30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。

2025年04月

モンシロチョウなんて呼ぶな!

「それ、モンシロチョウだよ」

わかってるって。
図鑑とか、世間一般にはそうなんでしょうよ。

「じゃ、この生き物に名前をつけようよ」

私がそう言うと、教室中に不思議な空気が流れました。
名前をつける?

いや、ゲド戦記ではないです。
影との戦いではないですよ。
千と千尋の物語でもないです。
ただ、子どもは名前をつける権利があると思って・・・。

だって、せっかく、この世に生まれてきたんですから。
そして、この世は不思議なものに、満ちているんですから。

生まれたら、この世の全てに、もうすでに名前がつけられてた、なんてのは、楽しくないですからねえ。

いいんです。モンシロチョウで。
それは、否定しません。
日本では「一般的にモンシロチョウという」で、それはそれとして理解すれば良い。

でも、せっかくこの世に生まれた自分として、この生き物と、真摯に向き合った時に、自分としてはこの子を何と呼ぶか、自分のオリジナルな感性で、決める行為をしたい。

これを、子どもに保障するのは、大人の義務だと思うね。

で、みんなで勝手に名付けました。

ふわふわちょう、ひらひらちょう・・・

「なるほど、最後にやっぱり、ちょうってついた方が良さそう?」

「だって、ちょうだもん」

「そこも変えていいのだとしたら?」

「え?そこも変えて良いの?」

ここからが、面白かったですな。
え?保育園で、そんなのは卒業するべきだって?

その通りです。
保育園で、ちゃんと「この初めて見る生き物に名前をつけよう」が、行われ、保証されてるならね。
横から誰かが、「それはモンシロチョウです!」というのはナシで。

もし、やってないなら、仕方ない、小学校でやるべきでしょうなあ。1人の人間として、尊重されるために。

ちなみに、下の写真は、モンシロチョウではなく、スジグロシロチョウ。

IMG_9121

やってみて、どうですか 😂

私は20代の頃、何をやっても

「やってみて、どうでしたか」

と、問われる、という日常を送っていました。

まるで禅の修行のようですが、まさに今考えるとよくやってたなと思う位です。

その時に身に付いたものがあり、私は今でも学級クラスで、

「やってみて、どうだった?」

と聞きます。

時折、自分でも不思議に思いますね。
三つ子の魂百まで、じゃないですが、20代の頃に、耳の奥にこびりついた言葉と言うのは離れないもののようです。

ところが忙しくなると、このやってみてどうかをやらない。
次から次へとこなすようになる。
そうすると、子どもの顔は疲れていきます。

私は4月は特に遊びまくります。
教室でゲームばっかりやります。
そして、やってみて、どうだったかと、問うのです。

「友達の顔見ると、よくわかったんだね」
「友達にちゃんと伝えようと思ったら伝わったんだね」
「めんどくさいなぁと思っていると楽しめないんだね」

子供が色々と感想言うので、それを整理していくだけです。
ゲームと言うのは、奥が深いです。
集団で目的を共有すると言うことですから。
気持ちが1つになっていくと、ものすごく盛り上がるし、楽しいのに、少しでも心が離れると途端にめんどくさいものになってしまうのがゲームです。

ゲームを1つやるだけで、そしてそのことをつぶさに見て取ることで、自分の心の状態や友達の心の状態までしっかりと整理されて、俯瞰できるのがゲームの醍醐味です。

ときにはゲーム自体より、その振り返りの時間が長いことすらあります。
その振り返りの時間こそが楽しいのです。私はゲームの時はそれほど力を入れません。ゲームの進行は淡々とやります。でもゲームが終わった途端にみんなにどうだったかと全身全霊で聞くようにしています。

FullSizeRender

本よりも子ども

職員室で本を読んでいました。
それは教員になって1年目のこと。
とにかく、明日の授業の指針が欲しくて、本を読みまくっておりました。
真面目な性格ですね。
自分でもそう思います。

当時は、明治図書にはまっていて、明治図書の本を大量に買って読んでいました。
イチローではありませんが、今はお金をかけるときだ、と思って、良さそうな本があれば躊躇なくAmazonで買っていました。毎日のように届く書籍を見て、奥さんが家の家計を心配していましたね。

