっきの化学のはなし、僕調べてみる」と、静かな決意を報告しに来る子もいる。素敵だなぁと思います。

また、休み時間は、このゴールデンウィークにどんなことがあったのか、教えてくれる子もたくさんいます。だから、やはり教員は聞き役なのですね。歳をとるとともに、教員の経験を重ねれば重ねるほどに、教員は聞き役だなぁと思うようになりました。どれだけしてあげられるかよりも、どれだけ受けてあげられるか。

その子が一人ひとり持っているユニークさは、掘れば掘るほどにじみ出てくるもので、私はそのセンサーを自然と磨くことができていきます。私の方が磨かないと、それを感知できないのです。そのためには、どんな子なのかを知ろうと、毎日コツコツと、彼らに近づかなければいけません。
まるで長い長いトンネルを掘るような作業です。
スプーンで少しずつ少しずつ掘るから、1年経つと、その子のことがほんの少しわかってきます。そこに、教員としての私の学びがつまっていると言うわけです。

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本よりも子ども

職員室で本を読んでいました。
それは教員になって1年目のこと。
とにかく、明日の授業の指針が欲しくて、本を読みまくっておりました。
真面目な性格ですね。
自分でもそう思います。

当時は、明治図書にはまっていて、明治図書の本を大量に買って読んでいました。
イチローではありませんが、今はお金をかけるときだ、と思って、良さそうな本があれば躊躇なくAmazonで買っていました。毎日のように届く書籍を見て、奥さんが家の家計を心配していましたね。

得られたものもそれなりにあったのですが、今になると思うことがあります。

職員室の話に戻りますね。
夢中で本を読んでいた私に向かって、帰宅間際の先輩が、机の上を片付けながら、

「新間先生、本読むのもいいけど、先生の目の前には子どもがいるでしょう。子供に教えてもらったらいいのよ」

と、言ったのです。

私は当時、その意味することが10分の1ほどもわかっていなかったです。

ところが、今になると、本当にそう思うのです。
子どもに教わる、と言うのがスタートであり、ゴールだとも思いますね。
ここ最近は本を買っていません。
もちろん、本を否定するつもりはありません。私自身も読書に助けられていますし、教科書だってはっきり言えば本ですからね。

しかし、そういうこととはまた意味が違って、目の前の子どもの様子をみて、学ぶことが、大きいということなのです。

そして、その大きさは、日増しに増えていくのですよ。

子どもの表情やセリフや、やる気や、行動や、日々の所作から、人をいたわる気持ちや、自分自身を励ます行動や、人間らしいユーモアも含めて、学ぶことがたくさんあると言うことです。

ズバリ言えば、人間を学ぶというか、歴史を学んでいる気さえしますね。人というのは古代から、こんなふうにコミュニティーを作り、こんなふうに人と関わり、知恵を見出し、伸びよう、伸びようとしてきたのだろうかと思うと、教室の「静かなる喧騒」の中で、時折、ジーンと感動することもありますよ。

静かなる喧騒、というのは言葉が矛盾していますが、小学校の教室の様子を表すには、最適のフレーズだと思います。
子どもたちの教室って、静かだけど、騒がしいんですよ。そして騒がしいけど静かなんです。これは、人間が本来持っている、人の良さ、に起因すると、私は解釈しています。

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鉛筆いっぽんサラシに巻いて・・・

サトシくんと言う子がいました。
このサトシくんは、筆箱の中に鉛筆が1本しか入っていないのです。

親と同じく、筆箱の中身については、小学校では先生も指導します。
赤鉛筆1本、普通の黒鉛筆を3本4本、よく字の消える消しゴムに小さなミニ定規を1つ、名前を書くためのネームペンが1本、などのように。

サトシくんも、黒鉛筆は3本か4本持ってくると良いよ

と声をかけるのですが、いつも必ず1本しかありません。
しまいには、筆箱すら持ってこなくなりました。机の引き出しの中に鉛筆が1本あるだけです。

おうちの方に電話をすると、しばらく立派な筆箱を持ってきて、ピカピカの鉛筆が5本ほど入ってるのですが、1週間も経つとやはり筆箱ごと家に置いてきてしまい、黒鉛筆一本に戻ります。

彼は、鉛筆一本でこの人生をなんとかしよう、と決めているのです。

料理人が包丁を、野球選手バットを扱うように、サトシくんは鉛筆をいっぽんだけ持って、すべての活動を片付けようとしていました。

いささか、乱暴ですよね。
鉛筆いっぽんだけで、すべてをこなそうとするなんて。

私が、

「いったい、どんな考えで鉛筆1本だけにしているの?」

と尋ねると、

「1本で何とかなるからね」

と、まるで人生を2回か3回、既に経験してきた人のように言います。

包丁1本さらしに巻いて、の歌詞でお馴染みの

月の法善寺横町

は、包丁一本で身を立てる若人の、心情がよく伝わる歌詞です。

包丁一本晒(さらし)に巻いて

旅へ出るのも板場の修業

待っててこいさん哀しいだろが

ああ若い二人の

想い出にじむ法善寺

月も未練な十三夜


(セリフ)

こいさんが私(わて)を初めて法善寺へ連れて来てくれはったのは「藤よ志」に奉公に上った晩やった。「早う立派な板場はんになりいや」ゆうて、長い事水掛不動さんにお願いしてくれはりましたなァ。あの晩から私は、私

は、こいさんが、好きになりました。


腕をみがいて浪花に戻りゃ

晴れて添われる仲ではないか

お願いこいさん泣かずにおくれ

ああいまの私(わて)には

親方はんにすまないが

味の暖簾(のれん)にゃ刃が立たぬ


わたしは、いつもサトシくんを見るたびに、この歌が思い浮かぶのです。
と言っても、本当に思い出すのは一番はじめの「ほうちょういっぽん、さらしにまいてぇー、たびにでるのぉもぉ、いたばのしゅーぎょおォー・・・」のあたりまでですが。

なにかしら、サトシくんの、登校してからの立ち居振る舞いに、生きる覚悟を感じるのですよ。
生きるというのは、本当にあれこれとあるもの、いろいろとあるものです。

あとで、サトシくんが筆箱を家に置いてくるのは、以前お母さんに、鉛筆を無くしたことを叱られたからだ、と判りました。

「一本しか無かったら、絶対に無くさないからね」

サトシくんの、肝の座ったような顔つきは、この時の覚悟から、滲み出ているものだったようです。

お母さんがどんなふうに叱ったのか判りませんが、彼はその時から、自分の生き方に責任を持ったんだな、と思いました。

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小さな失敗 良い失敗

発達障害のある児童の中には、完全エラーレスの場合が望ましい時期やタイミングがあるから、万人にこれが当てはまるとは思わない。
ただ、かなり多くの人にとっては、「小さな失敗は良い失敗である」というのは、言えると思う。

また、成功とか失敗というのが、本質的なものではない、というのは、大前提であろうかと思う。人生において、成功だけにしか価値がないか、充実しないかというと、そんなことはないからであります。

たとえば、事業に失敗したからと言って、ある一面では大成功だと言える面もあるのですね。苦しい事業に取り組んで、その一代だけを見るとかなり大変に思えるが、時代が変わって技術が取り入れられたら、先代の努力が報われるということは非常によくある。つまり、その一代だけでは判断がつかないこともあり、むしろ挑戦者がいたことが周囲に与える影響は多大なのです。

成功か失敗か。
実はそれが本質なのではないことは、さまざまな人間ドラマを目にすれば誰にでも分かる簡単なことであります。
あるいは、無名で一生を終え、誰にも目を向けられることもない静かな人生であったとしても、そこには価値があり、人を感動させる事実はたくさん詰まっています。テレビや新聞、ラジオやネットで話題になるよりも、テレビに出ないでも周囲社会の人を幸せにして、まわりから感謝される人は多いのです。つまり、それが本質ではない、ということです。何者かになることが重要なのではなく、たとえ無名であっても、佳人も佳作も良品も良人もめちゃくちゃたくさんこの世に存在し、この世の多くの人を笑顔にしているわけですな。

そこで、では子育てにとってこのことがどう影響するかというと、めちゃ重要でありまして・・・

幼いときから、なにかあるたびに、

「小さな失敗、良い失敗♪」

と、たえず親が歌うようにするのです。

あとは、

「あなたがやれたことの9割は、他の人の手が入っている(お世話になっている)」

だとか、

「人が一心に打ち込んでいると、そのうちの半分が本当に実現する」

などということを、子どもが思春期になったら、遠くの方を見ながらつぶやくようにするのですね。

とくに学校の教師は、低学年の頃からこれを教室で口癖のように言うことです。

小さな ♪  失敗 ♪  良い失敗 ♪

と、明るく、ね。
子どもはずいぶん助かるだろうとおもいます。

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基本、やらなくて良いことばかり

人生は、基本、やらなくても良いことばかりだろう、と思います。

とは言え、生きていくためにやるしか無いこともあります。
それは、原始時代の人間も、今の人類も、変わらずやることでして、すなわち衣食住のこと。
衣食住の基本部分について、ある程度自分でやれるのが一番で、それ以外は本当は人間がどうしてもやらなければならないことでは、無いのかもしれません。

小学校はそういう意味では、かけるべい時間がもっと衣食住に偏っても良い気がする。

これ、役に立つな!と、
本当に子どもが思えることか、あるいは子ども自身がやりたくて仕方のないことを、やるのですから、みんなやると思います。

さて、現役で教師をしていると、さまざまな親子をみることになるのですが、そういった、ある意味人間にとって原始的な行動をしっかりさせることが、その子のやる気を結局は伸ばすことになると、私は感じておりますね。

