いるんです。
こういう子。
悪い子ではない。
表現の仕方の問題。
この方法しか知らないのだろう。
「先生、足がいたいです」
とか、訴えることが多い。
もしくは、
「ノートがぜんぶ、おわっちゃった」
とか、
「この前、先生が言っていたのでこうしたが、それでいいのか」
という確認など。
これは、罪はない。
でも、授業が中断するので、ちょっと困る。
立って目の前に歩いてくるのだから、クラス中の注目が集まる。それでも平気なのだ。
黒板の前に、歩いてきちゃった子を、どうするか。
ノートが終わった時などは、こうする、というのを全員に示し、
「同じようなことがあったら、そうしてね。クラス全員ね。よろしく」
と話をする。
でも、こういうことを1学期にさんざんやったとしても、それでも前に出てくるのだ。
なんだろう?と不思議に思う。
「この前も、同じことを教えたよね。休み時間に先生の机の上に置いてもらったらいいんだよ」
というが、本人はにこっと笑っているだけ。
隣のクラスの先生に言うと、
「アハハハ。先生が好きなんだよ~」
と言っている。
それでもいいけど、授業が中断するので・・・。
それで、ともかくも、
「すわって手をあげたら、話を聞くね。一回もどってね」
と言って、形を正しくさせている。
まあ授業は中断しますが、正しい型を教えておくしかない。
この、正しい型、というのは非常に重要で、ADHD傾向のある子や自閉症スペクトラムの子にとっても、正しいお手本を見せておくことがその子の安心感につながるので、無視できない。
あの子がそうやっていて、先生がゆるしているんなら、ぼくも大丈夫だ、と思うのが子ども。
だから、叱る必要はないが、正しさを教えていく。
同じことが、
「はいっ、はいっ、当てて!先生!当ててっ!!」
と絶叫型の、もうすでに大声を出しながら立ちあがりかけている子にも言える。
積極さは買ってあげたいから、叱らない。
その代わり、
「じゃあ、良い姿勢でだまって手をあげている子から当てようかな」
である。
ニコニコしながら、言うのがいい。
教師はすべからく、ニコニコしながら、要求を言うべきである。(べつにいじわるじゃなくて、ワンアクション要求するときに笑顔、ということ)
2011年09月
落語に出会ったのは、中学時代。
高校でハマった。
今のプロの落語家もそうらしい。
先日、柳家喬太郎さんも同じことを言っていらした。(噺のまくらで)
高校の頃、近所の南山大学の落研を訪れると、部室に入れてもらえた。部長(主幹)の可愛家悪魔(かわいやでびる)さんなど、今でもなつかしくあのときの光景をまざまざと思い出せる。
高校生の私に、ずいぶんと気をつかっていただいた。
ある日、大学生の先輩方が、高校生の私に向かって、写真クイズを出した。
「これ、だれかわかるか」
立派な写真のコピー。
大切なファイルから出して、私の目の前に置いた。
羽織を着て、噺をしているところ。高座姿の白黒写真だ。
ひと目で、昭和30年代、戦後間もなくの全盛期のころと分かった。
古今亭志ん生や桂文楽をはじめ、きら星のごとく居並んだ名人たち。
この人は・・・。
一瞬、自信がなかったものだから、頭の部分だけを遠慮がちにつぶやいたと思う。
こっちは初心な高校生。たばこをスパスパと吸い、車を運転する大学生が、立派な大人に見えた。自分だって数年後にはそうなる、とわかっていたのに。
「春風亭・・・ですか」
「そのあと、なんや」
ちょっと考えて、柳橋、と出てきたのに、間違えるのがこわくて、ついこう言ってしまった。
「すみません、わかりません」
「おしいな。6代目の柳橋師匠やがな。おぼえとけ」
関西から来られた方らしかった。
(伏見の中電ホールで落語会をした折、<ちょうずまわし>をたいへんうまく演じられたのを記憶している)
そんなことを南山大学の部室でやっている頃。
恋勢家乙女先輩から声がかかった。
「いっしょに、噺ききに行こうよ」
部員みんなで行く企画があった。
それが、小三冶師匠、との出会いだった。
みんなで地下鉄を乗り継いで、名城線のどこかの駅で降りた。
ホールへ着くと、ひとりの女性の先輩が、
「百川(ももかわ)でありますように・・・百川でありますように・・・」
とつぶやいている。
それをみんなでうんうん、とうなずきあっている。
私は他の人の百川をすでに聞いていたから、自分の知らない新しい噺がいいな、と漠然と思った。
