30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。

2025年12月

「たくろう」本当は喋りたくない

M1で優勝した「たくろう」。
あれ以来、各局で引っ張りだこだ。

テレビで漫才を見ながら、ふと思った。
彼らは、
『本当は喋りたくない』という漫才をしてるのではないか。

話題を設定する側のきむらバンドさん。
対する赤木さんは、基本的に「ノーガード」に思える。
きむらバンドさんの振ってくる話題やワードを、慌てながらも必死になって受けて反応する。
観客はその必死さと、とっさにでてくるとっぴでウィットに富んだ返しに笑う。

私が気になったのは、赤木さんだ。
赤木さんは、何かを言いたくて、この場に出てきたのではない。
何故かわからないが、連れてこられたという感じがする。相方から言われるがまま、とりあえず来てみましたけど、という雰囲気がある。
赤木さんは、本来なら、何も話す事は無い、と言う立ち位置だ。

しかし、私たちは、赤木さんの立ち振る舞いに妙に惹きつけられてしまう。
今年のM-1は、この赤木さんが、
「すべて持って行った」
と最高の評価を得ている。

なぜ、私たちは、ここまで赤木イズムに魅力を感じるのだろうか?

ここで私が思い出すのは、竹内敏晴さんだ。

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竹内敏晴(たけうち としはる、1925年 - 2009年)さんは、日本の演出家であり、「竹内レッスン」と呼ばれる独自の身体表現・コミュニケーション論を確立した、戦後演劇界の非常に重要な人物です。

彼は「啞(あ)者は最も雄弁に語る」という言葉を残しました。彼の思想の核である「からだ」と「言葉」の関わりを象徴しています。
竹内さんの思想を紐解くと、なぜ赤木さんの姿に私たちが強く惹きつけられるのか、その理由がさらに鮮明に見えてきます。

竹内さんは、プロの役者から、重度の障害を持つ方、不登校の子どもまで、幅広い人々を対象に「レッスン」を行いました。
彼が求めたのは、あらかじめ用意された「上手な演技」ではなく、その人の「からだ」が今、この瞬間に何を感じ、どう反応しているかという生々しい事実でした。

「たくろう」の赤木さんには、「笑わせてやるぞ」というのを一切感じないでしょう?
普通の漫才は、ボケが能動的にボケて、ツッコミがそれを正します。しかし赤木さんの場合、きむらバンドさんの言葉に対して「反応せざるを得なくなって、変な出力が出てしまった」というだけです。

役者が「自分を良く見せよう」と力んでいる間は、その人の本当の姿は見えてこない。その力が抜け、途方に暮れ、ただ立ち尽くしたときに初めて、その人の「存在」が立ち上がる。

竹内さんが「啞者は最も雄弁だ」と言った背景には、彼自身が少年時代に難聴を患い、一時的に言葉を失いかけたという原体験があります。

• 言葉を操れない人は、その分、全身で他者と触れ合おうとし、からだ全体で何かを訴えかけます。
• それは、記号化された「論理的な言葉」よりもはるかに、相手の心の深層に届く「震え」のようなメッセージになります。
• 赤木さんが、言葉が詰まったり、視線を泳がせたりする時、私たちは彼が発する「言葉の内容」ではなく、彼が「そこに必死でいようとするエネルギー」そのものを受け取っているのです。

竹内さんは、コミュニケーションを「情報の伝達」ではなく、「からだ」と「からだ」が出会い、響き合うことだと定義しました。

• 赤木さんの漫才において、相方のきむらバンドさんは、いわば「世界(あるいは社会)」の象徴です。
• 赤木さんがきむらさんに合わせようとして失敗し、戸惑う姿。その「不全感」こそが、観客という「他者」と最も深く共鳴するポイントになっています。

竹内さんの視点で赤木さんを見ると、彼は「舞台上で最も無防備で、最も誠実な存在」と言えるかもしれません。

「何かを表現しようとするのではなく、そこにいることの困難に耐えている姿が、結果として最も強く他者の心を打つ」

小学校の教室にも、赤木さんのようなタイプの子はたくさんいます。うまく言えなくても、うまく伝えられなくても、それでも必死になって自分のあり様を考え、困惑しながら言葉をつむごうとする。
クラスの子たちは、この姿から学ぶことが多いです。上手にスラスラ、だけが、お手本というわけでは、決してないのです。


