30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

We are the 99%。転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

2021年05月

【6年・歴史】あなたは大王です。墓をつくりますか

古墳というのがわからない。
なんでそんなに大きなお墓を作る気になったのか。

そこで、一人ひとりに、スピーチを考えてもらいました。
自分が大王(おおきみ)になったとして、古墳をつくる命令をどうやって出すか。
民衆の前で、大声でスピーチをしなければならない。
つまり、教師としては、
〇古墳は当時の大王がどのような理由でつくったのだろうか
ということを考えさせたかった。

教科書での答えは「力を誇示するため」だ。
(くに)としてのパワーを示し、自分たちの力と知恵と結集力を見せつける。
それで他からの侵略を防ぐとともに、すきあらば周辺の弱小国を支配下におき、勢力の拡大をはかる。大王の墓は、そのくにの力の象徴なのだ。

ところが、子どもたちの原稿は拍子抜けもいいところ。
ほとんどの子が、

「わたしはお墓を作りません」
という宣言で始まるスピーチをつくった。

おいおい!!話にならんぞ!!

教師としては、授業の失敗を悔やまなければならない。
いったいどうなっているんだ、今の子たちは!!

わたしはお墓をつくりません。
みんなでお墓を作るのも楽しいですが、要りません。
その代わり、家族ですごす時間を大切にしてください。

わたしは大王ですが、特別ではありません。お墓は要りません

わたしの目指す「くに」は、みんなが本音で話し合える、安心して暮らせる、圧政のない「くに」です。パートナーシップを大切に。

飢えていませんか?栗の木などを植えてみてください。お墓をつくるのでなく、栗の畑をつくりましょう。かまどで栗の実をつぶしてつくったクッキーを焼いてみてください。

これでは古墳時代がわからないし、古墳の意味も、だれも理解できない。
一応教科書を読んだが、「古墳ってすげえ」という子はほとんどおらず、
「古墳?・・・不要じゃん」という冷笑の雰囲気があって、教師としては忸怩たる思いです。

「圧政」を嫌うような子に育ったのは、もしかしたら、
SDGsの学習を進めているせいかもしれない。
地球全体、だとか、持続的な開発、とか、私利私欲から公利公欲へ、とか
そんな学習を進めていくうちに、歴史の学習がすすめにくくなった。

OIP

【6年家庭科】清掃・そうじの学習

6年生は家庭科でそうじの勉強をする。
今回はシンキングツールを使ってみたら、とてもスムーズに子どもたちの考えが深まり、整っていったので、紹介します。

まずはごみの正体をつかむ。
子どもたちに、「あれ?なんで?」を生み出すための仕掛けだ。
実態調査にGO!

今年から配備されたクロムブックを使って、ごみを写真撮影。
教室にもどってきてから、ごみについて考えをまとめた。

使ったのは、ピラミッド図だ。
ただし、このピラミッドの最下段を、左右に分けるようにして書いた。

スライド1


くわしく解説してみよう。
まず、子どもたちは、撮影してきた写真を貼り付ける。
中央部分だ。

写真の左側は、場所についての考察。
右側は、内容物(ほこり、紙くず、髪の毛、わたぼこり、砂、など)の考察だ。

二段目に入る。
どうして、それが、その場所に、落ちているのか。
このことを分析し、自分なりの見識を書いてみる。

最後に頂上だ。
ごみについて、今回自分で考えてみて、わかったことを書く。
明らかになったのは、どんなことか。

GOOGLEスライドでクラスの人数分のスライドを作成した。
子どもたちは、自分の出席番号のスライドをいじっていく。
同時進行のため、友達がどんどんと書き込んでいくのがわかる。
お互いに気にして読みながら、どんどんと書いていき、
授業の後半にはどんどんと互いのスライドを読みあう交流もはじまっている。

結局、授業の最後には、発表までできた。
自分のスライドをみて、しゃべり、感想を伝え合う。
次の授業では、

では、どのようにそうじをするのがよいのか。
そうじの具体的な仕方について、学習を進めていく。

端末の使い方も、次第に慣れてきた子どもたち。やっぱ速いわね、慣れるのが。
写真も上手にとって、ちゃんとシートに貼り付けできている。

シンキングツールを用意しておくと、子どもたちの考えるスピードが速くなる気がする。
教師は、発問とツールを用意しておくだけでいい。極端な話。
準備もかんたんになる。残業も減らせるかな?(甘いか)

