30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

We are the 99%。転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

2016年07月

せっかちに日常を超えようとするな

.
相模原市津久井で起きた、大量殺人事件。
このことに、とにかく考えさせられている。
新聞やテレビの報道も、ほんの一部しか見ていないけれど、自分が聞いて分かったことからだけでも、いろんなことを考えた。


センセーショナルな解決法、について

容疑者は、よく分からないけど、<何か>を解決したかったみたい。
(※注・殺人で何かが解決できるとは理解不能だが、彼の頭の中はそうなっていたらしい)
さらに、そのやり方が、人道的だった。
で、容疑者は、こんな派手でセンセーショナルな解決法が自慢だったみたい。

この感覚って、なんだろうか????




たしかに我々も容疑者と同じように、何かを解決しようと思って日々を過ごしている。
そして、心のどこか奥で、

「センセーショナルな解決法っていいな」

と思っていやしないか。

このことに気付いて、ちょっと、自分で用心しながら、考えてみようとしている。



そもそも、だれだって、
「100%理解したい」
「よくわかりたい」
「完全に説明できるようになりたい」

と、常日頃、思うことはよくあるのではないか。

その結果、たぶん、突き詰めて考えることができるだろうし、
疑問をきちんときれいに(完全に)整理できるだろう。
また、だれかにきちんと説明することだって、できるにちがいない。

そう思って、日々を生きている。

なぜ、そう思っているかというと、
おそらく、そのように対象を完全理解し、課題解決することで、自分自身の主体性をきちんと実感できるから、なのではないだろうか。

対象を理解し、きちんととるべき手段を選択し、自己実現のために行動する。
あるいは、その行動をくりかえすなかで、自己実現的な感覚を感受できる。




ところが、
「なんでも分かろう、結果を生み出そう」
と、せっかちに日常を超えようとすることで、その結果、主体性を十分にとりもどし、自分の人生をとりもどせたかというと・・・

残念なことに、
意に反して、

ちっとも、主体性を感じられないまま、われわれは生きている。
それが実態だ。




だから、容疑者は、自分をどんどんと追い込むしかなかったのではないだろうか。
容疑者はむしろ、「理解して解決しようと思わずに自由になる」べきだった。
解決できる自分になろうと思わずにいながら主体性を取り戻そう」とするべきだったのだ。


これは、たいへん難しい問題である。
これまでの社会が提供してきたシナリオとは異なる自己物語り・のための言葉が必要だからだ。


われわれの社会は、相模原殺傷事件の植松容疑者を擁している。
彼だけがいびつであったのではない。
そのような彼を生み出す社会を、わたしたちがつくっているのである。

そのわたしたちの社会が、取り組むのは、むしろ
「わかろう」「整理しよう」「賢く選択しよう」そして「自己実現しよう」という道筋自体を、手放すことかも。


こうあるべき、というものを手放すのは、そんなに簡単ではない。
その証拠に、右も左も、どの立場も、
だれもがみんな、「こうあるべき」を、手放そうとはしない。


そりゃそうだ。
「こうあるべきもの」
と固く、自身の中に打ち固めてきたものを手放すなんて。
自分の生きていく主体性までを手放してしまうようで、そんなおそろしいことは、到底できまい。



ところが、その主体性を放してみると、肝心の主体性が手に入る。
ふと手元を見ると、放したはずの主体性が、きちんとある、のである。
今まで握って離そうとしなかった主体性は、幻想だったのだ。
つまり、『幻想』を、幻想としてきちんと把握すると、ちゃんとホンモノが見えるのである。

これは、「個性の問題」と似ている。
個性を探し、分析し、見極めて、手に入れようとすると必ずそれは誰かのマネになってしまっている。
しかし、そんな個性は幻想だった、と手放してしまえば、いつの間にか、きちんと個性が表出される自分になっている。
つまり、今まで追い求めてきた『個性』は、幻想だった、ということ。


お金を使うと、「ああ、自分らしさを発揮したなあ」という感覚のある人。
国家を論じ、政策を論じ、ナショナリズムを鼓舞するときに「権力をふるうことの快感」を感じる人。
「自分らしさを実現しよう、個性を発揮しよう、他の誰でもない自分になろう」、ということに価値を感じて、「なにがしかの人物として立つ」ことが目標になっている人。

それは、幻想の一種かもしれない。

幻想を捨て去ってみると、
「一時的な派手さ、ドラマ、息をもつかせぬ物語、永遠の夢」・・・は、無くなる。

しかし、逆に、

飽きずに繰り返せること、何度でもやりたくなること、
人から褒められなくても、相手にされなくても、やっぱり自分はこれを続けたいと心底思えること、
くりかえし、くりかえし、やりたくなること、
飽きずに、ずっとやっていたくなること、

と、出会える可能性が増える。




それは、関わる全ての人を、くたびれさせず、疲れさせず、飽きさせない。

センセーショナルな解決を欲する欲望とは、まったく異種のもの、である。
これを、『主体性のあるマンネリズム』という。


緑の実

相模原の殺傷事件

.
「なんと過剰なことか」
と思った。

津久井で起きた、戦後最大級の殺人事件のことである。
(相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が死亡し、職員2人を含む26人がけがをした事件)

植松容疑者が、「ほめられる」ことを期待していた、というマスコミの報道を見た。

(以下、マスコミ情報の引用)
 「障害者なんて、生きる意味なくないですか」。やまゆり園の関係者は、植松容疑者から話しかけられてぞっとした。職員にも「障害者なんて死んだ方がよくないっすか」と笑みを浮かべながら話しかけていたという。

「重複障害者に対する命のあり方は未(いま)だに答えが見つかっていない」
「障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます」。


植松容疑者の書いた衆院議長あての手紙の文面には、このような主張がA4用紙3枚にわたってつづられていた。なかには、今回の殺人に関しての報酬を期待するような文もあったという。

 園の関係者によると、植松容疑者は今年2月ごろ、園周辺の家庭に、「障害者なんて生きていても無駄だ」などと書いた文書をまいた。県によると、園の利用者にも直接、人権侵害のような言葉を吐いたという。園は「大変危険な発言だ」と注意したが、植松容疑者は「自分は間違っていない」と激しく主張した。

どうして、「ようし俺が」と思ったのか。
このことで誉められる、と思ったのはなぜか。
自分は間違っていない、と激しく主張する彼の心には、どんな思いが湧いていたのだろう。

なんらかの思想に染まり、その思想の価値に過剰に同調することを求められていたに違いない。
また、彼はその実現に向けて、自己を強迫するようにして、行動に至ってしまったのだ。

