坂上田村麻呂という人が、その昔、鬼が住むと噂された東北地方に、蝦夷の征伐に出かけた。
この蝦夷というのは、まるで人間扱いはされず、鬼畜同然と言うものであったが、坂上田村麻呂は、その親分であるアテルイを気に入って自分の家来にしようと思い、都まで連れて帰っている。
やはり鬼ではなかったのである。

坂上田村麻呂が、こうして、各地域の首領に出会い、大和朝廷に従うよう説得していくうち、坂上田村麻呂は彼らの人間的な魅力に気づいていったのでしよう。地域の繁栄と幸せを願い、田畑を広げて、勤労を促し、自らも汗水たらして働いている地域の首領に、魅力がないはずがない。
蝦夷の征伐に向かう途中、各地域で、坂上田村麻呂はその土地の豪族と争い戦ってきた。もともとまとまりがなく、忠誠心もない土地では、その豪族すぐに滅んでいった。仲間の裏切りもあったに違いない。
ところが、人々から人望の厚い豪族は、仲間が裏切ることもなく、一致団結して、大和朝廷を退けようとしたために、おそらく坂上田村麻呂がその土地を制圧するのは難しかった。
強いとされ、鬼と言われた各地の豪族が、いかにその土地の人々から慕われていたか。
日本各地に残る伝説のうち、鬼と恐れられた土地の豪族こそ、人々を真に愛する英雄であったのだ。

鬼の正体は、おそらくは地域の豪族であろうというのが1つの定説になっている。
各地の鬼として有名なのが、悪路王、大多鬼丸、天津甕星、八面大王、両面宿儺、名草戸部、大国主などだ。

これらは、ほとんど大和朝廷が全国を統一していく過程で、一方的に鬼扱いされ、その結果、滅ぼされてしまった豪族たちであった。

しかし、上に述べた通り、征夷大将軍であった坂上田村麻呂は、鬼を征伐していくうちに、地域を立派に治め、人望の厚かった豪族の首領たちに、どこかしら人としての魅力を感じ、一目置くようになっていった。

だから坂上田村麻呂は東北のアテルイをわざわざ自分の1番の家来にしたくて、都まで連れ帰っている。

面白いのは、この鬼の伝説の中の、両面宿儺【岐阜県飛騨地方、高山市近辺】と、穂高山や上高地を挟んだ向かい側にある八面大王【長野県安曇野市地方】である。
両面宿儺には、顔が二つあり、八面大王には八つあったとされている。

この両者は境遇が非常に似ている。
両面宿儺は、大和朝廷からは、乱暴狼藉をはたらく盗賊、鬼とされた。
しかし、地元の人たちからは、土地を開拓したパイオニアであり、英雄・偉人として称えられてきたのである。
安曇野市の八面大王も全く同じだ。中央政権からは鬼とされ、退治されたあとにはその体を八つ裂きにされるほどだった。しかし、地元の人たちにとっては、やはり英雄なのであって、武勇にすぐれ、神祭の司祭者であり、農耕の指導者でもあったと言われ、地域を中央集権から守った英雄であったと語り継がれている。
この2面と8面を合わせて10面として、両面宿儺と八面大王の名誉を挽回するサミットを催してはどうだろう。名付けて、十面サミットの開催である。

他にも、両者の入り乱れる物語をミュージカル風にして、和太鼓や踊りなども入れながら子どもたちが上演したらどうだろう。ありがたいことに、両面宿儺と八面大王はどちらも大和朝廷が日本征服を目論んでいた時代に生きた。両面宿儺は400年ごろ、坂上田村麻呂は800年ごろの実在した人物である。

もし私なら、8MEN大王として、8人の子どもをステージに上げる。実際には存在しなかったが、8WOMEN大王もキャストに入れよう。これで男子8人女子8人合計16人は舞台に上ることができる。
両面宿儺の方も、クローンをつくれば、全員で48人くらいを舞台に出せる。

いつか実現してみたい。

ちなみに両面宿儺は、あるお寺に居る。
彫ったのは、美術の教科書にも出てくる円空という彫り仏師であります。

飛騨千光寺(丹生川町下保1553番地)
TEL:0577-78-1021
HP:https://senkouji.com
・円空仏寺宝館 「両面宿儺坐像」
・宿儺堂「両面宿儺の石像」

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「全国統一を目指す大和朝廷が、東北を侵略するに当たり、信濃の国を足がかりにたくさんの貢物や無理難題を押し付け、住民を苦しめていました。そんな住民を見るに見かねて安曇野の里に住んでいた魏石鬼八面大王は立ち上がり、坂上田村麻呂の率いる軍と一歩もひけをとることなくたたかいました。しかし最後は山鳥の尾羽で作った矢にあたり倒れてしまいました。その八面大王があまりに強かったので、再び生き返ることのないように、大王の遺体は方々に分けて埋められました。その胴体が埋められていたとされる塚が農場の中にあったことから、大王農場と名付けました。そして塚は大王神社に祀られています。ここに佇む八面大王は、大王農場の守護神でもあり、安曇野を守ろうとした、勇士でもあります。彼の中に潜む強靭でありながら、人を愛する心は、大王農場を訪れるすべての人々の中にきっとつたわっていくでしょう。」(大王わさび農場による大王の説明)