若いころから『Z』というアルファベットには、人しれず情熱を覚える質(たち)である。
なんといっても、アルファベット26文字の最終段階。
これ以上はあとがない、という文字。
おそるべき宿命を負った、最終的な字なのだ。
さて、そんな怪しい興奮はそっちに置いておいて、昨日のTBS番組『サンデーモーニング』をご覧になっただろうか。そこで、なんと『Z世代』と呼ばれる若者たちのことが紹介されていた!『Z世代』・・・もうすでにご案内の方も多かろう。
わたしはサンモニの放映を直接は見てはいない。嫁様の号令のもと、庭の草むしりに夢中になっており、見逃したのだ。しかし、夜になって知人(先輩)のフェイスブックに投稿があり、それを知った。
動画を見てびっくり!
まず、ドイツのアンゲラ・ドロテア・メルケル首相がなんとも慈愛に満ちた聖母のごとき表情で
「アメリカ国民ありがとう」と言っていたので、まず最初のびっくり。
これは2017年にパリ協定を離脱した前トランプ大統領の方針から180度ひっくりかえって、今のバイデン氏が「また気候変動に備えて削減します」と宣言したのを受けて、だ。
メルケルさんも齢をくい、お顔のしわは確実に増えているものの、こんなふうにはっきりと【希望】と【道しるべ】を語れるのはすごいと思う。
さて、気候変動はおそろしいスピードで環境を壊そうとしている。
これまでも人類は「自然と調和してる」と思っていたはず。
ところが実際は、かなり人類側のわがままと暴力だったみたい。
20世紀にかなり自然をいためつけてきたらしく、どうやらこのままではまずい、ということになってきた。21世紀は人類という大きなくくりで協力せねばならず、これはなかなか「難しい」。
人間は業が深く、どうしても自然を痛めつけないではいられない。
原発だってやらないではいられないし、核を制御できる、何万年も地下に埋めて安全に管理できる、と思いたいのが人類である。
ところがZ世代は、なかなか現実派だ。どうしても理想論に傾きやすいバブル世代と違い、現実に足元をみつめて少しずつ毎日の暮らしを現実的につくっていきたい、と考えるらしい。
考えてみれば、原発、という幻想も、ただの楽観論に基づいた「理想」にすぎない。
原発推進する方の心情は、5歳の男の子と同じだ。
5歳の元気な少年が、「ぼくだって、スキーできるよ」と言いたい気持ちと同じだろうか。たしかに最初ちょっとすべって、「ぼくスキーできる」と言いたくなるのはわかる。
ところが、そのあと、道なき道を、予測できない道を、ぜったいに安全に、ぜったいに失敗せず、はるか遠方のゴール?をめざして進み続けることができるとは、なかなか思えないのがふつうではないだろうか。
自分はけっしてケガをせず正確な道を決して間違えることなく進んでいける、というその自信はどこからくるかというと、おそらくただの、「認知のゆがみ」でしかない。
その20世紀風の認知の仕方を訂正し、21世紀風の現実路線でいく、というのがZ世代の特徴だろうか。もうリニアモーターカーや原発に、空想的な幻想をいだくという姿勢そのものが、老いた世代の「認知のゆがみ」なのだろう。
わたしも50代。バブルも経験し、あの頃の熱狂的な軽薄ブームの享楽さも、ちゃんと覚えている。しかし、楽しかった気分は、やはり引き締めなければならない。現実に目覚める必要がある。
「おじいちゃんたち、いつまで夢を見ているの?現実を見て」
それが、Z世代の声であろう。実際にサンモニを見た多くの若者が、そういいたいのではないかと思う。
さっそく、GW明けに教室でこの動画を見てみようと思う。
そして、ベン図で比較する。
左が「20世紀」、右が「21世紀」だ。
左が「理想論で動いた時代」で、右が「現実を見て動く時代」だ。
左は「人間が自然を制御できると信じた時代」で、右は「自然と人為の調和をさぐる時代」。
左は「ぼくたちはまだ生まれていない時代」で、右は「これからぼくたちが現実に生きる時代」だ。
考えてみれば、五輪というのも、たぶんに幻想的なものだ。
気分はたしかに消費できる。いっときの興奮も得られるだろう。
しかしそのあとに、医療のリソースを東京に割いてよかったのだろうか、多額の税金を他に使えなかったのか、というとても切ない反省会が国会で開かれることになり、これはたしかに現実的に厳しくつらい時間になりそうだ。
つまり、五輪を「幻想的・理想的・一時的・ムード的」にとらえるのが20世紀だとしたら、
Z世代は五輪を「現実的・事務的・継続的・ロジック的」にとらえるのだろう。
旧世代は焼き鳥屋で酔っ払ってくだを巻く客のようなものだ。
「原発作ってモーターカーを走らせれば理想と夢の世界が広がって便利に・・・くどくど・・・」
たいしてZ世代はそんな客を軽くいなして帰宅させる店のお女将さんのような存在で、
「まあまあそんな理想ばかり言ってないで、ささ、召し上がったらもうええ加減終わりにしないと終電も出てしまいますよ。さあさ、お勘定にしなはれ」
居酒屋でも気候変動サミットでも、実際には現実派の方がどうやら優勢のようで・・・
教室の子どもたちは、2010年生まれなので、Z世代よりもさらに下、ZZ世代と呼ばれるようになるのかも。
なんといっても、アルファベット26文字の最終段階。
これ以上はあとがない、という文字。
おそるべき宿命を負った、最終的な字なのだ。
さて、そんな怪しい興奮はそっちに置いておいて、昨日のTBS番組『サンデーモーニング』をご覧になっただろうか。そこで、なんと『Z世代』と呼ばれる若者たちのことが紹介されていた!『Z世代』・・・もうすでにご案内の方も多かろう。
わたしはサンモニの放映を直接は見てはいない。嫁様の号令のもと、庭の草むしりに夢中になっており、見逃したのだ。しかし、夜になって知人(先輩)のフェイスブックに投稿があり、それを知った。
動画を見てびっくり!