宿題、とか
勉強、とか
算数、とか
掛け算、とか、
英語、とか漢字とか。

そういう話題を子どもと話す前に、

食べること、とか
寝ること、とか、
パジャマが快適か、とか
洗濯するとどうなるか、とか
毛布のこと、とか
寒さとか暑さとか、
汗をかいた、とか
病気のこと、とか
この佃煮おいしいね、え、お母さん、つくだにってなあに?とか
残りご飯でチャーハンつくろかな、私も手伝うーとか
お風呂ってなんであんなに気持ち良いの、とか。
頭が上手に洗えたね、とか。

そういう話題でとことん話してますか、ということ。

おそらく、1対50000
くらいの比率で、宿題の話よりも衣食住の話をした方が、子どものパワーは上がりますよ。結果として学習の力もね。案外、遠回りが近道なのかもね。

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四年生国語・ごんぎつねで恋バナ

ごんぎつねの中で、意見の分かれる箇所がある。
それは、ごんが、本当に優しい狐なのかどうかと言う点だ。
第1場面から第4場面くらいまでを読むと、ごんが、素直で心の優しいキツネだということがよくわかる。
なぜなら、自分がやってしまったいたずらのために、兵十は母親にうなぎを食わせてやれなかった。それを深く反省し、償いを始めているからだ。
それも毎日のように栗や松茸を持っていってやっている。

怪しくなるのは第5場面だ。
栗や松茸が毎日のように家に届く兵十は、それを神様のお恵みだと認識するようになる。実際は、ごんが持っていってやっているのに、だ。

そこで、ごんはこう思う。

へえ、こいつはつまらないな。おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神さまにお礼を言うんじゃあ、おれは、ひきあわないなあ。

ある子が言う。
「本当に心が優しいのなら、兵十は栗をもらって喜んでいるのだから、それを見て満足すればいい。兵十を喜ばせることができた、で、良いじゃんか」

しかし、ごんは欲張ってしまう。
自分がうなぎのいたずらをした償いのために、せっせと栗を運んでいるのだと言うことをわかって欲しくなった。兵十にその献身的な振る舞いを認めて欲しいと思った。褒めてもらいたくなってしまった。

この辺が、だんだんと、読み取りを進めるうちにはっきりしてくる。
すると、ごんという狐は心の優しい狐です、という単純なフレーズでは、間に合わなくなってきてしまう。

いや、そもそも第1場面の初めから、ごんは厄介ないたずらギツネだとして、登場してくるではないか。
畑へ入っていもをほりちらしたり、菜種(なたね)がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家(ひゃくしょうや)のうら手につるしてあるとんがらしをむしり取ったりしている。

ここらへんを、再度、しっかりと読み直す。すると、

【ごんは、◯◯なきつねです】

という単純な言い方では、収まりきれないような感じがしてくるから不思議だ。

「本当は心優しいはずなんだけどなぁ。毎日、栗を拾ってくるし、お母さんのことも心配したり、悲しく思ったりしているんだから。でも、ごんはいたずらするんだよなぁ。そして、僕のことを見て欲しい。わかって欲しいと思ってるんだよなぁ」

教室の中に、ごんというキツネが、なんとも生々しい、生きた存在として、あるいは、非常に複雑な心の状態を抱えた登場人物として、くっきりと浮かび上がってくる。

ひとりぼっち、という叙述に焦点を当てる子もいる。兵十のことを見たごんは、
「おれと同じひとりぼっちの兵十か」
とつぶやいている。
そもそも第1場面からそう書いてある!と、改めて見つける子もいる。

ごんは、ひとりぼっちの小ぎつねで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。


だから、自分と同じようだから、気にしているのだ。そばに行ってあげたくなるのだ。
第4場面で、わざわざ後をつけるのも、そばにいたいのかも・・・。

さて、第6場面まで、つまり最後までを通して読んでのまとめ、を考えよう。

ごんが第6場面で、兵十に対して思っている事は何だろう。
一番の切ない思いは、「わかって欲しい」だろう。わかってくれなくても構わない、兵十が栗を食べてくれたらそれで良いと、忍んで耐えるごんではない。見て欲しい、気づいて欲しい、とさらに兵十に近づいてゆく。そして、近づき過ぎて・・・

最後まで読み終えて、あらためて

【ごんは、◯◯なきつねです】

としてまとめてもらうと、
子どもたちは、
「ごんは、兵十に、僕を見て欲しい!こっち見て!と構って欲しいキツネ」
と書いた。

かまってちゃんだよ。

誰かがそっとつぶやいた。この一言に、教室中が笑い出した。

そうか!

いたずらばかりしていたのも、こっち見て欲しいサイン、かまってちゃんサインだったのかも・・・

ある子が言った。
決まった女の子だけに意地悪を言う男の子っているよね。他の女の子に対しては全然普通の態度なのにさ!特定の子にだけ、ちょっと意地悪するんだよね。

そしたら女の子が、「なんでそんなふうにイジワル言うの?」って、その子が目の前に来て自分に言うもんだから、その時はもう、心臓がドッキンドッキンしてるんだよ!そういう男の子、いるんだよね!

これで一気に教室中が爆発的に沸いた。

ごんは、一人ぼっちだから、友達が欲しかったんだよ。

という意見が出ると、ほとんどの子が自分も同じ意見だと表明した。
寂しいから、友達が欲しいから、かまって欲しいから、自分が優しいってわかって欲しいから、だから、近寄っていくんだけど・・・

別の子が、それに付け足した。

でも、だからこそ、いたずらをしちゃう時があったんだよね。

ははぁ・・・そうか・・・(笑)


ノートに書かれた、最後のまとめを読むと、こう書いてある。

ごんは、相手が困っていたら、助けてあげたくなるくらいに、本当の本当は、友達思いなんだけど、恥ずかしくていたずらをしてしまう、キツネ。

この授業の後、なんとなく教室の中の雰囲気が柔らかくなりました。そして、男子が女子に、女子が男子に、近くなって話をしているのです。
誰かの冗談に、男子も女子も一緒になって笑っている姿がありました。

みんな、一人ぼっちなんだよ、そして、友達が欲しいんだよ・・・

ごんの姿を通して、子供たちの心に響いた何かがあったのでしょう。 あと、このクラスは半年だ。みんな、なんとなくそれを感じ始めている。5年生になったら、クラス替え。今隣にいて話ができている、この友達と、こんなふうに話ができていることの嬉しさ。
新美南吉さんの物語は、直接的ではないからこそ、やはらかいからこそ、心の琴線にふれたのでしょう。

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ぼうや、よい子だねんねしな〜メディアと時代〜

時代は変わったなあ,と感じることが増えてきた。
例えば今の子供たちは「まんが日本昔ばなし」を知らない。

テレビで放映されていたこの番組は、我々の世代は毎週土曜日ともなれば楽しみで仕方がなかった。
2人の声優の、何とも芸術的な声。どんな人物もどんな 鬼も妖怪だって演じてしまう。

たぬきがしゃべったら、ハハァこんな声だろうなと思うし、狐が喋ればこんな声なんだろうなと納得してしまう。

その日本昔ばなしを、今の子どもたちは知らない。

ほんの5年ほど前の子供は知っていたんです。あくまでも私自身の体験ですが・・・

だからこの5年間の間に何らかの変化があったに違いない、と思うのですね。
これはおそらく 親の世代の変化だろうと思う。
親が、自分が子供の頃に見たあの日本昔ばなしを子供に見せてやりたいと思うかどうか。

ほんの5年ほど前まではそういう親がまだ世の中にいたのだろうと思うのです。
あとは、年配の保育士さんがそれを見せていたというのもあるかも。

おそらく、この5年間でそういう保育士さんもほぼいなくなってしまったのだろうと推測されますな。(いらっしゃったらごめんなさい)

従って 今の子どもたちに、

〽︎坊や良い子だねんねしない 今も昔も変わりなく 母の恵みの子守歌〜♪

などという 鼻歌を聞かせても何にも反応がない。

なんの歌?ソレ・・・

である。
番組の終わりに流れる

にんげんっていいな

という名曲すらも、同じだ。知らない。知られていない。何ソレ、初めて聞いたんですが、という感じ。

小林亜星さんの偉大さを思うネ・・・

思わず、私は、この木、なんの木、気になる木、などと言い出してしまう。

〽︎このぉ木、なんの木、気になる木ィ〜

廊下を歩きながら、給食の食缶を運びながら、思わずそれを口ずさんだとき、近くにいて一緒に缶を運んでいた子が、

なんで先生って鼻歌を歌うの?
ソレ、なんの歌?