得られたものもそれなりにあったのですが、今になると思うことがあります。

職員室の話に戻りますね。
夢中で本を読んでいた私に向かって、帰宅間際の先輩が、机の上を片付けながら、

「新間先生、本読むのもいいけど、先生の目の前には子どもがいるでしょう。子供に教えてもらったらいいのよ」

と、言ったのです。

私は当時、その意味することが10分の1ほどもわかっていなかったです。

ところが、今になると、本当にそう思うのです。
子どもに教わる、と言うのがスタートであり、ゴールだとも思いますね。
ここ最近は本を買っていません。
もちろん、本を否定するつもりはありません。私自身も読書に助けられていますし、教科書だってはっきり言えば本ですからね。

しかし、そういうこととはまた意味が違って、目の前の子どもの様子をみて、学ぶことが、大きいということなのです。

そして、その大きさは、日増しに増えていくのですよ。

子どもの表情やセリフや、やる気や、行動や、日々の所作から、人をいたわる気持ちや、自分自身を励ます行動や、人間らしいユーモアも含めて、学ぶことがたくさんあると言うことです。

ズバリ言えば、人間を学ぶというか、歴史を学んでいる気さえしますね。人というのは古代から、こんなふうにコミュニティーを作り、こんなふうに人と関わり、知恵を見出し、伸びよう、伸びようとしてきたのだろうかと思うと、教室の「静かなる喧騒」の中で、時折、ジーンと感動することもありますよ。

静かなる喧騒、というのは言葉が矛盾していますが、小学校の教室の様子を表すには、最適のフレーズだと思います。
子どもたちの教室って、静かだけど、騒がしいんですよ。そして騒がしいけど静かなんです。これは、人間が本来持っている、人の良さ、に起因すると、私は解釈しています。

IMG_9232

子どもが主人公になるクラス

教員になって、最初の5年くらいは、自分がどんな授業するのかに力が入っていました。
こんな教材、こんなアイディア、新しい本が出ればそれを買い求めて読みました。多くの実践をできるだけ見たくて、研修にも応募しました。

新しい知識を手に入れると、すぐにそれを試して得意になってましたね。どちらかというと、子どもよりも先生が教室の主人公になっちゃうパターンです。

書物や講座、研修を受けると自分が学んでいる気持ちになれました。

ところが、それだけでは、どうしても到達できないのです。自分の授業アイディアが豊富になったとしても、だからといって、本当に子どもが育ったかというと、違うのです。授業のアイディアは豊富な方が望ましいでしょうが、そもそもの立ち位置が違えば、子どもは教室の主人公にはなってくれないのです。

本当に子どもに主体性が育ってるのか?と問いはじめて、これは努力の方向が違うぞと気がついたのが、15年ほど前でしょうか。

それまでは、自分がまずいわゆる上手な授業をして興味を持たせ、さらに子どもにたくさんの課題を示して、その課題を一生懸命にこなさせようと数を目標にしました。しかしそれだと、今度は子供の顔が険しくなってくるんです。

一人ひとりの顔の表情に柔らかさや、楽しさが消えて、まるでサラリーマンのような、追い詰められた顔になっている気がする。そこで、子どもに何かをさせると言うよりも、教師は一歩引いたところで環境整えることに集中しようと考えました。叱らないと言うのもその環境作りです。

子どもには、何よりも安心できるコミュニティーが必要です。
安心できる居場所があれば、勇気も知恵も力も湧いてきます。

そして、自分が今どこを目指そうとしているかと言うしっかりとした見極め、自分の立ち位置をよくわかるような物差しや地図マップ、俯瞰した上空からの航空写真のようなものが欲しいのです。

つまり、多くの先生方が見通しと呼んでいるものですね。

自分と言う人間を理解するための手がかりや物差し、そしてどっちの方向に進んでいくと良さそうかと言う「見通し」が持てれば、子どもはものすごく力を発揮します。

ところが、これは言葉で伝えようとしても、なかなか伝わらないんですよ。
子ども自身が実行を通して、体での体験を通して実感しなければ、しっかりとは身に付かない。

だから、いつもの授業は欲張らないことにしています。正直、指導書の隅から隅までをやろうとは思っていません。
予定時数をオーバーして、学級や余裕のある時間が減ってしまうと、本当にやりたいことがやれなくなってしまうからです。

