年末、大掃除。
大量の紙、書類、印刷物をひもでくくっている。
秋からずっと、ためてきたストックがあった。
すぐに資源ごみで出してしまうものと、
当面の間、3か月ほど、保存しているものと、
1年以上・長期保存するものとに分けている。
3か月ほどの保存箱、から、いろんな書類を整理しようと引っ張り出した。
そこで、ハタ、と目がとまった。
わが子の、幼稚園の運動会の書類。
その、プログラムの紙に、ある歌の、歌詞が掲載されていたのだ。
宮崎アニメ、「崖の上のポニョ」。(作詩:近藤勝也・宮崎駿 作曲:久石譲)
そういえば、これが、プログラムに掲載され、配布されたのだった。
配布された対象は、父母、そしてその日集まった、一般の人にも配られた。
幼稚園の運動会。
著作権の侵害に、当たらないのだろうか。
見ていて、職業がら、ちょっと気になった。
調べてみると、
著作権法35条1項は、
「学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」
と定めている。
この要件は、以下の六つにまとめることができる。
1)コピーが許されるのは、学校その他の教育機関。
2)コピーの主体は、「教育を担当するもの」および「授業を受けるもの」
3)「授業の過程」での使用を目的とすること。
4)コピーの範囲は、授業について「必要限度内」であること。
5)コピーしてよいのは、「公表された著作物」であること。
6)著作物の種類、用途、複製部数、複製態様にてらして、著作者の利益を不当に害しないこと。
たとえば、ホームページのコピーと配布も、上記の6要件を満たし、授業の過程で使うのであれば、開設者の特別な許諾は必要ないことになる。
授業にあたるものは以下。
特別教育活動(運動会など)、ゼミ、実験実習実技、出席や単位修得が必要なクラブ活動。
また部活動や林間学校、生徒指導、進路指導など、学校の教育計画にもとづいておこなわれる課外指導も「授業」に相当する。
したがって、幼稚園が非営利の学校扱いであれば、その運動会は「授業」に含まれるので、OKである。
・・・ほっとした。
2008年12月
尊敬できる大人がいないことが問題だ。
株式会社 寺小屋モデル代表の山口氏は言う。
偉人伝を伝える講座を展開している。
幼稚園、小学校、さまざまな場所で、偉人伝を話して聞かせる。
幼児も小学生も、みんな、しんとして聞き入るそうだ。
問題意識がある。
一人前の大人として、生きる基礎が身についていない。
かくありたい、という理想、それが、ない、ということは、生きる基礎がないのに等しい。
そんな問題意識が、山口氏にはあるようだ。
偉人というと、どこか遠い星の人、というようなイメージでとらえる子が多い。
自分とのつながりなど、まったく想像すらできない、というのだ。
ところが、こういった偉人の話をだんだんと積み重ねて聞いていくうちに、
この人たちがおじいさんのおじいいさんのころの人だとか、今の○○県のところにいた人だとわかって、目の輝きがちがってくる、
のだそうだ。
自分はこう生きる、という思いをひそかに持つこと。
思いを持つことができる子に育てること。
それが、必要だ、ということのようだ。
読んでいて、まったく同感だ。
生き方、という言葉が、日々の生活に響いてくるような言葉であるべきだと思う。
子どもであっても、自分の生きざま、ということが感じられるように毎日を生きるべきだと思う。
しかし、それは、なにか「出会い」がなければ、むずかしい。
その出会いにふさわしいのが、山口さんいわく、伝記、偉人伝なのだ。
感化されて、すぐに偉人伝を購入。
冬休み、すぐに本屋に行けることがうれしい。
授業のある毎日、夜9時まで営業している本屋にさえ、なかなか行けない。
買ったのは、「斎藤孝の親子で読む偉人の話」。
3年生用、というのを買った。
ほかに、1年生から4年生まで、シリーズがあった。
3年生用には、福沢諭吉、チャップリンとMr.ビーン、
ソニー、井深大と盛田昭夫、ゴッホ、アインシュタインなど。
そこに、原爆で亡くなった広島の中学生
そして、
カズ(三浦知良)
が入っている。
ポイントをおさえている。