と聞いてくれたので、私は思わず、

「ちょっとした昔を思い出したとき、人は鼻歌を歌うんだよ、この歳になるとね」

と言うと、その優しい子は

「へえ」

と興味も何も無い様子。

「◯◯さんは、鼻歌は歌わない?」

私がちょっと恥ずかしさを隠す気持ちで、そう言うと、

「歌わない」

と、即答。

「お父さんやお母さんは歌わない?」

「お母さんは、たまに歌うかな」

「なんていう曲?」

「うーん分かんない。昔の曲ダネ」

「あぁなるほど。きっとお母さんは昔のことを思い出してるのかもよ」

という会話をしました。

思い出している暇もなく、現在を生きている子供たちにとって、昔のことを、あれこれと懐かしむのは、老人のやることのようですナ。
しかし、昔の話を、同世代と、あれこれとめちゃくちゃしゃべるほど、楽しい事は無いですナ。

私は、小林亜星の話だけで、秘密のアッコちゃんとか、寺内貫太郎一家とか、ネスカフェゴールドブレンドのCMの話とか、まんが日本昔ばなしのオープニングに出てくる長い胴体の辰のことだとか、何時間でも喋れますね。それだけでごはん三杯はイケますな。
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マスクで友達の表情や意味がつかめなかった世代の問題点

今、5年生を担任しています。

この子たちは、小学校入学した一年生で、コロナの洗礼を受けました。
つまり、入学した後、1ヵ月間学校に登校することができなかったのですね。
その後も、ほとんどの行事が中止。1年生を迎える会も運動会も中止。水泳プールも中止。
全校の集まる行事はほとんどできず、1年生なのに、5年生6年生と1度も顔合わすことなく、ほとんど教室だけで引きこもったようになって、過ごした世代であります。

これは、大きな視点から見ると、壮大な実験だったようにも思います。
友達の表情を見ないと、どんなコミュニケーションの差が生じるのかと言う点で。

これまでの人類史上、初めてのことかもしれません。
第一次世界大戦の頃のスペイン風邪流行の頃も、マスクは推奨されました。しかし、あの時は、たった1年半で収束しましたし、そもそも、マスクを強要する程度が、今回よりも格段に低かったのです。
その時よりも今回は尚、長期に渡ったのです。
そんなふうに、友達の表情を見ずに、幼少期を過ごしたのが、今の子たちです。

私は、意外と、大丈夫なのではないかなと言うふうに捉えています。
確かに、人間同士がコミュニケーションを取る場合、表情はかなり大きな手がかりになります。
目元がほころんでいたり、口元が緩み、口角が上がっていれば、人に対して、親和性を感じやすくなると言うのはあるでしょう。

もしかしたら、他の学年の子たちに対しては、少し距離があるのかもしれません。昔よりも。

しかし、同じクラスの子どもどうしは、よくコミュニケーションは取れていると思います。マスク越しなので、逆に言葉をよく聞き取ろうとしているようにも思います。だから、必ずしもマスクがあるから、能力が育っていないと言うわけではなさそうです。

ただし、1点だけ気になることがあります。それは行事の楽しさを知らないと言うことです。
今は、行事の楽しさを先生たちだけが知っていると言う状態。兄弟の誰も味わっていません。ここ3年間行事がほとんどなかったのですから、当然と言えば当然ですが。

なので、行事を普通にやろうとすると、子供のテンションは上がりません。
めんどくさい、そんなの嫌だなやりたくないと言う声が多いです。

行事のほかに、もう一つ影響があるのが、総合的な学習の時間。
これもなかなか盛り上がりに欠ける傾向があります。
内容にもよるでしょうが、以前なら、普通にインタビューに行けたことでも、実際に会うことはせずに、資料をみて済ましてきたのですから、全国の小学校で、総合的な学習の時間が、どうしても規模の小さい展開の乏しい内容になってしまっていたのはあると思います。

子供たちに新たなムーブメントとして紹介し、子供たちが多くの人に関わろうとする展開をこれから広げていくしかありません。全校の行事も、これまで以上に人と人とがスムーズに関われるような細かい手順や段階が必要になることと思います。
つまり、規模を急に広げなくても良いのです。
そのかわり、ステップを重視し、細かい段階をつけながら、一つ一つを味わう学習へ変化させていきましょう。

たくさん食べたらおいしいのではないのです。1粒1粒を丁寧に大事に味わうと言うような新しい学習スタイルがコロナ後の小学校が進むべき道なのです。

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新しい概念「自画自賛力」(じがじさんりょく)

日本人が美徳としてきたものに謙虚と言う態度がありますね。
これは、頭の良い人の証拠で、実際、様々に学び続けている人は、どうしたって態度が謙虚になってしまう。

これを逆に考える人もいますが、そうではありません。謙虚を目指し、謙虚っぽい振る舞いをすると頭が良くなるかというと、全くそんな事は無い。逆は真ならず、です。
頭が良くなると、ごく自然に態度として謙虚になってしまうと言うことなのです。

ただ、その場合、実際には、自画自賛する力と言うものも持っているのが普通であります。謙虚と自画自賛は両立するのです。

頭の良い人は、自分の欠点を理解していることが多いです。そのことが人格とは一切関係ないことを知っているからですね。人物の価値と、能力のなさや欠点とは無関係。何かができたり、パワーを持っていたり、影響力が強いと言うことが、その人の人格や、人間の尊厳や価値とは、無関係だということが、ごく自然に自明な状態なのです。

こういう人は、能力のなさを指摘されたときに、あるいは、自分で気がついたとき、それらがどの程度不足しているのか、どの種類の能力が不足しているのか、冷静に分析します。そしてそのことを公表します。

それと、同じ程度で、自分が周囲に良い影響与えた場合に、そのことの価値や喜びをしっかりと味わうことができるのです。

つまり、価値があるとか、ないとか言うことについて、冷静に分析し、忖度をしないのです。

なので、自画自賛をたっぷりして、自己肯定感を保つことができるのです。そして自己肯定感を保つことができる人は、能力が人格とは無関係だということがわかりますから、失敗や欠点を正確に見つめる強さを持っています。

この強さの計測をする方法がありますが、それは、失敗を人のせいにするかどうかということです。
〇〇さんのせいで失敗した、と言うふうに人のせいにする人は失敗を正しく見つめることをしません。成績が上がることもないでしょう。

頭の良い子どもが、割と、自分の非をあっさり認めるのはなぜでしょうか。また、人のせいだと言うふうに、他人に責任を転嫁しないのはなぜでしょうか?
その必要がないからです。

教室で頭の良い子どもをたくさん見てくると、ある振る舞いが共通していることがだんだんに見えてきます。
それは、他人のせいにせず、自分のアイディアや工夫で乗り切ることができるんじゃないかと言うふうに、ゲーム感覚で捉えていることです。

そして、あたかもゲームの主人公のように、自分の持ち物アイテムのリストをずっと眺めてみて、これが使えるのではないか、あれと、あれを組み合わせたら、こんな効果が出るのではないか、先に、あれをしておけば、次の場面で良い展開になるのではないか、と試したくてうずうずしています。

ゲームに登場するある村の、ある村人が、自分の意図するように活躍しないからといって、何も困らないのです。そんな、自分にとって好都合過ぎる登場人物が、おいそれといるわけがないですから。
というか、頭の良い子どもは、自分がこのゲームの主人公だと言うことをきちんと知っています。
どの順序で、どの村を訪問するのか?
誰とどんな装備を持って乗り込むのか?
どんなイベントを先にこなしておくのか?
全部決めるのが自分だとわかっているから、村人がちょっと気に入らないことを言ったとて、全く意に介さないのです。

自分が主人公だと言う感覚を薄くしか持っていない子もいます。その感覚が、とても薄いのです。
そして、その薄さは、どうせコントローラーを持っているのは、お母さんだものと思っていることに、起因しています。

精神的に親離れをしないと、子供は本当の意味で頭が良くなる事は無いのです。

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母の日、おめでとう!ありがとう!

苦手なことはしなくても良い、はダメ?

35歳から教員になったので、学校の文化にどうしても馴染めなかった部分はたくさんありました。

その中の1つが、
「苦手な事はしなくても良いか?」
と、いうことです。

私は、若い頃から、なんとなく人間は得意なことをするのが1番幸せだと言うふうに感じることがよくありました。
なので、苦手なことに泣きながら取り組むと言うような行動は、どうにも馴染めなかったのです。
吹奏楽部の子らが、肺を鍛えると言う顧問の指示で、校庭を泣きながら走っている姿を見ると、少し違和感がありました。

実は私は19歳の時から、約10年間の間、得意、不得意、という分類をほとんど考えることなく過ごしていました。
その代わりに、キーワードとなっていたのが、持ち味ということでありました。

持ち味を最大に生かす

このキーワードが常に頭にあり、何度も何度も繰り返しリフレインして、脳内再生をしながら、持ち味って何なのだろう?とばかり、考えておりました。得意不得意と違って、持ち味となると周囲の人にとってどうかという判断が必要ですから、自分1人のことではなくなります。お互いの事になるのです。

ところが、教員になってみると、学校ではそうはいきません。その子にとって不得意・苦手なことも教える必要があるからです。徐々に、子どもに対しては、新しいこと、課題ができるようになるよう、資質能力を注入する、と言うことを考えるようになりました。

文科省はそんな言葉は使っていません。資質能力は、育むものだ、とされています。
しかし、当時の私は、育むというよりかは、注入するものと言うふうに捉えていたのです。

今でも、財界の方や、経営者の方は、インプットやトレーニングが大事だ、小学校中学校位までは詰め込み教育も必要だ、と著書に書いている人も多いです。

注入するとなると、やはり、苦手な分野において、それまでつけていなかった知識や、思考方法を、覚えさせるトレーニングさせると言うふうに聞こえます。

ところが、文科省の言うように「育む」となれば、これは注入するとは少し違います。
県教委主催の研修を受けて、知識を注入するのではない。新しい見方や考え方を注入するのではない。あくまでも育むのだ、と、聞いても、正直よくわかりませんでした。

やはり毎日、新しい知識を教科書や教材を通して、教えているというのが実態です。これは注入しているのか、育んでいるのか、どちらなんだろうといつもわかりませんでした。
確かに、課題に対して、様々な角度から考えられて、自ずと解を導くような子供にとっては、育むという言葉がぴったりな気がします。
しかし、その分野が苦手で、多角的なものの見方もなかなかできず、考えても考えても混乱するばかりで、結局、友達の意見を半信半疑で聞いただけ、という子もいるのです。この場合は、資質能力を育んだことになるのでしょうか?どちらかと言うと、知識を提示し、注入したと言う感じが・・・

さて、話は変わりますが、実際に大人になったときに必要な能力と言うのはなんでしょう。
大人になった時、苦手なことを嫌がらずに取り組んだ方が良いのか、それとも苦手なことではなくて、どちらかと言うと、苦手な事は他の人に任せて、自分は思いっきり得意な分野を突き進んだ方が良いのか。どちらなんでしょう?

