30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

We are the 99%。転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

2024年12月

体育館にスタバがあったら良い件

シャーペンは小学校では禁止されているところが多い。
わたしは自分が6年生の担任のとき、学年の先生たちと相談して、シャーペンをOKにしたことがある。
でも、それは毎回できるかというとそうではなく、子どもを観察して
「だいじょうぶだ、いける!」
と判断したときにだけ、OKにした。

保護者の雰囲気もある。
シャーペンを使わせてほしい、という願いを多くの親が伝えてきたときに、それを許可するようにした。

実際にはどっちでも良いのだが、実は小学校ではシャープペンシルで事故があったらしく、年配の先生たちはみんなそのことを知っていて、シャーペンは小学校ではナシだよね、ということにほとんどの先生が納得している。

保護者はあまりそういった情報が得られないために、

「先生たちはあたまでっかちだ。なぜいかんのだ」

となることもあるかもしれないが、保護者でもスタンスや考えがいろいろとちがっており、なにか先生たちならではの考えがあるんだろう、こまかくはしらんけど、という雰囲気の方もいる。というか、そういう保護者が多いのだと感じる。

結論としてはどっちでもよく、先生たちも本当のところはどっちでもええと思っている。

禁止にしたのは事故があったことが原因だそうだ。
ずいぶん昔に聞いたことだから、その事故も昔の話なのだろう。
電源コンセントに向けて、二本のシャープの芯をそれぞれ片手の指でつまんで、それをコンセントの穴に同時にぶっさす、というとんでもない事件がかなり昔にあったようです。
その後の調査が無いために、もしかしたら最近にもそういうことがあったのかもしれませんが、なかなかニュースでは聞きませんから、あまり無いのかもしれないし、ただニュースとして出ないだけで実際には、つい最近だって感電した子がいるかもしれないですね。

つまるところ、学校の先生たちが本当なら保護者にも伝えて良さそうな情報というのは、かなりたくさんある。
でも、それをいちいち、保護者に伝えていない場合もある。

子どもに「そういうことをすると感電する危険性があるので、やめましょう」とは言わない。
なぜかは大人はわかると思うけど、要するにそれがやぶへびになってしまい、

「感電ってどんなのだろう?シャープの芯でやれるんか!やってみよう」

と考える子が少なくないからでしょうね。

シャーペンの芯を一本ずつていねいにコンセントにぶっさすなんて、想像もしない子が、それを教えてもらうとやりたくなる、というのは、世間的には広く理解されることだろうと思います。

なので、子どもが先生に

「先生!なんでシャープは禁止なの?」

と聞いても、多くの先生は

「鉛筆の方が小学生に向いてます」

とか、なんとなく丸め込もうとする。
ホントのこと教えたら、この中の200人に1人くらい感電するやろ、と、ホントは先生たちは心の底でつぶやいてます。

年末で、今もなぜか窓の外で救急車のピーポーピーポーという音が鳴り響いており、こういう正月とかに事故って起きるんだよな、と思いながら、ふと思いついた記事を書いております。

こたつでも事故が起きるし、灯油ストーブで洗濯物を乾かす、というのは事故になりやすい。
酒を飲んで寝てしまったら、一酸化炭素中毒で意識が遠のいて危機一髪・・・、というのもよく聞く。

小学校は事故が起きやすい。なんてったって、生まれてから6年しか経ってない子が、たくさん遊んでる空間ですからね。先生たちだって職員室に授業の準備をしに戻るし、ずっと見張っているわけではない。休み時間とかに、体育館や校庭を、つきっきりで見張っている大人は居ないわけで。

そうすると、だんだんと禁止事項も増えちゃう。

わたしは禁止事項は減らして、そのかわりに小学校にもっと大人の目があるようにすればいいと思うね。コメダ、という喫茶店があるが、あれを校庭の端っこにつくればいい。あとはサイゼリヤ。
この2つが校庭の南北にある。また、スターバックスを体育館の隅っこにスタンド形式で配置すればいいだけだ。そうすれば、大人の目は100倍くらいに増える。

