30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

We are the 99%。転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

2023年04月

ひとりで考え ひとと考え 最後までやりぬく子

ひとりで考え ひとと考え 最後までやりぬく子

いいでしょう、これ。

おそらく、これが次世代に文科省がかかげるスローガンになっていくだろう。
個別最適化、もうそう言っちゃってるからね。全世界に向けて。
あともどりはできないはず。

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保護者対応が難しいと評判のクラス

保護者対応が難しいと思ったことが一度もありません。
正直なところ。
おもしろい人やユニークな人はたくさんいるけど、モンスターはいない。
元来、モンスターはいないのです。

ところが、病気の人は、存在します。
もちろん、それはそう。仕方ないです。人間だもの。

で、わたしがもしかすると病気なのかも、と思う子は、こんなふうに育てられているのだろうと想像します。
1)パワハラで育てられている
2)脅されて育てられている
3)感謝を要求されている
4)服従を要求されている
5)忖度を強要されている

この5箇条。
つまり、パワハラ体質の親に育てられているのですね。
過剰な上下感覚が、そこにあるわけです。

こういう親に育てられている子は、実は友達に対しても、パワハラ気質でのぞみます。
人に対しては、そうするもの、と思っているからでしょうか。

友達に、パワハラ気質で対応する。
友達を、脅す。
友達に、感謝を要求する。
友達に、服従を要求する。
友達に、忖度を強要する。


こうなるのですね。

で、親はどう子育てしているか。
おそらく想像するに、

◯休日にどこかへ連れて行くと、感謝を要求する。
 →「子どもたちが歓声をあげ、喜んでいるフリをしないと、不機嫌になる」
 →「子どもたちがそれに気づき、わああい、たのしいな、と言うと機嫌がなおる」

◯夕食をふつうに食べていると、不機嫌になる。
 →「わああい、こんなのが食べられるなんてぼくはなんて良い家に生まれたのだろう、と言うと機嫌がなおる」

◯宿題をふつうにしていると、不機嫌になる。
 →「ぼくは他の人よりも1ページ多く努力している、と言うと、機嫌が治る」

◯野球選手になりたい、というと不機嫌になる。
 →「おかあさんがのぞむ職業に就く。だってそれが正しいんだもの、というと機嫌が治る」


まあ、こんな感じでしょうか。
もちろん、すごく大げさに書いています。
しかし、こんな要素が微塵にもあったとしたら、それで子どもの精神は破壊されます。

親が、子どもに感謝されることを期待するようになったら、それは地獄の始まりなのです。

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なわとび10回とべたら「勝った!」と叫ぶか「できた!」と叫ぶか

勝った!と叫ぶ子と、
できた!と叫ぶ子。

同じようでも違いがあり、意識の差、というものがあるようです。

なんのためになわとびをしたか、ということでしょうか。

「わあああ、とべたー」

と、自分でも目をまるくして、友達や先生を見る子。

とべなくても、ともかく笑い続ける子。

「うひゃひゃひゃ、だめやー」

軽やかに跳んでいる子の横で、くずれおちて笑っている。「あははは、跳べんわー」



必死になって跳んで、ともかくホッとしている子。

できなくて、泣きそうな子。

得意になって跳ぶ子。


このときに、

できないのはダメ、という意識が、なぜ子どもに、あるのだろうか。
ある人は、それが人間のもともと持っている意識だからだ、という。
人間は、弱肉強食で生きていくのが本能で、勝たなければ死ぬから。だから、いつの間にか、他人に負けまいとする意識が、生まれつきに人間に備わったそうだ。
本当だろうか。

周囲の大人が、どういう声掛けをしたか、どんな言葉をかけたか、で、
この子はその言葉に影響されて学習した結果、

「勝たないといけない」

と思い込むようになっただけじゃないかな。

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人生をどう生きるかを考えるステップ12

Step1 自分の原点を探しにいく
Step2 最後の日を決めれば、本当に「使える時間」が見えてくる
Step3 あなたの人生の「ストーリー」をつかむ
Step4 どう生きてきたか。どう生きているか。どう生きるか。
Step5 欲しかったものは、何だろうか? これから欲しいものは、何だろうか?
Step6 人生に影響を与えた出逢いは何だろうか?
Step7 何に歓んできただろうか? これから、何に歓びたいだろうか?
Step8 時間をかけてきたこと、お金をかけてきたことは、何だろうか?
Step9 許せないことは、何だろうか? いつ、それを許すだろうか?
Step10 後悔していることは、何だろうか?
Step11 幸せを感じるために、行動しよう
Step12 自分は、誰として生きるのか?

有名な本からの引用だが、人生をどう生きるかを考える際のポイント。

自分自身が考えることもさることながら、これらの子どもバージョンを考えたい。
すると、この上記12ステップはやはり当てはめにくい。
子どもたちは過去を振り返りにくい。
材料はあるようでも、なかなか見つけられない。
人生の残りの時間を考える、という感覚も薄い。
まだまだ人生は、はじまったばかりだ、という気持ちがフルに溢れている。
だから、やはり子ども用のバージョンを考えた方がいい。

「あなたは、なにによって、人々の記憶に残りたいですか」

これは、高学年以後なら、十分に考えられる問いだろうと思うが、どうだろう。

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