これは見事に世間でも意見が分かれています。

経済・財界の方の著書を読むと、わりと最近は、苦手な事は他の人に任せたほうが組織全体の成果は高くなる、と言う意見が多いようです。

だからといって、子供の時から苦手なことを避けて通るようにしてはいけないとおもいますが・・・

しかし、一方で、
苦手なことに取り組むことこそが、最も大事なのだ、と言う間違ったメッセージが子供に注入されないように気をつける必要があります。

まず、根本的に大事なのは、あなたの得意なことや、持っている持ち味をとことん生かすようにすることがいちばん大切なことであること、そしてあなたの持ち味が、とことん生かされるような場所や役職や係になることで、実際に周囲からそのようなパフォーマンスを期待されるような、場面設定を自分に対してすべきだと言うことです。

それを100回位、子どもに教え、体験もさせた後で、ほんの2〜3回程度、
「ただし、自分が苦手なことも何とか工夫してやり抜くような態度も大事だよね」
と伝えるのが良いと思います。

子どものときは、苦手なことに取り組むのが本筋なのではなく、自分の持ち味や良さを発見し、その世界に浸り込むことこそが、最も大切な体験であることには違いない。しかし、だからといって苦手なことを全て避けるのではなく、何とかして苦手なこともある程度のパフォーマンスでこなせるような工夫をしていくことが大切だよと言うことだと思います。

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誤嚥とうずらの卵〜ホントの理由は〜

うずらの卵を食べて、窒息する事件があった。

確かに、他の物よりも、一旦のどのスポットにはまってしまうと、卵は抜けない気がする。

ここで、注意をした方が良い食材をあげておきましょう。

1.弾力があるもの → こんにゃく、きのこ、練り製品(かまぼこなど) 、ソーセージなど
2.なめらかなもの → 熟れた柿やメロン、豆類 など
3.球形のもの → プチトマト、乾いた豆類 など
4.粘着性が高いもの → 餅、白玉団子、ごはん など
5.固いもの → かたまり肉、えび、いか など
6.唾液を吸うもの → パン、ゆで卵、さつま芋 など
7.口の中でばらばらに なりやすいもの → ブロッコリー、ひき肉 など

下記の図は、実際にこれまで事故の起きたものです。

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こう考えると、ちょっとあれこれ考えてしまう。幼い子が食べている際は、食べている時の様子をしっかり見ないといけないな、と思います。

しかし、給食の時間は、ノートの丸つけや、日記にコメントを書いたり、子どもが下校する前に終えなければならないタスクを消化するチャンス。
他の時間は全部授業と喧嘩の仲裁、子どもが進める児童会活動の指導で埋まっているから、ホントに、そこしか時間がない。
改めて、休憩時間が無いことは、教員だけでなく社会全体の損失だろうと思われます。
そもそも、教員の勤務時間について争った際の最高裁の判決では、給食の時間は担任の休憩時間とされてるのですが、現実に休む先生はおそらく日本中探しても皆無だろうと思います。

まあ、実際には、よく噛んで食べましょう、という指導が給食前後に行われてはいるのですが、それでも事件が起きる、と言うのが今回の実態なのだろうと思います。

しかしながら、本当の原因はそこではありません。

それはね。
給食の時間が、短過ぎること。

実際、低学年はほとんど4時間目の授業を受けてないと思いますよ。
文科省もそのへんは目をつぶってる。
何故か?
給食時間が短か過ぎて、小さい子たちは食べられないのです。だから、優しい担任の先生たちは、4時間目の授業をあっという間に終わらせて、給食にしてます。
これが実態です。

でも、中には、4時間目の授業をしっかりやってる先生もいる。当たり前だけどね。

そうなると、急いで食べなきゃ!

という子どもの意識とか雰囲気とか、出来ちゃったのだと思う。

今回の悲しい事件を、本当に解決するなら、そこら辺に焦点を当てないといけない。

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元旦のお風呂で。

元旦に嫁様の実家に参りました。
義父のお墓参りを済ませ、午後、息子と2人で近くのスーパー銭湯へ行きました。

私が住んでいる地元には、温泉がたくさんあることもあって、まだ息子が幼い時からちょくちょくと温泉にはよく出かけていきました。
息子にとって、温泉とはただ体をきれいにする場所だけではなかったようです。
なぜなら、息子はそこで人間観察をしているらしいからです。

温泉から出てきたときに、息子がふともらすコメントは非常に味がありました。
例えば、非常に高齢のおじいさんが一緒の湯船につかっていた時。

おじいさんの肌や体の表情を見ていたらしい息子は、その肌の様子を不思議がって、あんなにシワシワなのに、曲げると伸びるんだとか、お風呂に浸かると、赤ちゃんみたいにつやつやになるとか、よく見てコメントしていました。

また、筋骨隆々とした若い男性と一緒にいた場合は、その筋肉やしなやかな動きに見ほれていたようです。
幼い彼からしたら、一人一人、個性のある体つきや、その表情に、色々と学ぶことがあったのでしょう。

20代や30代の大人になったときに、自分がどうなっているだろうか、ということを、大人の人の体の表情を見ながら、少し考えるんだと思います。

また、逆に、自分よりも年下の小さな子を見たとき。あぁ、自分もあんなだったなぁとか、あんなふうにしていることが、楽しかったよな、などと、自分の過去を振り返っているのだと思います。振り返るということは、自分のこれまでの歴史を考え、今、まさに自分がこうなっていると言うことの価値や良さを実感するわけです。

日本独特の裸の付き合いとは、面白いものです。老人という、長い時を経た、未来の存在と、幼児という、かつて自分がたどってきた昔の自分を、心のどこかで、感じ取りながら、静かにお湯につかっているわけです。

温泉と言うのは、今、現在の自分がお湯につかっているだけでなく、同時に、過去や未来の自分を間近で捉え、その行動や顔の表情肉体までふくめて、リアルに感じ取る場所なのです。

来年20歳になる息子は、今回結構長湯をしていました。
そして、脱衣所のドライヤーをずっと長い時間一人占めして使っている、若い男性を見て、
「ありゃぁ、長く使いすぎだな」
と、短くコメントしていました。

狭い脱衣所での歩き方、着替えるスピード、ちょっと間をあけて、隣の人とぶつからないようにするコツ、ドライヤーを使う時間。
ここはコミュニティーと言うものを、まさにリアルに実感する場です。

私は昔、とある事情から、毎日銭湯のように大勢の人が利用しているお風呂へ通っておりました。同じ職場の人や地域の人がたくさん利用しているお風呂です。20代の10年間ほぼ毎日、そこで大勢の大人の人の背中を見ました。
改めて、他人の背中を見ながら、大人の人の背中を見ながら、あるときには、自分より年下の子の背中を見ながら、自分と言うものを感じ取る、あの時間は、貴重なものだったと思っています。

ふと見ると、息子は慣れた調子でロッカーの中の忘れ物がないかを確認していました。
そして、20歳になろうとする今、駐車場で車に乗り込みながら、またいつも通りに同じことを言いました。

「いやぁー、やっぱ温泉は良いわ」

元旦の道路はすいており、優しい陽ざしが、ハンドルをほんのりあっためてくれていました。IMG_4384

どんな体験ができた?と、子どもに聞く

こんな悩みを聞いた。
ある子が、2つのスポーツクラブに通っている。
1つのクラブは、コーチがとても褒めてくれる。また、チームの雰囲気を良くするのに、気を遣ってくださっていて、子供たちの仲が良い。失敗しても励まし合う。何よりも、人を責めたり、自分を責めたりすることがない。
お母さんはそのクラブを大変気に入っていらっしゃる。
ところが、もう一つのクラブのほうは、コーチが一昔前のコーチタイプで、親が横で聞いているにもかかわらず、理不尽な子どもへの叱責や懲罰めいたものまであるらしい。
お母さんはそのクラブを辞めさせようと思っていたが、子どもは友達に誘われて始めた手前、まだ続けたいと言い、やめないでいるとの事。

『その鬼コーチがいるクラブの活動を、どうやってフォローしていけば良いでしょうかね?』

私も少し考えた。
しかし、確認すると、その子はまだ続けたいと言っているのらしい。
そうであれば、答えは簡単だ。その選択を尊重するだけ。

お母さんがしてはいけないのは、そのクラブやコーチの言動について批判をすることだ。
あのコーチ良くないよね、と、もし母親が言ってしまったらどうだろう。
子供にとって何のメリットも生じない。逆にデメリットだけが出てくる。

鬼コーチを批判すると、同時に、その子の【選択】をも批判することになるのだ。

母親がもし何か言うのであれば、聞いてあげるだけ。
「あなたは、そのクラブで、どんな良い体験が出来たの?」
あるいは、
「クラブで練習をしていると、どんな良いことがあるの?」
である。

きっと、子供は今の自分の状態を、客観視してくれるだろう。そして、自分の今のかけがえのない体験が、とても価値のあることだと再認識をするか、もしかしたら、今の自分の状況をよく考えた上で、クラブに継続して通うかどうかについても、真剣に考えようとするに違いない。

「それをすると、どんないいことがあるの?」

と言う質問は、あなたはあなたの人生を自分でハンドルを握って、しっかりと運転をして良いのだと言う隠れメッセージにつながる。

親は子供の人生のハンドルを奪ってしまいがちだ。
子供は自分の人生のハンドルを奪われてはたまらない。必死でハンドルを奪い返しに来る。

親がして良いのは、背中を柔らかく押すか見守るか。

親の立ち位置は、常に子供の背中側である。そして、声をかけてあげるのだ。

「どう?今のあなたの運転は、良い調子で進んでいるの?」

いいよ、ありがとう、と、子供が言ったら、親はたった一言、
感に堪えたように、言うのだ。

あーそう!良かった、ねえ!!
と。

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お子様ランチ、子どもは喜ぶものなんでしょうか?という質問

久しぶりに質問が来ました。
インターネットって、おもしろいですね。いきなり知らない方から質問が届くなんて。
ブログを書いている教師に聞くような質問ではない気もしますが、おそらく、教師に聞いている、というよりは、子どもの評論家に意見を聞いてみよう、という感じなのかな?