スタバのカウンターには救急箱もおいてほしい。そうすれば、スタバにコーヒーを飲みに来た大人に向かって、

「おばちゃん、ひざ小僧がすりむけちゃったので、サビオを貼ってください」

といえる。

大人はふつうに対応すればいい。決して

「わたしは先生じゃありませんから!」

とか、冷たいことを言わないようにしてほしい。

いいアイデアだと思うけどなあ。

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インフルエンザの猛威

12月のインフルエンザはすごかった。
わがクラスもそうだが、他のクラスも。他の学校も。
学級閉鎖にはならなかったが、調子を崩す子は多かった。

私の観察によると、風邪をひく子どもの特徴は、薄着、である。
昔は薄着で鍛える、という風潮もあった。
しかし、今はリスクが高い。
睡眠時間の少ない今の時代の子は、すぐに風邪をひいてしまう。
昔の子は、薄着で鍛えてもしっかり寝ていたから大丈夫だったのかもしれない。

私はクラスの子がそれこそ首にネックウォーマーをつけていても、叱らない。
その代わり、それを自分の意志でつけてるかどうかを聞きます。ただ、脱ぎ忘れてる可能性もあるからだ。

「少し昨晩から喉に違和感があるので、今日は用心してあっためてます」

ということが言える子に育てたい。

「行儀が悪い!取りなさい!」とは言わない。

その行儀とやらは、大人になって働くようになってからぜひ身につけてほしい。

首を温める子は、風邪をひかないイメージだ。イメージに過ぎないけど。

あとは、深夜にゲームやってる、という噂のある子は、欠席しやすい。
「◯◯くん、荒野行動、夜中までログインしてたよ」
「というアンタもだぞ」
結局、その2人は風邪をひいてしまう。

朝の健康観察のときに、

「のどが痛いな、と思ったらどんな対応するの?」

とか、クラスの子たちに聞くと、まだ9歳なのに、と感心するような発言もある。
しかしその一方で、何にも浮かばない子だっている。
これは、そのような問いかけを、大人の側がこれまでしてこなかったせいだ。

結論として、子どもにはいろいろと尋ねていった方が良い。
そして、一つしか言わなかったら、他にも方法や考えがあるよ、と伝えるのが大人の役割だと思う。

「他にどんな方法があるか、おうちの人に取材してごらんなさい」

こういう宿題が良いよね。

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亡き父に会う方法

実家に帰って、藤の木の剪定をした。
藤の木は、つる性でいろんな風に伸びていく。母が切ろうとするが、母は背が小さい。これまでは、近所に住む姉がちょこまか切ってくれていた。
しかし、20年目となると、そろそろ手の届かない範囲が増えてきた。

そこで、私がノコギリでかなり強めに剪定をした。
できるだけ家の敷地から外へ出ないように、枝の伸びる方向を考えて切っていくと、すでに一度、かなり前に切ったことのある場所などが見えてきた。

おそらく、当時も枝が妙な方向へと伸びたのだろう。デベソにすることなく、きれいに切り落とされている。傷跡はもうすでに樹皮で修復されたように盛り上がり、見た目は分からなくなっていた。しかし、木の方向をあれこれ考えながら、枝ぶりを1本1本、確かめていくと、そうしたこれまでの枝打ちの跡が見えてきたのだ。

母がしたのではない。それはノコギリを使った男の仕業であった。

父が亡くなって、もう六年。
意外なことに、庭木の手入れをすると、ひょんなことから、父の仕事ぶりを見ることになった。

時折、亡くなった人を思い出すことはある。別に墓参りや仏壇の前で手を合わせる時だけでなくとも。
しかし、こうしてふと、その人の具体的な行動の後や、仕事の残った形跡に出会うのは、予期していなかった分、とてもリアルにその人を実感するものだ。