今となっては、百川で本当に良かった、と心の底から思う。
まぶたを閉じると、あの頃の小三冶師匠の声までがよみがえってくるようだ。
噺のまくらがまた面白く、これ以上長くなると2つめの噺ができない、といって最初の一つ目の高座を降りたのを覚えている。
さて、2席目の「百川」、終わった途端に、くだんの女先輩が、他の先輩たちに抱きかかえられて座席から運ばれていた。夢にも思わなかった「百川」が聞けて、放心状態、だった。泣き崩れていた。
「よかった、よかった・・・!」
南山大学の大学祭。その年の落研は、なんと桂枝雀師匠を招いた。
桂枝雀さんは、豹柄の、奇抜でおもしろい帽子をかぶってタクシーから降りてきた。
あんな格好だったら、確実に芸能人だとばれてしまいそうな・・・、と思った。
私は高校生の当時付き合っていた彼女を連れて枝雀さんの噺を聞き、枝雀師匠を紅潮した顔で出迎える可愛家悪魔さんたちを見た。
卒業を間近に控え、わたしは南山大学を必死の思いで受験したが、落ちた。
可愛家悪魔を襲名したかったが、それはできなくなった。
そのかわり、島根へ行って、宍道亭しじみ、となる。
ああ、なんだか涙腺がゆるんできた。
前年度の生活科・研究授業では、「質の高い気づき」という言葉に焦点があたり、職員でさまざまな話し合いがなされた。
気づき、とは何だろうか。
多くの資料を読みこむなかで、気付き、の場面をズバッといい表しているものがない。
なんとなく、というニュアンスのものばかり。
こんなので、いいの?と、正直思った。
でもまあ、ふだん学級の子どもたちをみていて、なにかを急に悟ったように、大きな真理に気付く、なんてことがあるわけもない。
これまでの思いとは、少しちがって、視野がひろがったような・・・
ということなのだろう。
生活科の授業の中に、思考する場面がたくさんあること。
思考する場面が、深く、長く、続いていること。
さて、うさぎの飼育を通して、と考える場合。
思考する、とはどんな場面なのだろう。
作業させる、というだけでない。
思考、がなければならない。
思考、ワーキングメモリ。
子どもたちが、考える。
その際、彼らが武器とする、「既知の知」をまずはフルに活用すべきだろう。
「既知の知」がフル回転することから、新しい次のステージが見えてくる。
仮説、予想、予測・・・、そうした知の作業をさせるときには、これまでの前提、となる多くの要素が整理されていなければならない。当然、ワーキングメモリが活性化されている。
それができるようにさせるために、わざと、ワーキングメモリをどんどんと活性化させてやることが必要だ。
たとえば、わざと教師がまちがえて見せる。
「こうだよね」
と自信たっぷりに見せる。
「ちがう!」と大騒ぎになる。
彼らのワーキングメモリは、最大に回転している。
「ちがうはずだ」と言える材料を、いっしょうけんめいに検索し、構成しようとする。
あるいは、拡散的発問。
「なんでも、みたことをできるだけ多く書きなさい」
ワーキングメモリに負荷がかかり、より活性化する。
また、知覚にうったえる発問。
「なにが見えますか」
脳内のメモリが一気に、集中していく。
単純な視点が与えられ、シンプルな作業を要求されるからだ。
スケッチブックを片手に、息子と絵描き。
近くの川へ。
水車小屋がある。
先日来の大雨で、水がにごっている。
だが、今日は晴れて、太陽の光がふりそそぐ。
水面が光って、きれいに見える。
水は、緑に見える。
これをメインに描こうと思う。
鉛筆で下書き、と思ったが、めんどうくさい。
そのまま、パレットの上で混色し、適当に水をまぜて、描いてみる。
「水、水色じゃないね」
息子が言う。
水色を描くと、絵らしくなるが、事実とはちがってくる。
事実に沿って描こうとすると、水が、緑色になってしまう。
事実は緑でも、
「水色で描こうよ。頭の中のイメージを。目の前の景色はヒント。頭の中のモノを描こうよ。」
と言って、水色をチューブからひねりだした。
息子は、安心して描き始めた。
それでいいのだ。
頭の中の世界を描こう。その方がおもしろい。写真じゃないもの。
新しい絵の会では、見たとおり描こう、ということでやっていた。
子どもは素直に事実にしたがうしかなくなる。
それはそれでいい絵になるし、