さて、これは子どもに聞いてみないと分からない質問ですね。
大人は、ある程度、予想するしかないのです。

「これで、喜んでくれるかな?」

と思いながら、そうあってほしい、と願いながら行動するしかないのです。

で、実際にお子様ランチを目の前にして、喜ぶ子もいます。
しかし、逆に、何も反応しない子もいます。
そんなに欲しいとは思わないけど、べつに・・・という感じ。

しかしここからが落とし穴です。

実は、目の前にあるお子様ランチに、気分をときめかせている子もいるのですが、態度として、それを表現しない子もいるんです。
なかには、声にだして

「これ、あんまり美味しくない」

などといいつつ、実際には心の中で、「やった!」と思っている子もいます。

面白いですよね。
人間と言うのは、セリフや態度や表情という、外に表現されているものと、内面とが異なることが、たまにあるのです。

ですから、内面を知りたくても、結局は知ることができないです。
人間とは、相手の内面は分からないのが本当なんです。それが真実なのです。

でも、だからといって、だから人間お互いに信頼関係がつくれないかというと、そうでもない。ここも面白い所です。

長年連れ添って、背中のかゆいところまで了解している夫婦であっても、

「本当にはわたしはこの人の心の内は、わからないな」

と思いながら生きているものです。実際、わかった、と断言はできないので。

しかし、相手がどうあろうと、こちらとしては、相手を信頼している。
それで、お互いがうまくいく、という感じのことが多いのではないでしょうか。

結局、どんなお子様ランチであっても、見た目がしょぼくても、本当に

「うれしい」

と思って食べるお子様ランチもあるでしょうし、そうでない場合もありますね。
要は、人間関係ですよ。これに尽きます。

認知症の母が、だしをとりわすれてつくった味噌汁、味のない味噌汁、それでも涙をながしながらありがたくいただく味噌汁もある、ということです。

つまりは、人間は、お子様ランチの見た目や味なんて、それほど重要ではないのかもしれませんね。いっしょに食べる人が誰か、どんな心もちで、どんな気分で食べるかによって、お子様ランチの味なんて、1000倍くらいちがうのではないでしょうか。
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自己評価できるかどうかは・・・

子どもが主体的になって、すべての活動を行うものだとすると、学習計画と言うものや、将来の計画と言うものも本人が立てるしかなくなる。
この言い方もおかしな言い方で、本来はそうなのだから、日本の社会の教育システムについてもありとあらゆる場面でそうなっていなければ、話が合わない。
さて、学習の計画を本人が主体的に計画するならば、まず第一の条件として、子ども本人が自分の状態をどう捉えているかについて熟知していなければならない。
今の自分の状態を知り、そこから将来を画策し、自分のプランを立て、アクションを起こしていくのである。

ところが、今の学習システムにもっぱら見当たらないのがこの部分、つまり、自分の状態を知り・・・という点である。
子どもか自分の状態をどのように把握しているのか、それを多くの大人は聞こうとしていないように思える。
そこで、文科省は自分の状態を子どもが把握できるように「振り返り」を指導している。授業の後に、自分が今日の学習で目標目当てを達成したかどうか自信を振り返るのである。
さらに、次の学習に向けて、一体どのように進んでいくのか、それもまた自分で決めるのである。学校はこのように学習についての大きな変革を、実はもう10年以上前にやり始めている。そのことが熟知されてきて、多くの小学校でその実践がされ始めたのが5,6年前であろうか。

校内の研究授業などで、他の先生方の授業を見ても、このように授業の始まりにめあてを確認し、振り返りの作業を子供たちが一人一人自分の学習計画ノートに記録していると言う実践を最近は多く見るようになってきた。

さて、それが宿題など、家庭の関わるところとなると、なかなかそうはなっていない。
多くの保護者にとって、宿題と言うのは、学校が出すもの先生が決めるものと思っていることが多い。中には、学校から担任教師がそのことについての説明を充分しており、家庭でも宿題と言うのは自分で計画するものだと言うふうに認識しているという学校もたくさんあるだろうと思う。ただし、全国の小学校が全てそうなっているとは言い難い。
宿題というものも、一人一人違うと言う点が当たり前なはずなのに、隣のクラスと宿題の内容が異なるとどうしてなのかと訝る保護者も実際にはいる。

通知表の評価も、昔のように相対評価ではなくなって、かなり長い年月が経つにもかかわらず、テストの点が良かったから。悪かったから三角だと言うふうにまだ思っている保護者もいるだろう。
自分の学習の状態を熟知し、自分で計画を立て一生懸命に練習をしている子にとって、あるいは考えを深めようと試行錯誤できている子にとって、ふさわしい評価はすべからく丸、あるいは二重丸である。

私が見てきた子どもの中で、
どんな具合?
力はつけられてる?
どうしたら分かりそうかな
どうしたらできそうかな
と担任に聞かれた場合に、その自分の状態を全否定する子は1人もいない。
力をつけたいと願っていない子は1人もいないのである。

だから、通知表に三角の子は1人もいない。いようはずがない。みなさんは、このへん、どう思われますか?

ここからが1番言いたいことだが、通知表は、そういう意味であまり意味がないのだと思う。大切なのは、本人が自分の納得する計画が立てられており、その計画をしっかりと進める状況がこの1学期につくられたかどうかである。その状況を作るのは、第一に子供の意思であり、またそれをサポートする周囲環境がどうかと言う点である。
つまり、通知表には、2つの列が必要で、1つは自分の意志や状態で、もう一つは、環境である。それを丸や三角で子供自身が評価すべきである。そしてその評価を見て担任がじゃあどうしていこうかと言う計画をそこに書き込むのだ。そして親が家庭での状況をさらにそこに書き込むので、お互いに自分がどうそこに関わることができただろうか、という自分自身の反省を述べるために、である。IMG_2605

ポコペンの日本全国散布図と伝承について~諸説あります~

「ポコペン」をご存じでしょうか。
缶蹴りの亜種です。
ポコペンは、缶を使いません。でも、缶蹴りのような、ごく近いルールの遊びです。

わたしは友達との関係性をこれでかなり磨いたので、思い入れがあります。
一番は、仲間と通じる心地よさ、敵を欺く心地よさ、でしょうか。
そして、仲間を救うためにあえて犠牲になることの面白さを知りました。
Sくん、きみをぜったいに救うから頼む、今この瞬間だけは芝居を打ってくれ、と頼むような祈るような気持ちを味わいました。
同時に思い出すのは、

「ああ、敵に知られずに壁の向こう側に隠れているあいつと連絡をとりたい」という気持ち。

これは、当時は怪人二十面相の「少年探偵団」が持っていたトランシーバーがあれば実現できましたから、おもちゃ屋さんで「トランシーバーもどき」が売っていたときは、あこがれました。
(もどきでしたから、20m離れたらもう使えない)

さて、うちの教室の話です。
クラスの子どもたちが、外でおにごっこをするのですが、やる子とやらない子に分かれていました。
やらない子は、サッカーもやらないし、散歩もしない。
教室でストレス発散できずにいる感じ。

そこで、なにげなしに「おにごっこやってきたら?仲間に入れてもらえば?」と、ちょっと様子見でなげかけてみると、想像していた反応どおりで、案の定、
「だって足が遅いからねらわれておもしろくない」
とのこと。

みんなが教室に戻ってきてから、

「おにごっこのルールをちょっとだけ変えてみるとかどう?」

と言うと、前のクラスではそれで話し合いがはじまったものでしたが、なんかうまく進まない。

そこで、わたしがルールを変える提案をいくつかしてみたものの、なんだかそれでは面白くなさそうというか、「大人がつまんないことを言い出してる」雰囲気も出てきたので早々にヤメ。

「あ、じゃあおにごっこ以外はどう?」

というと、それもアイデアがないようで、なにするの?という雰囲気。
お前たち、本当に小学生かよ、というのが現代なのであります。

そこで、時代はSDGsですし(←意味不明)、いろいろと伝統的な遊びを教えました。

「ポコペンでしょ、Sケンでしょ、メロンに『くつとり』メロン、回転焼き、6ムシ、ほかにも・・・」

まったく知らない。
昭和の遊びは、絶滅しております。

というか、わたしは名古屋で育ったために、遊びが偏っている。東京ではないために、全国区ではない。ですから、正直、恥ずかしくてなりません。こんなローカルな遊びに魂をうばわれて、毎日飽きもせずに繰り返して遊んでいたなんて・・・
ちなみに、すべて上記のあそびはすべてローカルルールで完成されております。

ポコペンを知ってる?というと、子どもがそれをやってみんなで遊ぼう、という。
だから、一度、みんなでポコペンをやりました。

♪ぽこぺん、ぽこぺん、いま、だーれがつーついた、ぽーこぺん!