たしかに父のだろう、と思うような仕事の跡は、藤の木の途中まで、見つかった。その先は、枝が暴れていた。
父は大病を患って入院し、長く闘病したから、それ以後の枝はメンテされなかった。途中まで、父が誘引などしたのだろうな、と私には見えた。フェンスに沿って、太い枝がきれいに2本、等間隔で這っているところは、A型の父の性格を思わせた。

亡くなってからの6年で、さらに藤の木は伸びた。私は、自分で剪定できそうな範囲におさまるよう、将来を考えて枝の方向を決めた。

作業の終わりかけ、脚立を片付けようとして、ふと思いついてまた脚立に昇った。で、写真を撮りました。

息子に見せるため、ね。
じいちゃんの剪定の跡だぜ、と。

まあ、息子は軽く、「ふうん」と言うだけだろうけど。

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人を騙す際の言い方・フレーズ

「批判ばかりせず、対案を出してくれ」 
「自分で選んだ道だろう? 自己責任だ」 
「ウチの会社に不満があるなら、辞めればいい! 」 
「騙されたと思ってやってみてよ。体験すればきっとわかる」

こんな言い回しをする人からは、そっと離れた方が良い。

このことを道徳の授業で扱いたいが、なかなか良い指導案を作らないできてしまった。

そもそも、教員になったらやりたかったことがある。
大きくは次の2つだ。

一つ目が、大声で叱るとか叱責するとかをしない、圧迫しないこと。
これは、すでに校長先生に褒めてもらえるまで実現できた。

二つ目が、信じてしまうことの愚かさを学ぶこと。
東洋大の井上円了先生の話を以前書いたが、人間は信じやすい。特に子どもは批判的精神(岩崎武雄)が未成熟で、自分が思ったことは事実だとしやすく、その危うさを学ぶことが必要だからです。

ポイントは3つ。①権威を無批判で信じ込むな。②過信するな。③常識を無批判で受け入れるな。

肯定したいときほど、あえて自身で否定を選び、本当はどうか、と考えなくてはいけない。肯定のための否定、というのが当たり前にあるのです。

これまでも道徳の「決めつけない」という単元学習では、カルト的思考の危うさを題材にして討論したり、自分の見たものや経験したこと、聞いたことは事実と考えやすいことなどを学んだりしてきました。

(以前書いたカルト学習、という記事もどうぞご参照を)


これは、まだ自分では納得するレベルまで、形にできていない。チャレンジは継続しているけど・・・

なんとか、誰にでも実践できる手引書のようなものを作りたいと思う。
しかし、これは宗教を信じる子どもにも少し影響するから、少しデリケートなんだよね。
誤解されないよう、カルトという狭義の固定的単一思考回路が、いかに非生産的で幸福にならないか、ということです。偏執的なナショナリズムもそうですね。

まだやること多い。志半ばの今であります。

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褒められたけど、しんみりする話

校長先生がわざわざ褒めにきてくれました。

私のクラスにいる何人かの子がやたら騒いでいたり関係ない発言を繰り返したりするのを、私がスッと対応して笑いに変え、授業に引き戻して進めているからだと。



私はてっきり、

「ちゃんと叱った方が良い」

というアドバイスなり指導なのかと思ってしまった。



それは長年、私が「叱らない教師」をしてきており、頻繁に経験する代表的な管理職の反応だからであります。

もう20年近く、叱らない教師をやっているため、ときに

「きちんと指導しなさい。叱ることも必要だ」

と、指導を受けてきた。



私も叱らないわけではなく、その都度、改めた方が良い点は指摘し、直そう、と子どもたちには伝えているのだが、それでは叱ったことにならないらしく、管理職の先生の多くは、きちんと叱りなさい、と言う。