長い旅に出ている~なぜ「漂流」なのか~

いつもとはちがう景色を見に行く、というのはとてもエキサイティングなことだ。

人生は旅に例えられることが多い。
わたしは10代の後半に個人的な興味から旅に出て、気持ちの上ではそれがまだ現在も続いている。
牧場に行ってみたり、農園に行ってみたり、都会を散策したり・・・。

まだ10代後半という自分にとっては、すべてが「知らない」ことだらけ。
その場で「え?」と思うことが多く、「どうしよう」となることばかりだった。
ところがそれがスリリングでやめられない。
というのは、自分で自分の反応を知りたかった、というのが根底にあるからだろう。
自分はいったいどう考えるのだろう、どう思うのだろう、どちらを選ぶのだろう。
それを毎日のように「問われる」体験が、楽しくてやめられないのだ。

わたしはあるとき、「幸福」ということを考えたが、これが難解だった。
で、考えていくうちに思い浮かぶのは、ことごとく「不幸」ということであった。
そうなのだ。不幸のさまざまな情景とか状態とか言葉とか、その言葉の手触り、におい、感触は浮かぶ。しかし、かんじんの「幸福」が浮かばない。

これは「安全」を考えるのと同じだろうと思う。
「危険」は具体的なイメージで浮かぶ。
ナイフ、爆薬、断崖絶壁、電気、ガラス、なぞの液体、ヨトウムシ・・・
危険はことごとく、具体的なのだ。
しかし、「安全」は、どう考えても、「具体的ではない」。
結局、「安全=ナイフや爆薬や断崖絶壁・・・が無いこと」となってしまう。

自分の場合、「幸福」を考え始めたとたん、本当によくわからなくなった。
自分が知っている、という感じはずいぶんと以前に消えてしまい、
「わからねえなあ」という思いだけが毎日、毎日、果てしなくつづく。
だって、それはそうだ。わからないものを探すんだから。

畑で、ヨトウムシを探すときは、探しているものが明確だから、迷わない。
掘り返した土の中にヨトウムシを見つけたときには、「よし、見つけた」と思うことができる。
見つからない場合も同様に、「ああ、見つからない」と思うことができる。

ところが、いったい何を探しているんだか、それすら曖昧模糊としてきたとき。
見つかったんだか、見つからないんだか、それすらも漠然としてきてしまったとき。
世界に対して何も知らない、というだけではなく、一時的にせよ、自分自身が何を求めているのかということについても分からなくなっていく、ということがあるように思う。

自分の中に確実にあったと思うのは、「探求する姿勢」だけだ。
あらかじめ、探しているもののイメージは、無い。
特定の対象をさがしている、という風ではない。
しかしながら、やはり『探求』という姿勢は、ずっと脈々と自分の中に生きている状態。

特定のターゲットが無いのだから、関心の向いた先が、限定されない。
いつこの試みが終了するのか、どこで落ち着くのか、まったく自分でも決められない。
したがって、なにか、どこか、自分の中のある部分が、納得したり、矛を収めたくなるまで、「待つ」という状態がつづいた。

だから、自分の中で、行くあてもないし、どこかにおさまる気もさらさらなかった。
それで、職業遍歴のようなことにもなったのであろう。
このブログの左側に、自己紹介のようにして書いた文章(10年ほど前に書いた)があるが、ここに「漂流」という言葉をつかったのも、上記のようなことがあったからだと今は思う。

わたしが自分のことを教師、と考えるとき、ほんのちょっとだけ違和感が消えないのは、こういう過去があるからだろう。現時点であっても、教師になって15年が経つというのに今もなお、「職業に就いている」という気がないのは、自分でも不思議なことだ。

授業がしたいのでもなく、
子どもが好きなわけでもなく、
それでもこれが天職だと思えるのは、
「知」の探求が、小学校の教室ほど純粋にやれる場所はないな、と思っているからだ。

