帰りの会で、またボスの攻撃。

「先生!A子がそうじの時間に、ぞうきんを足でふいていました。」

ボスが、どうしてもA子をつぶしたいらしい。
ぎゃふんと言わさなければ、ということのようだ。

A子はたしかに、ちょこまかしていて、口もある程度、達者である。
また、クラスの人間関係にあまり敏感でない。
つまり、ボスに一歩譲る、という関係を持っていない。

他の子は、ボスに従っている。
ボスの一言に、敏感な女子が多い。
ボスとほどよく距離を置いているのが、かしこいやり方、と心得ている。

ところが、A子はそうではない。
元来、わがままなのだ。
だから、ボスに対して、一歩ひく、ということをしない。
ボスは、それが目障りでしょうがないらしい。

A子が、ボスにおべっかを使い始めたら、本当にこわいことだが、今はそうでない。
クラスの人間関係が、固定化されていくのがこわい。
ボスを、どこかでつぶす必要がある。
それは、卑怯なまねをしたとき。
卑怯は許せない、というメッセージを、教室で浸透させておく必要がある。
作戦が必要だ。

当面は、ボスをつぶす前に、A子を助けておかねばならない。
すくなくとも、ボスがこれ以上、巨大化、強力化するのをふせがねばならない。
ボスから、子分を、ひとりずつ、しずかに剥がしていかねばならない。
ボスのいいかげんさ、ボスの身勝手さ、を、あぶりだしていかねばならない。

そこで、

「これまでに、ぞうきんを足でふんだことのない人、手を挙げなさい」

というと、なんとボスが手をあげない。

そうなのだ。
ボスが一度、ぞうきんを足でこすっていたのを、私が叱っている。
このあたりが、ボスの正直なところで、私が大好きな点だ。
まだ、4年生なのだ。
高学年になったら、シャアシャアと、うそをつく子もいるが、ボスは正直だ。いいなあ。

他にも、同じく雑巾を足でふんでいた、という子がいる。全部で3人。
再度、念を押す。

「4年生になって、一回でも、たった一度でも、ぞうきんを手で持ってふかずに、足で扱った人、立ちなさい。」

「先生、一回でも?」
「もちろんです」

すると、さらに1名、起立する。

「正直だネエ。すばらしい。立たなかったら、○○さんは所詮そんな程度で、平気でうそつくんだな、と思っていたところです。でも、正直に立ちましたネエ。すごく好きです。」

後から立った男子、えへへ、という感じだ。

そこで、全員に、

「ぞうきんは、手で使います。足で使う人は、本当にそうじをやったうちには入りません。全員でしっかりそうじをします。次からは気をつけます、と言いなさい」

と簡単に言わせて、サッと切り替えた。

少なくとも、A子だけを叱る場面は防ぐことができた。
さらに、ボスも起立していたところを、みんなが見た。

「なあんだ」

と、声には出さないが、思ったはずだ。
正直で、まじめで、おとなしめの女の子たちの視線に、背を丸めて立つボスの姿が、目に焼きついたはずだ。

こうしたことを、積み重ねて行く必要がある。

ボスとの格闘に、だんじて、負けるわけには行かない。