まず、ドイツのアンゲラ・ドロテア・メルケル首相がなんとも慈愛に満ちた聖母のごとき表情で
「アメリカ国民ありがとう」と言っていたので、まず最初のびっくり。
これは2017年にパリ協定を離脱した前トランプ大統領の方針から180度ひっくりかえって、今のバイデン氏が「また気候変動に備えて削減します」と宣言したのを受けて、だ。
メルケルさんも齢をくい、お顔のしわは確実に増えているものの、こんなふうにはっきりと【希望】と【道しるべ】を語れるのはすごいと思う。
さて、気候変動はおそろしいスピードで環境を壊そうとしている。
これまでも人類は「自然と調和してる」と思っていたはず。
ところが実際は、かなり人類側のわがままと暴力だったみたい。
20世紀にかなり自然をいためつけてきたらしく、どうやらこのままではまずい、ということになってきた。21世紀は人類という大きなくくりで協力せねばならず、これはなかなか「難しい」。
人間は業が深く、どうしても自然を痛めつけないではいられない。
原発だってやらないではいられないし、核を制御できる、何万年も地下に埋めて安全に管理できる、と思いたいのが人類である。
ところがZ世代は、なかなか現実派だ。どうしても理想論に傾きやすいバブル世代と違い、現実に足元をみつめて少しずつ毎日の暮らしを現実的につくっていきたい、と考えるらしい。
考えてみれば、原発、という幻想も、ただの楽観論に基づいた「理想」にすぎない。
原発推進する方の心情は、5歳の男の子と同じだ。
5歳の元気な少年が、「ぼくだって、スキーできるよ」と言いたい気持ちと同じだろうか。たしかに最初ちょっとすべって、「ぼくスキーできる」と言いたくなるのはわかる。
ところが、そのあと、道なき道を、予測できない道を、ぜったいに安全に、ぜったいに失敗せず、はるか遠方のゴール?をめざして進み続けることができるとは、なかなか思えないのがふつうではないだろうか。
自分はけっしてケガをせず正確な道を決して間違えることなく進んでいける、というその自信はどこからくるかというと、おそらくただの、「認知のゆがみ」でしかない。
その20世紀風の認知の仕方を訂正し、21世紀風の現実路線でいく、というのがZ世代の特徴だろうか。もうリニアモーターカーや原発に、空想的な幻想をいだくという姿勢そのものが、老いた世代の「認知のゆがみ」なのだろう。
わたしも50代。バブルも経験し、あの頃の熱狂的な軽薄ブームの享楽さも、ちゃんと覚えている。しかし、楽しかった気分は、やはり引き締めなければならない。現実に目覚める必要がある。
「おじいちゃんたち、いつまで夢を見ているの?現実を見て」
それが、Z世代の声であろう。実際にサンモニを見た多くの若者が、そういいたいのではないかと思う。
さっそく、GW明けに教室でこの動画を見てみようと思う。
そして、ベン図で比較する。
左が「20世紀」、右が「21世紀」だ。
左が「理想論で動いた時代」で、右が「現実を見て動く時代」だ。
左は「人間が自然を制御できると信じた時代」で、右は「自然と人為の調和をさぐる時代」。
左は「ぼくたちはまだ生まれていない時代」で、右は「これからぼくたちが現実に生きる時代」だ。
考えてみれば、五輪というのも、たぶんに幻想的なものだ。
気分はたしかに消費できる。いっときの興奮も得られるだろう。
しかしそのあとに、医療のリソースを東京に割いてよかったのだろうか、多額の税金を他に使えなかったのか、というとても切ない反省会が国会で開かれることになり、これはたしかに現実的に厳しくつらい時間になりそうだ。
つまり、五輪を「幻想的・理想的・一時的・ムード的」にとらえるのが20世紀だとしたら、
Z世代は五輪を「現実的・事務的・継続的・ロジック的」にとらえるのだろう。
旧世代は焼き鳥屋で酔っ払ってくだを巻く客のようなものだ。
「原発作ってモーターカーを走らせれば理想と夢の世界が広がって便利に・・・くどくど・・・」
たいしてZ世代はそんな客を軽くいなして帰宅させる店のお女将さんのような存在で、
「まあまあそんな理想ばかり言ってないで、ささ、召し上がったらもうええ加減終わりにしないと終電も出てしまいますよ。さあさ、お勘定にしなはれ」
居酒屋でも気候変動サミットでも、実際には現実派の方がどうやら優勢のようで・・・
教室の子どもたちは、2010年生まれなので、Z世代よりもさらに下、ZZ世代と呼ばれるようになるのかも。