子どもは発達途上であり、ちょっとしたことですぐに面白がってくれるし、
純粋な完璧主義者として緻密さを求めているかと思えば、
「こんなのじゃ、やだ」と言って中断し、ぽい、と投げてしまうくらい気分屋だ。
また、理想主義者でもあるし、正義感のかたまりでもある。

わたしがいちばん子どもを尊敬するのは、多かれ少なかれ、ほとんどの子が
不当な権力行使を嫌い、平等をのぞむことだ。
これは、気持ちのいいくらい、ほとんどの子がそうだよ。

夕焼け1

参加することに意義がある~小学校・初夏の運動会が軒並み中止~

五輪は開催が濃厚だという話を聞いた。
ところが、勤務校で予定されていた運動会は中止。
5月のさわやかな時期に運動会をする予定だったが、中止となった。


当然、子どもたちからブーイングが起きた。
「先生、なんでオリンピックはやるというのに、運動会は中止なんですか?」

そこで、五輪は開催するが運動会は中止する、という件を例のベン図で考えた。
左の輪が、五輪。右の輪が、本校の運動会だ。
時間がなかったので、わたしが子どもたちと問答をしながら書いてみた。

ベン図



「見てみましょう。第一に、予算がちがいます。一兆円近くかけた大会と、本校の校庭で行う運動会。税金を潤沢に使えるかどうか。歴然ですね」

がっくりと首をうなだれる子どもたち。

ある子は、こうも言った。

「参加することに意義がある、とグーテンベルクが言ってたのは、五輪も小学校の運動会も、同じだって言ってたじゃないですか!」

実は、前年度の校長先生が、秋の運動会の折に開会式の挨拶で、

「来年はオリンピックもありますね。クーベルタンは参加することに意義があるといいました。これは先生は、小学校の運動会も同じだと思います」

というような話をした。
そのことを指摘して、五輪も小学校の運動会も同じなんだったら、小学校の運動会をやればいいじゃないか、というのが、その子の言い分なのだ。

「残念ですね。グーテンベルクじゃないですよ。クーベルタンです。」

同じ地球、同じ日本。参加することに意義があるんだったら、小学校の運動会もぜひやらせてやりたい。だって、同じ人間じゃないの。

学校現場「夕方9時以降は留守電」の衝撃

夕方も9時をすぎると、先生たちもそろそろ帰り始める。
遅い先生はいつも午前までいるので省くとして、
さすがに腹も減ったし、という感じ。

ところで、夜の電話はクレームが多く、内容も大事な事が多い。
だから、教員を長く続けていると
「夜の電話ほど大切にしなければならない」
ということを思う。

夜も9時をまわったときにかかってくるのは、
おそらく、親にとってもSOS、ということ。
だからそれを懸命に傾聴する。
そして、かならずなんとかしましょう、と約束する。
それでこそ、保護者もようやっと安心する。

しかし、新しい校長が来て、
「夜の9時以後は留守電にしようかと思う」
と言い始めた。

これは衝撃的だった。
実際には夜間であればあるほど重要なのが教育という仕事だからだ。

校長もそれはわかっている。
しかし、夕方4時30分以後は一切残業代の出ない教員が、授業準備もろくにできずに保護者の対応をするのがしのびない、ということらしい。
優しい校長だからこそ、こういうことを言ってくれるのだ。
教育委員会からも「教員はブラック」というイメージをなんとかするように、とお達しが出ている。

しかし、もう「残業代なしで早朝から深夜まで」ということは事実であるし、
いまさらそのイメージをなんとかしようというのも無理な話である。
事実を粉飾して語っても、それは・・・意味がないよね。
重労働で休憩なし、昼食は子どもの宿題に丸をつけながらの流し込みで5分完食、ほとんど朝から夕方までは立ちっぱなし。椅子に座る感覚は夕方4時以後しか得られない。

改善は無理。
そういう仕事だ。
教員の本当の仕事は、
「教育」というよりもむしろ、「福祉」だ。

消防隊員でもないし、自衛隊員でもない。警察官でもないし、医者でもない。
そのどれでもない、教員の実態は、他の業種とは一線を画す、残業代の出ない「福祉士」なんだろうと思う。

