池は、しんとして広がっていた。
風が吹くと、山の木の陰が水面に映って、ゆらゆら揺れるのが見えた。大きな池には、釣り人は他にいなかった。コースケが、大きな竿をぶんまわして、浮きを投げ入れると、浮きは、ちゃぽんと音を立てた。

僕は、たいしてすることがなかった。ただ、コースケの安全を、大人として見守るだけだ、と思った。

「いざとなったら」
と、僕は考えた。

「この池に飛び込んで、コースケを救わねばならない」


池は、その深さを暗示させるかのごとく、霞のかかった群青色をしていた。水面に浮かぶ木の葉が、波に揺れながら、黒い輪郭をもつ森の陰にひきこまれて、どこまでも深く落ち込んでいくかのようだった。
コースケは、こちらの心配をよそに、竿をふらふらとただよわせながら、

「ほら、餌だよ~」
と、ご機嫌だ。

最初に投げ入れて、2分もしただろうか。コースケが、
「釣れないなあ」
と、言い出した。

「えっ?」

「この池、魚、いないんじゃない?」

「ちょっと、コースケ、結論を出すには、早すぎるんじゃない?まだ2分しかたってないよ」

「だって、ぜんぜん食べに来ないんだもん」

子どもの時間感覚というのは、いったいどのようになっているのだろう。僕は、驚いた。
コースケの頭の中では、きっと、伝説の釣り師のように、カジキマグロやタイなどを、次から次へと釣り上げる光景が、フラッシュして離れないのだろう。

コースケは、つれないなあ、と言いながらも、浮きの動くのを真剣に見つめている。

僕は、自分の小さな頃のことを静かに思い出していた。