「見たとおり描こうとしてがんばったね」
という講評をいただいて、よかった。
でも、それだけがよさ、ではない。
絵を戸外で描く。
この気持ちよさを最初に感じたい。
頭の中のものを、ズバッと白いスケッチブックに描く方が、落書きにちかい。気楽だ。なによりも、たのしいし、おもしろい。
息子は、妙な蜂だかアブだかが目の前に飛んできたので、それも丹念に描いていた。
とちゅうでヘリコプターの音がして、空を飛んで行った。
それを見つけると、
「あ、ヘリコプターも描いておこう」
と言って、描いていた。
それは事実とは異なる高度に描かれ、もう少しで人物の額にぶちあたる高さに描かれたが、息子はもうすっかり、絵を描くことを味わっているようすであった。
印象派でいいじゃん。悪口からスタートした印象派だって、今や世界中で評価されてんだもの。額の高さにヘリが飛んでいたって、いいではないか。
2時間ほどで、すっかり描き上げた。
さすがに直射日光の下にいると暑いので、大きな木の下で描く。
適度に日射しがやわらいで、快適にすごせた。
もってきたポリタンクの水でふでを洗い、塩だけのおにぎりを2つ食べた。
だれもいない。
お茶を飲んでいると、目の前に、カヌーの人が2組、通り過ぎた。
「あー、カヌーの人、描けばよかった」
もう筆もパレットも、しまってしまった。
描きたい気持ちが湧き出てくるのが本当。
だとしたら、どんな声かけが、子どもにとって、いいと言えるのだろう。
自宅から30分ほどの場所。
国道から少し歩いて入っただけの場所なのに、人のいない空間になっている。
そして、カモがおよぎ、カヌーが通り過ぎ、カラスアゲハと芋虫とミツバチが訪れた。
「行こうぜ」
帰ろうとすると、それまで黙っていた息子がぽつりと、
「マクドナルドが食べたい」
途中に、店があったらしい。
この年になると、まったくハンバーガーなど食べたくなくなるが、子どもはちがうようだ。
「ポテトがいい」
お目当ては、ポテトらしい。
空を見上げると、薄い水色。
遠くには山。
川の音、水の音。
まあ、たまにはマックでもいいか。
●教育実習に行ってないけど教師です
●2学期のおさめ会
●小学校教員資格認定試験
検索でたどり着かれた方、↑↑↑上記のリンク↑↑↑をたどっていかれると、いろいろと書いていますので、ご覧ください。
教育実習を受けなくても、小学校の正規教員になれる。
教育実習をせずに、なれる。
このことが、サラリーマンからの転職組にとって、どれだけの救いであったことか。
このことを、文科省は重要視していない。
それで、小学校教員資格認定試験を、数年先には取りやめる、としている。
このことに、反対したい。
文科省の趣旨には、
Ⅰ 小学校教員資格認定試験制度の趣旨
広く一般社会人から学校教育へ招致するにふさわしい人材を求めるため,職業生活や自己研修などにより教員として必要な資質,能力を身につけ,教員資格認定試験に合格した者には,教諭の普通免許状が与えられる道が開かれています。
と書いてある。
だのに、その道を閉ざす、という。
現在実施している3種類の教員資格認定試験のうち、「小学校教員資格認定試験」について当分の間、休止とすること(休止開始時期は、遅くても平成26年頃までには)(文科省のWEBより)
見直しの理由は、以下の3点。
(1) 通信制も含め、小学校の教員免許を取得できる大学数が相当数増えており、大学における教員養成ができる環境が整ってきたこと。
(2) 現役学生の受験者数が増加していくなかで、いわゆる社会人受験者の合格者数は著しく減少していること。
(3) 平成16年の国立大学法人化以後、現行の試験実施大学も含め、試験実施のための組織体制の維持が困難になってきていること。
反論。
(1)のように、たしかに通信制の大学が充実してきた。しかし、通信制大学でも「教育実習」は受けることになる。これが免除されることが、サラリーマンにとっての最大の恩恵だったのだから、通信制大学が増えたとしても、肝心の、「教育実習を免除する通信制大学」が増えていかなければ意味が無い。
(2)社会人受験者が少なくなったことが、「広く一般社会人から学校教育へ招致するにふさわしい人材を求める」の趣旨をあきらめる理由にはならない。
社会全体から、ふさわしい人、えらびましょうよ。
少ないからって、あきらめちゃだめだよ、文科省!
