私は車に興味があります。
古くは西武デパートの駐車場で見た黄色いカウンタックから始まりました。
あの希望と、未来への挑戦の色。
高度経済成長期の後半、まだあの頃は、純粋に、あるいは無邪気に、未来を信じていた頃です。当時のスーパーカーは原色でしたね。真っ赤なスーパーカー、黄色、青。
これらは、1970年代の世界中の人々が、科学技術の素晴らしさを謳歌している時代の色でした。
先日、首都高を走っておりますと、やはり、目につくのは、落ち着いたブラックの車です。ブラックはやはり人気なのですね。
あとはホワイトパール。高級感があります。
黒白グレーは、無難だし、おしゃれ感もあるし、それでいてある種の緊張感も秘めている。
どれも車としては引き締まった良い色です。
その中で、私の目を特に惹いたのが、マツダ社の奥深い、落ち着いた赤色、あのレッドです。
わたしはマツダ車を持ってないのでわかりませんが、漆塗りのような、匠の職人が好むような深い色ですよね。とてもかっこいいです。
これはおそらく10〜15年位前から流行り出したのかな?
平成と言う時代の終盤になって、団塊の世代が定年を迎えるとき、あの、芳醇なレッドが、今の団塊の世代の気持ちに刺さったのでしょう。ようやく実りの時を迎えた、ようやく収穫できるようになった、と。
当時のマツダのデザイナーたちは、「生命の躍動」を表現するために、赤の中にもハイライト(光り輝く部分)とシェード(深い影の部分)の強烈なコントラストを追求しました。まさに「苦労して登り詰めた成功者が、一息ついて夕日を眺める」ような、豊穣の赤です。
しかし、あれから時代が変わり、団塊ジュニアの世代が50代になっています。ようやく車を買い換える余裕が出てきた頃に、あのマツダのレッドは「なんか違う」と感じるわけですね。
親の世代はあれが良かった。しっかりと働いた実感があり、収穫を得て、頑張った自分と言うことに納得ができるための色でした。
ところが団塊ジュニアの世代は違う。
この世代は、若い頃から辛酸を舐めてきました。
就職は、氷河期。子育てを始めてもどんどん税金が上がって、苦しい中を地を這うように過ごしてきたんです。給料が上がっていく親の世代とは違い、デフレの真っ只中で、苦しみながら生きてきました。
団塊ジュニアは、バブルの恩恵も受けず、常に「現実」と向き合わされてきた世代です。だからこそ、今この不透明な時代に、親世代が愛したような「過去の平和を象徴する芳醇な赤」を手にすることに、強い違和感(=呑気さ)を覚えるのではないでしょうか。
だから、車を買うときに、豊かな実りの色は、心理的に選べないんですね。あまりにも、場違いな感じがして。呑気すぎる赤、なんです。呑気に収穫を喜ぶ気にはなれない。そんなジュニア世代に合う色はなんでしょう?
トヨタのデザイナー、ホンダのデザイナーは、今の40代50代のユーザーにささる色を考え抜きました。それがアースカラーです。
ちょっとくすんだ感じの色。
土のような、草のような、木のような、ちょっとくすんだイメージの色が、今の40代50代にピッタリなんです。これは目立ちたくないと言う色。できたら、自然の中に溶け込むようにして、自分の存在を気配を主張させたくないんです。
「できたら自然に隠れたい」
「目立たないでやり過ごしたい」
これは、政治からも、経済からも、徹底的にいじめ抜かれてきた世代の、我が身を守る大事な哲学なんですね。
トヨタのシエンタ、ホンダのフリード、ダイハツのタフト、他にも、今発売されている車のボディーカラーは、くすんだ系統の色合いがほとんどです。