本当にやりたい振り返りの時間を確保するには、ほとんどの授業では、欲張らないことにしたのです。
普段欲張らないからこそ、結局のところ、本当にやりたかった目標が達成できるのです。

IMG_7749

刃物を持った男が歩いている→畑の草を刈るお爺さんでした

田舎なので、そこら中にいるんです。
でも、それは日本人がおそらく室町時代から続けてきたことですね。

鉄の鎌、鉄の刃物を、持って歩いている!

草刈りをしてるジイサマとバアサマです。

しかし、通報されることがあります。

仕方ありません。

子どもは身の危険を感じたら、子ども110番の家に駆け込んで、大人に伝えろ、と訓練されていますから。

下校中に、同時多発的に電話が鳴り、
「刃物を持った男が出ました!」
職員室に緊張が走ります。
パトロール優先だ、今の仕事はすべてキャンセルし、職員は直ちにパトロールに出動!

同時にもう一件、

「こんどは刃物を持った女です!」

電話を受けた事務室から、さらなる声。

「今度は女か!」
「2件目です!」

バタッと職員室の扉が開いて、慌てて入ってくる刑事、いや、もとい教師たち。

「どうした!事件か」
「刃物持った男と女です」
「場所は!?」
「下校中の子どもからだそうで、その話を聞いた保護者からの電話です」
「保護者が不安で泣いてるそうです」
「保護者が!」

校長は、完全に石原裕次郎の顔で、

「みんな、行ってくれ!」
「はい!」

・・・これが、春は多いんですよ。
いえ、ほんとに不審者ってこともあるのでねえ。

頼むから、一年生の下校の時間だけは、草刈りをやめてくれ。

その時、3件目の電話が!

「刃物を持った男が、歩いてるそうです!」

歩いてる・・・。いったいどこを!?

「校庭の横の畑だそうです!」

いや、不審者ってこともあるのでねえ。

頼むから、草刈りは午前中にしてくれ。

IMG_5962

家庭訪問についての議論

私が神奈川で教員をやっていた時、約20年ほど前ですが、その頃には、まだ家庭訪問がありました。東京でも神奈川でも、家庭訪問は普通に行われていました。
個人情報保護法が叫ばれるようになってから、赤の他人に家の中を覗かれたくないと言う理由で、まず東京都から家庭訪問はなくなりました。

近隣の神奈川県や横浜市などの自治体も相次いでそれに続く感じで、家庭訪問は中止されました。

全国的に家庭訪問は下火になり、消えていく運命かと思われたのですが、いわゆる地方では、まだまだ家庭訪問は続いています。

私の住んでいる地域でも、まだ家庭訪問があります。私自身は家庭訪問には一定の効果があると思っています。
何よりも、親御さんが、人目をはばからずに、自分の子供についての相談をしっかりとすることができること。

学校に来て教室で行う個人懇談もありますね。学校によっては、子供も含めた3者懇談を行うところもあります。

ところが、これは本音が出しにくい。
子供の前では、本音が出せないし、たとえ子供がいない2者懇談の場合であっても、次の時間に廊下に来ておられる別のお母さんがひょっとして聞いているのではないかと思うと、本当のことを伝えにくいと言う親もいるのです。

つまり、家庭訪問は、学校の先生に相談したいことがあるお家の方にとっては、良いチャンスなのですね。

一方、家庭訪問は、お家の人にとっても学校にとってもメリットはありつつ、どうしても学校側にとっては悩みの種になっております。

それは先生たちが家にたどり着けないと言うことです。

Google マップで調べればいいじゃないか、と簡単におっしゃいますよね。
あるいは、ゼンリンの住宅地図があるじゃないか、と。

まずゼンリンの住宅地図は学校には備え付けてありません。ご存知の方も多いと思いますが、あれはめちゃくちゃ値段が高く、学校は貧乏なので買えないのです。

となると、Googleマップで調べれば良いかとなりますが、実はGoogle マップも新しい住所は載っていません。また、細かい番地は、「不明」と表示される割合が高いです。田舎だからかな・・・。