この過剰なまでの依存、過剰な思い込み。
こうしなければならない、とする思想に耽溺していく背景に、いったい何がひそんでいるのか。

この「過剰」という病理は、今の世の中を如実に示している。


彼の発言で、気になることがある。

「・・・決断をする・・・世界をより良い方向に・・・全人類の為に・・・」

という文句だ。

いったい、何を決断し、解決したかったのだろう。
そして、センセーショナルな行動を考えた。
けっして、実現してはいけない、非人道的な方法を。



「自分はなにがしかの意味ある存在であり、他の人とはちがった価値をもつ個性だ」

そう思っていたいのが、われわれだ。

植松容疑者は、それを追い求めることを、過剰に自身に課した。



植松容疑者が、

「無駄なエネルギーを使わないで生きる」

ということの心地よさを、知っていたら、この事件はなかっただろう。

生きるは楽しい。
太陽を見るは楽しい。
散歩は楽しい。
人と話すは楽しい。

そういう実感がないがゆえに、さらなる迷路に迷い込み、自身を責め続けたのではないだろうか。

彼は、
「誰でもいい者である自分」
「なにがしかの人物として目立つことのできない自分」

そういう自分自身のことが許せなかった。

「なにものかにならなければ」
ということを、自身に課していたから、
「なにものかになれない自分」を責め続けたのだろう。

この、「なにものかでいなければ」という強迫。
「なにものかであるべき」という嗜癖。
これを、『superior addiction /スピアリア・アディクション』という。

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【6年算数】面積図をフル活用する

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昨年から、6年の算数では面積図が使えるな、と実感があった。
苦手な子が、これで100点をとり、親子で

「苦手苦手、といってた子が、6年生で100点連発。親子で驚いています」

ということがあった。

手ごたえのある話なので、ここに記録しておく。


なぜ6年で面積図かというと、実はみんな5年生の「割合」の問題でけっこう悩むからだ。

なぜ、小学校の算数では、5年の「割合」が難関だとされているのか。

1,2,3,4年生までの算数は、文章問題がイメージできるものが多い。

どのような問題なのか。それを絵にすることができる。

1年生だと、

「ここにりんごが14こあります。ここから4こだけ食べました。のこりはなんこでしょう」

というような。




これ、絵にしてごらん、といえば、1年生でも、さいしょに14このまるをかいて、

そのうちの4つにしるしをつけて、食べたからなくなった、と説明し、

「だから、のこりは、10こ」

と、説明することができる。

つまり、ペケをかいて、4こ、消せるのだ。


これが、割合の単元だと、うまくいかない。

たとえば、8%だけ値段を上げる、ということが、できない。

1.08倍に、金額が増えたからといって、見た目の商品の図が変わらない。

商品の形も大きさも変わらないので、それをイメージすることがむずかしい。




そこで、面積図を使う。

面積図という考え方自体は、むかしから学習塾でも使われてきた。

だから、どちらかというと「受験テクニック」というようなアイテムであった。

しかし、これが、今、見直されている。

なぜかというと、

PISA型調査テスト(全国学力テスト・学習状況調査)で、求められている力と相似しているから、である。


全国学力テストでは、

①文章を読み
②状況を掴み
③それを一度図に表し
④説明できるようにし
⑤そこから解法を導き
⑥解いてみる。

このような流れで、解いていく流れそのものが、問題になる。
あなたはどのようにこの問題をとらえ、分析し、解法を導いたのか。
それが問われる。

つまり、

文章題を習った通りに、いわば公式通りに解けたらそれでよい、という時代

ではなくなったのだ。



これに対応するには、なんらかの手段を使って、この問題を



にする必要がある。




それで、いま、「面積図」が、有効ではないか、と注目され始めているのだ。

たしかに、うちの学級でやってみると、面積図だとすらすら説明できる。

「片方のAの割合を1と考え、対するBの割合を0.8だと考えると、
1に対応する量が20なので、Aが20。Bに対応するのは、かけ算で求めて・・・」

みたいなことを、言い合うことができる。



子どもたちの算数授業の振り返りアンケートをとった。

算数の授業のなかで、どんなことがいちばん楽しいか。

「友達にうまく説明できたことが一番楽しかった」


だって。



これ、図を使わないと、無理でしょ。

だから、『面積図』です。

おすすめですゾ。


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ポケモン、GO!!!!

.
ポケモンGOの影響で、学校周辺は騒がしくなってきた。
市の教育委員会の情報教育の方からも電話があったので、わたしもオドロキ。

といっても、こっちが持ってる情報以上のことは、向うにも無いようで、
「どんな感じ?どんな様子?」
と、小学生の子どもたちの雰囲気を知りたがっているふうだった。



わたし個人の意見として

「いや、とくに何もできないし、しなくてもよいじゃないですかネ」

と言っておいたが・・・。


校長は、ともかくカメラで写されながら、あちこち校内を
モンスター目当てに回られたら、かなわん、と。

「うっかり、子どもが写されたら大変」

ポケモンGOで、カメラを使いながら、構内に立ち入ることは、
ご遠慮ください、と掲示するべきか、悩んでた。


しかし、学校がなにか、世間に対して

「こうした方がいい」

と忠告したからといって、何がどうこう、となるわけがない。

「言うことは言ったし」と、学校関係者の自己満足にしかならない。



アプリをダウンロードしたときに、個人で承諾してるものを、今さらどうにもできない。
ポケモンGOで怪我したり、交通事故に遭ったって、それを

「学校が注意しなかったからだ!」

なんて、言う人は、いないって。



↑ しかし、これを恐れているのが、学校現場。
あー。なんて疲弊してるんだろう。学校って・・・。



結局、子どもからしたら、楽しいポケモンをゲットするのも楽しいし、
リアルなクワガタをとるのも楽しいので、どっちも同じ。
どっちも同じような暇つぶしであって、どっちも興味をさそう。同じだよ。

子どもは、どちらも同じように接する。
どっちがよいとか、なにも、無い。
賛成も反対も、無い。
なにも、無い。

で、きちんと、子どもは飽きる能力もあるんだし。

何かが、「過剰」だ、という感じがしたら、

子どもは、内心、「あっ」と、思うもの。


222
水木しげるGO!。

岡崎の夏がはじまった!

.
わたしが勤務している岡崎市の小学校は、とっくのとうに終業式をむかえて、
夏休みに突入している。


ところが、どこぞの都道府県の中には、まだ終業式になってません、という地域もあるらしく、本当にお疲れ様、と言ってあげたい。




さて、岡崎の夏は、夏の大花火大会があり、市内はたいへんに盛り上がる。

さらに、名古屋市内へ足を延ばせば、これはもう、夏休みのイベントだらけである。

わたしも、名古屋へ行く!!!

岡崎からすぐだし。



なんてったって、

わたしは岡崎市在住の人間である!!!



テレビ塔のあるセントラルパークで、エスプレッソを飲んだとき、この世にこんなうまいコーヒーがあるのか、と驚いたものだが、たしか、うんじゅうねん前で、420円であった。値段まで覚えている。

それを、飲みに行く!!!