子どもに、ぐっと迫る内容だけを、ピックアップしている。
余計な情報がない。これがいい。
授業で扱うにも、このくらいの中身がいいな。
そう思えた。
○顔じゃんけん
「じゃんけんぽん」のあと、一呼吸おいて、顔でじゃんけん。
口をすぼめたら、グー。
舌を出したら、チョキ。
口を大きく開けたら、パー。
同じ顔だったら、あいこ。
○裏表じゃんけん
仲間分け、チーム分けの際に。
じゃんけんぽん、で、手の甲か、平か、どちらかを出す。
手の甲チームと、手のひらチームに分かれます。
あるいは、多い方が勝ち。少ない方が負け。
早く、一人のオニを決めたい時などに。
○フランスの4種じゃんけん。
グーが石。
チョキがはさみ。
パーは、木の葉。
ここまでは、大体、日本と同じ。
そこに、井戸、が加わる。(手で筒のような形をつくる。)
ルールは、井戸は石とハサミに勝つ(石とハサミは井戸に沈んでしまう)、ハサミは木の葉に勝つ(切ってしまう)、木の葉は井戸に勝つ(井戸をふさいでしまう)、木の葉は石にも勝つ(包んでしまう)、石はハサミに勝つ(切れない)となっている。
※これは石が弱いので、石を出すと負ける確率が高くなる。
○奇数・偶数じゃんけん(イタリア)
はじめに、偶数か奇数かを宣言し、「じゃんけんぽん」で片手の指を何本か立てます。
2人の指の合計が奇数か偶数かで勝負を決めます。
○指じゃんけん(モンゴル)
モンゴルのじゃんけん。
「じゃんけんぽん」で、5本の指のうちのどれか1本を出します。小指は薬指に、薬指は中指に、中指は人差し指に、人さし指は親指に、親指は小指に勝ちます。隣どうしの指が出なかったら「あいこ」です。
○給食じゃんけん
給食のおかわりに。
子どもどうしでじゃんけんすると、ずるをすることがあるので、公明正大にするためのもの。
身振りでじゃんけん。
遠目でも、教師にも他のみんなにもわかる。
パーは、両手両腕を大きく広げて、上へ。手のひらはもちろん、パーの形。
チョキは、それを、頭上で、X字状に、交差する。指先は伸ばす。
グーは、胸の前で、腕を交差する。こぶしが反対の肩あたりにくる。手の先はグー。
誰が勝ったか、一目瞭然。教師が「じゃんけん、ぽん」の合図を声かけすることで、
「○○くんがずるした!」
というトラブルを防ぐ。
ずるい子は、自分から勢いよく声を突然気弱な子にかけ、とっさに出したあいまいな手を
「それ、グーだろ、オレはパーだから俺の勝ち!」
と叫ぶが早いか、おかわりの権利を奪ってしまうからだ。
外国の方が、ずいぶんと日本に来てくれるようになってきているらしい。
ところが、こんなニュースが。
京都の舞妓さんが、外国人観光客に追いかけられて、迷惑しているとのこと。
ttp://osaka.yomiuri.co.jp/news/20081220-OYO1T00407.htm
おそらく、外国人の観光客は、舞妓さんを写真に撮りたいのだろう。
それが、おそらく本物の舞妓さんで、お座敷に急ぐ状況であるから、問題視されているのだ。
であれば、政府はこれに対して、何かの手をうつべきではないか。
どうしてここで、政府が?
という疑問が湧く人もいるだろう。
それは、日本政府は、観光立国を標榜しているからである。
観光という一面によっても、国を成り立たせることをしよう、というのだ。
それが、国の、大きな方針なのである。
であれば、おそらく高額の費用を支払い、日本にわざわざ訪れてくださった外国人に対して、もっと親切に接するべきだ。
京都市が雇い入れてもよいのではないか。
舞妓さんを。
観光用の、というのでもよい。
観光用とわりきったとしても、たっぷりと写真が撮れて、質問ができれば、観光客は満足してくれるのではないか。
地元、国元に帰国して、たっぷりと日本のミステリアスな魅力について、周囲の人に語り、PRしてくれるのではないか。
親善大使である。
観光客こそ、親善の力になる。
大事にしさえすれば。
それを、なんだか迷惑がっているだけじゃ、それこそ芸がない。
いろんな舞妓さんにまつわる常識や知識の説明をいろんな外国語で話ができる場、を設定したらどうであろう。写真を撮るための場所を、提供したらどうであろう。
京都市、がんばれ!
