三角形には、三つの辺と、三つの角があります。

これを全員で唱えた後、

「三角形には、いくつの辺がありますか」

これに、答えられない。
首をひねりながら、不安げに、こちらを見ている。
いや、厳密に言うと、不安がつのって、言葉が出なくなる、という感じ。

おそらく、三つだろう、と思っている。
そのため、三つ、と、かすかな、かぼそい声で、いう。
いう、というよりも、口の形が、みっつ、と言ったようである。

ふだんは、やんちゃな少年だ。
しゃべりだすと、楽しいことをたくさん話す。
給食が終わってホッとした時間になると、いろんな話をしにくる。
けっして、かもくなタイプでもない。

しかし、授業中は寡黙だ。
当然だろう。
これまで、正解を言えたためしがなく、間違いを訂正され、そのたびに叱られ続けてきたのだから。


つい直前に、全員で、声をそろえて、
「三角形には、三つの辺と、三つの角があります。」
と、言ったばかり、なのに・・・である。
5秒前に、言っている。確認しているのに。

幼い頃から、あらゆることの間違いを言い続けてきた。それを、叱られ続けてきた。
自分が、正解を言えるのだろうか、間違うのではないか、きっと間違えそうだ。
そう思い込んでいるようである。

「みんなで言ってみよう、さんはい」
「三つ!」(クラスの他の子がいっせいに)

「よし、そのとおり!」
その子に、向き直る。

「Sくん、三角形には、いくつの辺がありますか」

少し、声が出る。
「三つ」

「そうだ!合ってる!三つだよね!」

念のためだ、と言って、再度、最初から言わせる。

「Sくん、最初から言ってみよう。三角形には、三つの辺があります。ハイ」

「三角形には、三つの辺があります」
さきほどよりも、ずいぶんと堂々とした声に変っている。自信が出てきたようだ。

「さらに、念のため。三角形には、いくつの辺がありますか」
だめおしで、くどいようだが、再度、この発問を繰り返す。

「三つです。」

この回答が、一番、しっかりしている。
目も、私の顔を真正面から見て、すっきりとした表情で、言えた。

この子には、ここまでのステップが必要なのだ。
ぼくは、間違っているにちがいない。
そう、思い込んでしまっている。その染められた観念を、払拭すること。

できたこと、成功体験を積む。
エラーレス・ラーニング。
これの積み重ね。

しか、ない。