校長の提案に対し、当然、教員から
「実際には無理でしょう」
という声が多数あがった。

とりあえず、夜9時以後の留守電は、勤務校に関しては実施されていない。
しかし、他の学校で導入されはじめたら、徐々に浸透していくかもしれないけれど。

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たまごは幸福の象徴~GWにめざめた玉子愛~

絵本「ぐりとぐら」の巨大カステラ?に興奮した子どもは多く存在する。
ぐりとぐらの巨大カステラ?を覚えている人なら、
「たまごは幸福の象徴」という言葉に
反対する人はほとんどいないはず。


さらに、映画「ひまわり」。
戦争で離ればなれになった夫婦が、一時(いっとき)の間、幸福に暮らせる時代がありました。
そのとき、画面に登場するのが巨大なオムレツでしたね。
それを見て、旦那さん役のマストロヤンニがうれしそうに食いつくシーン。
オレンジ色でまあるい、ちょいと焦げたオムレツは、ひまわりと似ていて、幸福の象徴でした。

もう一つ思い出したのが、田辺聖子さんの小説「ジョゼと虎と魚たち」です。
ジョゼが手料理をつくりますが、たしか「だし巻き卵」だったと思います。
恒夫があとでジョゼとの思い出をふと思い返すとき、卵料理を思い出している。

やっぱ、たまごは、幸福の象徴らしいぞ。
・・・と思いますよね。

あと、ジブリ映画の食事シーンでも、たまご料理がけっこう出ます。
それも、かなりうまそうに。
「天空の城ラピュタ」でバズーとシータが最初にいっしょに食べるパンに、目玉焼きがのってました。宮崎駿さんも、たまごが大好きなんだな、と思いましたネ。

映画でいえば、ロッキーがトレーニング中に飲み干すたまごの量は、はんぱなかったです。これは印象に残っている人が多いでしょう。

そして、監獄にとらわれている囚人の役で、ポール・ニューマンの映画がありました。
(ちょっと今、映画のタイトルを忘れました)
ゆでたまごを、めちゃくちゃいっぱいほおばるシーンがありました。

ついでに思い出した。
ジェームズ・ボンドもスクランブルエッグを食う場面(小説)を読んだことがあるな。腕利きの諜報員の栄養は、卵料理から摂ってるんだナー、と感心した。ジェームズボンドはほぼ毎日、朝食で卵を食べる、というのをそのとき知りました。なんというタイトルの作品だったか忘れたけど。
(そもそも007は、作品数が多すぎる)

こうやってまとめてみると、やはり人間とたまごの間柄(あいだがら)というのは、けっこう深い?

クレーマークレーマーの父親も、たしかフレンチトーストをつくるのが上手になってくシーンが、家族の復活を象徴的に扱う小道具として使われていたですね。

つまり、ひとと人との間柄(あいだがら)を、上手にコミュニケーションがとれるよう、
敵対しないように、角がたたないように、まあるく、まあるく、
親愛の情でむすびつけるのに、どうやら古来より人間は、かしこく「たまご」を活用してきたといえましょう。

GW中に、たまごのことばかり考えていて、卵料理のレシピを見すぎたせいだな。こんな記事になったのは・・・

写真は、映画「ひまわり」のマストロヤンニ氏(当時46歳)。
himawari

GWに『たまご』に目覚めるまでの記録

GWに仕事は山積み。
しかし「勤務しないでください」という教頭の必死の呼びかけに応え、まんじりともしない夜をすごした。

そんな状況で、どうしても家にいる時間が長くなる。腹も減ることだし、嫁様(このブログにちょいちょい登場する)が寝ている時間の早朝、急に思い立ってトーストを焼いたり、ゆでたまごをつくったりして、のんびりとブレークファーストを楽しむ時間があった。

そんときですわ。
突如、「たまごって、やっぱうめえ!」と思ったのです。

半熟ゆでたまごに岩塩をふって、厚いトーストといっしょに食ってるときもそうですが、
次の日、めんどうなので鉄のフライパンの上に溶き卵をぶわーっとながし、そのまま超簡単なスクランブルエッグを食ったときも。

