赤ちゃんて、よくまじまじと見てきますね。
赤ちゃんをこちらが見てるんですが、そうと思えない時もあります。赤ちゃんが私を観察しているんだなと思う時があります。
眼力(ガンリキ)が赤ちゃんの方が数倍強い場合です。

大人はこの場合大抵負けます。
大人には時間がないからですね。
観察しても、「あ、大体わかった」と、時間を節約しようとします。

ところが、赤ちゃんには時間がもったいないなどと言う概念がありません。これの観察が終わったら、次はあれをして、それが終わったらこれをしてという予定もないからです。

なので、もう時間を超越してこっちを見てきます。大人はその目力に、屈服するほかありません。

私はまだ孫がおらんので、つい最近出会った赤ちゃんは、なんとクラスの保護者懇談会でした。
個人懇談の場に、赤ちゃんを抱っこしておいでになったのです。

こういう場合、話の半分が、クラスのその子のことではなく、半分が赤ちゃんの話題になることありますね。そうならない場合もありますが、そうなる場合もあります。

その日は、赤ちゃんの話題になってしまいました。その子が宿題をやってこないと言うことをお母さんに直接、訴えようかと思ったんですが。

言葉の切っ先が鈍りました。

小学校3年生の息子も可愛いが、この子も可愛い。

ほとんどの文脈はそうなりました。
仕方ないです。
で、その赤ちゃんは、私を生まれて初めて見る宇宙人のように、マジマジと見てきました。

私がしゃべる様子を、ずっと、「なんだ、こいつは」と言う目つきで見続けてくるのです。

私は人生はこうあるべきだと思いました。
人生なんて、生まれてから死ぬまでのことです。
時間をどのように使うかなんて、自分が勝手に決めれば良いことです。人間と言うのは誰からも自由であるべきで、本当はそう生きるべきです。

ですから、この赤ちゃんのように、次の予定がどうこうなんてスケジュール帳めくって、考え込まなくても、興味があることに邁進していくのが本当だと思います。

ところでスケジュール帳なんて、なんであるんでしょうか?
効率よく進めたいから?

朝のルーティーン、昼のルーティーン、夜のルーティーン。
全部こなすといろいろ良いことが起きますか?

ところが、長年人間を続けていますと、このマンネリにも似た、惰性で続けているような、ルーティーンが1番心地がいいんですね。

しかし、そのルーティーンばかり続けていると、部屋は片付くし、灯油はちゃんと買ってあるし、ゴミはちゃんと捨ててあるし、タイヤの交換もきちんと済むのですが、それだけで1日が終わってしまいます。

そこでこの赤ちゃんタイムです。
時間を忘れて興味のあることにずっと自分の矢印を向ける。
この赤ちゃんタイムが何よりも貴重です。

私は日曜日の午前中は赤ちゃんタイムにしています。予定は空けておくのです。スケジュール帳には何も書かないんです。赤ちゃんタイムの予定も立てないのです。赤ちゃんタイムに何をするかは事前に決めないのです。その時の心の発動に100%人生をかけるのです。

ところが今日は溜まっていたガラス瓶の処理や紙ゴミの片付けとか、息子がインフルエンザになったので、冷えピタを買いに行ったりとか、そんなことで赤ちゃんタイムが消費されてしまいました。

いえ、この消費されたと言う感覚自体がダメなんです。

集中した赤ちゃんタイムを興味、100%でやりきった、と考えた方が良いです。

結論、赤ちゃんタイムは赤ちゃんにしかできないことがわかりました。
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