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マツダのレッドが呑気に見える話

私は車に興味があります。
古くは西武デパートの駐車場で見た黄色いカウンタックから始まりました。

あの希望と、未来への挑戦の色。
高度経済成長期の後半、まだあの頃は、純粋に、あるいは無邪気に、未来を信じていた頃です。当時のスーパーカーは原色でしたね。真っ赤なスーパーカー、黄色、青。
これらは、1970年代の世界中の人々が、科学技術の素晴らしさを謳歌している時代の色でした。

先日、首都高を走っておりますと、やはり、目につくのは、落ち着いたブラックの車です。ブラックはやはり人気なのですね。
あとはホワイトパール。高級感があります。
黒白グレーは、無難だし、おしゃれ感もあるし、それでいてある種の緊張感も秘めている。
どれも車としては引き締まった良い色です。

その中で、私の目を特に惹いたのが、マツダ社の奥深い、落ち着いた赤色、あのレッドです。
わたしはマツダ車を持ってないのでわかりませんが、漆塗りのような、匠の職人が好むような深い色ですよね。とてもかっこいいです。

これはおそらく10〜15年位前から流行り出したのかな?

平成と言う時代の終盤になって、団塊の世代が定年を迎えるとき、あの、芳醇なレッドが、今の団塊の世代の気持ちに刺さったのでしょう。ようやく実りの時を迎えた、ようやく収穫できるようになった、と。

当時のマツダのデザイナーたちは、「生命の躍動」を表現するために、赤の中にもハイライト(光り輝く部分)とシェード(深い影の部分)の強烈なコントラストを追求しました。まさに「苦労して登り詰めた成功者が、一息ついて夕日を眺める」ような、豊穣の赤です。

しかし、あれから時代が変わり、団塊ジュニアの世代が50代になっています。ようやく車を買い換える余裕が出てきた頃に、あのマツダのレッドは「なんか違う」と感じるわけですね。
親の世代はあれが良かった。しっかりと働いた実感があり、収穫を得て、頑張った自分と言うことに納得ができるための色でした。

ところが団塊ジュニアの世代は違う。
この世代は、若い頃から辛酸を舐めてきました。
就職は、氷河期。子育てを始めてもどんどん税金が上がって、苦しい中を地を這うように過ごしてきたんです。給料が上がっていく親の世代とは違い、デフレの真っ只中で、苦しみながら生きてきました。

団塊ジュニアは、バブルの恩恵も受けず、常に「現実」と向き合わされてきた世代です。だからこそ、今この不透明な時代に、親世代が愛したような「過去の平和を象徴する芳醇な赤」を手にすることに、強い違和感(=呑気さ)を覚えるのではないでしょうか。

だから、車を買うときに、豊かな実りの色は、心理的に選べないんですね。あまりにも、場違いな感じがして。呑気すぎる赤、なんです。呑気に収穫を喜ぶ気にはなれない。そんなジュニア世代に合う色はなんでしょう?

トヨタのデザイナー、ホンダのデザイナーは、今の40代50代のユーザーにささる色を考え抜きました。それがアースカラーです。

ちょっとくすんだ感じの色。
土のような、草のような、木のような、ちょっとくすんだイメージの色が、今の40代50代にピッタリなんです。これは目立ちたくないと言う色。できたら、自然の中に溶け込むようにして、自分の存在を気配を主張させたくないんです。
「できたら自然に隠れたい」
「目立たないでやり過ごしたい」
これは、政治からも、経済からも、徹底的にいじめ抜かれてきた世代の、我が身を守る大事な哲学なんですね。

トヨタのシエンタ、ホンダのフリード、ダイハツのタフト、他にも、今発売されている車のボディーカラーは、くすんだ系統の色合いがほとんどです。

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おそらくデザイナーは、

不安や緊張の中にいる大衆に対し、「今はここで静かに、気配を消して休んでいてもいいんですよ」という、メーカーなりの優しさや受容の形


を、色で示しそうとしたんだ、と思います。


特にこれからは時代が急激に変化することが予想されます。

政治的にも緊張があります。
トランプ大統領のやることには、世界中の人が度肝を抜かれています。高市早苗総理大臣は、台湾有事を口にして、火種をつくりました。
経済的にも、誰にも予想できない大変革がこの後あるだろうと予想されています。ドルの信頼にはヒビが入りそうですし、世界中でインフレが止まりません。