(3)大学での試験実施の体制が組めない。なるほど。これが実際の理由なのだろうな。でも、やっぱり、あきらめてほしくないなあ。
がんばれ!文科省!大学で試験実施できなかったら、どこか名乗りを上げる大学を探しましょう!特別予算を、どこかの民間企業から支援してもらって、もらいましょう!このための予算を、TOYOTAとか、どこかから出してもらえないかな。
トヨタ財団支援による、小学校教員資格認定。
今の現行の大学が、予算を理由に開催を断ってきたのなら、いいじゃないか、民間の支援だって、受けて行きましょうよ!
日本を再生したいなら、人材の再生を、していきましょうよ!
小学校教員資格認定試験については、これまでにいろいろと書いてきている。
小学校教員資格認定試験
このことで、ひさしぶりにメールが届いたので、書いておく。
小学校教員資格認定試験の見直しについて
小学校教員資格認定試験の見直し、ということが取りざたされている。
文科省のWEBでも情報公開されているのだから、これはかなり確定路線のよう。
この試験の一番のポイントは、なんといっても、これに受かりさえすれば、教育実習に行かなくても教員免許がとれる、ということだ。
このことが、すでにサラリーマンとなって妻子を養う立場の人間には一番のメリットであった。
教育実習が、2、3日ならば休みも取れよう。
だが、1ヵ月である。
この一カ月の休みが、サラリーマンにはなかなかとれない。
仕事を辞めれば可能だが、給料が入ってこない。家賃が払えなくなる。一家が路頭に迷う。
文科省のWEBには、
「大学での教員免許取得がやりやすい状況になっていることもふまえ」
だのと書いてある。
しかし、いまだ、大学の通信課程の教員免許取得、という手段に、
この一番大事な、
教育実習を受けなくても免許取得ができる
というコースは存在しない。
(あったらおしえて!!!!この質問が一番、多いんです!!!)
つまり、この資格認定試験が無くなった途端に、キャリアをやり直そうとする人間の切り捨て、が始まっていくのだ。
何代か前の総理大臣が、再チャレンジのできる日本、ということをおっしゃっていた気がする。
それと、逆行している。
あ、わかった。
臨時任用のアルバイト教師を、増やそうとしているのかも。
サラリーマンを辞めて、将来教師になろうとする人は、アルバイト先生をやれ、というんだろうな。
でも、給与は低いし、やはり家庭を支えるだけの給与がないなら、実質、それは無理、というもの。
私自身、地元の教育委員会に打診してみたが、すぐに講師の口を案内してくれるほど、甘くないのが現実だ。
エンジニアをやっていた年の最後、2月に面接をした。
面接の後、最初に提案された仕事は、音楽の臨時任用。
これはすぐに断った。だって、ピアノもひけないし、直前まで宇宙研でハッカーと闘っていたエンジニアが、音楽の先生にすぐにやれるわけない。
次に案内されたのは、市でもっとも遠い学校。自動車をもっていない私に、通える場所ではなかった。電車とバスを乗り継いで、1時間30分。駅やバス停までの徒歩時間を合わせると、合計2時間。
そこで、1年生プロブレムの対応を週3日。給与は・・・家賃と食費がぎりぎり、という感じ。病気にでもなったら、と思うと、妻子を前に、「これでいく」と言えなかった。
わたしはそれでも、3件目でまあまあ通える学校を提示してもらえたからよかったが、自治体によってはむずかしいところも多いだろう。
こんな状況だから、教育実習を受けるに際して、会社を辞める、というのはかなりの大きな決断になってしまうのです。
光村の教科書。2年生。
「大きくなあれ」の詩がある。
ぷるんぷるんちゅるん
のリフレインが楽しい詩だ。
この詩を習ったあと、名文スキルの「雲」をやった。
「雲」は2連に分かれる。それも真ん中で分かれる。
構成が、「大きくなあれ」と同じだ。
詩というものは、大きく分かれて、「連」というまとまりになる。
それをくりかえし教えるのに、この順序はとてもよかった。
ついでに言うと、「雲」という漢字もこの時期に習うから、これもちょうどグッドタイミング。
ぷるんぷるんちゅるん、という詩が大好きになった子どもたち。次の図工の時間は、ぶどうの絵をかこうか、というと、歓声をあげていた。
さて、図工の時間。
○用意するもの
絵具、藍色、黄緑。
ぼくじゅう。
クレパス、黄緑、黄土色。
めんぼう。
竹ぐし(またはわりばし)。
パレット。
画用紙(はがき大に切っておく)
竹ぐしにぼくじゅうをつけ、○をかく。
