「自動販売機にお金を入れてボタンを押すと、商品が出てくるのは、お金を入れてボタンを押したからですか?」
これは難しい。
こういう発問、高学年なら、一度はやってみたい。
交通安全教室のあとに、やってみるのがよい。
一時停止だけが、安全確保の方法じゃない、ということを確認するのに、よい。
さて、
「自動販売機にお金を入れてボタンを押すと、商品が出てくるのは、お金を入れてボタンを押したからですか?」
「そうだ」
という子が半分。
用心して、手をあげない子が三分の一くらい、いる。
「ボタンを押したから、というわけじゃない」
という子が、5人くらい。
この、5人の子たちに向けて、訊く。どうして?
「だって、壊れてるかもしれないし、中にジュースが入ってなくって、お金を入れてボタンを押しても、何も出てこないときがあるかも、だから」
なるほど。
『お金を正しく入れたら、商品が出てくる』 と、みんな思っているけど、ちがう、ということね。
じゃあ、商品がちゃんと出てきたと。そうした場合・・・それは、ボタンを押したからなの?
「はあ、なんだ、出てきたのね。じゃあ、・・・出てきたのは、お金を入れて、ボタンを押したからかなあ」
ほとんどの子が、そう言い始める。
ところが。
いや、ちがうんだ、という子が、まだ数人、いる。
クラスの話し合いは、この、疑り深いというのか、なにか粘着質というのか、妙なカンを働かせる数人がいるから、面白い。
わたしが注目しているKさんは、用心深いというのか、わたしの話に慣れてきたというのか・・・、なかなか一筋縄ではいかない女子で、つねに何か考えてる子。
この子は、恥ずかしがりや、というわけではないのですが、なかなか最後まで自分の意見を切り出さないところがある。
そこで、ほぼ、このKさんのために、クラス全体の相談タイムをとった。
「では、相談タイムです。誰でもいいから、2分間話してもいいです。席を立ってもいいですよ」
Kさんは、大急ぎで何人かの仲の良い女子と話し合いに行き、ちょこちょこと井戸端会議をして、また大急ぎで席に着いている。
案の定、その後すぐにKさんが挙手して、
「押したからだ、というだけじゃないと思います」
論理的な女の子が、こう言うことを言い始めると、男子が急にノッテきますな。
お金を入れてボタンを押すと、ジュースが出てくるかもしれないが、
もしかしたら、出てこないかもしれない。
また、ジュースが出てきたのは、お金を入れてボタンを押したから、とは限らない。
時計が3時をさしているなら、3時かもしれないが、
もしかしたら、2時かもしれない。
また、3時に、時計が3時をさしているとは、限らない。
火事のときは、非常ベルが鳴るかもしれないが、
もしかしたら、鳴らないかもしれない。
また、非常ベルが鳴ったからといって、火事とは限らない。
罰則をつくれば、廊下を走らなくなるかもしれないが、
もしかしたら、走るかもしれない。
また、廊下を走らないのは、罰則があるためだとは限らない。
こういうの考えるの、面白いねえ。
廊下を走らない、という子たちに向かって、
「なぜ、あなたは廊下を走らないのか。」
不思議と、これを話し合ったあと、クラスの、廊下を走る子は激減します。
これはホント、不思議なこと。
なぜなんだろう、未だに、理由がよく分かりません。