こんな時代の背景を感じて、ユーザは自分だけはじっとしていたいんです。
その心理を、巧みにつかんで、あるいはもっと良い言葉で言うと、トヨタやホンダのデザイナーは、私たちの震えるような心理に、そっと寄り添ってくれているようにして、アースカラーを出してくれたのだとおもいます。
久しぶりに、首都高を走って、いろいろな車の姿を見ながら、こんなことを考えていました。
新しい車は、アースカラーが多いなぁ、と思いながら、ふと見ると、目の前にでかくて新しい車が走っていました。トヨタのランドクルーザー(新車)です。

やはり、砂漠の中に隠れるような、ミリタリーの雰囲気のするような色でした。
考えてみれば、ミリタリーと言うのは、緊張感のある色ですね。隠れてるんですから、敵から。
そして、その後にはおそらく、命をかけた戦闘が待ち受けているんですから。

似たような色合いであるアースカラーにも、やはり私は緊張を感じます。
落ち着いたニュートラルな色かと思いきや、この後に起きるイベントに備えて、最大限に緊張を抱えたまま、身を隠している色だととも考えられます。

この後に起きるのは、政治的な危機、そして経済ショック。
まさに、今の40代50代は、社会の中に沈潜し、息をひそめ、これから起こるショックに備えているとも思います。
そう考えると、メーカーのデザイナーたちがいかに敏感か、よくわかりますね。

そんなことを考えてしたら、はいその瞬間です。
隣に、まるで1970年代のような、おもちゃみたいな色をした、新しい車が通ったんですよ。
ピカピカの新車でした。
なんていう車かわかりませんでした。

それがね、すごい赤だったんです。
それも、救急隊員の救命着のような、Orangeっぽい赤というか。消火栓の色のような。

私が、心の中で、

これからの世の中、大変革が来るぞ、
トランプのショックは続くぞ、
政治的にもやばいぞ、
経済的にもショックが来る、
サイレンの音が聞こえてくるぞ

と考えていたところに、救命着や、消火栓の色が、赤色が、目に飛び込んできたと言うわけです。
それも新車で。

どこかのメーカーのデザイナーは、既に、次の色を予測しているんですね。
それは、もう隠れてる場合じゃない、アースカラーじゃないと言うわけです。

もう出てきて、戦わないとダメだぞ、サイレンが鳴ってるぞ、飛び出して進まないと!

・・・と、言っているような色でした。

今調べてみたら、この車だったかな?と。
ヨーロッパで戦争が終わった時、のこと。世界大戦の直後のことです。
フィアットの社長は、これからの平和な時代を、絶対に元に戻さない、という強い意志を示すため、この希望に燃える赤を世に出したと言っています。


戦争が終わったばかりの当時、物資が不足していたため、多くの車は軍用車の残りのような地味な色(グレーやオリーブドラブ)でした。
フィアットはあえて、イタリア人が愛する「情熱の赤(ロッソ)」を大衆車に塗りました。それは「戦争の暗い影を塗りつぶし、もう一度明るい太陽の下へ出よう」という、国全体への強烈なメッセージだったのです。
これは、人間の尊厳をかけて、抵抗するための赤ですね。

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トヨタのシエンタは、アースカラーが前面に押し出された車です。

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このシエンタについては、実際に色そのものを担当したのは、カラーデザイナーの荒田 海優(あらた みゆ)氏ら若手のチームです。

荒田氏は「お洒落な雑貨屋やカフェ、キャンプ」といった、現代のトレンドに敏感な視点で色を選定しました。これが、ラインナップの多くが「くすみカラー」に占められた理由です。つまり、市場の「隠れたい」というニーズに応えたのは、このカラーチームのマーケティング的側面が強いと言えます。

しかし、プロジェクト全体の責任者はまた別の方なんですね。加藤さんという方です。
この方はプロジェクト全体の責任者として、これら全ての色の最終決定を下しています。加藤氏は「日常を彩るちょっといいもの」という言葉を大切にしており、アースカラーばかりで沈みがちなラインナップの中に、たった一色だけ、「世の中に主張する色」を置くことを許容しました。