このとき、子どもによってはかなり小さな○をかいてしまう。
だから、100円玉くらい大きな○をかくよ、といって100円玉をみせ、実際に教卓の周りに子どもを寄せて見せ、教師がかいてみせる。
その○から、おとなり、おとなり、と○を描き足して行く。
このときに、○をそのまま描いてしまうとぶどうの粒のかさなりの具合がでてこないので、形が「C」のような形のぶどうの粒を描こうね、と声をかける。
ぶどうが描けたら、絵手紙なので、言葉をかく。
「ぷるんぷるん、ちゅるん」
と書く子もいて、おもしろい。
国語の詩が、ずいぶんとのこっているのだ。
「夏休み、おじいちゃんありがとう」
と書く子もいる。
実際に手紙として、おじいちゃんに贈りたいのだ、という。
なるほど、それもいいね。
裏に住所を書いて、切手をはれば、立派なはがきになるよ。
しばらく乾かす必要があるので、そのすきに、2枚目の画用紙に、マスカット(黄緑のナイアガラ)を書く。
こちらはぼくじゅうがないので、かんたん。
さきほどぼくじゅうで描いた、丸いぶどうの粒を、黄緑のクレパスで描く。
茎の部分がちょっと枯れかけてきているので、黄土色の軸を描き、めんぼうでちょこっとこすっておけば、りっぱな軸の完成。
このあたりで、さきほどの墨汁の方をみてみると、かわいてきている。
そこで、めんぼうの先に藍色の絵の具を少々、水をたっぷりふくませ、くるん、とぶどうの粒の中をひとまわり。
ハイライトの部分はわざと白く、画用紙の色を残しておく。
つまり、なにも描かない部分。
ここが白く光るように見えて、なんだかぶどうの一粒一粒がしっかりと光っているように見える。
おいしそうなぶどう、巨峰ができあがる。
さて、ナイアガラの方がのこっていた。
こちらは、黄緑色の絵具と水をまぜ、これも同じく、つぶの上でくるんちょ、とやる。
ハイライトができて、ぶどうのつぶが光ったようになる。
みんな、はやくもってかえって、おうちの人に見せたい、と言うような作品になった。いいなあ。
2年生というのは、やはり、小さな生き物に対しての興味が相当に強いのだろうか。
ふりかえってみると、自分だって2年生のころは、そうだった。おたまじゃくしだの、かまきりだの、えびだの、さわがにだの・・・。ともかくつかまえられるだけの生き物をかごに入れ、縁側の下で飼っていたものだ。
母親があきれたような顔をしているのも面白かったし、姉から
「どれどれ?」
と興味をもってもらえるのもうれしかった。
朝、早い時間に家族の中で自分だけ早く起きるのが楽しかった。そして、縁側にねそべって、下の飼育箱をいくつも眺めるのがおもしろい。早朝の静かな世界の影で、それぞれの箱の中で、自分の子分がせいいっぱい生きているのがかわいくて仕方なかった。
さて、学級でひょんなことから、カマキリを飼いはじめた。
そして、昼休みにはカマキリのえさをさがすのが流行。
えさは、糸トンボ。
それがまた、学校の庭だというのに、よく飛んでいるのだ。
周囲は田園地帯だから、トンボが豊富。
カマキリは幸せだろう。
子どもの勢いにおされて、こんなことになってしまったが、おされながらもうれしかった。子どものパワーを感じたからだ。
こっちはとぼけて、
「えさは何を食べるの?」
とか、きいていればよい。
勝手にしらべて、とんぼ、とんぼ、とつかまえにいく。
名前は、かまちゃん、だそうだ。
それも、クラスで共通の認識になってしまった。
網もひとつしかないのに、けんかもない。
だれかが網をもって前庭に出ていくと、
それを見た子たちは、
「○○ちゃん、えさ、よろしくね!」
と声をかけている。
こういうことで、とっさに教師は想像をしてしまっている。
「○○ちゃんばっかり、網を使って、わたしに使わせてくれない!」
とか、
「勝手にかまちゃんだとか名前をつけてしまった!」
だとか、
言い合いになりそうなものなのに・・・
けんかにならないのは・・・
なんでかねえ。
算数の授業中。
3桁の筆算、引き算をしていた。
位の部屋を黒板に書き、十の位からもらってきて・・・
とやってると、突然、子どもたちの大声。
「せんせー!でっかいトンボが!!」
見ると、本当に大きなオニヤンマの姿が目にうつった。
オニヤンマは、じっととびながら、少しずつ向きを変えているだけ。
子どもたちは、あまりの大きさに、目を見張っておどろいている。
それにしても、なんとおおきなとんぼだろう。
最初は、黒い鉛筆が飛んでいるのかと思った。
トンボ鉛筆、というのはここからきているのか?
