幼いころの、まるでタイムスリップしたのか?と思うような体験について。
小学校の2年生でした。
ちょうど、季節は夏休み。
時間は、たっぷり、とてつもなく長く、あります。
その日、わたしは近所の友だちと申し合わせ、昼飯を済ませたあと、いっしょに探検を始めたのでした。
----------------------------------------------------
わたしたちの小学校へは歩いて45分ほど。
毎日、かなりの長距離を歩いていた。
その途中、民家もないただの林がつづくような場所があった。
以前から、ここに道があるな、とは気づいていた。
しかし、どうみても林がつづくだけ。奥には人家も、なにもない。
林道の奥になにがあるかなんて、気にもしていなかった。
友達が、
「今日はこの道を行ってみようぜ」
とさそった。
そこを歩き始めたが、すぐに後悔した。
だれも通らない道らしく、草が伸び放題だった。
車が以前通ったらしい。軽トラが入れる程度の轍(わだち)があった。
そこを、左右の草むらから伸びた草をよけながら、ずんずんと前進した。
途中で勾配もあり、のぼったりくだったり、ずいぶん向こうの景色が見渡せるような崖沿いも歩いた。先頭を歩いていた、背の高い筒井くんが、
「あ、向こうに高速道路が見えるよ」
と手招きをした。
なるほど、そこには道の途中の、林の切れ目から、景色が見渡せる場所があった。
ずいぶん遠くだと思っていた高速道路が向こうのほうに、ジオラマの部品のように見えていた。
自分たちの町を立体的に見たような気がして興奮した。
さらに長い時間、歩いた。
探検、という感じがあって、わたしたちの気分は高揚していた。
途中、持ってきた水筒の中の麦茶を飲み、休憩しながら、大声でしゃべっては、足を進めた。
歩いてきたのは通学路からの一本道だったから、道に迷う気づかいはなかった。
帰りも迷わず、ひたすら戻ればよい。
そろそろ引き返すか、というころだ。
道が2つに分かれる場所が見えた。
「分かれ道だ!」
驚いたことに、ちょうど二股に分かれる真ん中に、平屋の建物があった。
さらにびっくりしたのは、こんな場所に、いるとは思わなかった人間がいた。
子どもだった。
まさか。
同じ小学校の子か?
こちらは全員で5人いたので、人数で勝(まさ)った気分になっていた。
そこで、めげずに近づいて行った。
するとその子たちはいったん隠れた。
わたしたちはちょっと驚いていた。
なぜかというと、その子たちは到底、同じ小学生とは思えないような身なりだったからだ。
まるで、日本昔話に出てくるような・・・古い着物を着ていた。
建物に近づくと、さらに驚いた。
木材を貼り合わせただけのような建物であったが、いろんなものが並べてあったからだ。
つまり、そこは店だったのだ。
しかし、値段はどこにも書いてなく、いったい何がいくらなのかも見当がつかなかった。
「お店なのかなぁ?」
われわれの仲間うちでは、一番年上の敬太郎くんが怪しんだ。
で、われわれ5人は、そこで前に進めなくなってしまった。
2人の子が、じっとこっちを見ていたからだ。
敬太郎くんが小声で言った。
「みんな気をつけろ。こっち見とんで」
われわれが頼るのは、敬太郎くんしかいなかった。
一番年上の3年生だったから。
全員、足をとめて、様子をうかがっていたが、そのとき事件が起きた。
日ごろからお調子者のたかしくんが、こともあろうに、その子たちに話しかけたのだ。
「ガム売ってるかなー。10円のガム」
おいおい!話すのかよ!