その証拠に、シエンタには、たったそれだけなんですが、アースカラーじゃない色として、緋色(赤に近い色)が入っています。

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やはり、赤は、流されまいとする色、抵抗の色、みたいですね。

わたし?
私の車は、ブルーです。購入して17年、距離は220,000キロを超えました。
あー、マツダのレッドに乗りたいナ。

尿管結石のケツマツ(結末)

背中に違和感を覚える。
背中をひねったのかな、筋肉痛かなと思う。
しかし、だんだんとその痛みが増してくる。

20代の悪夢がよみがえった。
20代と30代と40代と50代で、それぞれ1回ずつ、この恐怖の痛みを経験した。

大体、尿路結石は、人生で3回かかると言われているらしい。これは特に男性について言うんだろうと思う。
私はすでに4回目であります。
なんとなく経験があり、こんな程度だろうと言う気でいたが、今回はかなり大事になった。

木曜日の夜、寝てる間に痛くて目が覚めた。
だんだん痛みがひどくなる。これはいかんと救急病院を確認すると、なんと隣の市の病院。自分で運転できないから家族に頼もうと思うが、妻の体調も悪く、どうしようもない。だんだんと痛みが耐えががたくなってきて、うめきながら、市販薬のアセトアミノフェンを急いで口中に入れるがそんなもので効くレベルでない。
観念して救急車を呼んだ。

この時点では、尿管結石ではない可能性もあると思っていた。盲腸はまだやったことないし、十二指腸潰瘍、肝臓なのか、膵臓か。

運ばれるとすぐにCTスキャン。
膀胱のすぐ上のところに、結石が発見された。

救急隊員のお兄さんが、尿管結石は3回痛むポイントがありますからねと言っていた。

1つ目は、腎臓から尿管の出口にかけての部位。
2つ目は、お腹の真ん中あたりで、尿管が血管をまたぐ場所がある。
3つ目は尿管から膀胱に差し掛かるところ。ここが最大の難所で、今回は、まさにここであった。

そういえば、2週間位前、妙に背中が張るなぁ。凝るなぁと思って、風呂上がりに柔軟をしていたが、あれは1つ目か2つ目の前兆だったのかもしれない。

痛み止めの坐薬が効き始めると、ごく普通に話もできる。あの痛みに耐える必要もなくなったから、まぁ帰ろうということで自宅に帰った。夜間の救急を使ったために、19,000円ナリ。

ただし、これで治ったわけではなく、念のため翌日、金曜日に近所の泌尿器科に行きました。そこでもエコーで観察すると、昨日と同じ膀胱の上に結石がある。大きさ的にも流れるくらいの小さなモンだから、経過観察だと言うので、この町医者からも帰ってきた。
医者はごくこんなのは当たり前だと言うふうに、「まぁちょっと痛いけど流れますからナ、ははは」と明るく言い放ち、まぁ、あと少しですから座薬もそんなにいらんでしょ、と薬の処方はなかった。

ところがである。
土曜日の朝になって、また激痛が始まった。
やはりまだ流れないうちは痛むのである。
この時に大失敗をした。

猛烈な痛みが始まるとともに、何とか耐えようと思って、座薬を自分で入れたのだが、直腸にたどり着いたと思っていた座薬が、おそらく中途半端でしっかりと中に入らず、慌てて病院に行く支度をしている間に、外に飛び出てしまったのだ。
何と言うシマリのない穴であろうか。わが【穴】ながら情のないことである。

座薬は慌てて入れるべからず。

これを人生の座右の銘に加えておきたい。

なんでこれが失敗だったかと言うと、病院に行って、あまりにも痛いから、もう一度座薬を入れてくれと頼んだのですが、いや朝入れたんでしょうから、最低8時間は間隔を開けないと。というので、痛み止めをもらえなかったわけですね。

私は、そのおかげで、まさに七転八倒、病室の中で1番大きなうめき声をあげておりました。黙って耐えられるような痛みではなく。私よりもはるかに先輩で年上のお年寄りも何人か、カーテンの向こうで治療を受けているのがわかったんですが、皆さん私のことを1番心配されており、自分も救急で運ばれてきているのに、お隣の方は大丈夫なの?とナースに優しく聞く方がいて、私は心の中で何度も謝罪の言葉を唱えておりました。