ついでに、キノシタホールかシネマテークで、しっぶい映画でも見つつ、
ちくさの正文館(本店)で、雑誌『東京人』を買い、「ガロとCOMの時代」について
古田店長としばらく雑談をしてこよう。

これで、名古屋を堪能できるはずだ。


ビバ、夏休み!!


すがきや

【水泳学習】鼻に水が入る件

クラスで水泳の授業をやってみると、背泳ぎはたいへんです。

実際に、鼻に水の入る子もいます。

そうすると、

「先生!!!!ハナにみず、入った!!!」

と叫ぶ子もいるし、

「もうだめだ!」

という子もいる。



たしかに、鼻から水が浸入してきたときの苦しさは、万人共通のもの。
あれは、くるしいですよ。
ゴホッ、ゴホッ、となるし。

それで、溺れそうになる。

つまり、一瞬だけども、身の危険を感じるのです。

そうすると、その恐怖にもうどうしようもなくなって、

「やっぱり、背泳ぎは無理だぁーーーー」


となるのです。



教室に帰ってきてから、いろいろと確認をしました。


もちろん、背泳ぎの呼吸のポイントは、再度復習しておきます。

「(右利きの人は)右手をあげる時に口から吸って、かくときに鼻から吐く」
「鼻から吐くのは水が入らないため」



そのうえで、さらに次のことをみんなで確認する。


〇溺れた人はいない、ということ。

「なんで、溺れなかったの?」

「すぐ、立ったから」


そうです。6年生なので、一番背の低い子であっても、楽に立てます。とくに、今日練習した場所は、いちばん床が浅く作られているエリア。ここなら、溺れる心配はまずないと思っていいでしょう。

〇鼻から水が入ったけど、それで呼吸がとまった人はいなかったこと。

「なんで呼吸がとまらなかったの」

「すぐに口で呼吸したから」


立ち上がって咳をしてそれから口で・・・と、くわしく教えてくれる役者級も、うちのクラスにはいます。

「ははあ、なるほど。ハナから水が入ることがあっても、それで本当に救急車で運ばれたりすることには、なかなかならない。可能性はゼロではないけど・・・ともかく、自分なら大丈夫、と思えるかい?」

「うーん。まあ。大丈夫かな」




つまり、鼻から水が入る、ということと、そのことからくる恐怖について、きちんと向き合って、考えておくのです。

なんで、自分はそのことについて、恐怖を感じるのだろうか。

さらには、なぜ、「背泳ぎはむずかしい。自分には出来そうもないとまで、発展した思いを持つのだろうか。



結局、まあ、命までは大丈夫だろう、ということと、教室で、

右手を空中に出す瞬間に短く吸って、左手が一番高く上がったとき(右手は水中をかいている)に、パッと急いで吐く、というような訓練

を繰り返し、プール学習の時間を熱心にとった結果、あっという間に、上達しました。



「先生、おれ、できるようなったわ」


これが、子ども。

つい先週まで、「ぜったい無理。だって鼻から水が・・・」と、つらい顔で訴えていたのが、まるで嘘のように・・・。


おもろいわー。


いるか

【水泳学習】きみは、背泳ぎができる!

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背泳ぎをやる、と言うと、大勢のクラスの子どもたちがブーと言いました。

つまり、そんなむずかしい泳ぎをやるとは思わなんだ、ということです。

「せいぜい、平泳ぎかと思った」

背泳ぎは、高度な泳ぎだと思われているみたい。


なかに、背泳ぎを最大級に恐れている、という子がいました。

「ぜったいに、鼻から水が入る」

そう断言するのです。

彼は、6年生で背泳ぎをやるとは思わなかった、と残念そうに何度も言いました。

おまけにそれを聞いた次の日、自分の兄に確認までしてきて、

「先生、お兄ちゃんが6年の時は、背泳ぎはやらなかったらしいよ」

とまで言いました。

つまり、背泳ぎは新間先生の趣味だから、お願いだからやらないでくれ、というのです。

「6年でどうしてもやらないかんの?」




ところが、その子と順に話していくと、驚くほど素直にやる気になりました。

新間 「クロールを習ったときのこと、覚えている?」

Yくん 「うん」

新間 「最初は難しかったこと、覚えてない?今は、すごーく楽に、それもとても速く泳げているでしょう。そうなるまでに、だいぶ時間がかかったんだと思うけど」

Yくん 「うん。そうかな。そうだと思う」

新間 「何でも最初は、難しいものだよ。そのかわり、時間をかけて練習すれば、うまくできるようになる」

Yくん 「まあ、そう思うけど。でも、その練習がたいへんだと思うな」

新間 「でしょう。決定的なのは、きみは背泳ぎもできるってこと。たいへんかどうかはこれから」

Yくん 「まあ。・・・やれば、ね」

新間 「そう。もともと、きみが、できる人だってことだよ。他の人ができてるかどうかなんて、関係ないよ。あとは、練習の時間をきちんと積み重ねるだけだ。そうすれば、できるようになる」




みたいなことを言って。



「なら、がんばろー」

と、言っておりました。



半分、騙してるような気もしますが、男の子は単純ですなー。


背泳ぎ

安心派 VS 不安派【平和教育】

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「憲法が、変わるかもしれません。」


しかし、まだ公民分野を勉強し始めたばかりの子どもたち。

なにがなんやら、さっぱりわかりません。

感じとしては、

「へえ、大人の人たちが、そう考えているんか・・・。(そのうち憲法って、変わるんやなあ)」

って雰囲気。




6年生なので、ちょうど、憲法を習っています。

もちろん、前文から、きちんと読みました。

「これを、変えようという意見があります」

そのくらいのことは、みんな知ってる。

こちらが言わずとも、当然のように、子どもの方から話題にあがる。



しかし、その大事な国民投票がいつ行われるのか、時期がまだはっきりしない。

「先生、その国民投票って、いつなの?」

それはまだ分かりません・・・。




単純な男の子のひとりが、

「えー、そんなめったいにないなら、俺もやりたかったー」

これに賛同する声、多数。

「これまで戦後70年、憲法を変えるための国民投票は行われてこなかったから、今度の投票が初めてです。先生も初めてだし、みんなのお父さんお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、みんな初めての投票になるね」

子どもたち、

それまでに18歳になりたい~!