やっぱ、たまごってうまいし、興奮する。

この「たまごで興奮」というのは、ちょいと説明が必要だ。(説明は省くけれども)
先日の記事でアルファベットのZ、という文字に異常に興奮する、と書いたのとよく似ているけれど、卵というのはどこか、心拍数をあげる魅力がありますわね。

というわけで、わたしは卵料理にめざめました。
嫁様が買った卵が、すでに冷蔵庫に並んでいるにもかかわらず、このGW中に卵をどんどんと買い足し、キッチンで料理し、ぱくぱく食べていた、と想像してください。

わたしの友人の何人かは自分で鶏を飼い、新鮮な卵を毎日GETしている。
本当にうらやましい。そのうちの一人、本間農園の本間昭久さんは、佐賀県でたまごの魅力にとりつかれた農業者だが、
彼とその家族が生み出す「ほんまの卵」というのが、また絶品である。

なんで彼を思い出したかというと、やはりGW中にたまごについてあれこれと考えていたからで、家の目の前の田んぼに、近所のじいさまが苗を植え始めているのを眺めながら、

「コメをつくって、その米を食った鶏が生んだ玉子を食べるのは、もとをたどれば米を食ってるようなもんだなー」

とばくぜんと考えたからでありました。

その本間さんは、生まれたばかりの鶏のひなを、餌である玄米の山の上に置くことで、
「この世の中って超しあわせー!!生まれた良かったー!」
と鶏(ひよこ)が思って生きるように、と願っているのでありました。
これはカステラの大好きなわたし(新間)を、カステラのふとんの上に寝かせるようなものだ。
考えただけで、幸福感がMAXになる。

さて、ここで話題にしたいのは、たまご、という言葉についてであります。(ようやく小学校教師らしい話題になった)

たまごは、「卵」とも書くし、「玉子」とも書きますね。
どう使い分けているのでしょうか。
嫁様にそれとなく尋ねますと、
「玉子という字は、料理の時に使うじゃない?」
と、ちょっと首をかしげながらそう言い、
高校生の息子も、「玉子は料理のレシピ用じゃないの」
と筋トレをしながら言うのです。

一般に、生のたまごは、「卵」を使い、
火を通して食の対象となった場合に、「玉子」を使うようである。
なんでこう使い分けるのでしょう。

日本では、牛は「ウシ」ですが、食材として呼ぶ場合は「ギュウ」と呼び方を変える。
対象が、食べ物か生き物か、で言葉を使い分けるのが、人間の癖なのでしょう。
これは世界中の人間の共通要素らしく、英語でもそうですね。
牛はCOWですが、牛肉になったとたん、BEEFになります。

本間さんの卵販売のWEBページを見ると、やはり「ほんまの卵」と書かれている。
これは、焼いてクレープのようにしたり、カステラのようになれば、「ほんまの玉子」と書くことになりましょう。調理されたあとの、食べ物ですからね。

ほんまの卵

もう一つ。
たまごやき、というのは、なんでそういうのでしょう。
ふつう、食べ物を焼いた場合、焼き芋』とか焼き魚』など「焼き」が単語の前にくる。
そして、単語の後に「焼き」がくるとしたら、たとえば『さかな焼き器』だとか、『串焼きだとかいうように、調理器具や調理方法を指すのですね。
しかし、たまご焼きだけは、なぜかその順番が、ちがうのです。なぜか、「焼き」が後なのですが・・・


本間農園の本間さんに、今度会ったら聞いてみたいと思います。
この答えは、プロにしか分からないと思う。

以上、GWになぜか卵料理にめざめた、という記録でした。
さて夏休みには何に目覚めるのだろうか?!乞うご期待!

【驚愕!】サンデーモーニングで【Z世代の紹介】が!

若いころから『Z』というアルファベットには、人しれず情熱を覚える質(たち)である。
なんといっても、アルファベット26文字の最終段階。
これ以上はあとがない、という文字。
おそるべき宿命を負った、最終的な字なのだ。

さて、そんな怪しい興奮はそっちに置いておいて、昨日のTBS番組『サンデーモーニング』をご覧になっただろうか。そこで、なんと『Z世代』と呼ばれる若者たちのことが紹介されていた!『Z世代』・・・もうすでにご案内の方も多かろう。

わたしはサンモニの放映を直接は見てはいない。嫁様の号令のもと、庭の草むしりに夢中になっており、見逃したのだ。しかし、夜になって知人(先輩)のフェイスブックに投稿があり、それを知った。

動画を見てびっくり!