大人の手のひらを広げたくらいある。
トンボはつぎつぎと位置を変えながら、教室を忙しく飛び回った。
そのつど、女の子も男の子も、キャーキャーいいながら、手をふったりノートをふりまわしたり。
トンボ一匹で、かんたんに授業は成り立たなくなる。
仕方なく、
「窓を開けよう!」
と言うと、
その声とぴったりかぶるように、
「せんせい!つかまえよう!」
と何人もの子どもたちの声がした。
わたしはトンボを外に出したかったが、ともかくも、子どもたちの前でポーズをとらねばならない。
つかまえるふりをして、うかつにも窓の外ににがしちまった、ということにしよう、と私はひそかに心の中で思った。
トンボは子どもたちの頭の高さから、わずかに高いくらいの低空をとんでいた。
わたしはバケツをもって移動し、とんぼをつかまえる、ふり、をした。
「せんせい!バケツじゃむりじゃない?」
それで、わたしは無言のまま、今度は買い物かご(よくスーパーにあるやつ。教室に、一個置いている)をもって、トンボの方へ向かった。
トンボが窓際をうろうろしているところに、わたしがのろのろとやる気なく近づき、そっとかごをかけると、なんと、あっけなく、かごの中に、トンボが入ってしまった。
「せんせー、すごい!!!かごでヤンマをつかまえた!」
クラス中が、いまやこれまでにもなかったような歓声で、私を称え始めた。わたしは、ひっこみがつかぬ。算数は中断したまま。
「せんせー、飼おう!」
わたしはその後、段ボールにカッターナイフで切り込みをいれ、ビニールをかぶせて簡易の飼育箱を作成。それを子どもたちはワイワイ言いながら応援し、飼育箱ができると、さっそくヤンマを箱にうつした。
算数の時間は、それで終わった。
次の時間は、オニヤンマの名前決め。
こんなはずじゃなかったのに・・・。
我が家のクーラーは古いのが一台、リビングにあります。
寝室にもあったのですが、故障で動きません。
この夏、買う予定もあったのですが、
「東日本大震災でみんなが節電しているときに、クーラーなんて買ってはいけん!」
という理由から、買わないでしのいできました。
もっぱら、扇風機でしのいでいましたが、さすがに蒸し暑くてたえられなくなり、ついに、
「寝室にも冷えた空気を!」
と、行動に出ました。
写真をみていただくと、クーラーから大きなビニールの筒が、寝室に届いていることがお分かりかと思います。
これが、新発明の、「じゃばらで別室まで冷やす筒」です。
材料は、大きなごみ袋と、工作用の竹ひごのみ。
さて、この効果はいかに・・・。
すっごい、すずし~!!!!!
筒から、ひんやりと冷やされたクーラーの冷気が、じんわりじんわりともれてきます。すぐに、寝室も冷えてくれました。
これで、寝られる!
リビングは逆に冷えませんが、それでいいんです。だれもいないし。
すごいねえ。クーラーから10メートル離れた別室が、この筒のおかげで、どんどん冷えてくれました。うれし~!!