という感じ。



さて、国語の教科書に、

「未来の社会を考える」風の単元があり、平和を考える、ということになっております。

考えに考えて、自分なりの「意見文」として、考察したことを作文用紙にまとめてみました。

子どもたちもその気になって頑張り、1冊の冊子ができあがった。


その中の、ある子の意見文が、とても印象に残った。

「平和を願っての行動は、つねに平和を作りながらでないとだめだと思います」

なるほど。

平和へ至る道は、平和を実現することの積み重ねである、ということネ。



逆に、別の子で、「不安」を前面に出した意見文もありました。

↓ これも分かるよなあ。

「ぼくが武器を持った方がよいと思うのは、そうしないと不安だからです」

おそらく、こう感じる人は、多いのだと思う。




国民投票ではきっと、安心派 VS 不安派 に分かれるのでしょうナ。


で、安心派からみると、なんで相手がそれほどに不安を感じるのか、わからない。

安心派の「安心」には、根拠がない。

根拠のないのは当然で、そもそも不安がないのだから、根拠なく安心しているわけ。




逆に、不安派からすると、彼は、なんでそこまで脳天気に安心していられるのかが、わからない。

どうして「不安」なの?と問われても、どうしてって・・・そりゃ、至極当たり前に、不安感がこみあげてくるのだから・・・。

なぜあるか、と問われても、出てくるものは出てくるのだから、仕方がない。これも、理由はよく分からないワケ。

つまり、

この<深い溝>は、実は、思考内容の差による溝(みぞ)、なのではない。

「なにを考えているか」

によるのではないのです。

したがって、溝が埋まるわけがない。

要するに、いくら議論しても、話し合っても、

頭では相手を理解することができないレベルなんだと思います。

歩み寄ろうにも、依って立つ場所、依拠する世界がちがうので、これは話し合うわけにいかない。

これが、「話し合いがうまくいかない」理由です。




お互いのことを理解するにためには、どうするか。

これは、政策やら世界観やらをいくら話し合っても、ムダ。

もっと心の内側のことで、「不安」がなんで発生するのか、見ていくことが必要なのでありましょう。




その人のなかに、

「自分はこのままではいられない」

「自分は、今のままじゃいけない」


というように思いこまされるような、嫌な体験が、たーくさんあって、

人生は、このままではダメであって、安心しては居られない。

というような思い方を、している。


つまり、『不安解消』ということが、人生のメイン課題になっている。

そういう生き方をしてきた人にとっては、

「不安を感じない人」 が、変な人に思えて仕方がない。

だから、

お前はなんで、そこまで脳天気に安心していられるのだ?

ということになるんじゃないかな。



ドラマール

【6年社会】1学期 ・歴史新聞が面白い

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もうまもなく1学期も終わりだというので、まとめの新聞をつくった。
歴史上、実際にはあり得ないが、当時、新聞というものがあったとしたなら、どんな新聞がどのような紙面で発行されるであろうか。


以下、子どもたちの新聞に掲載されてたもの。



1 飛鳥新聞

スーパー明日香 の宣伝入り。
飛鳥時代の新聞の片隅の広告。
「スーパー明日香がOPENします!お寺から徒歩3分。朝の集荷、レジ担当募集」

(その店には、どんな野菜が並ぶのだ?)


2 日刊渡来人(とらいびと)

ぶち抜き3段の大見出し!
「蘇我入鹿、暗殺さる!」
宮殿、大ショック!
渡来人同郷会、全国渡来人協会、緊急会合ひらかれる!
「政府の渡来人に対する対応を問う」
緊急の申し入れ。

(蘇我家が渡来系だって、ちゃんと知ってたネー)


3 週刊大仏

うちにも飾れる!ミニ大仏づくり講習会。
あなたも家宝をつくりませんか。
奈良の町に落ちてる、あまった材木を持ってきてください。

(大仏殿をつくるからといって、そこら中に材木が落ちてるイメージなんでしょうか)


4 卑弥呼タイムス

邪馬台国新聞。
銅鏡30%OFF!クリアランスセール!
磨いて磨いてピッカピカ。あなたのお顔がきれいに映る。
とっておき!ペルシャデザイン採用。

(シルクロードはもっと後の時代だぞ!不合格!)


5 月刊GEN-GEN

平安男子(へいあんだんし)の鎌倉ファッション特集号【保存版】
烏帽子と直垂(ひたたれ)のなおし方、たらし方~ちょっとあぶない遊び感覚?~
義経さま・大特集!京都鴨川サイン会の実況レポート!

(頼朝ファンの立場は?!)




ちょっとした1行、2行程度の文句の中に、その子なりの学習のポイントや
印象に残った出来事なんかが、垣間見えてきますね。面白い。


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これまでの人生でいちばん驚いたこと

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帰りの会で、スピーチをします。
人生でいちばんびっくりした出来事。

Aくん。

「はるな愛がオネエだと知ったこと」

テレビを見ていて、ある日の家族の会話で、オネエが話題になり、
高校生の兄が「はるなが・・・」と話した。
まさかあの、はるな、だとは思わず、何度か聞きなおすと、たしかにあの、はるな愛、である。
まさかと思ったが、母親も姉も弟も、実はみんなそのことを知っており、はるな愛がオネエ、と認識できていないのは自分だけだった。家族ぐるみで自分をだましていると思った。
心臓をドキドキさせつつ、「ぜったいに違う!あの人は女だ!」と絶叫したそうである。


Tくん。

「お兄ちゃんの名前がぼくが思っていたのと違った、ということを、2年生になってはじめて知った時のこと」

家族中が兄のことを「えいのすけ」と呼んでいたので、小さい時から兄は「えいのすけ」だと固く信じて育ってきた。ところが、2年生になって字がしっかり書けるようになり、ふと兄の教科書を見たとき、そこに「えいすけ」と書いてあった。ただの間違いだと思っていたら、「の」がない方、そちらが本名であった。そのことを知ったときの衝撃。



たったこの2人のスピーチをきくだけでも、クラスメートは十分に人生を堪能するらしい。
つぎの日の日記に、あれこれと自分の感想を書いてくる友達がたくさんいるのは、面白い現象である。

「今日の話をさっそく家で話しました。Tくんの話には、そんなことがあるんか、と父も母も、かなり驚いていました」

とか。





びっくりする

というのは、人間にとって、かなり

おもしろい

ことなのにちがいない。


頭の中の、イメージとイメージとが、

あまりにも乖離し、くいちがい、

あっけにとられる状態・・・。



まあ、頭の中って、もともと、かなりあいまいなもの。

物事の事実を正しく客観的に把握できる人など、実際には、いないのが本当。

そう考えると、人間は毎日のように、びっくりして当然だ。



さあ、びっくりしよう!!!

ハー、びっくり、ビックリ!!

ねこ

コミュニティ研究の場としての学級

.
おそらく私の本当の興味は、実は、
「人間研究」
であるのではないか、と最近、思い始めた。

それも、コミュニティと人間個人の関係を。
いつのころからか、ずっと心のどこかで、研究しつづけている。
10代から・・・。
こんなブログを書いているのも、そういうわけのことで・・・
(ブログに書きつつ、自分で研究を進めているつもりになっているだけのことだけどネ!!)