感涙というのでしょうか、40数年前にわたしが実際に歌った唄が、くちをついて、自分の口から出てきたとき、この令和の空気の中にそれが蘇り、かじかの里にそれが響いたとき、わたしは思わず絶句して、嗚咽しそうになりましたぜ。

子どもたちもすぐに覚えて、それをいっしょに唄ってくれました。
そして、わたしが鬼をやると、大いに盛り上がったのです。

わたしが校庭の隅を全速で駆けながら、「〇〇くんポコペン!」と柱を叩くと、わたしはいつしか、40数年の時をさかのぼり、小学生にもどっておりました。

大いに楽しんだあと、靴をはきかえている靴箱の場所で、子どもが「先生、めっちゃおもしろい遊びをおしえてくれて、ありがとう!」というのをきき、また私は感涙しました。

まだあるんですけど

この話を同僚の先生にすると、まさかの回答。
「わたし、ぽこぺん知ってますよ」

その先生は、山梨の学校で知ったそうです。
また別の先生は長野市の小学校で、やはりポコペンといい、今なおまだ現役の遊びであることを教えてくれました。

調子に乗って職員室中の先生に訪ねて回ると、やはり中部地方全般にあった遊びのようで、富山にも似たような遊びがあったとのこと。富山ではポコペンではなく、ぺこぽこ、だったとも。
また、愛媛県出身の先生が、やはりポコペンだったような気がするとのこと。

東京でもあったようですが、どうやら中部地方出身者が東京で伝えたものらしいです。
「東京でもやった」と言ってた先生は、子どものときに引っ越しで東京の別の地域に行った際、みんな知ってるだろうと思ってポコペンを誘ったところ、「そんなもん知らん」と言われて断念した思い出も語ってくれました。つまり、中部出身者が少数ながらそれを伝承者となって一部の地域に少しだけ流布させたものらしいですな。
また、東京では遊びの名前が「ペコ・ポコ」であり、不二家のキャラクターのことを指していたものらしく、唄も、「ぺこちゃん、ぽこちゃん、最後につついたの、だあれ」だったようです。

わたしは当時、不二家のキャラクターなんぞまったく念頭になかったので、少なくとも名古屋界隈では、「ポコペン」というフレーズで一大勢力を築いていたようです。

老いた母にこの件を聞いてみようと思い、ひさしぶりに電話すると、
「ぽこぺん?知ってるよ。缶蹴りみたいなのでしょう」
と、ちっともボケ知らずの回答。
そこで初めて分かったのは、どうやら太平洋戦争の時にはもうすでにあったらしく、母が子どもの時代にもすでにあったらしい。
「わたしらもようやりよったよ」
「あ、そう。ちゃんと歌もあった?」
「ああ、なんだっけかな、ぽーこぺん、ぽーこぺん、だれつついた、だれつっついた・・・」

どうやら太平洋戦争末期ごろ、戦後すぐの食べ物がなかった時代は、唄もちょいとちがったようです。節回しもなんだか冗長で、やはり時代のテンポというのがあるのでしょうか。ゆっくりです。

で、肝心なことを母に聞きました。貴重なポコペンの生きる伝承者、という位置づけで。

「お母さん、なんでポコペンというんか、知ってる?」
「缶がペコッとへこんだんちがう?」

ずこーッ!

「なんで缶が関係するわけ。缶使わないでしょう。ぽこぺんと缶は関係ないじゃないの」

とわたしが言うと、齢80になる貴重な資料はこう言いました。

「使うよ。ポコペンは缶をふんづけてたもの」

どっひゃー

見つけたら鬼は缶を踏んで「ぽこぺん!」って言うんですって。
あと、最初はかごめかごめみたいに、手で目を覆った鬼のまわりを手をつないでみんなで謡いながら回ったんですって。それで背中もつついたんですって。それ本当?記憶が混じってない?

この話は、これでおしまいです。

⇩写真は、もぐたん。

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『終わり』という感覚がない子

学期末に近づくと、子どもたちは荷物を持ち帰ります。

最終日、両肩に荷物を食いこませる。

その上、さらに両手にも荷物をぶら下げて帰宅する猛者もいる。

「せんせ・・・くるしぃ・・・」

だ、だいじょうぶ?と聞くが、

「なんとか・・・帰ります・・・」

歯を食いしばって歩いていく。



これは、どうしてこういう事象が起きるのか、不思議ですが、子どもからすると

「まさか、休みがくるとは思わなかった」

ということらしい。(事前に忠告は何度も受けているのに、ですよ?)

永遠に、毎日のように自分の人生は繰り返されて行くのだ、という感覚になっていて、朝起きてご飯を食べたら靴を履いてランドセルをしょい、友だちと道を歩いて教室に入り、みんなとすごすのがつづく、と思っている子がいる。

もちろん、きちんと毎日のようにカレンダーを見て確認し、

「最終日まであと10日。よし、そろそろ絵の具は持って帰ろうかな」

と計算できる子もいる。

しかし、まさか、この学年が、この学級が、おわってしまうとはついぞ考えたことが無かった、という子もいるのである。

いよいよ終業式が終わり、教室も片付いて、通知表ももらって、

「春休みですね、みなさんさようなら」

となってから、ぼうっと立ち尽くす子もいるのである。
「まさか、こんな形で終わるとは」
「人生に、こんな区切りがあるとは思わなかった」
「この毎日が、俺の人生のすべてだったのに」
「ずっとこの日常が、毎日が、くりかえされていくと信じていたのに」

とまあ、こんな雰囲気の心情であるのだろう。(推測)

とてつもなく不安な顔をしたまま、その子はゆっくりとランドセルをしょい、
水彩画のセットを肩にかける。
そして反対側の肩から画板をさげ、その上から今度は体操着袋をあらためて背中に背負う。

そして左手に図工の木工作品や家庭科でつくった布の袋や裁縫道具などを入れた巨大な「作品袋」を持ち、右手に上履きやらぞうきんやら、しばらく学校に忘れていたジャンパー等を入れたこれも大きな袋をさげたところで

「先生、ぼうしを頭にのせてください」

と言う。

見た目はもう、

特別に仕上げた雪だるまのような雰囲気。

さらに、そのまま、画板をあちこちの机の角にぶつけながら歩いて昇降口へ移動すると、お世話好きで心配そうに見ていたクラスの気の利く女子から、

「あ、Kくん、これ忘れてる」

と理科の観察バッグと地図帳の入った袋を渡されるが、もうなんとしてもどこにも持つことができず、女子にうしろからランドセルをあけてもらって、そのふたの部分で地図帳と観察バッグを無理やりにはさみこんでもらって、なんとか『ほうほうのてい』で下駄箱へ行き、泣きそうになりながら靴をさがしてもらってはかせてもらい、まるで遠くから見ると人ではなく荷物が移動しているかのような恰好で、帰宅するのである。

すべての子がこういうわけではないが、こういう子も中には、いる。

「まさか、この幸福な毎日に、突如として終わりがくるとは信じられない」

という感覚でしょうか。

最後に「これでおしまい」ということになってから、

「え!?終わっちゃうの?ほんとうに?」

と言った子がいて、そのセリフを実際にわたしは聞いたことがありますが、子どもというのは、時間の感覚も大人とちがうし、なにかが終わる、という感覚も、まだ育っていないのでしょう。

ただ、大人の方がそれに縛られている、という見方も一方では存在しています。
別に、本当はどうでもいいのかもしれません。
春だからこうしようとか、秋だからこうしよう、というのも、ね。
キメツケないでもいいことでは、ありますナ。

というか、本当に人間にふさわしいシステムというのは、もしかしたら違うかもしれない。

1年ごとに区切りをつけなくてもいい、という前提で社会のシステムをつくった方が「生きていきやすい」という人もいるだろう。

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【廊下を走らない制度】エントロピーとのはざまで

(冗談なので、以下の文章はあまり生真面目に読まないでくださいネ)

一般に、学校生活は秩序を重んじるために、廊下は走りません、という教育がなされますね。
子どもは走り回っているために、まるで自由分子のようであります。
ところがその自由電子に制限を加えていくわけです。

エントロピーとは無秩序さ、つまり乱雑ぐあいを表す指標なので、秩序が高い状態はエントロピーが低く、秩序が低い状態は、エントロピーが高いというこになります。

すると、廊下は走りません、という張り紙は、エントロピーを低くしようと頑張っているのです。
これを「恒常性の維持」と呼んでも差し支えないでしょう。
しかし、物理の法則も熱量の法則も、自然界のものはなにもかもすべて、エントロピーの法則が適用されることになっておりますから、やはり「廊下は走らない」という張り紙だけではエントロピーは隙間をぬって増大しようとします。
唯一、エントロピーに対抗しうるのは、生き生きとした「生命活動」だけです。生命活動はなぜか、自己崩壊せず、なんとか恒常性を保とうとする。それがわれわれの大切な命の働き、というわけです。

さて、授業が終わり、休み時間が始まると、サッカーボールをかかえて走り出す子どもには、エントロピーを増大させる宿命が彼をそうさせている、とみることもできるわけです。
それを阻止せんとする私たち「教師」はエントロピーに歯向かう反逆者なのでありましょう。

しかし、ふと我にかえってみると、この話はもっと、「はじまり」になにかあるんじゃないか、と思うわけです。
子どもが廊下を走ろうとするという「エントロピーの増大」について、それを阻止しようとするけど、もしかすると、そもそもそうやって廊下を走ろうとする子のような、「秩序➡無秩序」への流れを促進する、とっかかりのような出来事があったのではないか。

実は、6年生などの高学年を担任していることがつづくと、案外と真実がみえてきまして・・・。

それは、6年生って、注意されないでも、もともと走らないのです。
この、「もともと」というところがミソでして。
つまり、6年生たちは、疲れるから走らない、という理由から、走らないわけ。
べつに張り紙が張っていようが、先生が廊下の端に仁王立ちしていようが、声を荒げて
「こら、走るな!廊下は歩きましょう!」
などという怒声をあびせようが、それとは無関係に、もともと走らないのです。

これはネ、無秩序➡秩序、というエントロピーを縮小しようとする動きではなく、彼ら彼女たちなりにエントロピーを増大させた結果、「だるいし、かったるいし、走るのだりぃから歩こう」ということなのです。

つまり、廊下をあるく、ということ自体が、その子その子に応じて、エントロピーの縮小の結果である(秩序立てることになる)子もいれば、逆にエントロピーの増大の結果になっている(秩序を崩すことになる)子もいるというわけです。

