それをするとどうなるのかを考えられること。
子どもがつける力のうち、1丁目1番地がこの力です。
様々な子どもがいます。
あらゆる状況環境に置かれている子どもたちです。必要な支援の行き届かない子どもたちもたくさんいます。すべての子に行き届く支援が必要なんです。全員に、つけてあげたい力です。
例えば。
ここにものを置いたらどうなるのか。
床の上にものを置いたら、35人もいる教室で、誰かが間違って踏んじゃうのではないかと考えられるということ。
机の端っこにギリギリで牛乳瓶を置けば、何かの拍子にそれが落ちるかもしれないと考えられること。
こういう事は、人生のあらゆる所作の積み重ねで学習していくことです。
ところが、そこでの学習が行われない限り、何度も同じ失敗を繰り返すことになりがちです。
実際に、学級には、1週間に1回は牛乳をこぼす子もいます。
友達の耳元で大きな声を出して、友達がびっくりした顔をするのが大好きな子もいます。もうやめてとお願いをされているにもかかわらず、面白いからとそれを何度もやろうとする子。
自分の筆箱を床に置いて、誰かが踏んづけたら、その踏んづけた子を徹底的に責めようとする子。
これを見逃す教師はいないと思います。
たいていは、どうして床の上に筆箱を置いたのかを責める口調になり、それを延々と指導しますね。
ところが、何度も繰り返すんです。
これで、先生たちは疲弊する。
だからそのような指導はしません。
牛乳瓶を1週間に1度はこぼしてしまう子、机の端っこに置いたらだめだよと指導してもそれは繰り返される。つまりこの指導はポイントを外しているわけ。
友達の耳元で大きな声を出したらダメだよ。友達が困っているよ、と伝えてもそれを繰り返してしまう子。
耳元で、大きな声を出すのはダメ!絶対!禁止!
と、何度伝えてもそれを繰り返す。
つまり、この指導は、何かを根本的に間違えている。
ここでヒントになるのは、子供の中に何を育てようとしているのか、教師側に本当の軸があるのか、ということ。
大事なのは、脳の中の記憶事項を増やすことではない。
それに頼っていると、ワーキングメモリの少ない子は、もう覚えることがいっぱいで追いつかない。
ワーキングメモリーだのみの指導は、限界を迎えやすいのです。
床に筆箱を置くのはダメ、これで1つ覚える、耳元で大きな声で叫ぶのはダメ、これでまた1つ覚えることが増える、牛乳瓶は、机の端っこに置いてはいけないと言うのを覚えるので、これでまた1つ覚えなきゃいけないことが1つずつ増えていく。子どものワーキングメモリーは、それでパンパンに膨れ上がる。
ワーキングメモリー頼みの教育は、いずれ失敗します。
この時に必要な指導は、たった1つ。
すると今までそんな事は考えたことがなかったと言う表情をする。
それをすると、どうなるか?
それをすると、どんな良いことが起きるか?
これまで、そんなふうに考えた事はなかった。
だから、不意を突かれた表情になる。
それをすると良いことがあるのかと言う質問に対し、まゆをひそめ、わからないと答えるか、あるいは首をひねるか。
「え?別にない」
たいてい、その子は、良い事は起こらないかも、と言う。
そこで、そこに置くと、誰かが踏むかもしれないよ?と、初めて新しい情報を伝える。
◯◯になるかもしれない。
これは未来予測です。
未来予測と言う脳の働きは、非常に高度です。
周りの状況をよく見ていないと、未来予測はできません。〇〇してはいけないと言う紋切り型のワーキングメモリーばかり消費する脳の働かせ方とは全く違う、脳機能の高度な使い方です。
35人以上の子供が1つの教室と言う空間に、お互い協力し合いながら生きている。大人でも35人の人とともに給食を食べたり、掃除をしたり、グループで学習活動していれば、あれこれと未来予測が必要です。子どもは、まだ、トレーニング中ですから、未来予測を何度も練習するのです。
それをすると良いことがあるの?
