サトシくんと言う子がいました。
このサトシくんは、筆箱の中に鉛筆が1本しか入っていないのです。

親と同じく、筆箱の中身については、小学校では先生も指導します。
赤鉛筆1本、普通の黒鉛筆を3本4本、よく字の消える消しゴムに小さなミニ定規を1つ、名前を書くためのネームペンが1本、などのように。

サトシくんも、黒鉛筆は3本か4本持ってくると良いよ

と声をかけるのですが、いつも必ず1本しかありません。
しまいには、筆箱すら持ってこなくなりました。机の引き出しの中に鉛筆が1本あるだけです。

おうちの方に電話をすると、しばらく立派な筆箱を持ってきて、ピカピカの鉛筆が5本ほど入ってるのですが、1週間も経つとやはり筆箱ごと家に置いてきてしまい、黒鉛筆一本に戻ります。

彼は、鉛筆一本でこの人生をなんとかしよう、と決めているのです。

料理人が包丁を、野球選手バットを扱うように、サトシくんは鉛筆をいっぽんだけ持って、すべての活動を片付けようとしていました。

いささか、乱暴ですよね。
鉛筆いっぽんだけで、すべてをこなそうとするなんて。

私が、

「いったい、どんな考えで鉛筆1本だけにしているの?」

と尋ねると、

「1本で何とかなるからね」

と、まるで人生を2回か3回、既に経験してきた人のように言います。

包丁1本さらしに巻いて、の歌詞でお馴染みの

月の法善寺横町

は、包丁一本で身を立てる若人の、心情がよく伝わる歌詞です。

包丁一本晒(さらし)に巻いて

旅へ出るのも板場の修業

待っててこいさん哀しいだろが

ああ若い二人の

想い出にじむ法善寺

月も未練な十三夜


(セリフ)

こいさんが私(わて)を初めて法善寺へ連れて来てくれはったのは「藤よ志」に奉公に上った晩やった。「早う立派な板場はんになりいや」ゆうて、長い事水掛不動さんにお願いしてくれはりましたなァ。あの晩から私は、私

は、こいさんが、好きになりました。


腕をみがいて浪花に戻りゃ

晴れて添われる仲ではないか

お願いこいさん泣かずにおくれ

ああいまの私(わて)には

親方はんにすまないが

味の暖簾(のれん)にゃ刃が立たぬ


わたしは、いつもサトシくんを見るたびに、この歌が思い浮かぶのです。
と言っても、本当に思い出すのは一番はじめの「ほうちょういっぽん、さらしにまいてぇー、たびにでるのぉもぉ、いたばのしゅーぎょおォー・・・」のあたりまでですが。

なにかしら、サトシくんの、登校してからの立ち居振る舞いに、生きる覚悟を感じるのですよ。
生きるというのは、本当にあれこれとあるもの、いろいろとあるものです。

あとで、サトシくんが筆箱を家に置いてくるのは、以前お母さんに、鉛筆を無くしたことを叱られたからだ、と判りました。

「一本しか無かったら、絶対に無くさないからね」

サトシくんの、肝の座ったような顔つきは、この時の覚悟から、滲み出ているものだったようです。

お母さんがどんなふうに叱ったのか判りませんが、彼はその時から、自分の生き方に責任を持ったんだな、と思いました。

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