エントロピーの縮小がある一方では、かならずエントロピーの増大があるわけで、これは同じ量だけ、行われているはず。学校全体に、エネルギー保存の法則が当てはまるわけです。

子どもが廊下を走るようになった背景に、なにか「秩序立てようとする運動」があったはず。
それは、もしかしたら、教室を分ける、ということかもしれないですね。

何年何組はここで、〇〇くんはこの席で、今日は国語が1時間目で・・・というように、思い切り秩序立てているために、学校全体としてはどこかにエントロピーを増大させる動きが生まれているはず。それが、「廊下を走る」なのではないか、と思います。
ためしに、子どもが勉強する場所や時間などをすべて無秩序にしてみると、もしかしたら廊下を走る子は一人もいなくなるかもしれません。たぶん、いなくなるでしょう。そうしたくなる秩序がなくなったからですね。

では、高学年の子がかったるそうに廊下を歩く、ということについてはどうでしょう。
このようなエントロピーの増大についても、もしかしたら何時間目に何を勉強して、というような秩序をなくしてみたら、もっと生き生きと背筋を伸ばして歩き始めるかもしれません。

で、ここからが本稿の主張になるのですが、
ためしにですね、週に1日でよいので、たとえば金曜日。
これは、
「児童が時間計画をして、児童がどこで何について学ぶかを計画し、それにそってやりたいように学べばいい」
というようなことをしてみたらどうか。

これはエントロピー的には、増大の方向です。
今まではがっちりと秩序に当てはまっていたのですが、それを自由分子的にやりなさい、ということになるのだから。

だとすると、今度は逆に、秩序がうまれてくるのではないか。
それも、大人が意識の上で秩序を計算したものではないために、ごく自然発生的に子どもたち自身から、まるでエントロピーを縮小させるような、本来の「恒常性の維持」という生命体のもつあり方にそった形で・・・。

今日は朝から寒く、とくに用事もなく、まったりと昼寝をしておりましたところ、うまい具合に脳内のエントロピーが寝てる間に回収されて秩序を取り戻したらしく、ふとこんなことを思いついて書いてみました。人間は、寝ている間の、この「エントロピー縮小(片付け・整理)」ということが、脳にとっては大事なようです。でなければ、起きている間に脳が高速に動いて大量の情報を処理できるわけがないからですね。

やっぱ、睡眠が大事、という結論です。

ろうか

大谷翔平や藤井聡太になれない人たちは

大谷翔平や藤井聡太になれない人たちの方が圧倒的に多い。
教室にはサッカーの才能を持つ子もいるし、野球の才能を持つ子もいる。
空手やダンスに才能を持つ子もいる。
しかし、あこがれ、という気持ち以外に、あきらめ、という感情を持つことだってある。
もうぼくは、レギュラーにもなれないんだ、とか。
そもそも向いていなかったのでは、とか。
いつも力になれない、チームのためになれない、とか。
うまくできない、才能がない、あの子に勝てない、とか。

こういう相談をする子に、どう声をかけたらいいだろう、といつも悩む。
新間草海も、悩むときは悩みます。

・・・

たしかに、何かをはじめたころは、覚えるのが楽しくて仕方がない。
新しいことをたくさん覚える。
道具も新品を買ってもらう。
みんながあれこれやっているのを不思議に思ってみているときと比べたら、
「あ、なるほど、そのためにやってんだな」
と合点していくときの成長は、自分でもよくわかるし実感ができる。
先輩を見習って、自分でも工夫をしていく時代になると、さらに楽しい。
先輩のまねができるのも楽しいが、自分はこうする、こうしたい、というものを見つけたら、もう時間がいくらあっても足りないくらい、熱中できる。

しかし、ある時期をすぎて、なんだか地面が平らに見えるときがくる。
今までは、この坂の上に、この丘の向こうに、なにかあるだろうと思ってやっていく。
途中まではもう上り坂を登っていく感じしかしないから、夢中になって登っていくわけだ。
それが、どうも見晴らしがよくなってしまって、向こうのほうにもとくに何かがあるわけではない感じがしてくるときがある。

このまま歩いて行っても、自分の歩幅でいけば、このくらいだろうなあ、という良くない予感もしてくる。どうにも自分の歩幅が、わかってしまった、という感覚だろうか。あいつほど早く行けない、あいつほど遠くまでいけないだろう、とわかってしまう。そうなると、いくら足を運んでいても、自分が前に進んでいるかわからない、という状態になってしまう。

そうなったときに、「自分に合ったものって何だろうか、自分は何と合うんだろうか」と考えるようになるのかもしれない。世の中でこれが良い、とされるものを求めるのではなく、求めるものが変わっていく。世間がいうものを求めるのではなく、自分と合うものを。

今教室にいる子で、すでに悩み始めている子がいる。
ソフトテニスをつづけるべきか、悩んでいる。
大人だよなあ、と思う。
自分が小学生のころなんて、めざすものもなければ、あきらめるものもない、まだ何の土俵にも立っていなかった。

あのとき、あのころ、ラジカセが家にあったのだから、古今亭志ん生だって桂文楽だって聞けただろうと思う。小学校4年生のころから、毎晩志ん生の「火焔太鼓」のカセットテープを聴いて育っていたら、わたしも夢の舞台に立てたかもしれない。笑点のレギュラーにもなれたかもしれない。
しかし、人生は一度きりだ。後悔はしていない。

大谷翔平や藤井聡太になれない人たちの方が圧倒的に多い。
自分はなにものかに、「なれなかった」と思う人の方がたくさんいるのが、この世の中だ。
ソフトテニスで悩んでいる子は、今、あれこれと考えている。
てっぺんに立つことだけに価値があるのではない。
もしかすると、MVPをとるであろう大谷翔平クンは、ホームランを量産したから価値があるのでもないかもしれない。それはスポットライトの当て方しだいだ。見る人によって、価値は何種類にも分けられる。大谷選手のどこに価値があるのか、何に価値があるのはは、見る人によって異なる。
また、彼には世界中のマスコミからスポットライトを浴びているからまぶしく見えるけれど、もしかしたらどの選手にも、彼のようなスポットライトが当たった瞬間、どの選手も同じように輝いて見えるのかもしれない。

「大谷みたいになれないだろうから、野球を辞めます」

という小学生がいたら、彼には世間のスポットライトが集中して当たっているからまぶしく思えるのだよ、でもだれにだって、スポットライトを当てたら、みんなものすごく輝いて見える、と言いたい。きみだって、なにかに興味を持って、生き生きと行動していたら、それだけで大谷のように輝いているんだよ、とね。

otaniesnsyu

スポーツをやめることについての一考察

小学校教師というのは、授業を行うのはもちろんですが、日本の場合は、どちらかというとそれがメインなのではありません。
授業は業務のうちの3割程度かな・・・実感としては・・・
メインの業務は、お子さん方のメンタルのお世話でしょうか。

といっても特に何かをするのが必要なわけではなく、ただひたすら、

〇共にすごし
〇共に給食を食べて
〇共に掃除をして
〇共に生活上のいろんなことを話し合って
〇共に感想を出し合って
〇共にじゃ次はこうしようとか言い合って
・・・

という繰り返しをするのですが、
それがまあ、いちばん人間が成長する元になります。
特段、なにかが必要なわけではなく、人間は元々、日々成長し、良くなっていく存在なのかなと思います。

そこで、教師も毎日あれこれと子どもの姿から学びますし、あれこれ考えます。
わたしは

「自分なんかよりもよほど偉いな、この子は」

と思う子によく出会う。
私が自分の子どもの頃を思い返すと、この子は少なくとも自分よりはマシ、と思うことが多い。
だからなんとなく、甘い、と言われてしまうのでしょうかネ。
わたしは高卒で大学も中退だし20代もろくに稼がず、職業も転々としてまっとうな人生を歩んできたとは言い難い。だから、この子は自分よりもおそらく偉いし、立派な人生をおくるだろう、という気がしてならない。どの子に対してもそう思う。

だからかもしれないが、子どもたちが悩みを打ち明けてくると、

「たいしたことないですナァ・・・」

としか思えない。
これは教師としてはマズい。親身になって受け止めてあげなくてはいけないと思う。当人は真剣なのだから。

6年生になり、長く続けた新体操を辞める、と相談にきた子がいる。
実際は、お母さんが相談をもって学校に来られた。その後、当人もまじえて話し合った。

何よりも、お母さんが

「小1から続けてきて、県大会で二十位までに入った。本人も楽しく続けてきたのに、やめるのはもったいないと思いまして」

と悩んでおられた。

しかし、当人は中学に新体操の部活がなく、中学ではクラスの友達と一緒に部活に入りたいのだ、という。
どの部活に入るかは具体的に決めているわけではない。ただ、友達といっしょに部活をしてみたい。新体操を続けると、ほとんど毎日のように県の体育館やスクールに通って練習をしなければならないため、部活には入ることができない。

当人は
「できたら両方やりたいし、新体操もきらいなわけではないから、続けたい気持ちもあるが、これだけになってしまうことについての不安がある」
とのこと。

「これだけになってしまう」というのが、子どもの言い分。
母親はそれに対して、「それでいい」と思っている。人間、何かに打ち込むのは幸福なことだが、いくつもできないのだから。新体操がたのしくやれたらそれでいいのでは、と考えているようだ。

私は、近くのお寺の和尚さんに相談してもらいたい、と正直思う。
だって、この相談、小学校の教師にすることか?
人生の悩み相談は、お寺の和尚さんに相談するのがこの国のルールだったはず・・・(ちがうか)

私は小学校の教師であり、授業の相談や学習のこと、クラスの人間関係などのことは相談に乗るが、あなたの私的な活動については正直、どうでも・・・あ、いや、すみません。お話は聞かせていただきます・・・。

