友達の不幸を喜ぶ。
それは極悪人。

・・・という話を5年生にした。

他の幸福をよろこぶ、というのとは、まるで正反対。
他の不幸をよろこぶ、というのだから。



今から、極悪人の話をします。

というだけで、朝の教室がシーンとなる。

4月からはじまって、ていねいに話をする、というのに取り組んできた。
ていねいに、というのと、端的に、テンポよく、というのとを両立させたい。
それが、今年度、自分が思い描き、取り組みどころだと考えている点だ。

これまでは、言葉をけずる、端的にいう、テンポよく進める、というだけを狙ってきた。

言わなくてもいい、長々とした言い回しは、ほとんど消えてきたと思う。

しかし、その一方で、

スーッ、としみとおるような、『語り』 をしてこなかったな、と思ったのだ。


そこで、これは心にしみこませたい、と思うような語りを、機会をみつけて、ねらうことにした。


今週の道徳。
あらためて、話をするいい機会だ。

不要な言葉はないが、クラスにシーンと、しみこみ、浸透するような、『語り』。

悪口を伝達し、情報に右往左往する周囲の人たちを見てよろこぶ、極悪人の話を、リアルにした。

こんな話、きいたことあるんだよ。
この学校には、そんな子、ひとりもいないよね。
先生は本当は安心しているんだけど、念のため、話します。
不幸を、楽しんでいるんだね。
周囲がどれだけ迷惑するか。
迷惑を栄養にしているんだ。
心が、それだけ、さびしい。
そんなことをして、しのがなくてはならないくらい、心のエネルギーが失われてしまっているのだね。いちばん、さびしいのだね。本当は、いちばん、元気になってほしいのが、こういうことをする極悪人の子だね。その子は、きっと、元気になれば、「ああ、しまった、やめておけばよかった」と、思うことができるだろう。
それまで、そんなことをして、気分がまぎれた気でいる。これほど、さびしく、間違っていることはない。他の迷惑は、いっさい、気にすることができない。
さみしいね。

そうならないように、心のエネルギーをためていこう。
それには、いつでも、元気に、明るく、楽しく進んでいくこと。
仲良しの友達を、たくさんつくること。

本当の友達がいれば、心のエネルギーがなくなってしまうことはない。
そういう、親友をつくること。




朝いちばんの静かな空気の中で言えたことが、よかった。