行政は、観光客にマナーを求めるのではなく(それじゃ逆さま、あべこべだよ)、観光客に、ふさわしいサービスを提供すべきだ。
行政は他に<求める>のではなく、行政が自ら<提供>するのだ。
それを勘違いしているから、立場が入れ替わっている。
「まったく、近頃の観光客と来たら・・・」
なんてことを言っていて、よいのか、ということ。
観光立国は、学校現場、教室で子どもたちにも伝えていかねばならない。
そういった中で、
「舞妓さんが迷惑してるから、観光客(がくるの)もよしあしだな」
なんてことを説明していたら、どれだけ本筋とずれてしまうことか。
観光庁も泣きますよ・・・ネ。
Teacher Burnout Syndrome
「長期間にわたり人に援助する過程で、心的エネルギーが絶えず過度に要求された結果の極度の心身の疲労と感情の枯渇を主とする症候群」
だそうだ。
理由について、佐藤学氏は、
(1)仕事の成果が見えにくいという、職務そのものの曖昧性
(2)人と直接関わるために生ずる日常的な強い緊張感
(3)継続的な多忙感
(4)努力が必ずしも良い成果を生まない場合も多い教職という仕事の複雑さと難しさ
(5)真面目に、理想を追い求めようとする人が多いこと
をあげている。
佐藤学(1995)『学び その死と再生』太郎次郎社より。
なるほど、そうか、という思いと、
これだけでくくれないだろう、という感じもする。
なんでこんなことを調べることになったかというと、
友人から、
「楽しくって仕方ないでしょうが、あまり燃えすぎないようにね!
僕が通っている兵庫教育大学で「教師のバーンアウト」を研究している教授がいるけれど
情熱的な人ほど、燃え尽き症候群にかかってしまうことが多々あるみたいだし。
ほどほどに。そこそこに。
でないと、まじめにやればやるほど、教育界というところは問題がつきないでしょう?
末永くやれるように、自分の心のケアもしっかりしてくださいね♪」
というメールをもらったからだ。
そこで調べてみたところ、
男性では20代の教師が、
女性では、40代の教師が、
もっともバーンアウトになりやすい、という調査結果があるそうだ。
同じ職場に、本音で語れる人がいるか。
気持ちを共有できる人がいるか。
気軽に相談できる相手がいるか。(心から信頼できる人であること)
次善の策、その又次の手がある、と考えられるか。
万策ある、と考えられるか。(一つの手でダメでも、あと9999策ある)
・時間が解決することもある、と思えるか。
・気晴らしの趣味があるか。
・休む勇気。
最後の3つは消極的策ではあるが、とても重要なこと。
積極策には気持ちを共有しあえて、支えてくれる友の存在が必要だろう。
わが身をふりかえると、そういえば、
本当にゆっくりと、心ゆくまで、話し合ったことのある人が同じ職場にあるかというと、どうもこころもとなくなってきた。同僚とは仲良しではあると思うし、思いたいが、本当はどうか。
つきつめて自分の心に問うていくと、自分が初任者であるという遠慮はのぞいたとしても、少し自信がない。
ゆっくりと、遠慮なしに、自分の素直な気持ちや愚痴を、心底満足するまで、言えたことがあるかなあ。毎日いろいろこぼす相手はいるけど、<本当に>心の底から「話し合った、通じ合った」となったことがあるか、ということ。
愚痴も言えないような人間関係では、さびしい。
3学期の音楽。
4年生は、グリーグ作曲の「ペールギュント組曲」の鑑賞、がある。
ペールギュントの物語は、イプセンの戯曲が元、となっている。
1)怠け者のペールは、母親と二人暮らしの男。
2)純情なソルヴェイと恋におちる。
3)ところがかつての恋人イングリを結婚式場から連れ去るなど、ひどい男である。
4)森の中をさまよううちに、緑色の服を着た女と出会う。
5)女の実家に行くと、そこはなんと魔王の宮殿。女は魔王の娘だった!