しかし、医者は冷たく、それは当然で、私が1番命に別状なさそうなんですよ。ただ痛いだけでね。それなんで医者は私に関わる時間はほぼ30秒位で、再度、撮影したCT scanの結果を告げに来ただけで、後は基本放置されておりました。
この時、やばいのは、尿の流れが滞ることで、朝から私は結石を流そうとして、大量に水を飲んでいるのに、全く尿意がないことでした。腎臓に影響が出ていたり、完全に詰まったりしていると、大事になります。
しかし、CTの結果、全くそんな事はなく、右の尿管は確かに詰まっているが、左の腎臓と尿管は生きていて、尿を作ることができていました。なので、病院としては「では痛いでしょうが頑張ってください」で終わりでした。

私は結局座薬をさらに大量に処方してもらい、「お正月にかけて流れるでしょう。何とか年内には流れると良いですナ。ハハハ」という呑気な医者の言葉とともに、再び家に帰りました。

医者は、「8時間、いやまあ、6時間てとこで、午後1時ですな、次に坐薬を入れられるのは」と、時計を見ながら言っていた。
しかし、私は、この時、朝の座薬はしっかり入っていなかったということが確信できたので、家に帰って、すぐに座薬を入れますと、すぐに痛みが収まりました。

坐薬は強力でよく効くのに、午前中ずっと、のた打ち回っていたのは、やっぱり座薬がしっかり入ってなかったのですね。
私は座薬をキチンと入れたと思いこんでいて、本当は入っていなかったので、この大きな痛みを我慢しなければなりませんでした。医者は挿れてくれないし。・・・もう。

ところで、月曜日からどうすればいいんだろうか?
出勤して算数の授業をしながら、背中の痛みが猛烈に襲ってきたら、座薬を入れなければならない。

痛いなと感じ始めてから、15分後には、床をのたうち回るような猛烈な拷問のような痛みが襲うために、おそらく私は教室のすぐ横、すぐ隣に車を停めておいて、かつエンジンをかけっぱなしにしておき、ちょっとでも痛みを感じたら、子どもをほったらかしてすぐに車に飛び乗り、車内で座薬を入れながら自宅に帰ることになります。

そんな芸当ができるんであろうか。

55歳にもなって、まだこんなアクション俳優のようなイベントをやることになるとは思いもよりませんでした。今、小康状態なので、007ジェームスボンドの映画を見ながら、車にひらりと飛び乗るシーンを何度も見返してイメージトレーニングをすることにします。

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これは戦時中の「森永製菓」の広告。
爆弾のチョコレートですが、私はもうこれは完全に坐薬だろうと思ってしまいますナ。

人生はゲーム・・・か?

人生をゲームと捉える見方がある。


自分が若い頃に寮の先輩だった人が、コンビニでバイトしていた。

廃棄寸前の弁当を激安で店長に売ってもらい、生活をしのいでいた。

その先輩は、「こうすれば家計が助かる、生活費が助かるんだ」と、生活のライフハックとして私に教えてくれた。それは、確かに重要なライフハックだったのだ。

その先輩は、他にも様々なライフハックを実行しており、とあるチェーン飲食店の株を購入して、株主優待券を使って安く外食をすることに成功し、そのこともライフハックの1つとして紹介していた。


これがいいとか悪いとかではなく、人生をゲームのようにして捉えると言う事はある意味、生活のスキルを伸ばすのに必要なことかもしれない。

生活しやすさを手に入れるにはゲームのように捉えると言う感覚はとても役立っていると思う。


しかし、人生と言う長い物語を考える場合は、ちがう。

ライフハック、というスキルだけですべてを乗り越えられるわけではない。

ライフハックを次々と攻略していくことで、この長い人生という物語に対して納得感を持って進んでいけるかと言うと、そうはいかない。

何か人生の底深いところでの納得は、ライフハックでは得られないものだ。つまりライフハックの技術をいかに手に入れたとしても、例えば恋愛や結婚とか、友達と言うようなことについては、ライフハックの出番は無い。