さて、子どもに限らず、大人もそうですが、コミュニティに属している、という気分が人間をどう開放するか。
これが、現代の大きなテーマでして・・・

なぜかというと、コミュニティに属さない方が自由で自分を開放できる、という気分のひとが、今の世の中はけっこう多いようだから。
できるだけ人間関係の煩雑な部分からのがれたい、とだれしも願っているのだろう。
つまり、だれとも会話しなくても結構、おひとり様で十分楽しい、というのが、今の世の習いなのでありましょう。(それはまた真実で、一人でも楽しいのが本当でしょう)


ところが、小学校のクラス、という30~40人規模のコミュニティ、それも、ふだんの行動がほぼ同じであり、体験を共有できるシステム上にある人間のコミュニティに限っていえば、

コミュニティに属していることが、いかに自分を豊かにするか

を実感できるのが当然で、それがどうも人間の生きるエネルギーにさえなっていると思われる。


なぜか。

おそらく、好きになるからであろう。

大人は、ほとんど、嘘くさい、と思う。

しかし、子どもは、なんの躊躇もなく、

「クラス中みんな好き」

と言うのである。

好きにもいろいろあろうが・・・と大人はまたしても、思う。

ともかく、子どもは、

「嫌いな子、いない」

のであります。


このことが、とうてい信じられない、というところに、大人の病理が潜んでいるのはまちがいないでしょうナ。


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苦手な子のための読書感想文の書き方

.
大事なのは、自分のことを書く、ということ。
本の内容を引き合いにだして、自分のことを書く。

「読書感想文」というから、本の感想を書くんだ、と思ってしまいますが、
そうではない。
自分のことについて、ふりかえって、みつめて、あらためて思ったことを書くのです。

こうしてみると、「読書感想文」は、本当は「自分感想文」なのですナ!



たまたま、書くときに、本の主人公の思想や気持ち、言葉や行動をとりあげて、
自分のことと比較させて書く、という特殊なスタイルをとるにすぎない。
それが、「読書感想文」です。



さて、わたしが指導する際は、3つの色のついた紙を使います。

うすい桃色の紙。
そこに、本の内容をメモしておく。
主人公の行動、くせ、発言、他の登場人物とのやり取りなどから、
ちょっと気になるところをピックアップして、こんなところが印象に残った、という意味で、抜粋しておく。

つぎに、うすい黄色の紙を用意する。
ここには、自分の最近がんばっていることを書く。
取り組んでいること、野菜を育てていることや、野球、サッカーのこと。
あるいは勉強のこと、人間関係で豊かにしていきたいと思っている話など。

さらに、うすい緑色の用紙を用意し、そこには
「桃色の紙と黄色の紙を交互によーく、何度も比べてじっくりと見て、比較できるところ、ちがうところ、同じところ、共感できるところ、そうなんだよなあ、と思うところなどを見つけて、そのことを書く」


最後に、仕上げをします。

今度は、きちんとした、提出用の白い紙です。

白い紙を目の前に置いたら、次の順番で、まとめてかんたんに書いていきます。
この順番が、肝心なところ。

①【物語の内容】 うすい桃色の紙の中の大事な部分(緑色の紙と関連するところ)を抜書き。
 ↓
②【自分のこと】 うすい黄色の紙の中の大事な部分(緑色の紙と関連するところ)を抜書き。
 ↓
③【比較して】 緑色の紙の中の言葉を使って、なぜ自分はそこに共感できたか、を書く。

最後に、未来へ向けての自分なりの決意を書く。




感想文が苦手で、どんなふうに書いてよいか、ちっともわからん、という子も、
これなら、ちょっと手間はかかるけど、書けるよネ。


↑ ま、ちょい、乱暴だけど、ネ!!

1

もし自分が北条時宗だったら・・・【6年社会】

.

1学期の社会の勉強で、なかなかに盛り上がったのはいろいろあるんですが、これもその一つ。

そのときあなたはシリーズ
<弘安の役のあと、あなたならどうする?>


自分が北条時宗だとする。
2度目の元寇のあと、3回目があるかもしれない。
あなたは、どうするだろうか。

鎌倉幕府は元寇が原因で滅びました。
元寇への対応の失敗が引き金となり、幕府のシステムがうまく動かなくなって滅びたことは分かっていますので、いろいろと子どもたちも振り返って、書くことができる。
鎌倉時代、室町時代の学習が終わったところで、この学習を入れてみました。


最初に、ざっと元寇について復習。
新兵器に難渋したことや、上陸を許したものの、武士の激しい抵抗でくいとめたこと。
他にも嵐のことや、元から援軍の来るのが遅れたこと、その後の元の崩壊など、史実を確認します。

自分が時宗なら、こういうことを考える
ということを、なにか一つ、グループごと黒板に記述させ、その理由をできるだけくわしく説明してもらうようにしました。

そのうちの一つが、二度目の元寇、つまり【弘安の役】のあと、元の動向をきちんと探る、ということでありました。

「元が攻めてくるかどうか、できるだけ情報を集めたいと思います」


実は、これは正解である。

日本には古くから倭寇と呼ばれる、海の民がいました。彼らは自由に海を航行し、商売などしていたようです。これらの人々から、高麗や元の軍の整備具合、闘いの準備をしているかどうかなど、情報を集めておりました。南宋の国から僧をよび、国際状況を学んだり。幕府の役人もきちんと仕事をしているわけです。
だから、防塁を築いて、二度目の弘安の役には、効果的に戦えたわけですね。


「二度目の役の後、確実な情報収集を行っていたにちがいない」

これはどの班の子も、きちんとノートに書いていました。


その次は、和平の道を探る、という案。

二度あったことは三度ある。

そのために、フビライはんに、和平を訴える手紙を書いたかもしれない、と。

これは、そもそもがフビライはんからの国書が発端ですからね。
国どうし、おたがいに国書をやりとりしていた、ということが分かっています。

「どうです、これで懲りたでしょう。三度目も、攻めてきたって無駄ですよ。心を入れ替えて、和平の約束をしましょう。こっちだって、攻める気はないのですから。それに、高麗やベトナムは支配下になったとはいえ、反乱も起きているそうですね。反乱を収めるだけでも手一杯でしょう。日本は海もあるし遠すぎますからね。あきらめてくださいね」

というようなことを、メッセージとして国書にしたため、送ると。


なるほどね。


教科書や資料集だけでは分からない、こうやってあれこれと考えさせる授業をぽーんと放り込んでみると、子どもたちの知的活動が進む。


実際の国書をよく見てみると、別にフビライは、最初から攻撃するとは言ってない。

俺たちは戦いたいわけではない。

ということを、きちんと書いている。

それを踏まえて、紳士的に話し合うことをさらに進めるべきだ、という意見もあった。

また、元には形の上で朝貢だと思わせておいて、内実を取ればよい、という意見もあった。

〇実際に高麗とも通交しているフビライが、高麗の国から高麗の人を追い出したわけでもないし。
〇逆に、朝貢すれば利益は莫大だ。新しい物や文化がどんどん入ってくる。
〇もし、高麗とか南宋とかが日本に攻めてくる、ということを考えに入れていたら、むしろ元に貢いで仲良くしてもらい、いざとなったら元に助けてもらえばよい。

いやあ、元寇を考えるとき、「大国(元)に寄り添えば、助けてもらえる」という発想は、なかなか新鮮でありますが・・・。



なんで、こんな意見が出てくるんだろう?

