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わたしも事実は40代後半のオッサンになってきていて、職員室でも私より若い子が半数はいるのだし、〇〇主任、というやつばかり任されて忙しくて仕方がない。こういうときはもう本当に、心底、若いままで居たい、と願いたくなる。
最近、一番年を実感したのは、肩のことである。
肩が、あがらなくなった。
もう1週間になるだろうか。
なんとなく上がりにくいな、と違和感はあった。
それが、この週末から、もうまったく上げられなくなってきた。
水平に近づくだけで、
「い、イダダダッ・・・!」
となるのである。
職業がまずい。
小学校教員である。
チョークが持てない。
自然、黒板の上半分に、書くことができず、下の方ばかりに書いている。
「?」
子どもたちは最初、何も言わなかったが、なんとなくヘンだな、と感じたようだ。
「先生、なんで上から書かないの?」
わたしは理由が言えない。
「なんでか・・・。痛くて腕が上がらんのよー。トホホホー」
すると、かわいそうに、という同情する視線と空気の中に、一部、
「・・・ありゃあ、四十肩とかいうやつだ」
と、ボソボソという声が聞こえてくる。
「・・・うちのバアバも、おんなじ。上の方に、手が動かんのよ」
バアバかよ。
自分ではまったく20代のような精神状態でいる。
いや、もっと正直に言うと、わたしの精神構造は10代後半から、ほぼ変わっていない。
20代前半から後半にかけて、考えの精度は高まったように思うが、それ以後はまったく進化していない。40代になり、むしろ、徐々に精度が落ちて行っている。
つまり、わたしは世の中の10代後半から20代前半の男の子と、ついうっかり、友だち気分で話してしまうくらい、気持ちが若いのである。
・・・否、成熟していないのだろう。
その証拠に、このブログも、同じようなことばかり書き続けて早10年が経つ。
ブログを10年やって気が付いたのは、たった一つ。
「どう書けばいいか、ますます分からなくなっている」
ということ。
肩がうまく回らないのと同様、
職員室では仕事で首が回らないのだし、
いざブログを書くときは頭がまわらず、
40代後半はますます面白いなあと思いますナ。
わたしも事実は40代後半のオッサンになってきていて、職員室でも私より若い子が半数はいるのだし、〇〇主任、というやつばかり任されて忙しくて仕方がない。こういうときはもう本当に、心底、若いままで居たい、と願いたくなる。
最近、一番年を実感したのは、肩のことである。
肩が、あがらなくなった。
もう1週間になるだろうか。
なんとなく上がりにくいな、と違和感はあった。
それが、この週末から、もうまったく上げられなくなってきた。
水平に近づくだけで、
「い、イダダダッ・・・!」
となるのである。
職業がまずい。
小学校教員である。
チョークが持てない。
自然、黒板の上半分に、書くことができず、下の方ばかりに書いている。
「?」
子どもたちは最初、何も言わなかったが、なんとなくヘンだな、と感じたようだ。
「先生、なんで上から書かないの?」
わたしは理由が言えない。
「なんでか・・・。痛くて腕が上がらんのよー。トホホホー」
すると、かわいそうに、という同情する視線と空気の中に、一部、
「・・・ありゃあ、四十肩とかいうやつだ」
と、ボソボソという声が聞こえてくる。
「・・・うちのバアバも、おんなじ。上の方に、手が動かんのよ」
バアバかよ。
自分ではまったく20代のような精神状態でいる。
いや、もっと正直に言うと、わたしの精神構造は10代後半から、ほぼ変わっていない。
20代前半から後半にかけて、考えの精度は高まったように思うが、それ以後はまったく進化していない。40代になり、むしろ、徐々に精度が落ちて行っている。
つまり、わたしは世の中の10代後半から20代前半の男の子と、ついうっかり、友だち気分で話してしまうくらい、気持ちが若いのである。
・・・否、成熟していないのだろう。
その証拠に、このブログも、同じようなことばかり書き続けて早10年が経つ。
ブログを10年やって気が付いたのは、たった一つ。
「どう書けばいいか、ますます分からなくなっている」
ということ。
肩がうまく回らないのと同様、
職員室では仕事で首が回らないのだし、
いざブログを書くときは頭がまわらず、
40代後半はますます面白いなあと思いますナ。