⇒ 「ドヴレ山の魔王の広間にて」第二幕、8曲目。
6)ほうほうの体で逃げ出し、国外(アフリカ)へ行って大儲け。
⇒ 「朝の気分(朝のすがすがしさ)」第四幕、13曲目。
7)4人の男に騙されて、一文無しに。
8)ところが砂漠で盗賊の金貨にありつき、金持ちに。
9)しかし、惚れた女に騙されてすべて取られる。
10)嘆きのうちに、夢の中で恋人ソルヴェイの讃美歌を聞く。
11)必死に帰国する。難破してもくじげずに・・・。
12)なんとか帰国すると、なんと恋人ソルヴェイが彼を待っていた。盲目になりながらも・・・。
13)ソルヴェイのひざの上で眠るように死んでいくペール。そこへ、かつて聞いたことのある、ソルヴェイの讃美歌が聞こえてくる。
⇒ 「ソルヴェイ(ソルヴェイグ)の子守唄」第五幕、26曲目。
教科書会社の資料に添付されてきたCDには、
上記のうちの、3曲が入っている。
つまり、
⇒ 「ドヴレ山の魔王の広間にて」第二幕、8曲目。
⇒ 「朝の気分(朝のすがすがしさ)」第四幕、13曲目。
⇒ 「ソルヴェイ(ソルヴェイグ)の子守唄」第五幕、26曲目。
この3曲である。
この3曲を、ただ聞くのでなく、
魔王の宮殿!と思いながら聞いていると、さらに臨場感が湧く。
また、
朝の気分だ!と思うと、朝やけの光景までがイメージに浮かんでくる。
かつての恋人、何十年も男を待ち続けた女性の、歌声だ、と思うと、そのことの大きさに、なんとも真に迫ってくる思いのする、歌声である。
この3曲、よく選んだな、と思う。
さすが教科書、である。
3学期の授業。
この教材、物語を使って、どのように、子どもたちの「鑑賞意欲」を刺激する授業が展開できるか、楽しみだ。
これまた、初任者研修での よもやま噺(ばなし)。
ある初任者仲間の言うのには、その学校は、環境教育の一環として、
「リサイクル」
を行っているらしい。
「まだやってるんだ」
「行政がやってる仕組みを教えた方がいいんじゃない」
いろいろと意見が飛び交う中、話には、意外なつづき があった。
「ところが、リサイクルの日になると・・・」
朝、環境委員会が、玄関のところで、リサイクルを呼びかける。
1年生が黄色い帽子をかぶって、元気に登校する。
「おはようございます!」
委員会の仕事は高学年だ。
おにいちゃん、おねえちゃんたちに向かって、元気にあいさつをしてくれる。
ほほえましい。
異年齢交流、などという好ましい単語が、頭をよぎる。
ところが、おかしいな、と思うのだ。
クンクン・・・
なにか、へんなにおいしない・・・
高学年は、またか、と思う。
つまり、1年生が、酒臭いのだ。
アルコール臭を、ぷんぷんさせて、ビールのアルミ缶の入った袋を手に提げてくる。
くさいので、その袋を、腕で前に突き出すようにして、持ってくる。
はーい、ありがとう。
受け取ったアルミ缶は、カンをつぶす、専用の機械で、高学年がつぶしはじめる。
足でペダルを踏むと、アルミ缶がかんたんにつぶれる、便利な道具だ。
導入は、アルミ缶のリサイクル運動が叫ばれた、10年以上前だという。
COP3の頃だろうか。
あるいは、リオの地球サミットのころか?
高学年がいよいよアルミ缶をつぶす。
アルミ缶といっても、要するに、ビール缶、である。
いきおいよく、ペダルを踏む。
ぷしゅー!!!
これまた、いきよいよく、ビールの泡が、四方に飛び散る。
一気に、学校の昇降口、つまり玄関付近はアルコール臭くなる。
1年生は、それをみて、眉間にしわをよせ、
「くさい!」
と言いながら、小走りで教室へ逃げていく。
高学年は、良心の痛みを感じながら、あいまいな微笑で、それを見送るのだ。
「ごめんね」
「だから、ビールの泡をとばすなって、言ったろ!」
高学年はお互いに口喧嘩を始めてしまう。
1年生の先生が、心配で見に来る。
「ほら、○○ちゃん、早く行こうね、ソラソラ・・・」
1年生の背中を押しながら、すばやく教室へ連れて行く。
次の1年生も、ビール缶。
アサヒだ。
次の2年生は、キリン。
ビール缶が多い。
ビール缶だけを禁止したら?