百歩譲って、ライフハックで、彼女を手に入れると言う事はあるかもしれない。

たしかに、会話の弾むカフェとか、相手の気に入るファッションセンスとか、そういった様々な知識がその場を楽しくすることにもなろうし、それはライフハックの1つだろう。


しかし、ここは違う。

つまり、その出会いそのものや、自分がその人を人として尊重すると言う事について、自分がなぜ彼女を愛するのかと言うことについて、自分なりの納得感を得られるか、どうか。

この「納得」ということについては、それはライフハックのスキルによって得ることでは無い。


納得は、ライフハックでは得られない。自分がなぜこの人と一緒にいたいと思うのか、この人のためになりたいと思うのか。

なぜ、自分はこの人が喜ぶ姿が見たいと思うのか。そのことについてはライフハックとは別の次元であり、自分の心がそのことに大いに反応して素直に納得がいくかどうかと言う世界であって、ライフハックスキルによるものではない。


ライフハックの技術に長けていたとしても、完全にそのことを受け入れたり、納得したりということが、できるかどうかとは無関係なのだ。


繰り返しになりますが、ライフハックの技術をいくつか知っていて、それをうまく活用できたということが悪いわけではありません。しかしそのことと、人生に起きてくる様々な物語やストーリー登場人物との関わり合いについて、自分が自分として、自分の気持ちや自分の本心自体に納得する、あるいは納得できる、ということは、何かをうまくしてやろうと言う気持ちと意欲では何とも得られないことなのです。


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ヨシタケ・シンスケさんの「そういうゲーム」という本。

人生をゲーム感覚で捉えると言うことは、同時に、到達すべき目標やゴールを持ち、自分のスキルを磨いて、ゲームに勝つのだ、と言う前提を受け入れることになる。



ところが、その先にあるのは一体なんだろうと言う事は、この本には一切示されておらず、ただ虚しさと空虚感だけが漂うことを読者は感じる。
この本にないのは、たったひとつ、自分の存在や、自分の人生についての「納得」。
逆に言うと、このゲームに乗るか乗らないか、参加するかしないかと言う事とは一切無関係に、自分はこれをしよう。よし。自分はこれで良い。よし自分はうまくやっている、と、自分自身が納得しさえすれば、あっという間に自分の人生は、充足し満たされるということであります。








あ、そうなの・・・大丈夫?

子供は毎日盛んに話しかけてきます。
これは、小学校の教員の宿命というか、それが仕事です。
子供が話しかけてくる内容はいつも様々ですが、中には相談めいた話もありますね。
あるいは時々は、自分の苦境、陥っている困難な状況を一生懸命説明する子もいます。

話題は多岐にわたり、さまざま、です。

私はほとんど同じ返答です。

「あ、そうなの?◯◯なの・・・だいじょうぶ?」

◯◯の内容は、オウム返しです。

もちろん緊急の内容があれば対応しますが、ほとんど99%は、これですね。

「あ、そうなの?◯◯なの・・・だいじょうぶ?」

大丈夫でなければ、ちゃんと大丈夫じゃないと言いますから。その時は、じゃあこうする?、ああする?・・・と言うふうに選択肢をいくつか提示していきます。

しかし、そうでなければ、

「ああ、そうなの・・・面白いねー」
「ああ、◯◯なの・・・楽しいねぇ」
「あ、そうなの。よかったねえ!」
「あ、そうなの、たいへんだったねえ」

と言うだけです。
この相槌というか、この短い返答に、それこそ自分の全身全霊をかけて参ります。
この一言の価値で、お給料いただいているのではないかと思うほどです。

このとき、1番大切な点は、余計な事は言わないと言うことです。
余計な手助けや余計なアドバイスは無用なのですね。アドバイスばかりしていたら、きっと誰も話しかけに来なくなるでしょう。
子供は子供としてプロとして生きていますから、うまくいかないことも全て自分が経験したいわけですから、余計なアドバイスはうるさいとしか思いません。

ただし、授業となると話が変わります。
180度変わります。
授業は最初から、できたできたできた、の連続であるべきです。
特に算数です。
この間習った、1年生の時に習った、だからわかるよ、その続きから、わかるよ、できるよ、できたよ、簡単だよ、・・・と、進むべきです。

