私は教室に3つのぬいぐるみを置いている。何のためか。
私が子どもを観察して、その子の個性を見極めるツールにするためだ。

どこかへ無くなったり、雑に扱われたりするのは嫌なので、必ず私の普段いる教卓の近くに置いている。
休み時間は触って良いことになっている。

すると、子どもによっては、そのぬいぐるみを3つ使ってごっこ遊びをする。
3つと言う数字には、訳があって、2つでは、A対Bという関係しか生まれないのに対し、ABCと言う3つの立場があると、ストーリーの展開に幅が出てくる。

赤ずきんの物語でも、赤ずきんと狼だけでは面白くない。そこに子どもが考えたロボットが登場したり、急に森の妖精が現れたり、闇の帝王が出現したりする。
この辺のストーリーの作成能力や、客観的に登場人物の気持ちや行動やその様子を言語化して楽しんだりしている様子を見ると、その子の国語の語彙数や、形容詞の使い方、〇〇みたいだと言う比喩の使い方、普段考えていること、流行に敏感かどうか、多くのことがわかる。

ぬいぐるみの動きがおかしかったりすると、ケラケラと笑って、それだけで楽しい。また、こんなふうにされたら嫌だろうなとか、こんなことを言われたら、焦るだろうなとか、慌てちゃうよねとか、疑問に思うよねとか、「他者の感情」というものを学習することができる。ぬいぐるみで遊ぶと、自分以外の友達が、どんな心的状態にあるかを観察できるし、それを言語化することが可能だ(自分とは異なる心の状態を持っている、という事実は、重いものです)。
ごっこ遊びを通して、子どもたちは第三者の立場から、その時に起きている行動、気持ち、感情の動きなどを追体験することができるのだ。
これは立派な学習である。

道徳の授業で、低学年の先生が、物語に出てくる人物の顔のイラストを黒板に貼っているのを見ることがある。
登場人物の気持ちを、客観的に捉えさせるときに使われる。
これはぬいぐるみに置き換えることもできる。実際に口をパクパク動かせるタイプのパペットのようなぬいぐるみを使って子どもに考えさせ、「自分だったらこういうだろうな」「こう言いたくなるよな」と言うセリフを言わせる授業を見たこともある。

つまり、子どもたちは、楽しんで遊びながら、人間関係のあらゆる事象を勉強するのである。こんな場合、君ならどうする?こんなことを言われた場合、あなたはどんな気持ちになる?と。

教室にパペットやぬいぐるみをいくつか置いておくのはとても効果的だと思う。

お勧めのぬいぐるみのタイプは、やはりパペットだ。口がパカッと開くタイプのパペットだと、それでいかにもおしゃべりをしたような気分になれるし。また、食べちゃうこともできる。相手のキャラクターを頭からガシッと噛むこともできる。

助けてくれえ!

と、食べられた側のキャラが叫び出すと、それを聞いた白魔術師が現れて、ピンチを救うことになる。

チャイムが鳴って休み時間が終わると、どの子の顔も満足そうだ。
これは、理由があって、心理学の立場から言うと、あるストーリーを追体験すると言う行為を行うと、人の心にはカタルシスが生じて、一種の心の洗浄が行われるそうだ。

私は、これを聞いたときに、あることを思いついて、早速、クラスのトラブルメーカーであるやんちゃくんに対し、その子の好きなキャラのぬいぐるみを持ってきて、休み時間に一緒に遊ぶことにした。

そこで発見したのは、トラブルを起こしやすい子どもの場合、家ではあまりこうしたごっこ遊びをしていないということがわかった。これは、この子だけではなく、私の長い教員人生でかなり頻繁に見られる顕著な事例なので、高確率で当たっていると思う。

ぬいぐるみを使って、何度もストーリーを作り替えてたっぷり遊んだ経験のある子は、そう多くはない。
また、一緒に遊ぶ時も、遊び方に特徴が見られる。遊び方が雑であって、ストーリー展開はほぼ固定化していることだ。

強いものが出て、弱いものをやっつけると言うパターンが多い。
つまり、いつも戦っている。
一緒にどこそこを目指して冒険しようと言う、西遊記のようなお話をしようとしても、敵を倒すか、仲間割れをするか、そのどちらかになることが多い。
ストーリーはほぼ展開して行かないのである。

キャラクターに様々な要素をくっつけて、話の幅を広げようとしたり、前回こんなことがあったから、このキャラクターは◯◯が好きだとか、こんなことが苦手だというような情報は、まったく重要視されず、そんな事はどうでもいいから戦おうとなることが多い。

したがって、私の挑戦は、その子と、西遊記のように長い長いお話を続けていくことである。

毎日遊ぶわけにはいかないし、彼は彼でドッジボールもしたいのだから、私と彼がぬいぐるみで遊ぶ時間は限られている。しかし、私はめげずに、その子とぬいぐるみで遊び続けるつもりだ。

ぬいぐるみが、途中で橋から落っこちそうになり、助けてと叫んだときに、その子が後戻りして戻ってきて、大丈夫か?と声をかけて、縄をおろして、私のキャラを救ってくれようとした時、私は何度もありがとうを繰り返した。
その後、彼と私との関係は、良好である。

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