酒類は全面禁止だよね。
「いや、それだとまったく集まらなくて、つぶす機械がもったいないってんで、ビールも、やはりアリ・・・、なんだよ」
と、勤務校の先輩が教えてくれる。
しかし、つぶす機械を運転することが必要だからって・・・。
なんとしてでも、酒であってもビール缶であっても、是が非でも集めねばならないとは、いったいなんという仕組みであろう。
「PTAからもさ、缶を学校が集めてくれるから、便利で助かるって・・・」
朝、母親が、
「○○ちゃん、これ!今日、リサイクルでしょ!」
素直な低学年は、これに逆らえない。
高学年がほとんどリサイクルデーに何も持ってこないのは、敏感で、やはり何かを感じているからだろう。また、母親に抵抗するだけの力があるのだろう。
素直な低学年は、めげずに、母親から手渡されたビール缶を学校へ運ぶ。
学校のリサイクルデーは、家庭ではごみの日。ビール缶を、捨てる日、なのだ。
いや、問題はそこではない。
いったんやりはじまった、「よいこと」は、ストップが効かないのだ。
やめる、ということ。
やめる、という勇気。
今、学校に必要なのは、その勇気だ。
行事を、半分に減らそう。
学校スリム化。
必要だということは、みんな分かっている。(でもできない)
前回、学級の懇談会に犬が登場した話を書いた。
そのときは、廊下でキャンキャンと吠えたので、飼い主がすぐに帰宅したのだが、しばらくして、実際に本当に来たらしい。
これは初任者の会合で、続報を聞いた。
みんな、心待ちにしていたらしく、顔を合わすなり、
「そういえば、この間の話・・・」
とすぐに話題になっていた。
そこで、話の本人が言うのには、
翌日に再度、親から面接の日程をうかがう電話が入り、数日後、再度、登場したとのこと。
もちろん、散歩の途中である。
犬の散歩は、非常に重要だからだろう。
まさか、わが子の話よりも、犬の話ばかりだったんじゃ・・・
そんなことないよね・・・
みんなが期待したとおり、半分以上、犬の話だったそうである。
エー!!!
犬の方が、大事かよ!!! ←(みんな、同時にツッコミました)
2学期の給食、最終日を迎えた。
最終日のお楽しみは、「セレクト給食」である。
セレクト、とは、選ぶ、ということ。
2週間ほど前に、児童から希望をとった。
A: てりやきハンバーグ
B: てきやきチキン
このどちらかを、選択できるのだ。
さらに、飲み物。
A:りんごジュース
B:コーヒー牛乳
好きな方を、どちらでも選ぶことができるので、子どもも興奮状態であった。
「先生!おれ、てりやき希望だったのに!」
という、意見の食い違いをふせぐために、黒板には拡大した希望用紙の集計表がある。
給食当番が、
「○○さん、○○さん、・・・」
と、つづけて呼ぶ。
先にハンバーグを配るので、ハンバーグ希望者の名前を片端から呼んでいるのだ。
みんなの、真剣な表情と、いざ食べはじめたときのうれしそうな表情。
いいなあ、セレクト給食!
もりあがるもの。
それはそうと、これは昨日のこと。
今日は、給食がなかった。短縮授業で、子どもは昼過ぎにすぐ帰宅、である。
すると、帰宅前に、
「先生、いっしょにお昼たべよう」
と、子どもから声がかかった。
「ねえ先生、職員室で食べるの」 Sが訊く。
つづいて、仲良しのY さんが、
「昼はお弁当?」
ちゃんと答えるんだよ、というような表情。
「先生、奥さんがつくってくれたの?」
いろいろと、質問があいつぐなか、Sさんたち数人が、先生といっしょにお昼を食べるのだ、とやる気まんまん、である。
すぐに弁当つくってくるから。
そう言って、本当に弁当をもってきた。
しょうがないなあ、と言いつつ、会議室に子どもらを連れていく。
そこで、なにをするでもなく、ただ
「じゃあ、いただきます、だ。食べよう」
と、お互いにもってきた弁当をひろげて食べ始めた。
私も、買った弁当であったが、いっしょに食べ始めたのだが、そのときの子どもたちの会話が、なんとも初めて聞くようなニュアンスで、新鮮だった。
学校で、ざわつく教室で、しゃべっている様子と、ちがうのである。
この子は、こんなに静かにしゃべる子だったのか。
静かだけれど、昨日見たテレビの話を、あきることなく、話している。
たまに、おもしろくてお互いに笑いあう。
その感じも、いつもは感じたことのない、なんだかかわいらしい、幼いような表情で見えるのだ。
学校、という鎧をぬいで、しょっている看板をはずし、互いに向き合った。
一人の37歳の男と、10歳の男たち。
「レッドカーペットがいちばんおもろいよ」
「ぷっすまだよ」
「はねとびは、興味、なくなった」
「ほんと?」