「なあーんだ、今日の算数、ちっとも難しくない!」

と、言わせるようにしていきます。
普段の日常生活では、ほとんど何も教えないのに、授業となると教えるんです。

子ども視点で見てみると、こんな先生が良いわけです。

普段は、余計なことを全然言わない。
でも、授業は飛び切り簡単にわかりやすく教えてくれる。

・・・これに多くの大人は賛同すると思います。何故かと言うと、全員今の大人は子ども時代の記憶を持ってるからですね。
うるさくて、おせっかいな先生って嫌いだったでしょ?
で、授業になると急に難しいことを喋り出す先生、嫌でしたよね。

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赤ちゃんタイム!

赤ちゃんて、よくまじまじと見てきますね。
赤ちゃんをこちらが見てるんですが、そうと思えない時もあります。赤ちゃんが私を観察しているんだなと思う時があります。
眼力(ガンリキ)が赤ちゃんの方が数倍強い場合です。

大人はこの場合大抵負けます。
大人には時間がないからですね。
観察しても、「あ、大体わかった」と、時間を節約しようとします。

ところが、赤ちゃんには時間がもったいないなどと言う概念がありません。これの観察が終わったら、次はあれをして、それが終わったらこれをしてという予定もないからです。

なので、もう時間を超越してこっちを見てきます。大人はその目力に、屈服するほかありません。

私はまだ孫がおらんので、つい最近出会った赤ちゃんは、なんとクラスの保護者懇談会でした。
個人懇談の場に、赤ちゃんを抱っこしておいでになったのです。

こういう場合、話の半分が、クラスのその子のことではなく、半分が赤ちゃんの話題になることありますね。そうならない場合もありますが、そうなる場合もあります。

その日は、赤ちゃんの話題になってしまいました。その子が宿題をやってこないと言うことをお母さんに直接、訴えようかと思ったんですが。

言葉の切っ先が鈍りました。

小学校3年生の息子も可愛いが、この子も可愛い。

ほとんどの文脈はそうなりました。
仕方ないです。
で、その赤ちゃんは、私を生まれて初めて見る宇宙人のように、マジマジと見てきました。

私がしゃべる様子を、ずっと、「なんだ、こいつは」と言う目つきで見続けてくるのです。

私は人生はこうあるべきだと思いました。
人生なんて、生まれてから死ぬまでのことです。
時間をどのように使うかなんて、自分が勝手に決めれば良いことです。人間と言うのは誰からも自由であるべきで、本当はそう生きるべきです。

ですから、この赤ちゃんのように、次の予定がどうこうなんてスケジュール帳めくって、考え込まなくても、興味があることに邁進していくのが本当だと思います。

ところでスケジュール帳なんて、なんであるんでしょうか?
効率よく進めたいから?

朝のルーティーン、昼のルーティーン、夜のルーティーン。
全部こなすといろいろ良いことが起きますか?

ところが、長年人間を続けていますと、このマンネリにも似た、惰性で続けているような、ルーティーンが1番心地がいいんですね。

しかし、そのルーティーンばかり続けていると、部屋は片付くし、灯油はちゃんと買ってあるし、ゴミはちゃんと捨ててあるし、タイヤの交換もきちんと済むのですが、それだけで1日が終わってしまいます。

そこでこの赤ちゃんタイムです。
時間を忘れて興味のあることにずっと自分の矢印を向ける。
この赤ちゃんタイムが何よりも貴重です。

私は日曜日の午前中は赤ちゃんタイムにしています。予定は空けておくのです。スケジュール帳には何も書かないんです。赤ちゃんタイムの予定も立てないのです。赤ちゃんタイムに何をするかは事前に決めないのです。その時の心の発動に100%人生をかけるのです。

ところが今日は溜まっていたガラス瓶の処理や紙ゴミの片付けとか、息子がインフルエンザになったので、冷えピタを買いに行ったりとか、そんなことで赤ちゃんタイムが消費されてしまいました。

いえ、この消費されたと言う感覚自体がダメなんです。

集中した赤ちゃんタイムを興味、100%でやりきった、と考えた方が良いです。

結論、赤ちゃんタイムは赤ちゃんにしかできないことがわかりました。
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