おそらくデザイナーは、
を、色で示しそうとしたんだ、と思います。
特にこれからは時代が急激に変化することが予想されます。
政治的にも緊張があります。
トランプ大統領のやることには、世界中の人が度肝を抜かれています。高市早苗総理大臣は、台湾有事を口にして、火種をつくりました。
経済的にも、誰にも予想できない大変革がこの後あるだろうと予想されています。ドルの信頼にはヒビが入りそうですし、世界中でインフレが止まりません。
こんな時代の背景を感じて、ユーザは自分だけはじっとしていたいんです。
その心理を、巧みにつかんで、あるいはもっと良い言葉で言うと、トヨタやホンダのデザイナーは、私たちの震えるような心理に、そっと寄り添ってくれているようにして、アースカラーを出してくれたのだとおもいます。
久しぶりに、首都高を走って、いろいろな車の姿を見ながら、こんなことを考えていました。
新しい車は、アースカラーが多いなぁ、と思いながら、ふと見ると、目の前にでかくて新しい車が走っていました。トヨタのランドクルーザー(新車)です。
やはり、砂漠の中に隠れるような、ミリタリーの雰囲気のするような色でした。
考えてみれば、ミリタリーと言うのは、緊張感のある色ですね。隠れてるんですから、敵から。
そして、その後にはおそらく、命をかけた戦闘が待ち受けているんですから。
似たような色合いであるアースカラーにも、やはり私は緊張を感じます。
落ち着いたニュートラルな色かと思いきや、この後に起きるイベントに備えて、最大限に緊張を抱えたまま、身を隠している色だととも考えられます。
この後に起きるのは、政治的な危機、そして経済ショック。
まさに、今の40代50代は、社会の中に沈潜し、息をひそめ、これから起こるショックに備えているとも思います。
そう考えると、メーカーのデザイナーたちがいかに敏感か、よくわかりますね。
そんなことを考えてしたら、はいその瞬間です。
隣に、まるで1970年代のような、おもちゃみたいな色をした、新しい車が通ったんですよ。
ピカピカの新車でした。
なんていう車かわかりませんでした。
それがね、すごい赤だったんです。
それも、救急隊員の救命着のような、Orangeっぽい赤というか。消火栓の色のような。
私が、心の中で、
これからの世の中、大変革が来るぞ、
トランプのショックは続くぞ、
政治的にもやばいぞ、
経済的にもショックが来る、
サイレンの音が聞こえてくるぞ
と考えていたところに、救命着や、消火栓の色が、赤色が、目に飛び込んできたと言うわけです。
それも新車で。
どこかのメーカーのデザイナーは、既に、次の色を予測しているんですね。
それは、もう隠れてる場合じゃない、アースカラーじゃないと言うわけです。
もう出てきて、戦わないとダメだぞ、サイレンが鳴ってるぞ、飛び出して進まないと!
・・・と、言っているような色でした。
今調べてみたら、この車だったかな?と。
ヨーロッパで戦争が終わった時、のこと。世界大戦の直後のことです。
フィアットの社長は、これからの平和な時代を、絶対に元に戻さない、という強い意志を示すため、この希望に燃える赤を世に出したと言っています。
戦争が終わったばかりの当時、物資が不足していたため、多くの車は軍用車の残りのような地味な色(グレーやオリーブドラブ)でした。
フィアットはあえて、イタリア人が愛する「情熱の赤(ロッソ)」を大衆車に塗りました。それは「戦争の暗い影を塗りつぶし、もう一度明るい太陽の下へ出よう」という、国全体への強烈なメッセージだったのです。
これは、人間の尊厳をかけて、抵抗するための赤ですね。

トヨタのシエンタは、アースカラーが前面に押し出された車です。

このシエンタについては、実際に色そのものを担当したのは、カラーデザイナーの荒田 海優(あらた みゆ)氏ら若手のチームです。
荒田氏は「お洒落な雑貨屋やカフェ、キャンプ」といった、現代のトレンドに敏感な視点で色を選定しました。これが、ラインナップの多くが「くすみカラー」に占められた理由です。つまり、市場の「隠れたい」というニーズに応えたのは、このカラーチームのマーケティング的側面が強いと言えます。
しかし、プロジェクト全体の責任者はまた別の方なんですね。加藤さんという方です。
この方はプロジェクト全体の責任者として、これら全ての色の最終決定を下しています。加藤氏は「日常を彩るちょっといいもの」という言葉を大切にしており、アースカラーばかりで沈みがちなラインナップの中に、たった一色だけ、「世の中に主張する色」を置くことを許容しました。
その証拠に、シエンタには、たったそれだけなんですが、アースカラーじゃない色として、緋色(赤に近い色)が入っています。

