高校生の頃。
お昼休みの、なにかホッとするような時間をすごしている時、クラスの女子の一人が、
「これ、食べて。家でたくさんとれたの」
と何か箱のようなものを、私の机まで持ってきた。
これ、と見せられた箱の中を見ると、なんと、真っ赤ないちぢくである。私は、それがあまりにもだしぬけだったので、意表をつかれた思いがした。
箱は、私の机の上に、ちょこんと置かれた。
昼休みの間に、いちぢくは、こうして何人かの机の上を、転々と引っ越してきたのであった。箱の中のいちぢくは、まだ一つも減っていなかった。誰も、手を出してそれを食べようとしなかったらしい。教室には、何十人も生徒がいたのに、である。
それは、まるで、居場所を失った小動物のように、私の机の上に置かれた。
箱の中を覗くと、真っ赤に熟れた果実が、箱の中でいくつも積み重なっていた。
私は、正直なところ、困った、と思った。教室の中で一人だけ、いちぢくにむしゃぶりつく様は、あんまり格好よくないな、と思ったのだ。
生徒の大半が地下鉄で通ってくるような、乾いた都会の高校である。いちぢくの土臭さが、教室の中では、妙に浮いてみえるのだ。
当の女の子は
「みんな、食べない?」
と言って、他のクラスメートにも、ずいぶん声をかけてまわったのだった。
おそらく、実家の畑でとれたものを、こうして大切に持ってきたのだろう。親に言われてそうしたのか、自分でおいしそうだと思ったからか、長い通学時間を、朝の電車や地下鉄の中を、彼女の手によってここまで運んできたのだ。そうして、昼休みになって、ようやくチャンス到来とばかりに、皆の前に披露したのであった。 (つづく)
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