みなさんはどう思われるでしょうか?
わたしは自分が仕事が長続きせず、転職を繰り返すほどのだらしない人間であったので、

「辞めたい?いいんじゃないの」

とすぐに言ってしまいそうである。
わたしは長続きがしない、そのために損をしてきた、ということにかけては他の人にひけをとらないくらい自信がある。

お母さんは「もったいない」と何度も言う。

ところがその結果はどうなるかはだれにもわからない。
わからないからお母さんも当人も、どうなんだろう、と真剣に悩む。

わたしは、20代の最初になぜか子牛に早朝ミルクを与える仕事をしていたが、あれを続けていたら今、おそらくいっぱしの酪農家になれていただろうと思う。あるいは肉牛の専門家として今頃はステーキを食べ比べることができる人材になっていただろう。当時は雄牛の去勢もしたが、去勢のプロにもなっていたかもしれない。

しかし、辞めた自分のことを「ざんねんなやつ」とは思わない。
むしろ、あれこれと遍歴し、漂泊し、一貫性のなかった自分自身のことが好きだ。

わたしは結局、なにもアドバイスができないまま、うーん、と腕組みして
「むずかしいところですよねえ・・・」と言葉少なに何度かつぶやくだけでした。
お母さんはマシンガントークを娘と繰り広げて、疲れ果てて帰宅されましたが、娘はおそらく、もう心の中では「辞める」と決めているのでしょう。
ところがお母さんがそのことに納得していないので、その子は仕方なく親を私のところに連れてきた、ということが真相でしょうね。

子どもは、「スポーツを辞める自分を自身では否定もなにもしない」のに、親が否定している。
子どもはスッキリしていて、強いですよ。力強く自分の足で立っているのが子どもで、ふらふらと不安でしっかり立てていないのが親、というのはよくある構図でしょう。

今回のオリンピックでも、競技の直後に引退を宣言する選手が、たぶん少しくらい、いそうです。
で、その人はすごくすっきりしていて、そんな決定を下した自分に誇りをもっているんだけど、
周囲の別の人が「もったいない」と言う、というのは、いかにもありそうな話ですナ。

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多様化進む子どもの「習いごと」と「趣味」

野球少年が多かった時代は、みんな野球をやっていた。
プラスチック製のバットをみんな持っていて、公園に集まるとみんな野球だった。
ボールはやわらかいテニスの「赤M」で、軟式野球のボールは使われなかった。軟式の球は固いから、ホームランが出ると近所の家のガラスが本当に割れてしまうからである。赤Mならたとえ窓ガラスにあたっても大丈夫だし、体に当たっても痛くないし、ボールがゆがむから、ヘンテコなカーブも投げられた。

だいたい、団地の真ん中の一つしかない公園で、みんなで遊んでいるから、みんなでブームにのり、みんなでブームから離れたのである。

ローラースケートもやったなあ。
ただし、2年くらいしかブームが続かなかった。
みんな買っちゃったから仕方なくやっていただけで、2年目はそんなに盛り上がらなかった。結局、いわゆるブームだったのでありましょう。

という具合に、昭和の子どもたちは、わりとみんな少ない選択肢の中で、あれこれと動いていた気がする。

『アタックナンバー1』のころはバレーボールをやり、『エースをねらえ』の頃にテニスをやる。
我々は、テレビともちゃんと歩調を合わせていた。
「今、時代はコレだな」
と、みんなでそう思っていた。

スポーツそのものが時代に合っていたのだろう。スポーツが神性を帯び、スポーツが社会の中で果たす役割がとても大きかった気がする。

近所の仲間のうち、どうしても野球が苦手なのに、野球部に入っている子がいた。
なんてったって、彼の振るバットに、ボールが当たったためしがない。
また、なぜかフライはいつも彼の頭上を越えていく。
しかし、わたしは彼を馬鹿にはしなかった。
なぜなら彼は、それでも堂々と「野球」の道に進んだからである。
わたしはキャプテン翼が流行し始めた最初の頃で、自分では自分のことを、王道を離れてサッカーに流れてしまった軟派だととらえていた。したがって、野球という硬派な正統的スポーツをしっかりやろうとする彼のことを、ひそかに尊敬していた。

当時の少年にとって、たとえ苦手だとしても、その世界に入りたいと思えるくらい、野球は正統派であり、まぎれもなく【人の生きる道】でありました。

ところが、それが徐々に雰囲気が変わってきたのが、やはりバブルなんでしょう。精魂傾けて精進し、目的を達する、というのが茶化される感じが出てきた。軽薄な時代とよばれたバブルの頃で、ウッチャンナンチャンがいわゆるスポーツ根性もの、スポ根をネタにしてお笑いに変え、コントにして受ける時代がきた。

それまでは王貞治さんを見て笑う人なんていなかったのに、「懸命に精進する人を見て笑う」という文化が出てきた。

今、小学校の教師をしていて思うのは、そういう「精進する人をみて笑う」というのは、今はなくなりました。そう断言してもいい。スポーツ根性物をネタにするような、ウッチャンナンチャンのコントを見ても、今の小学生は笑わないでしょう。笑うのは、当時のことを知っている大人だけだと思います。我々は、古いコントを今見ても、やはり笑えるでしょう。

なんで今の子たちは笑わないのか。
実は、野球は野球、サッカーはサッカー、鉄オタは鉄オタ、古典落語は古典落語、それぞれ人生は一度しかないのだから、やりたいことをやればいいのだという気持ちを、今の子たちはハッキリと持っているのだと思います。
で、大前提として、他の人のそれをぜったいにバカにしない。

昭和の時代に、古今亭志ん生を聴いている中学生は馬鹿にされましたナ。
「なんだい、落語なんて古臭いものに興味なんて持っちゃってサ」
と、後ろ指をさされたものです。

高校に入って落語をやる、と言っただけでネタ扱い。
完全に変人の枠に分類され、小馬鹿にされました。
今のこどもたちに、そういう変な価値観はありません。存在しない。

それはなぜかというと、「知らないんだから、馬鹿にすることができない」という、至極まっとうな考えによるのだと思います。だって、それがどんなものか、よくわからないんだもの。

昭和の時代は、野球かサッカーか、というので「どっちがつおいか」「どっちが王道か」みたいな意地の張り合いがあったのでしょうね。今考えると。
世間的にどちらが価値が高いか、というのとリンクしていたような気がします。
そんなもの決められないのに。

名古屋と東京と大阪と比べてどれがいいか、みたいなテレビ番組がやっていたのを覚えています。そういう価値観があったんです。比較してくらべよう、という雰囲気があったんですよね。で、名古屋はタモリさんに徹底的に馬鹿にされていました。くやしかったです。

今、小学生にそのような価値観はない。
「だって、比べようがないでしょう。なにをもって比べたといえるの?」
なーんて、小学生につっこまれそうです。

クラスに乗馬をやっている子がいますが、どう思いますか?
わたしは最初、すげえめずらしい、と思って大いに反応しちゃいました。

「えー!!乗馬やってるの!めずらしいねえ!かっこいい!!」

わたしが珍しがってもあまり反応がありません。

「はあ」

と静かに言うだけ。
そんなに騒ぐことか?といった表情でこちらを見つめています。

つまり、「人は一人ひとり、ちがうことをして当然だから、乗馬だから、ということに価値があるわけではない」という風なんですよ。伝わるかなこの感じ。

乗馬をやっている小学生は少ないかもしれないが、同じように希少な昆虫の研究をしていたり、近所の化学クラブで実験ばかりしている子もいるし、新しいコンテンポラリーダンスに挑戦している子もいるし、母の影響で毎日ミシンで新しい衣装を作っている子もいる。父の影響で燻製づくりにはまる小学生もいる。

特別だから価値がある、というのでもない。
同時に、王道だから価値がある、というのでもない。
そんな雰囲気になってきた。


逆に言うと・・・

スポーツの人気が、相対的に下がってきている。
スポーツ以外の道が、たくさんあることに気づき始めたというべきか。

考えてみれば当たり前で、苦手な子も「野球」を選んだ昭和の時代とはちがうのだ。
スポーツに向かない子もいるし、集団競技はいやだ、という子もいる。力いっぱいに何かをする、というのが性に合わない子もいるし、だれかと競争する、という文化そのものを受け付けない子もいる。協力するのならやるが、勝ち負けをつけることは下卑た精神だからやらない、という子もいる。

「勝ったとか負けたとかいうのがすでにいやなんです」

という子がいて、体育の時は実に嫌(いや)そうにしていた子もいる。

なんだか時代が変わってきたなあ、と、古い私はそう思ってしまう。
たしかに、「勝った負けた」は世の常だ。
人が勝ち負けにこだわるのは、今の社会の当たり前のような行動である。
しかし、それ以外の価値観もある、ということなのだろう。
勝ったからよい、負けたからよくない、という価値観そのものも、多様化しているのかもしれない。

さて、五輪開幕が近づいてきた。明日ですか?開幕は??
始まってみれば盛り上がるでしょう。基本的にみんなスポーツは好きですから。え?好きじゃない人だっている?

たぶん、本当に心底、五輪に興味のない人もいるでしょうね。
今の子たちはクラスで一切五輪の話題を出しません。
たぶん10年後とかになると、スポーツそのものが少しずつこれまでのように過大評価された地位にはいないかもしれません。少なくとも、「当然のようにみんなが熱中するもの」という地位からは、すこしずれていくのではないかと思います。

野球部が無くなった、という高校が近所にあります。
高校野球、という言葉すら、だんだんとメジャーな地位から降りていっているのですね。
昭和の時代、蔦監督が率いた池田高校の野球を見て快哉を叫んだ私からすると、とても信じられないような、くやしいような話ですが。

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