全員が、たかしくんを見た。
お調子者ですぐに怪我をしてしまうことで有名だったたかしくんだが、こういうときの突破力を持ち合わせていた。人間の力はなかなか通常時にははかれないものだ。なぜなら、非常時こそ、他の人間にはふるまえないようなふるまいができる人間も、なかにはいるからだ。
たかしくんは、こういう非常時に、役に立つ人間だった。
もう、他のメンバーはだれもが怖気づいてしまい、年下のけんちゃんはもうあとずさりをはじめたくらいだったのに、たかしくんだけは
ふだんの調子で
あるいは、
ふだんの調子に、さらに輪をかけたようなテンションで
ずかずかと、その建物に近づくことができた。
それは正解だった。
たかしくんがその『店』に入ると、おばあちゃんが出てきたのだ。
そして、ふつうに声をかけてくれた。
「おやまあ、どこから来なすった」
たかしくんは、カクダイの10円ガムオレンジ味を期待していたようだが、それはなかった。
私たちはふだんから、10円のガムをいくつか買う、というようなことしか仲間内ではしなかったから、それ以外を買うつもりはなかった。
よく見ると、食料らしいもの、野菜やなにかが並んでいるようで、お菓子のようなものはほぼ、そこには見当たらない。しかし、さまざまなものが手に取れるように陳列してあったり、奥にお金をしまうような場所もあったから、やはりお店であったのだろう。
たかしくんだけが、そのおばちゃんと話をした。
話をしていると、2人の子も、元気がついたらしく、やがて近づいてきた。
一緒に遊ぶか? というような話にもなった。
ところが、やはり髪型もちがうし、服装も違うし、なによりそのお店(建物)全体が醸し出す雰囲気がどうにも「現代風」ではなかったので、たかしくん以外はもうはやく帰りたかった。
とくに一番下のけんちゃんは、泣きそうになっていた。
で、帰ることにした。
すると、おばちゃんが恐ろしいことを言った。
「もう、ここには来ない方がいいでな」
2人の子どもも、同じことを追随して言った。
「こっちの道には、入ってきちゃいけんで」
たかしくんは元気に手を振って、2人の子にさよならを叫んだ。
帰り道は、敬太郎くんの足がぐんぐんと速くなっていたから、必死でついて歩いた。
藪の道がやけに長く感じた。
途中の景色がみえるところまでくると、敬太郎くんは、もう我慢ができなくなった、というように走り始めたので、全員で必死になって走った。
夕暮れだったし・・・みんな、沈黙していた。
なんだったのだろう。
帰宅して親に話すと、
「あそこは入っちゃいけん」
と言うだけであった。
翌日確認すると、敬太郎君の家でも、
「あそこは行ってはいかん」
とのことだったらしい。
だんだんと、この話題は下火になった。
その後も、登下校中に何度かその道が話題になった。
けんちゃんは、この道のことを、
「むかしに行く道」
と呼んでいた。
興味をもった友達も他にいるにはいたが、とても勇気が出ない。何度か入りかけた子もいたが、果たさなかった。
そのうちにその道は、入り口に材木が置かれるようになり、閉ざされてしまった。
今から40年以上前の話だ。
夏休み、ときおりふと、当時の情景が浮かぶことがある。
何十年と経っているのに。
あの強烈なひざしと、せみしぐれと、汗のにおい。
土の上を、草をよけながら、ぐんぐんと歩いたときの、あの感じ。
おばちゃんとあの子の「ここへ来ちゃいけんで」というのは、どんな思いだったのだろう。
子どものときに見た風景は、一生、思い出となって、自分の中にしまいこまれている。
今でも、せみしぐれを聞くと、ふと、よみがえる景色がある。
小学校の2年生でした。
ちょうど、季節は夏休み。
時間は、たっぷり、とてつもなく長く、あります。
その日、わたしは近所の友だちと申し合わせ、昼飯を済ませたあと、いっしょに探検を始めたのでした。
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わたしたちの小学校へは歩いて45分ほど。
毎日、かなりの長距離を歩いていた。
その途中、民家もないただの林がつづくような場所があった。
以前から、ここに道があるな、とは気づいていた。
しかし、どうみても林がつづくだけ。奥には人家も、なにもない。
林道の奥になにがあるかなんて、気にもしていなかった。
友達が、
「今日はこの道を行ってみようぜ」
とさそった。
そこを歩き始めたが、すぐに後悔した。
だれも通らない道らしく、草が伸び放題だった。
車が以前通ったらしい。軽トラが入れる程度の轍(わだち)があった。
そこを、左右の草むらから伸びた草をよけながら、ずんずんと前進した。
途中で勾配もあり、のぼったりくだったり、ずいぶん向こうの景色が見渡せるような崖沿いも歩いた。先頭を歩いていた、背の高い筒井くんが、
「あ、向こうに高速道路が見えるよ」
と手招きをした。
なるほど、そこには道の途中の、林の切れ目から、景色が見渡せる場所があった。
ずいぶん遠くだと思っていた高速道路が向こうのほうに、ジオラマの部品のように見えていた。
自分たちの町を立体的に見たような気がして興奮した。
さらに長い時間、歩いた。
探検、という感じがあって、わたしたちの気分は高揚していた。
途中、持ってきた水筒の中の麦茶を飲み、休憩しながら、大声でしゃべっては、足を進めた。
歩いてきたのは通学路からの一本道だったから、道に迷う気づかいはなかった。
帰りも迷わず、ひたすら戻ればよい。
そろそろ引き返すか、というころだ。
道が2つに分かれる場所が見えた。
「分かれ道だ!」
驚いたことに、ちょうど二股に分かれる真ん中に、平屋の建物があった。
さらにびっくりしたのは、こんな場所に、いるとは思わなかった人間がいた。
子どもだった。
まさか。
同じ小学校の子か?