考えてみれば、昔から日本に流れている精神風土がある。

対立する、というより、ふところにあえて飛び込むという、

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」精神が、長く息づいているのかもしれませんな。




考えてみると・・・
仏教もキリスト教も、日本は結局、受け入れましたからね。


(以下、都都逸調で ♪)
お抱え外国教師でも ♪ グラバー・ペリーもカステラも ♪
汽車も洋服、稲作も、はるばる流れ着いてきた、物も思想もとりまぜて、
ぜんぶ受け入れ食べてきた。

鎖国の時代も長崎の、出島でしぼって吟味して、
よいものないかと目を皿に、学問好きがじっくりと
文化をおなかに入れていた。

中国強けりゃ左向き、漢字、宗教、料理まで。
爆買需要があるのなら、看板すべて中国語。
街を飾って旗たてて、ツアーを仕立てるサービスぶり。

原発、博愛主義含め、主義や主張にかかわらず、
アメリカ強けりゃ、右を向き、小麦、薬も粉乳も、
ジャズや沖縄、基地だって、ぜんぶ飲み込む貪欲さ。

とりあえず、ぜーんぶ、食べてみよう!

これが日本人の、「癖」なのかも。


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餃子じゃんけんはなぜ盛り上がるのか

.
うっとうしい、うだるような暑さがつづく。

湿度が高く、教室の中にいるだけで汗をかく。

「先生~・・・学校にクーラーないの~・・・」


そこで、帰りの会を早めにサクッと終わらせて、なんとか暑さを吹き飛ばします。

名づけて、餃子じゃんけん


パー ⇒ 餃子の皮

チョキ ⇒ ニラ

グー ⇒ 肉




かならず、三人がひと組になってやります。

「餃子ーじゃんけん、じゃんけん、ホイ!」

三人が何を出したか、結果を見る。

1) パー、チョキ、グーがすべて出た場合。

「餃子、いっちょうあがりィィィ!!!」

と全員で叫んで、別の人と組んでさらにじゃんけんを続ける。

2) パーだけが無かった場合。

「皮が、なぁいィィィィ!!」

と、全員でいかにも残念そうに叫んで、別の人と組んでさらにじゃんけんを続ける。

3) チョキだけが無かった場合。

「ニラが、なぁいィィィィ!!」

と、全員でいかにも残念そうに叫んで、別の人と組んでさらにじゃんけんを続ける。

4) グーだけが無かった場合。

「肉が、なぁいィィィィ!!」

と、全員でいかにも残念そうに叫んで、別の人と組んでさらにじゃんけんを続ける。

5) パーだけしかない場合。

「皮しか、なぁいィィィィ!!」

6) チョキだけ ⇒ 「ニラしか、なぁいィィィィ!!」
7) グーだけ ⇒ 「肉しか、なぁいィィィィ!!」




これを、男女を必ずとりまぜることを条件に、1分間行う。

最後に、クラス中で確認。

一丁上がり!!と餃子が焼けた回数を競う。


これが、蒸し暑い、不快指数の高い日ほど、やけくそになっているのかどうか、
妙に盛り上がるんですよ。

うだるような午後3時ごろ、窓からなんの微風も吹かず、
じっとりと肌にまとわりつくような酷暑のけだるい中を、
ビールを飲みたいのをじっと我慢しながら、

「さああああ!!お待たせしております!!餃子の王将が開店です!!!!」

と叫ぶと、クラス全員が目をギラギラさせながら、

「おっしゃああああああ!!!!」

と立ち上がる。



・・・変でしょうか。


ぎょうざ

南の島のハメハメハ大王

.
朝、歌を歌う。

歌集のなかの歌はあらかた歌ってきたし、朝の音楽集会も一区切りついたので、

「じゃあ、夏休みまでの1週間は、歌のレパートリーを増やそう」
ということになった。
いろいろと知っている歌と、知らない歌とを分けていると、

なんと

南の島のハメハメハ大王

を知らない子がいる!!



こんなもの、君が代よりも有名だと信じていたから、
ガンと頭を殴られたショックがあった。

自分が低学年を担当したら必ず夏には歌うし、
バナナの唄も歌う。
きくと、低学年の頃はずっと若い先生が担任していたらしい。
あとで、その先生にきくと、

「ああ、ハメハメハ・・・その歌は歌っていませんね」

と軽~くいなされた。

「そんなに大事な歌なんですか?」

という感じ。

このノリにも、一種のショックを受ける。

なんということであろう。
夏には必ず、声の限りをふりしぼって、夏休みの明るい雰囲気を感じながら、
市民プールの行き帰りにも、子ども会の集会でも、昭和の子どもはこぞってうたったではないか!!




まあ、いい。

こんなところで憤っても、仕方がない。




それで、ハメハメハ大王を教えるために、わたしが久しぶりに歌ったところ、まじめに歌詞を聞いていた委員長の子が、

「こんなに学校休んでいいんですか」

と。



たしかに。



風が吹いたので遅刻し、雨が降ったら休むなんて、もってのほか、である。
こんなゆとり教育を助長するような歌詞の唄が、現在の混迷を極める社会の中で、ゆるされるはずがない。


すすめ!火の玉!!
勝ちすすめ!就職戦線!!



ぜったいに許されない歌を、教室で歌ってしまったことに気付いて、わたしは激しく狼狽した。
おそらく、このことは、『君が代』を歌わないよりも、罪深いのかもしれないナ・・・。



しかし先日、ある番組で見たアマゾン流域に住むブラジル人の子は、完全に学校へ行っていなかった。

学校へ行かないでも許される社会があり、

一方で、許されない社会がある。



われわれ日本人にとっては、子どもが煙草を吸うことは許されない社会がふつうだと思うが、

アマゾン川流域には、子どもが葉タバコを吸うのが、けっこう当たり前の社会、もある。





これらが、問題になるのは、なぜだろうか。

なぜ、

アマゾンでは問題にならないことが、
日本では、問題になるのだろうか。

日本では、「規制」しないと、不安だから。

これだと思うネ。


〇〇しないと、不安。


↑ 出ました!!