やはり、赤は、流されまいとする色、抵抗の色、みたいですね。
わたし?
私の車は、ブルーです。購入して17年、距離は220,000キロを超えました。
あー、マツダのレッドに乗りたいナ。
古くは西武デパートの駐車場で見た黄色いカウンタックから始まりました。
あの希望と、未来への挑戦の色。
高度経済成長期の後半、まだあの頃は、純粋に、あるいは無邪気に、未来を信じていた頃です。当時のスーパーカーは原色でしたね。真っ赤なスーパーカー、黄色、青。
これらは、1970年代の世界中の人々が、科学技術の素晴らしさを謳歌している時代の色でした。
先日、首都高を走っておりますと、やはり、目につくのは、落ち着いたブラックの車です。ブラックはやはり人気なのですね。
あとはホワイトパール。高級感があります。
黒白グレーは、無難だし、おしゃれ感もあるし、それでいてある種の緊張感も秘めている。
どれも車としては引き締まった良い色です。
その中で、私の目を特に惹いたのが、マツダ社の奥深い、落ち着いた赤色、あのレッドです。
わたしはマツダ車を持ってないのでわかりませんが、漆塗りのような、匠の職人が好むような深い色ですよね。とてもかっこいいです。
これはおそらく10〜15年位前から流行り出したのかな?
平成と言う時代の終盤になって、団塊の世代が定年を迎えるとき、あの、芳醇なレッドが、今の団塊の世代の気持ちに刺さったのでしょう。ようやく実りの時を迎えた、ようやく収穫できるようになった、と。
当時のマツダのデザイナーたちは、「生命の躍動」を表現するために、赤の中にもハイライト(光り輝く部分)とシェード(深い影の部分)の強烈なコントラストを追求しました。まさに「苦労して登り詰めた成功者が、一息ついて夕日を眺める」ような、豊穣の赤です。
しかし、あれから時代が変わり、団塊ジュニアの世代が50代になっています。ようやく車を買い換える余裕が出てきた頃に、あのマツダのレッドは「なんか違う」と感じるわけですね。
親の世代はあれが良かった。しっかりと働いた実感があり、収穫を得て、頑張った自分と言うことに納得ができるための色でした。
ところが団塊ジュニアの世代は違う。
この世代は、若い頃から辛酸を舐めてきました。
就職は、氷河期。子育てを始めてもどんどん税金が上がって、苦しい中を地を這うように過ごしてきたんです。給料が上がっていく親の世代とは違い、デフレの真っ只中で、苦しみながら生きてきました。
団塊ジュニアは、バブルの恩恵も受けず、常に「現実」と向き合わされてきた世代です。だからこそ、今この不透明な時代に、親世代が愛したような「過去の平和を象徴する芳醇な赤」を手にすることに、強い違和感(=呑気さ)を覚えるのではないでしょうか。
だから、車を買うときに、豊かな実りの色は、心理的に選べないんですね。あまりにも、場違いな感じがして。呑気すぎる赤、なんです。呑気に収穫を喜ぶ気にはなれない。そんなジュニア世代に合う色はなんでしょう?
トヨタのデザイナー、ホンダのデザイナーは、今の40代50代のユーザーにささる色を考え抜きました。それがアースカラーです。
ちょっとくすんだ感じの色。
土のような、草のような、木のような、ちょっとくすんだイメージの色が、今の40代50代にピッタリなんです。これは目立ちたくないと言う色。できたら、自然の中に溶け込むようにして、自分の存在を気配を主張させたくないんです。
「できたら自然に隠れたい」
「目立たないでやり過ごしたい」
これは、政治からも、経済からも、徹底的にいじめ抜かれてきた世代の、我が身を守る大事な哲学なんですね。
トヨタのシエンタ、ホンダのフリード、ダイハツのタフト、他にも、今発売されている車のボディーカラーは、くすんだ系統の色合いがほとんどです。