大体、このへんかな、と思うところまでは行けるけれども、お家が2軒隣同士に並んでいる場合、どっちだろうと担任は道路の上で悩むときが多いです。子どもが35人いたら、20人は悩むイメージ。

この時に役立つのがお家の方が出してくださる地図です。
これが役に立ちます。
ポストのある角を曲がるだとか、何とかと言うミシン教室の看板がここに立っていますとか、桜の木があるだとか、水色の壁に沿って歩いていくと、白い壁の家が見えますだとか。

お母さんが書いてくださる地図のわかりやすいことなんの。

ところが、お母さんが忙しくて、お父さんが地図を書いてくださることがあります。お父さんは忙しいので、時間短縮のためにGoogle マップをおうちの家庭用プリンターで印刷してペタっと貼り付ける方もいます。
で、この辺です、と赤い丸がついてる・・・。

お分かりですね、これ何の意味もありません。

Googleのマップなら、担任が握り締めていますから。スマホで見ながら行くんですから。
少なくとも家の近くまではこれでいけるんですから。

担任が躊躇するのは、今目の前にある水色の壁の家の呼び鈴を押して良いのか、ということです。
それともすぐ隣の黄色い壁の家なのか。

細かい番地まで出てこないGoogle マップの場合、担任はある意味、賭けをしなければならない。

一か八か!
黄色か、それとも水色か?

世の中のありとあらゆる地図マップをすべて駆使しても、それらは現在の細かい住宅地図を反映はしていません。
3年位前にできた家ですら、番地を確定できないで、「お探しの番地は不明です」としか表示されないのです。

どこかに表札があれば良いですね。

ご家庭の苗字が表示されていれば、ここで安堵のため息が出て、担任の顔には笑みがこぼれるでしょう。

ところが、昨今、おうちには、表札がありません。

この状態を救うのは、ご家庭のお母さんがお書きになる。詳しい地図や目印です。

ポイント
◯おうちの壁の色を書いてください
◯フェンスがあれば、フェンスの特徴や模様色などを書いてください
◯玄関の横に何かワンポイントになるようなものを置いてください
◯表札があれば、上記のポイントは無視して下さって結構です。そうなんです!表札さえあれば・・・!


しかし、なぜ、今の家には、表札がないのでしょうか?

全国民が、表札を必ず出しているのであれば、すべての悩みは消えますね。

おそらく入学式の時に保護者が受け取るであろうおうちの地図を書いてくださいと言う用紙は、おうちに表札があるのであれば、配られなくても大丈夫だと思います。

現代の日本では、表札はなぜ不人気なのでしょうな。どなたか、考察をお願いします。

IMG_9186

先生用の机を教室の後方に置く

春休み、というのは実は裏返し。
3月4月は、先生たちがめちゃんこ忙しい時期です。

その3,4月だからこそ、できることがあるのでして、
すべてリセットするわけで、クラス替えもあるし、担任の異動もある。
環境がガラッと変わります。
校舎も教室も変わると、職員室から教室へ向かう道すじも変わり、景色がすべて変わります。
これを経験すると、春だなあ、と実感しますね。

わたしはこの春、教室が変わったことをきっかけに、あることに挑戦します。
それは、教卓の場所を変える、というやつ。

これまでは黒板の横、先生の道具を置く棚があったので、その前に先生用の机を横付けしておりました。

これを10年以上変えてこなかったのですが。

ふと、なんだかその気になりまして。

今年は、先生用の机を、教室の真後ろにもってきました。
ふだん、保護者のみなさんが授業参観のときに立つ場所ですね。ここに、先生用の机を持ってきた。

それでね、今日はそのシュミレーションで、座ってみたわけですよ。そうじしたりしながら。

すると、やはり景色がちがう。
子どもがなにをするのか、背後から見守る感じになる。
これは、おもしろそうだ、と思いました。

どうなりますかね。

メリットとしては、どんなものがあるでしょうか。
子どもたちを後ろから見渡せる

授業中の子どもたちの様子や、ノート・タブレットの操作など、全体を俯瞰しやすくなるため、見逃しが減るのでは。

「子ども中心」の教室になる

先生の机が前にないことで、前方スペースが広く使えたり、子どもが主役である雰囲気が出ます。先生も“黒板前に立って指導する人”から“近くで伴走する人”という印象になるのでは。

