朝、子どもたちが教室で本を読んでいる。
始業前は読書をしていなさい、と話しているからだ。

そこへ、ほぼ毎日、きまったリズムで、

「おはようございます」

と入っていく。

最近、この挨拶の声を自分で注意して言えるようになった。

ついこの間までは、朝の型がなかった。
その日その日で、歩調も、声も、セリフも、毎日変わっていた気がする。
ひどい話、と思うのだが、臨時採用1年目の年には、後ろの入口から入る日もあった。
(子どもにとっては、わけのわからん行動をとる先生だと映っていただろう)

以前、農業をやっていた。
小学校教師をやればやるほど、農業を思い出すことが多い。
たとえば、朝の歩調。

職員室を出る。ろうかを歩いてくる。
曲がり角を折れて、特別教室を通りすぎ、クラスの後ろの扉を通り過ぎる。
ここで、何人かの子どもが気づき、それが波及して、教室の空気が少し変化する。
間髪をいれず、前の扉からわたしが入ってくる。
そして、「おはようございます」

これが、養鶏をやっていたころと、ずいぶん重なるのだ。

午後一番、餌やりをする。
平飼いの鶏舎がならぶ農園の、出発点から台車を引っ張り、きまったコースを歩く。
一番最初に、餌をやる連は必ずここ、と定まっていた。
台車の一部がコンクリートにこすれる音がすると、餌だ、とトリが反応する。
間髪をいれず、「入るよ」と、扉からわたしが入ってくる。
そして、餌袋をひっぱりあげながら、かならず同じ箱から餌を入れて、同じように部屋を歩いた。
歩数まで一緒だ。動作も同じ。
これは、やればやるほど、同じになってくる。腰のかがめ方も、声の調子も、餌袋をぴっとのばして、台車に積み重ねていくのも、おそらく一緒だ。

午後一番。この作業を、5年ほど続けた。
最初は、25連を終えるのに、1時間以上かかった。鶏舎2棟分をやるのにたっぷり2時間かかっていた。
それが、2年目、3年目、と速くなり、30分でぴたりと決まるようになってくる。
決まるようになると、ほとんど、ずれがなくなるのだ。毎日、おそらく数分もずれない程度に、型が決まってくる。
こうなると、鶏の気持ちが安定するのか、産卵も安定するし、病気にもかからなくなる。鶏が、人間を信頼しはじめるのだろうか。

1年目は、おそらく余計な動作がたくさんあったのだろう。
その動作が、だんだん削られていって、「型」に昇格していったのだろう。

朝、教室に入る際の、あるいは入ってからのほんの数分。
これが、「型」のようになってきた、ということが、自分には成長だと思える。
先生は「先生」としてぶれない。朝から、そうでありたい。

教室に入るなり、目線を届ける位置。
異変がないかを即座にキャッチする目の力。
そして、笑顔と、はりのある、「おはようございます」の声。
声を意識するようになると、関連して他のことも気をつけるようになった。
それが、「型」の意識につながった、と自分では思う。