「どんなふうにですか?」

と、私ができるだけ下からお伺いすると、その答えはほぼ、強い圧迫を与えて強い大きな口調で言う、ということであった。



私はそれが叱ることとは思えず、あるいはもしそれが叱る、ということであれば、自分は叱らないで教員をやろうとやんちゃにも無謀にもそう考えたわけですね。



このあたりのことはブログの中で常々、折に触れて書いてきました。



若い頃は、「どこまで叱らないでいけるかな?」と、面白がって挑戦するような心持ちでした。



しかし、時代は変わるものです。

発達障害の知識が浸透するにつれて、私のスタイルは意外に褒められることも増えてきました。特別支援の先生たちの方にとっては受けが良く、「叱らないでもいいですか」スタイルに共感してもらえることが多いようです。



それが。

やはり、時代は変わったのですかね・・・

校長先生から、

「あなたのスタイルはスゴい。尊敬します」

と直接、私のデスクまで来て、おっしゃっていただきました。

「◯◯くんが大声でしゃべっていたのに、さっと笑いにして集中させ、引き戻してましたね」

校長先生はちょっとオーバーに褒めてくれました。

嬉しい気持ちもあったけど、それよりも大きな実感は、

「時代が変わってきてるな」

という感慨ですね。



私は20年という期間、世の中の教育現場を、ある一つの定点から観測し続けたわけです。
それは、「子どもというのは、叱らないでもいいか、どうか」、ということです。それを教育現場は許すのかどうか。周囲の先生方の反応から、リアルに観測し続けたのです。


たしかに、時代が変わりました。

昔は、大声で叱らない先生にとっては教育現場は不寛容でした。すぐに注意されました。
今は、管理職から、直々に、感謝までされます。
大声や圧迫をしない先生を、許容する感じが出てきました。
わたしのような叱らない先生にとっても、寛容な世界が広がってきています。


今回、ことの発端は、ある日の校内放送でした。たまたま機器の不具合から、校長先生の講話が聞き取れなかった私のクラスは、後日、校長先生にじきじきに教室に来ていただき、講話を聞くことになったのです。



校長先生が教室に入ると、静かに姿勢を正して待っていた子たちは、お話しをきちんと聞きます。

ただし数人の子を除いては・・・、です。これは教室あるあるでしょう。

教室を飛び出してしまう子や、椅子にしっかりと座れずにアドレナリンをビンビンに出して揺すりながら奇声を出す子は、多くの場合、低学年の時から発達障害の検査を受けたり、医療機関にかかったりします。「この子の特性を知り、われわれ大人がどのような環境を用意すべきかの指針にする」という理由で。



しかし、低学年でWISC検査を受けずに私の受け持つクラスに進級した子は、私のせいで、ほぼ、WISC検査を受けません。私が勧めないからです。

そのため、支援級の先生たちから、

「あらま先生のクラスからは、支援級に上がって来ませんよね。逆に支援級を卒業する子はいるけど」

と言われます。



これは、私の良くない点で、私はどうも昭和の古臭い、色んな子がいて当然だった頃が、忘れられないのです。自分が受けた教育が懐かしいのでしょうかね。昔は特別支援学級もありましたが、本当に車椅子で二階にこられない子とか、事情のある子が在籍してるだけでした。つまり、椅子を揺すって奇声を発し、教室を飛び出す子は、どこの学級にもいたのです。



私は校長先生に褒められたあとに、自分がなぜかしんみりしてることに気づいたのですが、きちんと褒めてもらえるまで、約20年近くかかっているのは、なんだか当初思っていたよりも長かったナ、と。
おそらく、自分にそんな気持ちがあるのに気づいたんでしょう。だから、なんだか嬉しい気持ちと共に、甘酸っぱいしんみりさを感じたわけです。
腹の立たない、自分をしらべる、たよりないくらいがいい、執抹殺なんていう話を若い頃にしていたせいで、わたしは世の中からずれたままで、このまま行くんでしょう。

ま、でも、人間らしい生活を実現しようとしてんだから、ヨシとしましょう。

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