まず、ドイツのアンゲラ・ドロテア・メルケル首相がなんとも慈愛に満ちた聖母のごとき表情で
「アメリカ国民ありがとう」と言っていたので、まず最初のびっくり。
これは2017年にパリ協定を離脱した前トランプ大統領の方針から180度ひっくりかえって、今のバイデン氏が「また気候変動に備えて削減します」と宣言したのを受けて、だ。
メルケルさんも齢をくい、お顔のしわは確実に増えているものの、こんなふうにはっきりと【希望】と【道しるべ】を語れるのはすごいと思う。

気候変動サミット

さて、気候変動はおそろしいスピードで環境を壊そうとしている。
これまでも人類は「自然と調和してる」と思っていたはず。
ところが実際は、かなり人類側のわがままと暴力だったみたい。
20世紀にかなり自然をいためつけてきたらしく、どうやらこのままではまずい、ということになってきた。21世紀は人類という大きなくくりで協力せねばならず、これはなかなか「難しい」。

人間は業が深く、どうしても自然を痛めつけないではいられない。
原発だってやらないではいられないし、核を制御できる、何万年も地下に埋めて安全に管理できる、と思いたいのが人類である。

ところがZ世代は、なかなか現実派だ。どうしても理想論に傾きやすいバブル世代と違い、現実に足元をみつめて少しずつ毎日の暮らしを現実的につくっていきたい、と考えるらしい。

考えてみれば、原発、という幻想も、ただの楽観論に基づいた「理想」にすぎない。
原発推進する方の心情は、5歳の男の子と同じだ。
5歳の元気な少年が、「ぼくだって、スキーできるよ」と言いたい気持ちと同じだろうか。たしかに最初ちょっとすべって、「ぼくスキーできる」と言いたくなるのはわかる。
ところが、そのあと、道なき道を、予測できない道を、ぜったいに安全に、ぜったいに失敗せず、はるか遠方のゴール?をめざして進み続けることができるとは、なかなか思えないのがふつうではないだろうか。
自分はけっしてケガをせず正確な道を決して間違えることなく進んでいける、というその自信はどこからくるかというと、おそらくただの、「認知のゆがみ」でしかない。

その20世紀風の認知の仕方を訂正し、21世紀風の現実路線でいく、というのがZ世代の特徴だろうか。もうリニアモーターカーや原発に、空想的な幻想をいだくという姿勢そのものが、老いた世代の「認知のゆがみ」なのだろう。

わたしも50代。バブルも経験し、あの頃の熱狂的な軽薄ブームの享楽さも、ちゃんと覚えている。しかし、楽しかった気分は、やはり引き締めなければならない。現実に目覚める必要がある。
「おじいちゃんたち、いつまで夢を見ているの?現実を見て」
それが、Z世代の声であろう。実際にサンモニを見た多くの若者が、そういいたいのではないかと思う。

さっそく、GW明けに教室でこの動画を見てみようと思う。
そして、ベン図で比較する。
左が「20世紀」、右が「21世紀」だ。
左が「理想論で動いた時代」で、右が「現実を見て動く時代」だ。
左は「人間が自然を制御できると信じた時代」で、右は「自然と人為の調和をさぐる時代」。
左は「ぼくたちはまだ生まれていない時代」で、右は「これからぼくたちが現実に生きる時代」だ。
ベン図旧世代とZ世代比較

考えてみれば、五輪というのも、たぶんに幻想的なものだ。
気分はたしかに消費できる。いっときの興奮も得られるだろう。
しかしそのあとに、医療のリソースを東京に割いてよかったのだろうか、多額の税金を他に使えなかったのか、というとても切ない反省会が国会で開かれることになり、これはたしかに現実的に厳しくつらい時間になりそうだ。
つまり、五輪を「幻想的・理想的・一時的・ムード的」にとらえるのが20世紀だとしたら、
Z世代は五輪を「現実的・事務的・継続的・ロジック的」にとらえるのだろう。