2学期が始まった。
この学期のはじめに、思うことがある。
それは、児童を知りたい、ということ。
子どもがその子どもらしく生きることで、いろいろな活動が生まれる。
いろいろな活動があるから、学級が生きてくる。
子どもらしい活動がないクラスから、活動のあるクラスへ、変貌させたい。
その子を見ている、と思っている教師は多い。
でも、見ているのは、今のその子に現れている一時的な現象面がほとんど。
本当に、その子の真意を知っているかというと・・・。
その子を知らずして、
活躍している、とか、
満足している、とか、
育っている、だとか。
実在している一人ひとり、その子を知ろうとすることを抜きにしては、何も始まらない。
子どもは、
「わたしを知ってくれている先生」
に、教えてほしい、担任してほしい、と思っているはず。
学級を率いてほしい、その担任に、わたしを知ってほしい、と思うからこそ、毎日話しかけてくるし、事件を起こすし、だだをこねるし、勉強をがんばるのだ、と思う。
廊下を走る子がいる。
注意はするが、それが当たり前になっている。
2学期が始まったので、職員会議で話題になった。
どうやって、指導していこうか。
廊下を走るのは、なぜか。
小学校1年生で入学する子たちは、ひろいところに出ると、走るのがたのしくてしょうがない。
廊下も、格好のフィールド。まるでかけっこの競技場のように感じている、ようだ。
ビューン!
と声を出しながら、笑いながら走っていく子。
そのまま見ていると、こちらも思わず笑ってしまうくらい、明るい。
なぜなら、彼らには、罪悪感も、悪いことをしている意識もまったくない。怪我をするかもしれない、という気持ちもない。
たのしくてしかたがない。
こういった1年生を指導し、学校のルールを教え込んでいくのが学校という装置である。
しかし、1年生によっては、そういったルールが意識に入っていかない、しみこんでいかないタイプの子もたくさんいる。
すると、やはり廊下は走る場所になってしまう。
これが2年、3年、と教師を悩ませながら進級し、上級生になっても全力で廊下を走る子になる。
怪我をしても、そういった子たちはわりと運が強いのか、1年に一度、大きなたんこぶをこしらえるくらいが関の山で、いっこうに懲りる気配はない。そのまま大人になっていくのだろう。
「怪我をするよ!」
ほとんどの先生が、これを言う。
実際に、なまなましい話をして、低学年の女の子なら気が遠くなってしまうような話をする先生もいる。(わたしもよくやる。)
廊下を走った挙句に頭から滑り転倒しガラスに身体ごと突進した話。
永久歯が欠ける、血がだらだら出る、たんこぶから血が噴き出し、そこを針で縫う・・・とびちったガラスの破片が目に突き刺さり、眼球がつぶされた、という話をしたときは、教室が完全にシーンとなったこともある。
でも、廊下を走るのが減らない。
これではならじ、とさらに教師も意を決して頭に鉢巻きを締め、さらに生々しい映像をまるで見てきたかのように、これでもかと語るが、効果がない。
スプラッタムービーもかくや、と思わんばかりの、活動写真時代の弁士も兜を脱ぐくらいの真に迫った怪我の話をしても、効果が無い。
・・・
ともあれ、ふりかえってみると、私自身も廊下を走った記憶ばかりだし、私が小学生のころの先生たちも、廊下を走るのは苦々しく思えども根絶させるのは無理だと感じていたように思う。
廊下で思い切り走って、鬼ごっこをしていた日を思い出す。
となれば、今の小学生にだって、廊下を走るな、というのはもとよりなにかこちらが子どもの本質をとりちがえているのだろうか、土台無理な話なのかもしれない。
しかし、そうはいっても、指導の方法を探り続けないと教師は生きていけない。
どうやって生徒指導していくのか。
学級で全員に、廊下歩行シートをくばり、毎日帰りにふりかえって◎○△でもつけてもらうか。
どうかねえ。
まったく自分ではたのしくない提案だし・・・
他の学校で、廊下歩行の指導法で、画期的なものはないのだろうか。
「廊下を走っていたら、おかわりなし」
「廊下を走ったことで他の先生に叱られたら、ゴミ拾い10こ」
「廊下を走ったのを見つけられたら、帰りに反省文」
なかには、こんなペナルティも。
「廊下を走ったら、元の位置にもどって、そこから歩く」
こんなことなら、山ほどやってきたのに、それでも廊下を走っている子が絶えないのだから、これはなにか、根本がちがっているのかなあ。