「おれは見てる」
こんなたわいない会話が続いた。
なんだか、これまで感じたことのない、新しい感覚。
うまく説明できない。
ただ、お互いに、用もなく、共に、いる、という感じか。
ともかくも、どこからともなく楽しく、心がうきうきする時間だった。
なんだったのだろう。
自分の知り合いで、いわゆる有名になった人物というのはそうはいないが、ある人は、モデルとして商品に写真が掲載された。
そして、その写真が、数多くの製品と一緒に世間に大量に出回っている。
それは、パッチンしぼり、という100円商品と、これまた100円のたばこのポケット吸い殻入れ。
パッチンしぼり、というのは、いったい何を止めるのかというと、それこそなんでも止められるのである。プラスチックの樹脂でできたその製品は、ビニールの口を密封したり、あるいはまた、わさび・からし・歯磨き粉・洗顔クリーム等のチューブ製品を最後まで絞りきることができる、大変に優れた発明品なのである(そうである)。
また、たばこの吸い殻入れ、というのは、熱に強いアルミ加工のしてある小さな小銭入れのようなポケットであり、ここにその名の通り、たばこの吸い殻を入れるのである。近くに灰皿が見当たらないときにだって、これがあれば、遠慮せずにたばこが吸える。これまた、たいした発明品なのである(そうである。・・・友人談)
知人は、その商品に写真で登場し、ビニール袋をパッチンと止めてみせたり、あるいはたばこの吸い殻を、そのポケットで消してみせたりしている。
ただし、写っているのは、彼女の「手」だけである。
「手」だけとはいえ、一つ一つの製品に、かならずその「手」は登場しているのだ。
なにしろ、何万個という商品の単位である。
商品の流通にともない、彼女の写真も同じ数だけ、世の中に流通していることになる。
ただ、世の人はそれが何か知りもしないし、興味も湧かないだろうが。
彼女は、包丁をきれいにスピーディーに研ぐ道具のCMにも登場している。それは、B4の大きさの商品パンフレットなのであるが、彼女の手がその道具を器用に扱っているシーンが、写真で掲載されている。
ここでも、彼女の登場は、手だけである。
人は、この手の持ち主(?)などには、興味を抱かないであろう。
購入する側にとっては、その商品が満足できる機能を果たすかどうか、という点にのみ関心を寄せるのであろうから。
しかし、私のように彼女を知る人間にとっては、商品よりも、その広告に使われた手の方に、興味がいく。
そうして、自宅にある商品のパッケージを見ながら、まるで彼女からなつかしい便りをもらったような、不思議な感覚にとらわれる。
「どう?そちらは。元気にやってる?わたしは、ほら、このとおり、元気でやってるよ」
商品広告の中の「手」から、そんな彼女の声が聞えてくるような、はなはだ、おもしろい感じがする。(だからずっと、使わないで置いてあるのだが・・・)
皇后さまが、インドのある会合でビデオ講演されたらしい。
そこで、子供時代の読書の思い出、を語られたそうである。
日本のテレビでも放映されたそうなので、ご覧になられた方も多いだろう。
その英語の講演はずいぶんと格調高いものであった、そうであるが、(これは私の職場の先輩いわく)
その話の最後に、こういう言葉をもって、しめくくられたそうである。
子供達が,自分の中に,しっかりとした根を持つために
子供達が,喜びと想像の強い翼を持つために
子供達が,痛みを伴う愛を知るために
そして,子供達が人生の複雑さに耐え,それぞれに与えられた人生を受け入れて生き, やがて一人一人,私共全てのふるさとであるこの地球で,平和の道具となっていくために。
・・・というのだ。
せっかくなので、英語の原文を。
So that children have firm roots within themselves ;
So that children have strong wings of joy and of imagination ;
So that children know love, accepting that at times love calls for pain ;
So that children see and face the challenge of life's complexities, fully taking on the life given to each, and finally, upon this earth which is our common home, become, one day, true instruments of peace.
