昨年からの半分持ち上がり。
クラス半分は、すでに一年間の、人間関係の貯金がある。
だから、ちょっとした目くばせや、声の感じで、児童に伝わるものが大きい。

先生の言いたいことはこれか、と、すいすい動く感じがある。
まだ4月だというのに、言いたいことが、スッと伝わる。
前学年からのパターンで、子どもが慣れている。
楽だ。
なるほど、これが持ち上がりか・・・と思う。

しかし、それは、クラス全体ではない。
学級の半分の子には、まだ、そういったツーカーな関係がない。


前学年からみている子で、なかなか片付けのできない子がいる。
面倒くさいのが、なかなか変わらない。
昨年、一年間、いい続けたこともある。
でも、今更、あらためて驚いたのだが、ほとんど、変わっていないなあ、と思う。



いくら口うるさく言い続けても、何度言い含めても、強く言っても、しつこく言っても、やわらかく言っても・・・・

ときには、さんざんほめて、ほめたおすほどにほめて、本当にいい関係が続いているなあ、という時期に、改めて、先生の感じていることを伝えさせてもらうね、ということで、しずかに話したこともある。

次からは気をつける、と、本当に笑顔で言ってくれた。


でも、今の学年になってみて、変わっていない。

また、体育館シューズが、廊下に出しっぱなしである。
ぞうきんを、きちんとしぼっていない。
ランドセルが、棚から半分出ている。
ランドセルにぶら下げている防犯ブザーが、ひもごとのびて、だらしなく床上になげだされている。

机の中はぐちゃぐちゃである。
のりと、セロテープと、わけのわからない折り紙の・・・
整理整頓をしない。


子どもは、なかなか変わらないんだなあ、とあらためて、感じ入っている。


自分をふりかえれば、自分だって、そんなに変われないのだ。
大人だって、自分を変えることは、けっこうむずかしい。

子どもなら、それは、なおさら、ということだろう。