こちらは全員で5人いたので、人数で勝(まさ)った気分になっていた。
そこで、めげずに近づいて行った。
するとその子たちはいったん隠れた。
わたしたちはちょっと驚いていた。
なぜかというと、その子たちは到底、同じ小学生とは思えないような身なりだったからだ。
まるで、日本昔話に出てくるような・・・古い着物を着ていた。
建物に近づくと、さらに驚いた。
木材を貼り合わせただけのような建物であったが、いろんなものが並べてあったからだ。
つまり、そこは店だったのだ。
しかし、値段はどこにも書いてなく、いったい何がいくらなのかも見当がつかなかった。
「お店なのかなぁ?」
われわれの仲間うちでは、一番年上の敬太郎くんが怪しんだ。
で、われわれ5人は、そこで前に進めなくなってしまった。
2人の子が、じっとこっちを見ていたからだ。
敬太郎くんが小声で言った。
「みんな気をつけろ。こっち見とんで」
われわれが頼るのは、敬太郎くんしかいなかった。
一番年上の3年生だったから。
全員、足をとめて、様子をうかがっていたが、そのとき事件が起きた。
日ごろからお調子者のたかしくんが、こともあろうに、その子たちに話しかけたのだ。
「ガム売ってるかなー。10円のガム」
おいおい!話すのかよ!
全員が、たかしくんを見た。
お調子者ですぐに怪我をしてしまうことで有名だったたかしくんだが、こういうときの突破力を持ち合わせていた。人間の力はなかなか通常時にははかれないものだ。なぜなら、非常時こそ、他の人間にはふるまえないようなふるまいができる人間も、なかにはいるからだ。
たかしくんは、こういう非常時に、役に立つ人間だった。
もう、他のメンバーはだれもが怖気づいてしまい、年下のけんちゃんはもうあとずさりをはじめたくらいだったのに、たかしくんだけは
ふだんの調子で
あるいは、
ふだんの調子に、さらに輪をかけたようなテンションで
ずかずかと、その建物に近づくことができた。
それは正解だった。
たかしくんがその『店』に入ると、おばあちゃんが出てきたのだ。
そして、ふつうに声をかけてくれた。
「おやまあ、どこから来なすった」
たかしくんは、カクダイの10円ガムオレンジ味を期待していたようだが、それはなかった。
私たちはふだんから、10円のガムをいくつか買う、というようなことしか仲間内ではしなかったから、それ以外を買うつもりはなかった。
よく見ると、食料らしいもの、野菜やなにかが並んでいるようで、お菓子のようなものはほぼ、そこには見当たらない。しかし、さまざまなものが手に取れるように陳列してあったり、奥にお金をしまうような場所もあったから、やはりお店であったのだろう。
たかしくんだけが、そのおばちゃんと話をした。
話をしていると、2人の子も、元気がついたらしく、やがて近づいてきた。
一緒に遊ぶか? というような話にもなった。
ところが、やはり髪型もちがうし、服装も違うし、なによりそのお店(建物)全体が醸し出す雰囲気がどうにも「現代風」ではなかったので、たかしくん以外はもうはやく帰りたかった。
とくに一番下のけんちゃんは、泣きそうになっていた。
で、帰ることにした。
すると、おばちゃんが恐ろしいことを言った。
「もう、ここには来ない方がいいでな」
2人の子どもも、同じことを追随して言った。
「こっちの道には、入ってきちゃいけんで」
たかしくんは元気に手を振って、2人の子にさよならを叫んだ。
帰り道は、敬太郎くんの足がぐんぐんと速くなっていたから、必死でついて歩いた。
藪の道がやけに長く感じた。
途中の景色がみえるところまでくると、敬太郎くんは、もう我慢ができなくなった、というように走り始めたので、全員で必死になって走った。
夕暮れだったし・・・みんな、沈黙していた。
なんだったのだろう。
帰宅して親に話すと、
「あそこは入っちゃいけん」
と言うだけであった。
翌日確認すると、敬太郎君の家でも、
「あそこは行ってはいかん」
とのことだったらしい。
だんだんと、この話題は下火になった。
その後も、登下校中に何度かその道が話題になった。
けんちゃんは、この道のことを、
「むかしに行く道」
と呼んでいた。
興味をもった友達も他にいるにはいたが、とても勇気が出ない。何度か入りかけた子もいたが、果たさなかった。
そのうちにその道は、入り口に材木が置かれるようになり、閉ざされてしまった。
今から40年以上前の話だ。
夏休み、ときおりふと、当時の情景が浮かぶことがある。
何十年と経っているのに。
あの強烈なひざしと、せみしぐれと、汗のにおい。
土の上を、草をよけながら、ぐんぐんと歩いたときの、あの感じ。
おばちゃんとあの子の「ここへ来ちゃいけんで」というのは、どんな思いだったのだろう。
子どものときに見た風景は、一生、思い出となって、自分の中にしまいこまれている。
今でも、せみしぐれを聞くと、ふと、よみがえる景色がある。