旧世代は焼き鳥屋で酔っ払ってくだを巻く客のようなものだ。
「原発作ってモーターカーを走らせれば理想と夢の世界が広がって便利に・・・くどくど・・・」
たいしてZ世代はそんな客を軽くいなして帰宅させる店のお女将さんのような存在で、
「まあまあそんな理想ばかり言ってないで、ささ、召し上がったらもうええ加減終わりにしないと終電も出てしまいますよ。さあさ、お勘定にしなはれ」
居酒屋でも気候変動サミットでも、実際には現実派の方がどうやら優勢のようで・・・


焼き鳥屋の客と
教室の子どもたちは、2010年生まれなので、Z世代よりもさらに下、ZZ世代と呼ばれるようになるのかも。

あなたは悲観的な未来を描くかそれとも・・・

小学生こそ、今の世の中について意見を言わなければならない。
なぜなら、「当事者だから」。
あきらめ気分の大人を叱咤激励するか、あるいはお疲れ様、と大人の肩をやさしくたたくか。
いずれにしても、

「当人たちが生きて働き、夢を持ち希望をたずさえて、子どもを産み育て、育つ社会」

なのだ。
それを、無関心にさせておいていいはずがない。
今の教師が子どもたちにこそ、

「大いに意見を言おう、まちがっていたとしてもいい」

と言わねば。
そして、子どもたちの意見に「それはまちがっている」といえる大人はほとんどいない。
なぜかというと、こんなに問題が山積みなのに、子どもの知恵や意見を借りないわけにはいかないし、大人が全部課題を解決できるという保証もない。

大人が言えるのは、

「まちがっているかどうかはわたしたちにもわからない。やってみよう。ともに」

ということだけだ。

先日書いた記事
にも書いたが、
いつの時代も、課題は山積みだが、それにむけて希望も同時に見えてきているはず。
わたしたちが子どものころもそうだった。携帯電話をみんなが持つようになる、という夢物語をきいて、「そうなったらどこにいても連絡が取れるから、どんなに便利だろう」と思った。

実際に、便利になりましたね。
たしかに、みんながスマホで写真や動画やテキストをやり取りするようになり、一層理解しあえるようになった部分もある。
しかしその一方で、それ以上に世界が広がりすぎて、やはりまだ「知らない、よくわからない」ということも爆発的に増えたようだ。ヘイトなどを安易に信じ込む人が増えたのも、逆にこうして「近くに見えてきた(ように感じる)」という感覚、とらえ方に影響を受けていると思う。断片的な情報ばかり増えたからね。人が一生のうちに口にする断片的なうわさ話の量は、江戸時代に比べて数億倍に増えているらしいから。

私の嫁さまは、モスクワの天気を見て、本日の愛知県の気温と比べて

「モスクワって寒いと思ったら意外とあったかい日もあるね」

としゃべっていたが、モスクワの天気など気にならない暮らしを何十年もつづけてきたからか、毎日のようにこうしてモスクワの気温と自分の住んでいる町の気温を比べることの良さが、今ひとつわからない。しかし嫁様はとてもこの行動を楽しんでいるらしく、

「だって、世界中の人の様子を想像できるし、おもしろい」

という。
モスクワ

モスクワの人が今日はセーターを脱いで、軽めのカーディガンとか薄めのジャケットで過ごしているのを空想し、

「ふふふ、モスクワの人も春がきてうれしいねえ」

と毎日5秒くらい、考えるのだそうだ。
あほか、と思うが、今はそういう楽しみ方もできる、ということ。

1980年代も2020年代も、そういう意味では変わらない。
できることもあるし、困ったこともある。
また、今後できそうでクリアになる課題もありそうだし、
逆に、さらにリスクの増す課題もありそうだ。

そんな中で、子どもたちが国連に働きかけたり、企業に働きかけたり、新聞社に手紙を書いたりするということには、非常に意味がある。
で、どうやってプラスチックを減らし、どうやって水源を守るかを大人を巻き込んで運動していくことについては、大人が勇気をもって、彼らを勇気づけねばなるまい。大人もまだまだ力不足なんだと認めて。

子どもを勇気づけるのに、大人の勇気がまずは必要だというオチ、ね。

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