僕は、やりかけの仕事があったので、コースケを連れて職場へ戻った。
キャンプでは昼寝の時間を設けている、と聞いていたので、コースケにも確認したのだが、昼寝をしたいかどうか聞くと、
「ねるのは、つまんない」
と、首を振った。

僕が職場でやりかけの仕事をしている間、コースケはロビーのソファーの上にごろりと横になって、天井を見つめていた。
仕事を切り上げて、パソコンの電源を落とし、ようやく終わった、と思ってコースケをみると、コースケがいつの間にか立ち上がっていて、おまけに何かを手に握り締めているのが見えた。
どうやら、窓から入り込んできたセミをつかまえたらしい。
セミをみて心躍らせる彼を見ながら、僕はある感慨を得た。

いつの頃からだろうか?昔は、僕も昆虫大好きな少年であった。セミをみると、わけもなく心がふるえたものだ。セミの顔をつくづくと眺めて、かっこいい、と単純に思っていた。ところがどうだ。今の僕にとっては、セミとハエとが同程度に思える。すなわち、どちらも「うるさくてやっかいな虫」だ。

「ああ」

僕は、そんなふうにしか、見えなくなっている自分を嘆いた。

コースケは、にこにこしながら、セミの顔をじっと見ている。
のどが渇いたので、職場の冷蔵庫を開け、オレンジジュースのパックを取り出し、指でこじあけて、グラスに注いだ。オレンジジュースは勢いよく出てきて、グラスをすぐにいっぱいにした。お盆にのせて、コースケの前まで運ぶと、コースケはジュースを飲もうとして、一瞬、手のひらのなかのセミを見た。

そのグラスは大きかった。大人にとっても、ちょっと大きいくらいだった。コースケが片手だけで持つには、手に余るほどの大きさであった。
彼は、セミをどうしようか、ちょっと手間取った。

そうして、ズボンの前をパッと開けると、ちょうどおへその部分にセミをはさみこんだ。ズボンのゴムとおへその間に、はさむようにしてセミを格納したのであった。
コースケは、これでいい、とひとりごちて、両手でたっぷりのオレンジジュースを持つと、ゆっくりと飲んだ。
セミは、ゴムの圧力に耐えながら、へそに向かって止まり、じっと黙って主人の用が済むのを待っていた。