隣の先生が、目をまるくして驚いていた。

「S子さん、身体、うごかしていたね!!」


S子がバスケットボールのコートの中で、ボールを追いかけて走っていたのだ。
たしかに、ボールには一度も触っていない。
シュートもできないし、なにか気のきいたことを言うわけでもない。

でも、みんなといっしょになって、コートの中を走っていた。


前の時間に、叱られてふてくされた。
体育館に並んでくるときも、一人だけ遅刻。
教室でいたずらをしてから、のそのそと現れた。


一度だけ、

「どっちのチームも、負けちまえ!」

と叫んだので、

「そんな言い方はしてはいけない!がんばっている人にかける声だったら、がんばれ、と応援するべきだ!」

と叱った。


その後、またふてくされて、コートの外でわざと足を出して、

「だれかひっかからんかな」

とやっていた。
だが、以前なら、S子がこわくて、いっしょになってやったり、笑ったりしていた女子の一部も、そんなS子に対して、あまりなびかなくなってきた。成長してきた部分もあるのだろう。あまりに子どもっぽいようなことには、流されなくなってきた。



「周囲が成長してきて、S子が孤独になっていくか、あるいはひどくすると、孤立し、いじめられる側にまわる危険もあるかもね」

と、コーディネータの先生がいつかおっしゃっていた。

「それはないでしょう」

と即答したが、(あまりにもS子が横暴で、啖呵をきるときの迫力がすごいから)
でも、今日の女子のちょっとしたそぶりをみると、もしかしたら、それもアルかも、と思えてきた。

結局、まわりがのってこないと、S子のパワーは半減する。
教師の仕事は、S子と周囲の子を分断することだ。
周囲の子をとことん誉めて、認めて、気持ちよく過ごさせてあげる。
さまざまな力をつけて、自信をつけさせてやる。

そのうえで、S子が憎まれ口を叩いても、話が合わないようにさせてやる。

それが一番上策かどうかは分からない。
もしかするとそういった友達どうしの関係が望み通りにならないので、余計にストレスを感じて、荒れていくかもしれない。

でも、いたしかたない、とも思う。クラスの大半の、他の子のことを思えば・・・。



S子はすでに反抗挑戦性障害、とも見受けられるほどになっている。
それが、みんなといっしょにバスケットボールがやれるようになってきた。

夏までは周囲の子どもたちもどうやって関わったらいいか迷っていて、クラスの女子を脅して言うことを聞かせたり、わがままを押し通す態度がひどかったので、コーディネータの先生に相談すると、

「説教は逆効果。意味ない。少ないルールをつくり、守りきらせてほめる。守りきらせて褒める、のくりかえしかな」

だと教わった。


その後は、授業は全部、免除。
2年生くらいのプリントを用意してやった。それを、やっていればなにも叱らず。
読書もまあ、いいとした。
叱るのは、クラスのルールをひとりだけ、公然とやぶったとき。

・しずかにしなくてはいけないときに、静かにしていない時。
・ひとの悪口を言った時。
など。

でも内心では、それもS子にはきつかったのだろう、と思う。
S子には、もっともっともっと、ハードルを下げてやらなくてはいけなかった。
結局、5年生の通常学級では、ストレスが多すぎたのだ。

ともあれ、S子は特別支援への通級を視野に置いて、取り出し個別支援の対象となった。
また、図工も家庭科もやらないが、ただ体育だけは、なんとかみんなといっしょにやろう、という気になってくれている。

素直に、今日のS子をみて、うれしかった。これが、教師のだいご味、というものだろう、と思った。