教室前方をフレキシブルに使える

掲示スペース、図書コーナー、朝の会・帰りの会の場など、前方を多目的に使えるようになるのでは。

子どもとの距離感が変わる

休み時間や授業の合間など、後方で何気なく過ごしていると、気軽に子どもが話しかけに来やすくなることも考えられます。


どうでしょうかね。
やってみて、どうか・・・でしょうかね。

世間の多くの方たちと同じく、先生たちは、いつも4月に、新しい気持ちになっています。。

人間にとって、リセットの季節、というのは、大事ですね。
IMG_1753

寝ていても団扇のうごく親心


江戸というところは、狭い長屋に、何人もの人が、協力して住んでいまして、そこには当然、子供もたくさんいたわけで、生まれたての赤ちゃんに限らず、隣近所の小さな子供を、どんなふうにして子育てしているのか、お互いに見ることが多かったのでしょう。

そうすると、こんな川柳が生まれるわけですね。

寝ていても、うちわの動く親心

なるほどなぁ。
たった17文字ですが、その場の状況がさっと目の前に浮かんでくるようです。

添い寝中にウトウトと寝てしまった親が、それでも我が子をあおぐ手だけは止まらない様子。

親の気持ちが伝わってくる。

なんだ。江戸時代も今も全然変わらないじゃないか。何世代前の親だって、疲れていたら、自分も寝てしまうだろう。しかしながら、子どもを仰いでいたその手は止まらないで、子どもには涼しい思いをさせてやりたいんだろう。

この川柳が載っていたのが、誹風柳多留(はいふうやなぎだる)。
江戸時代中期から幕末まで、ほぼ毎年刊行されていた川柳の句集であります。

他にも、こんなのが有名で、皆さん聞いたことがあるでしょう。

これ小判たった一晩ゐてくれろ

今は、キャッシュレスの時代ですが、昔は10,000円札と言うと大金でした。
特に聖徳太子の時代は、他のお札に比べて、ひときわ大きく、お財布の中でも存在感がありました。その聖徳太子も、たいてい短期間でいなくなるのですが・・・。

まあ、想像するに、江戸という街は、向こう三軒両隣というように、お互いの子育ての様子なんかも、暑い夏の夕方の、開け放した障子の向こう側によく見かけたんでしょうね。

そして、そんな長屋の中に、住人たちの親代わりのようにしていたのが、ご隠居さんと呼ばれる老人。あるいは長屋の大家さんが、そういう立場なのでした。

たいてい誰かが誰かの面倒を見ており、逆に、全員、ほかの誰かに見てもらっていたんでしょう。

その中には、大抵はみ出し者もいたでしょうし、吹きこぼれたような素行の悪いのもいたに違いありません。しかしそんな人たちもあれはあれでいいところもあるんだ、と、表面的には現れないその個性の良さを認めてくれるような、大きな広い心が、包み込むようにして、そこに存在したにちがいない。

大家さんやご隠居さんが、そんなふうにして、若い住人たちを、そっと見守っていたのだろう、そしてそれこそが本当の親心というものだろう、と思うのです。

さて、新しい学級がスタートしました。新しい教室、新しい机に、小さな子供が1人1人座っておりましたよ。
そして、元気よく、返事をしてくれました。

私は子どもを一人一人見ていると、その背後に、夏の暑い日、子どもをうちわで仰いであげているような親の姿が想像できるのです。
そしてその親をさらに、そっと支えているような存在が、きっといるのでしょう。さらに大きな大きな包み込むような存在の方が。

ああ・・・
じいじ、ばぁばは、偉大ですなぁ。

きっと、自分も子育てをしてきて、さらに若いお母さんが子育てをしているのを何人も見てきて、それがどんな子育てであろうと、口を出さずに、そっと見守って、本当に何かコトが起きて必要なときには、すぐにでも助けようとする人が、ですね。

FullSizeRender
記事検索
メッセージ

名前
本文
月別アーカイブ
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 累計:

プロフィール

あらまそうかい

RSS
  • ライブドアブログ