平和は、願ったり叫んだりしてもやってはこない。
どうすれば次の世代につなぐことができるのか。
夏は、その重みを痛感する季節だ。
とくに、昨日は8月15日。いろいろと考えることがあった。

特攻隊という人の命を無駄にする、悪魔の所業があった。
その作戦を立て、命令する、ということがあった。
想像すらできない世界だが、実際のこと。
それから、まだ100年も経っていない。

特攻隊経験者は語る。
「特攻隊が【無駄死に】するなどのの犠牲があって、その犠牲を強いた犯罪に対する深い反省と悔恨があって、今があることを忘れてはいけない」。

深い反省と悔恨、二度と繰り返さない、という覚悟が今の時代の繁栄を支える基本。
それは、人類が学んだ、貴重な「学び」だ。
人は悪魔にもなれる。
これは現実だ。
目をそむけるわけにはいかない。

わたしの姉はフランスにしばらく住んでいた。
姉は、よく日本の市民の意識と、フランス人の意識の違いを評して、こんな話をした。
フランスの市民は王政を実力で撤廃した。
だから、今でも政治が気に入らなければ声をあげる。
自分が認めた政治の仕組みでなければ、おおいに意見を言うのが伝統であり、市民としてのアイデンティティを支える根幹なのだ。

日本もそうだ。
王政ではないが、「天皇は現人神」という理念を撤廃した。
そして、やはり自分たちが納得できる政治をつくろうとする。
人間はおろかになりがちだ。権力を持つと、その蜜の味を知り、私利私欲に走る。そして、市民の生活を顧みない政治家が出現する。フランスのように日本もかつては声をあげてきた。

日本の市民革命ともいうべき動きは、たくさんあるが、なかでも有名なのが【加助騒動】だろう。
長野県安曇野市にある貞享義民記念館のサイトにはこう紹介してある。
貞享騒動は貞享3(1686)年、松本藩で起こった百姓一揆【ひゃくしょういっき】。この年、松本藩では、米が不作だったのに、1俵あたり年貢米を3斗(1斗=約18リットル)から3斗4、5升(10升=1斗)に引き上げる決定をしました。周辺の藩は1俵あたり2斗5升だったため、加助らが立ち上がり、年貢米の軽減を求め、訴状を提出、各地から多くの農民が結集して、騒動になりました。訴えはいったん聞き入れられました(後略)。

わたしはもっとも気の毒なのは、王、であると思う。
権力を持つことを強いられ、本心では願わないでも、大勢の取り巻きに囲まれ、いいように利用される。これは結局、精神的に支配されているのと同じだ。王はなにも意のままにできないのである。なぜなら、その立場を利用する者がいるからだ。

はだかの王様、という泣ける童話がある。こんな童話があること。それ自体が証明している。
王、という立場である人間こそ、もっとも意志を曲げられ、なにも知らされず、ただ周囲に利用されるだけの存在なのだ。

上述の安曇野の義民たちは、訴状を出して政治を動かしました。
しかし分を超えたふるまいであると処罰されます。一揆を扇動した首謀者であることから、加助は処刑されるのですが、ともかくも自分たちの意思で、政治を動かして見せるという尊い行動でありました。処刑され、いのちは奪われたのですが、この尊い命の犠牲の上に、今のわたしたちの生活があるといってもよいでしょう。

今は亡き義民たちの存在を胸に刻み、「彼らの犠牲を忘れないでほしい」と願う。過去を正しく知り、未来に継承することが、今を生きる人の責務だと考えるからだ。

政治にものを申せる社会。
納得のいく政治をみずからがつくっていく社会。
けっして、はだかの王様を世に生み出さないと知恵を働かせ、一握りの者に権力を独占させたり、にぎらせたりすることのない社会。

「義民たちの犠牲があって、今があることを忘れてはいけない」。

この夏、義民記念館を訪問し、あらためて考えたことでした。

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上の写真は、東京朝日新聞に連載された「義民嘉助」。
この連載物の作者は、樋口一葉と恋人関係にあったと噂された、半井桃水(なからい・とうすい)。

作者の半井桃水は、この連載の最後に、このように記しています。
「昔時領主の暴政にたえず、百姓の疾苦を見かねて、奮然犠牲となった義民が、めいめいの裡(内面の意味)に教訓を与えて、永く郷党(郷土の意味)を益する事は、言うまでもない遺徳である」
今の世にも通ずる、考えさせられる一文だと思います。