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護摩壇の炉の中に、炎が勢いよく燃えている。
「はよう、滅却(めきゃ)れ!」
にらみつけているのは、背の高い、いかにも力の強そうな僧だ。
足元が冷たく、じんじんとする。地底から雪氷がかみついてくるよう。
ところが顔は、噴き上がる炎に照らされて、熱くてたまらない。
このアンバランスな身体の状態で、追いつめられた精神状態が、さらに緊迫していく。
僧が、鬼とブルドッグを足して二で割ったような顔をこちらに向けた。
夜空を、怒号が響きわたる。
「これ!はよう、滅却(めきゃ)らんかッ!!」
それを合図にしたかのように、金堂の方から荒行に向かう者たちの、読経する声が重く聞こえてきた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し・・・」
伽藍の方を見ると、それぞれに松明を手にした苦行者たちが、俯きながら滝の方へ歩いていく。これからみぞれの降る中を、霊山へ滝修行に出るのだ。
あまりの寒さに、顔が緑色になってしまった者もいる。
それでも、すでに表情を無くした苦行者たちは、歩みをとめることなく、躊躇なく進んでいく。
あの者たちは、すでにこの炎の苦行を終えているのだ。
私も彼らに続かねば・・・。
歯を食いしばって意を決し、威勢よく燃え盛る焚火の上を、まさに渡ろうとしたときだった。
「もう、メキャはりました~?」
妙に甲高い声が聞こえた。
振り向くと、きっちり丸く剃り上げたイケメンの美坊主がいた。
美坊主は、少し腰をかがめ、横顔でこちらを覗き見するような格好になりながら雪駄の音を弾ませ、軽やかな足取りと共に、火の方へ向かってきた。
その美坊主を見ると、さきほどまでえらく濁った太い声で私を叱りつけていた僧が、頬をゆるませて声まで柔らかくし、
「いやあ、コイツ、ちっとも滅却(めきゃ)らんので困っとりますわい」
「あら、そう」
切れ長の目で、睫毛を瞬かせながら、ちらっと流し目をくれると、美坊主が私に向かって言った。
「早い所メキャってもらわないと、お話もできないでしょう?よろしくネ」
私は、もう何がなんだか分からないが、ともかくこの場から逃れなければならない思いに必死になり、自分に向かって、
「早く、滅却(めきゃ)らないと、メキャらないと!」
とつぶやいている。
再度、決心して、燃え盛る炎の中へ飛び込もうとした。
腹に力を蓄え、息を思い切り吸い込んで、
「滅却(めきゃ)りましたァーッ」
自分でも信じられなく程の大声を出しながら、まさに焔の中に飛び込む寸前、ブルドッグ僧が巨大な手のひらで、私の顔面を押し戻した。
おかげで顔面を殴られたほどの痛みでめまいがし、その場に倒れこんでしまった。
ブルドッグは、言った。
「滅却(めきゃ)れますか?」
くらくらした頭で、ぼうっと眺めていると、ブルドッグはやれやれ、といった表情で再度、
「もう一度、聞きます。・・・あなたは、滅却(めきゃ)れますか?」
事務的な声で、二度、繰り返した。
私はなぜか、突如としてこみ上げてきた口惜しさと共に、
「なんで、おれは、滅却(めきゃ)ろうなんて、思っちまったんだろう」
と後悔しはじめていた。
・・・と、これ、先日、見た夢です。
なかなかのインパクト。
・・・たぶん、疲れているんだと思います。
心頭滅却なんて要らない。

護摩壇の炉の中に、炎が勢いよく燃えている。
「はよう、滅却(めきゃ)れ!」
にらみつけているのは、背の高い、いかにも力の強そうな僧だ。
足元が冷たく、じんじんとする。地底から雪氷がかみついてくるよう。
ところが顔は、噴き上がる炎に照らされて、熱くてたまらない。
このアンバランスな身体の状態で、追いつめられた精神状態が、さらに緊迫していく。
僧が、鬼とブルドッグを足して二で割ったような顔をこちらに向けた。
夜空を、怒号が響きわたる。
「これ!はよう、滅却(めきゃ)らんかッ!!」
それを合図にしたかのように、金堂の方から荒行に向かう者たちの、読経する声が重く聞こえてきた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し・・・」
伽藍の方を見ると、それぞれに松明を手にした苦行者たちが、俯きながら滝の方へ歩いていく。これからみぞれの降る中を、霊山へ滝修行に出るのだ。
あまりの寒さに、顔が緑色になってしまった者もいる。
それでも、すでに表情を無くした苦行者たちは、歩みをとめることなく、躊躇なく進んでいく。
あの者たちは、すでにこの炎の苦行を終えているのだ。
私も彼らに続かねば・・・。
歯を食いしばって意を決し、威勢よく燃え盛る焚火の上を、まさに渡ろうとしたときだった。
「もう、メキャはりました~?」
妙に甲高い声が聞こえた。
振り向くと、きっちり丸く剃り上げたイケメンの美坊主がいた。
美坊主は、少し腰をかがめ、横顔でこちらを覗き見するような格好になりながら雪駄の音を弾ませ、軽やかな足取りと共に、火の方へ向かってきた。
その美坊主を見ると、さきほどまでえらく濁った太い声で私を叱りつけていた僧が、頬をゆるませて声まで柔らかくし、
「いやあ、コイツ、ちっとも滅却(めきゃ)らんので困っとりますわい」
「あら、そう」
切れ長の目で、睫毛を瞬かせながら、ちらっと流し目をくれると、美坊主が私に向かって言った。
「早い所メキャってもらわないと、お話もできないでしょう?よろしくネ」
私は、もう何がなんだか分からないが、ともかくこの場から逃れなければならない思いに必死になり、自分に向かって、
「早く、滅却(めきゃ)らないと、メキャらないと!」
とつぶやいている。
再度、決心して、燃え盛る炎の中へ飛び込もうとした。
腹に力を蓄え、息を思い切り吸い込んで、
「滅却(めきゃ)りましたァーッ」
自分でも信じられなく程の大声を出しながら、まさに焔の中に飛び込む寸前、ブルドッグ僧が巨大な手のひらで、私の顔面を押し戻した。
おかげで顔面を殴られたほどの痛みでめまいがし、その場に倒れこんでしまった。
ブルドッグは、言った。
「滅却(めきゃ)れますか?」
くらくらした頭で、ぼうっと眺めていると、ブルドッグはやれやれ、といった表情で再度、
「もう一度、聞きます。・・・あなたは、滅却(めきゃ)れますか?」
事務的な声で、二度、繰り返した。
私はなぜか、突如としてこみ上げてきた口惜しさと共に、
「なんで、おれは、滅却(めきゃ)ろうなんて、思っちまったんだろう」
と後悔しはじめていた。
・・・と、これ、先日、見た夢です。
なかなかのインパクト。
・・・たぶん、疲れているんだと思います。
心頭滅却なんて要らない。