という質問は、子供の未来予測をする力を育てます。これは思考力です。ワーキングメモリーを消費するのではない、新たな脳の使い方の指導なのです。
友達の耳元で大きな声で叫ぶのを楽しんでいる子に、何か良いことがあるのと聞くと、楽しいと答えます。あぁそうなんだ。楽しいからやっているんだね、とまずはその子の気持ちを受け止めます。するとそうだ。僕は楽しいからやっているとそこまで思考が進みます。そうなって初めて、次に進むのです。次のステージに進めるのです。
でもその子は困っているんだよ、やめてとお願いしているよ、と初めて現実に気づかせてあげるのです。
友達がやめて欲しいと言ってることをするのはだめです、と、きっぱりと伝えます。あなたは楽しいからやるんだけど、友達が困っていたらやってはいけないのです。納得した表情をします。
なぜこの子が納得できたかと言うと、僕は楽しいと思ってやっているんだ、この行動は、僕が選んだ行動なのだ、と理解が始まるからです。
人間と言うのは、反射的に過ごしているのではなく、思いつきで、感情的に動くのものではなく、何かしらの考えがあって、それを行うのだと言う基本が身に付いていきます。このことが理解できないと、自分の身をコントロールすると言う気持ちには全くなっていきません。

子どもがつける力のうち、1丁目1番地がこの力です。
様々な子どもがいます。
あらゆる状況環境に置かれている子どもたちです。必要な支援の行き届かない子どもたちもたくさんいます。すべての子に行き届く支援が必要なんです。全員に、つけてあげたい力です。
例えば。
ここにものを置いたらどうなるのか。
床の上にものを置いたら、35人もいる教室で、誰かが間違って踏んじゃうのではないかと考えられるということ。
机の端っこにギリギリで牛乳瓶を置けば、何かの拍子にそれが落ちるかもしれないと考えられること。
こういう事は、人生のあらゆる所作の積み重ねで学習していくことです。
ところが、そこでの学習が行われない限り、何度も同じ失敗を繰り返すことになりがちです。
実際に、学級には、1週間に1回は牛乳をこぼす子もいます。
友達の耳元で大きな声を出して、友達がびっくりした顔をするのが大好きな子もいます。もうやめてとお願いをされているにもかかわらず、面白いからとそれを何度もやろうとする子。
自分の筆箱を床に置いて、誰かが踏んづけたら、その踏んづけた子を徹底的に責めようとする子。
これを見逃す教師はいないと思います。
たいていは、どうして床の上に筆箱を置いたのかを責める口調になり、それを延々と指導しますね。
ところが、何度も繰り返すんです。
これで、先生たちは疲弊する。
だからそのような指導はしません。
牛乳瓶を1週間に1度はこぼしてしまう子、机の端っこに置いたらだめだよと指導してもそれは繰り返される。つまりこの指導はポイントを外しているわけ。
友達の耳元で大きな声を出したらダメだよ。友達が困っているよ、と伝えてもそれを繰り返してしまう子。
耳元で、大きな声を出すのはダメ!絶対!禁止!
と、何度伝えてもそれを繰り返す。
つまり、この指導は、何かを根本的に間違えている。
ここでヒントになるのは、子供の中に何を育てようとしているのか、教師側に本当の軸があるのか、ということ。
大事なのは、脳の中の記憶事項を増やすことではない。
それに頼っていると、ワーキングメモリの少ない子は、もう覚えることがいっぱいで追いつかない。
ワーキングメモリーだのみの指導は、限界を迎えやすいのです。
床に筆箱を置くのはダメ、これで1つ覚える、耳元で大きな声で叫ぶのはダメ、これでまた1つ覚えることが増える、牛乳瓶は、机の端っこに置いてはいけないと言うのを覚えるので、これでまた1つ覚えなきゃいけないことが1つずつ増えていく。子どものワーキングメモリーは、それでパンパンに膨れ上がる。
ワーキングメモリー頼みの教育は、いずれ失敗します。
この時に必要な指導は、たった1つ。
【◯◯さんは今、それをしたけど、それをすると何か良いことがありそう?】
例えば、床の上に筆箱を置いたままにしている子。そこに置くと何か良いことありそう?と質問してみる。すると今までそんな事は考えたことがなかったと言う表情をする。
それをすると、どうなるか?
それをすると、どんな良いことが起きるか?
これまで、そんなふうに考えた事はなかった。
だから、不意を突かれた表情になる。
それをすると良いことがあるのかと言う質問に対し、まゆをひそめ、わからないと答えるか、あるいは首をひねるか。
「え?別にない」
たいてい、その子は、良い事は起こらないかも、と言う。
そこで、そこに置くと、誰かが踏むかもしれないよ?と、初めて新しい情報を伝える。
◯◯になるかもしれない。
これは未来予測です。
未来予測と言う脳の働きは、非常に高度です。
周りの状況をよく見ていないと、未来予測はできません。〇〇してはいけないと言う紋切り型のワーキングメモリーばかり消費する脳の働かせ方とは全く違う、脳機能の高度な使い方です。
35人以上の子供が1つの教室と言う空間に、お互い協力し合いながら生きている。大人でも35人の人とともに給食を食べたり、掃除をしたり、グループで学習活動していれば、あれこれと未来予測が必要です。子どもは、まだ、トレーニング中ですから、未来予測を何度も練習するのです。
それをすると良いことがあるの?
という質問は、子供の未来予測をする力を育てます。これは思考力です。ワーキングメモリーを消費するのではない、新たな脳の使い方の指導なのです。
友達の耳元で大きな声で叫ぶのを楽しんでいる子に、何か良いことがあるのと聞くと、楽しいと答えます。あぁそうなんだ。楽しいからやっているんだね、とまずはその子の気持ちを受け止めます。するとそうだ。僕は楽しいからやっているとそこまで思考が進みます。そうなって初めて、次に進むのです。次のステージに進めるのです。
でもその子は困っているんだよ、やめてとお願いしているよ、と初めて現実に気づかせてあげるのです。
友達がやめて欲しいと言ってることをするのはだめです、と、きっぱりと伝えます。あなたは楽しいからやるんだけど、友達が困っていたらやってはいけないのです。納得した表情をします。
なぜこの子が納得できたかと言うと、僕は楽しいと思ってやっているんだ、この行動は、僕が選んだ行動なのだ、と理解が始まるからです。
人間と言うのは、反射的に過ごしているのではなく、思いつきで、感情的に動くのものではなく、何かしらの考えがあって、それを行うのだと言う基本が身に付いていきます。このことが理解できないと、自分の身をコントロールすると言う気持ちには全くなっていきません。
