コースケは、飲み干すなり、
「兄ちゃん、釣りに行こうよ」
と言った。
どうも、釣りが大好きらしい。
沖縄の小浜島に行ったことがあり、海釣りもしたんだ、と得意そうに話しはじめた。
「スズメダイを釣ったんだ。ミノカサゴも釣れたよ。カジキマグロなんて、すっごく大きいんだよ」
話し出すと、だんだんと思い出してきたようで、リールがどうの、ルアーがどうの、と知っていることを何でも話す。
「僕の家の近くに池があるよ。ハスをねらうんだ。ブルーギルはすぐに餌を食べちゃうからいやだ」
話しだけならよいが、だんだんと昂奮してきて、
「ねえ、竿とかある?近くに池ある?」
と、いかにも行きたくてたまらん、という顔で聞いてくる。
ところが、あいにく、僕は釣りをした経験が少なかった。
ブルーギルを釣ったことはあるが、あれは本当に、誰でも釣れる魚なのだ。
僕は、何か、子どもに教えなくてはならないのでは、と思い込んでいた。だから、コースケが針のこととか、重りのこととか、尋ねてきた時に、たちどころに正解を言わなくてはならないという強迫観念を抱いていた。
僕は、ゆっくりと考えるふりをしながら、どうやって諦めさせようか、頭をひねった。
「あんまり、兄ちゃんは釣りが得意じゃないのだ。竿とかの道具だって、そろえないとないし。・・・たぶん、道具がないよ。あきらめな」
こう言って、諦めさせようとするのだが、コースケは実行力をふんだんに秘めた子らしく、
「兄ちゃんじゃなくて、僕がやりたいんだよ。道具だって、借りたらいいんだし」
と、つぶやくように言う。
なるほど、道理である。
コースケは、それから尚も、僕を口説きにかかった。そしてそれは、ものすごく、説得力があった。
3分もたたないうちに、僕は
「じゃ、釣りに行こうか」
と口走っていた。コースケは、それが当然だ、と言うような顔で、僕のあとにくっついて歩いてきた。コースケは、泥のついたサンダルを懸命に動かしながら、僕のスピードについてきた。
歩きながら、もしかしたら、と僕は思った。
「もしかして、こいつは大物になるかも知れん」
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