最近、これ、ばっかり。

やっぱり、なんで人は、「〇〇しないと不安」なのか、
ぜったいに考えておく必要があるよナ。




おまけ。
その番組に出てきたアマゾンの子の表情は、いい顔でしたよ~!!


index

ひとと人は、話せば通じるもの・・か?

.
さて、先週の社会の授業。

めあては、「憲法の3つの柱を確認しよう」


〇国民主権
〇基本的人権の尊重
〇平和主義


現憲法の平和を希求する、とはどういうことか。

議論がとまりません。
白熱しました。
なぜかというと、2派に分かれたからです。

一つは、

中国(などの他の国)の人と、話し合うことができる、というポジティブ派。

もう一つは、

中国(などの他の国)の人とは、話し合うことができない、というネガティブ派。


ポジティブ、ネガティブ、というのは、いったい何に関して言うのかというと、

人とは分かり合えるもの

という点の姿勢について、であります。

つまりこれをまとめてみると、
うちのクラスは、


「ひと肯定派」



「ひと恐怖派」


の2派に分かれたことになる。




この溝が深すぎて、これは超えられない、という意見が出たのは、

「ひと恐怖派」

からでありました。

溝が深い、と感じている割合が高いのは、恐怖派の方に多く、
肯定派はそれほど溝を感じていない。
(つまり、説得できる、もしくは、恐怖派とも分かり合えると思ってる)


ただし、討論中において、ほぼ主張に力のあったのは、実は

「恐怖派」

の方でありました。

歯切れがよく、主張に一貫性があり、

〇恐怖は存在する
〇その恐怖から、くにを守らなければならない
〇だから、軍備が必要だ


という3段論法で、常に語り掛けていたので、同じ「恐怖派」の結束は固かったです。

で、その力強い主張に、どうやって答えていいものか、と迷いが見られたのが、「肯定派」でした。
きちんと、自分たちの意見を主張できない感じがありました。

とくに、

「だって、攻められたらどうするの?」

ということについて、どうやって答えたらいいのか、と迷いがある。

しかし、軍備を持つことについて、なんだか

生理的に

受け付けないのであります。
だから、こちらも意見を簡単には変えない。

もうひと押し、ということで、「恐怖派」から

「では意見を変えてはどうですか」

と畳みかけたけど、

「いや・・・まだ変えません」

と言っていた。表情は苦しそうに。



わたしはここまでの話し合いになると思っていないから、もうこの学習はこれでいいと思うし、
憲法ってなんだろう、ということの<学習のめあて>は達成しているので、これで終わりにする。
憲法の3つの柱、平和憲法とは何か、ということの学習はこれでいいだろう、と思う。


で、思ったのは、

「なんで、人は、不安になるのだろうか」
「なぜ恐怖を感じたら自分を守ろうと考えるのだろうか」
「なぜ自分を守るために他を攻撃する、と考えるのだろうか?」


ということ。

そもそも、恐怖・不安とは何か、ということについての、つっこんだ思考はできていない、ということ。

それをしないでおいて、いきなり『平和』を考えても、理屈のこねあいになるだけだ、と実感しました。

軍隊を整備しないことの不安
銃をもたないことの不安
攻撃しないことへの不安
自分が強いというイメージを持てないことへの不安
「お前は弱い」と言われることの不安


こういうこと、つまりは、<恐怖・不安の正体>について考えていかないと、
『平和』のことだって
まともには考えられないと思うね。




「〇〇をしないと不安」になるのはなぜ?

いったい、何から何を、守ろうとするの?

〇〇をしないと不安、という人は、
〇〇をすれば、幸福になれるの?



↑ これを、つっこんで、考えないと。

まっちょ

教室はミニ国会!

.
6年の先生が、口をそろえて言う。

「今年は、社会の授業がホントにやりにくい」


どういうことか・・・。

憲法が変わるかもしれない。
あるいは、現憲法の基本となっているものを批判する意見も、授業で扱わないといけない。
ところが、扱い方次第では、「政治的な中立」が問題視される。
「戦争を避ける」
というセリフも、慎重にならざるを得ない。
授業の中に、「いざとなれば戦える国」という雰囲気を、入れざるを得ない。
これは、現場の教師にとっては結構な問題であります。

大人が混乱しているのだから、小学生もいったい何をどう信じればいいのか、分からないのです。
これは、仕方がありませんでしょう?
だって、この混乱は、小学生のせい、じゃないんだから。


で、結局は、

「これこれを信じなさい」

という授業は、できない。

「自分の中の判断力を鍛え続けるための学習」

にならざるをえない。

自分自身の中で、

「これは間違いない」

と言ってしまう傲慢さを、問い直せる姿。
そういう姿を、学習の目標にせざるをえない。
カルト的になにかを信じてしまう姿勢、
簡単に、これが正しい!としない姿勢、
短絡的に思考停止しない姿勢、
これでいい、と決めつけない、という姿勢を子どもの中に育てるしかない。

これが、第二のオウム信者を生み出さないための、最後の決定的な方法になる。


そのうえで、政治の勉強をする。
国会、内閣、最高裁、三権分立・・・。
学習指導要領にそって、現場の教師は淡々と、しなければならないとされる学習を進める。

政治のことになると、熱く語りだす子がいる。
おそらく、家でいろんな議論をしているのだろう。
その熱が、教室にまで持ち込まれている。


EUからのイギリスの離脱のことでも、いっぱしの政治評論のような意見が出る。
まったく知らないで、

「EU?なにそれ?」

というレベルの子もいて、それを説明したがる子もいるので、教室はカオスであります。


さて、平和憲法のことで、議論となりますが、これは教師がまったく出る幕がない。
そのくらい、意見が終わらない。
授業時間の終わりをつげるチャイムが鳴っても、まだ意見が言い足りない。

「先生、つぎも社会やろうよ」

という子どもをたしなめて、算数をやることになる。



このくらい、今の6年生の教室は、熱い。

国会議事堂

「おんなこども」の文化

.
疲労困憊。
夕方、急に思い立って温泉へ行きました。

湯船につかると、目の前にすごい背中が。
倶利伽羅紋々です。
心の中で、「おおおおおおーーーーー!」と声が出ました。
ひさしぶりに、こういうの見たなあ。

温泉の入り口にはでかい看板があり、
「入れ墨、タトゥーの方は入浴をご遠慮願います」
とある。

つまり、この入れ墨を持った年配の方は、「遠慮」などしなかった、ということらしい。


ごま塩頭に石鹸をつけて、勢いよく洗い、手際よく背中を洗う。

思わず、

「入れ墨、取れたりしないよな」

と見てましたが、入れ墨はきっちりと、あざやかな絵のまま、消えないのでありました。
いくらゴシゴシ洗ってもネ。



さて、この方を見ているうちに、自分が小学生だった頃を思い出した。
なぜかというに、わたしはちょいとした合宿気分が大好きで、
とくに必要もないのに近所の銭湯に通った時期があったのです。

