本当の本当は・・・、といったって、本当がすぐにみえるわけでない。
ただ、簡単なことならいえる。
ねがっている、ということがある。
自分は何を、ねがっているのか、ということ。
いつも、そこに立ち還ろうとしている。
自分の本心は、本当は、何をねがっているのか。
「何がしたいのか」という問いには、動作や所作をこたえてしまう。
「本当のあなたは」という問いには、次元や過去未来の別までを考えてしまってきりがない。
「何を学んだか」という問いには、本当にはわかっていないことを学んだ、わかったと言ってしまう。
「どうしてそうするの」という問いには、「やりたいから」とこたえてしまう。
そうやって、安易に答えてしまうたびに、あとで心の片隅が、
「本心はちがうかもね」
とささやく。それがわかる。
ただ、本心を衝く、衝くことのできる、「問い」がある。
問われるたびに、本心が、こたえようとすることがわかる。
それは、
「自分はいったい本当は何をねがっているのか」
という問いだ。
この問いには、いつも考え込んでしまう。謙虚に考えたくなる。どこまでも。
○○ちゃんは、本当は、いったい、なにをねがっているのだろうね。
心の奥底、本当の、本当の心の底では・・・
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