おそらくデザイナーは、
不安や緊張の中にいる大衆に対し、「今はここで静かに、気配を消して休んでいてもいいんですよ」という、メーカーなりの優しさや受容の形
を、色で示しそうとしたんだ、と思います。
特にこれからは時代が急激に変化することが予想されます。
政治的にも緊張があります。
トランプ大統領のやることには、世界中の人が度肝を抜かれています。高市早苗総理大臣は、台湾有事を口にして、火種をつくりました。
経済的にも、誰にも予想できない大変革がこの後あるだろうと予想されています。ドルの信頼にはヒビが入りそうですし、世界中でインフレが止まりません。
こんな時代の背景を感じて、ユーザは自分だけはじっとしていたいんです。
その心理を、巧みにつかんで、あるいはもっと良い言葉で言うと、トヨタやホンダのデザイナーは、私たちの震えるような心理に、そっと寄り添ってくれているようにして、アースカラーを出してくれたのだとおもいます。
久しぶりに、首都高を走って、いろいろな車の姿を見ながら、こんなことを考えていました。
新しい車は、アースカラーが多いなぁ、と思いながら、ふと見ると、目の前にでかくて新しい車が走っていました。トヨタのランドクルーザー(新車)です。
やはり、砂漠の中に隠れるような、ミリタリーの雰囲気のするような色でした。
考えてみれば、ミリタリーと言うのは、緊張感のある色ですね。隠れてるんですから、敵から。
そして、その後にはおそらく、命をかけた戦闘が待ち受けているんですから。
似たような色合いであるアースカラーにも、やはり私は緊張を感じます。
落ち着いたニュートラルな色かと思いきや、この後に起きるイベントに備えて、最大限に緊張を抱えたまま、身を隠している色だととも考えられます。
この後に起きるのは、政治的な危機、そして経済ショック。
まさに、今の40代50代は、社会の中に沈潜し、息をひそめ、これから起こるショックに備えているとも思います。
そう考えると、メーカーのデザイナーたちがいかに敏感か、よくわかりますね。
そんなことを考えてしたら、はいその瞬間です。
隣に、まるで1970年代のような、おもちゃみたいな色をした、新しい車が通ったんですよ。
ピカピカの新車でした。
なんていう車かわかりませんでした。
それがね、すごい赤だったんです。
それも、救急隊員の救命着のような、Orangeっぽい赤というか。消火栓の色のような。
私が、心の中で、
これからの世の中、大変革が来るぞ、
トランプのショックは続くぞ、
政治的にもやばいぞ、
経済的にもショックが来る、
サイレンの音が聞こえてくるぞ
と考えていたところに、救命着や、消火栓の色が、赤色が、目に飛び込んできたと言うわけです。
それも新車で。
どこかのメーカーのデザイナーは、既に、次の色を予測しているんですね。
それは、もう隠れてる場合じゃない、アースカラーじゃないと言うわけです。
もう出てきて、戦わないとダメだぞ、サイレンが鳴ってるぞ、飛び出して進まないと!
・・・と、言っているような色でした。
今調べてみたら、この車だったかな?と。
ヨーロッパで戦争が終わった時、のこと。世界大戦の直後のことです。
フィアットの社長は、これからの平和な時代を、絶対に元に戻さない、という強い意志を示すため、この希望に燃える赤を世に出したと言っています。
戦争が終わったばかりの当時、物資が不足していたため、多くの車は軍用車の残りのような地味な色(グレーやオリーブドラブ)でした。
フィアットはあえて、イタリア人が愛する「情熱の赤(ロッソ)」を大衆車に塗りました。それは「戦争の暗い影を塗りつぶし、もう一度明るい太陽の下へ出よう」という、国全体への強烈なメッセージだったのです。
これは、人間の尊厳をかけて、抵抗するための赤ですね。

トヨタのシエンタは、アースカラーが前面に押し出された車です。

このシエンタについては、実際に色そのものを担当したのは、カラーデザイナーの荒田 海優(あらた みゆ)氏ら若手のチームです。
荒田氏は「お洒落な雑貨屋やカフェ、キャンプ」といった、現代のトレンドに敏感な視点で色を選定しました。これが、ラインナップの多くが「くすみカラー」に占められた理由です。つまり、市場の「隠れたい」というニーズに応えたのは、このカラーチームのマーケティング的側面が強いと言えます。
しかし、プロジェクト全体の責任者はまた別の方なんですね。加藤さんという方です。
この方はプロジェクト全体の責任者として、これら全ての色の最終決定を下しています。加藤氏は「日常を彩るちょっといいもの」という言葉を大切にしており、アースカラーばかりで沈みがちなラインナップの中に、たった一色だけ、「世の中に主張する色」を置くことを許容しました。
その証拠に、シエンタには、たったそれだけなんですが、アースカラーじゃない色として、緋色(赤に近い色)が入っています。

やはり、赤は、流されまいとする色、抵抗の色、みたいですね。
わたし?
私の車は、ブルーです。購入して17年、距離は220,000キロを超えました。
あー、マツダのレッドに乗りたいナ。