母親は

「金がかかってしょうがない」

と渋っていましたがね。

銭湯の何とも言えない、のんびりまったりした近所界隈の雰囲気が好きでね。
わたしはよく友達をさそって、ジッチャンやバッチャンの集う、銭湯に行ってた。

すると、面白いことに、近所の爺ちゃんたちにまじって、やはり物凄い

「龍」

だとか

「不動明王」

だとかを見るときがあった。





小学校5年生のころだったと思う。

仲良しの山之内くんと、これまたのんびりとした感じで銭湯の湯につかっていると、
ガラッと威勢よく肩をそびやかせて、その<彫物>をもつおっちゃんが入ってきた。

「あっ」

山之内くんが先に反応した。
このおっさん、話しかけてくるんや。面倒やな、という感じ。

案の定、

「これ、坊主!!」

と、声をかけられた。

「おんし(おぬし)たちゃ、何年生や」


山之内君が目をきょときょとさせながら、

「ええーーーっ、ご、5年生」

というと、おっちゃんは、背中の薄鼠色をしたでかい鯉の彫り物をびかびかに光らせて手ぬぐいでこすりながら、

「うんら、五年生なんだったら、5分は我慢できるやな」

と、サウナ室の方をクイッと指でさして、行け、と命令した。


山之内くんとわたしは、内心とてもイヤだったけど、顔には出さずにサッと湯船から出て、サウナ室に入った。

山之内くんが扉を閉める際に、サウナ室の時計を指して

「おっちゃん、今から5分やな」

というと、

「いや、おっちゃんが入ってからや」

でかい鯉をつけた背中がぐらりと動いて、のっさのっさとサウナ室へ来る。



5分間、山之内くんもわたしも、わりと平気で耐えたので、おっちゃんはレベルを上げたくなったらしく、

「もう5分や」

山之内くんが

「えーーー」

というと、でかくいかつい声で、

「文句を云うな。ションベンたれ」

みたいなことを言われて、二人でもう苦しい顔を浮かべてハアハア言いながら、さらに5分耐えた。

「おっちゃん、もうダメや」

山之内君がもう泣きそうになってサウナ室の扉に手をかけると、

「ほんまにダメか!男のくせに!」

「あかんわ」

すると、

「ようし、よう頑張った!コーヒー牛乳おごったる!」


このとき、あまりにも早く山之内君が笑顔になって、まだサウナ室から出きっていないのに、

「ほんと!!」

と、嬉しそうにしてしまったため、

「あっ!!お前、まだ元気あるやないか!!」



第二ラウンドは、湯船に沈むやつ。

対戦するのは、わたしと山之内君。

山之内君はやけになってきたらしく、

「なんや、おっちゃんはしずまへんのか!」

と食ってかかったけど、

「当たり前や!お前らだけや!!」



結局、何度も湯船の中に頭を沈めて秒数を数え、潜水を5,6回やって、ようやく放免された。



脱衣場に上がると、やくざのおっちゃんは、約束通りにコーヒー牛乳を買ってくれた。

買う寸前に、

「コーヒーじゃなくて、フルーツがいい」

と山之内君が提案したけど、

「男だろ!」


というよく分からない理由で、フルーツ牛乳は却下。

「なんで男はコーヒーなん?」

帰り道に、山之内君がぶつくさ言ってたのが印象に残っている。



今、そのことを思い出しながら、

あのおっちゃん、暇だったんだなあ。

というのと、
ヤクザが子どもと関わる、ということの意味
というのを、なんとなく考えた。



ヤクザ、という徹底的に男尊女卑的な、女々しいものを避けて通る文化と、

徹底的にこれまた、「おんなこども」である、当の子どもの文化がぶつかると・・・。


これはね、見た目はヤクザの方がつよく見えるけど、
裸になるとね、

まあ、裸になってみると、入れ墨があるぶん、やっぱりヤクザの方が見かけは雰囲気がすごいけど、

わたしは今振り返ると、精神的には、山之内君の文化の方が、ヤクザを飲み込んでいた気がするね。

「なんで男だからコーヒーなんや。意味わからんわ」

と言う山之内君。

完全に、ヤクザよりも上でしょう。精神的には、ね。



 ↑ これ、いったい、なんだろうか・・・と思う。




アマゾンの原住民や縄文時代のご先祖さまたちのように、

やはり我々人間は、素直になれば、女系で生きる生物なんではないだろうか。

「おんなこども」の文化が、どう考えても、人間的であるような気がするんだよね。

男の文化、というのは、どうもうさんくさく、嘘っぽい。無理を隠している、という気がする。




教室は「男の文化」では、うまくいかない。

これがなぜなのかは、・・・まだ、よく分からない。

24

目つきが悪い?

.
「あの目は、うそをついているね」


4年生の時に、先生に対して、あることで嘘をついたことのある子がいて、
徹底的に叱られたそうな。

その子が6年になって、まだ職員室でそのことが話題になっている。

ひとことで言って、Q先生は、「彼が気に入らない」 のである。

とくに、目つきが。

「あの子は人とうまくやっていけないね。あんな目つきじゃ」




さて、目つきとは、何だろう、と私は思う。

なんで、その「目つき」が、人間にとって、気になるのだろう。

そして、「目つきが気に入らない」というのは、いったいぜんたい、どういうこと(からくり)なんだろう。




目が、自分をみるときに、

〇あやしむような
〇うたがうような
〇信頼をしていないような
〇きらい、と言っているような


そんな目なんだって。


だから、Q先生は、その子の目つきが、「気に入らない」と反応する。

理由は、「だって、4年生の時、しゃあしゃあと、嘘をつかれたからネ!」





これはネ。

3つくらい、勘違いしているよネ。

3つ。

分かりますか。





その彼、わたしのクラスになったら、道徳の授業の時に、いちばんみんながおお、となるような意見を出すよ。



女子が、男子が使っているサッカーボールを、自分たちも休み時間に使いたいんだって。

クラスには、ボールが1つしかない。

どうするか。



「男子は他のクラスの男子と、相手の教室のボールで試合すればいいじゃん」

なんでか。

「そうすれば、自分のクラスのボール使わないで済む。うちのクラスのボールは、女子に渡せるしさ」







こんな意見を出すの、他にはいない。

彼だけ。


あとは、


「ドッヂボールのボールをないしょで使っちゃえばいい」

という、掟を破ってボールを増やす、という乱暴な意見と

「女子と男子が毎日じゃんけんする」

という、ギャンブル好きな男子の意見と 

「男女が日替わりでやればいい」

というルールをつくることが生き甲斐のまじめなクラス委員長の意見くらい。



目つきのあやしい(?)方が、いい案を出した。

tomato



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