どうであろう。
これが、読書が人間をつくる、というお話の、最後の締め、であったのだ。
皇后さまは、3人の子に、読み聞かせをしていた時間が、人生のうちでも、本当にしあわせなひと時であった、ということも述べられている。
職員室でこの文を読んでから、帰宅して、すぐに子どもに、読み聞かせをしたくなりました。
・・・ということは、やはり、教室の子どもたちにも、読み聞かせをするって、ことだナ。
初任者の仲間とひさしぶりに会った。
2学期もおしせまった、という時期にもかかわらず、他校で初任者の研究発表があったのだ。
「忙しい時期になってしまったねえ」
と言いながら、指導主事の先生も来られて、
「しっかり準備させてもらったから、この時期ならではの授業するからね」
と、発表者の代弁をしていらした。
発表者になっている、同じ初任仲間の先生。
われわれの控え室に挨拶にこられて、いやあ、と頭をかいている。
「がんばってください」
「緊張しますよ」
しかし緊張している様子でありながらも、その後、やはり子どもたちと一緒になって掃除をしている姿には自信もうかがえる。
堂々と、子どもたちに指示し、テキパキと自身も清掃に取り組んでおられる。
日頃の姿なんだろうな、と感心してみていた。
同じ初任仲間が、こうして授業をする機会がある。
それを見させてもらえる。とても新鮮な気持ちだ。
教室の掲示を、他の仲間と共に見ている。
工夫がある。
なるほど、と思うこと。メモをする。
すると、指導主事が来て、
「感心、感心。同じ仲間から学ぶことって、多いよね」
と声をかけてくださる。
こうして声をかけてくださる姿勢こそ、われわれが学ぶことなのだろうと感じる。
さて、このときの授業はとても学ぶことが多かったのだが、話はこれで終わらない。
この授業後の話し合いのあと、雑談風になったときのこと。
「先日、ついに、と思うことがありました」
と、ニヤニヤしながら、初任の仲間が話し始めた。
なにが、『ついに』なのか、と思って聞いていたのだが、これがすごい。
個人懇談の週。
学校に、かわるがわる、時間約束をしていた父母が面談に訪れる。
教室の前に用意された机とイスに腰をかける保護者。
教室には教師がいくつかの資料を用意し、個別の保護者と20分きざみのスケジュールで、懇談をしていく。
すると、ある保護者との面談の途中で、廊下の方から、オヤ?と首をひねるような音。
キャン!
なんの音だ?
と思っていると、
つづいて、
「シッ!しずかに!」
と声がした。
ますます、なんだろう、と思っていると、さらに大きなボリュームで、
「キャンキャン!!キャン!キャウーン!!」
と音が!!!
なんだ、なんだ?と、面談中の親と顔を見合せて首をひねっていると、
教室うしろの扉がガラッと開き、
「すみませ~ん。ちょっとうるさくしちゃったんで、パスして帰りま~す」
と、若い母親が顔を出した、という。
その後ろに、首輪につながれた、一匹の茶色いチワワ。
散歩の途中で、個人懇談に立ち寄った、ということであった。
それを聞いて、指導主事も笑い転げ、
「ついに、ねえー!」
「ははあ、ついに、ねえ」
「犬まで来たか」
「落ちたもんだねえ、懇談会も」
「散歩の途中かあ」
教師としては、
ここまでなめられたか、
という思いなのだろう。
それが
「ついに」
という言葉になって、みんなのため息をさそったのだろう、と思われた。
4年生。
もうとっくの昔に、わり算はおわってなくてはならない。
しかし、うちのクラスは、わり算が終わらない。
ためしに、テスト問題をみて、似たような問題を出してみるが、
「むずかしい」
「できない」
の反応。
これではいかん、と奮起し、主任と相談して作成したプリントを配布。
準備体操を怠りなく進めてきたつもりだのに・・・。
反省。
出発点において、今回の目標、ゴールがしっかりとえがけていなかったこと。
宿題に出すのを躊躇していたこと。
どうせ宿題はやってこないし・・・と逃げ腰だったのがイタイ。
もっとハッパをかけて、全員、やってこさせむ!!と握りこぶしを突き上げておくべきだった。
風邪をひいてしまった。
声が出せない。
そこで、画用紙半分に、油性ペンで指示を書き、授業を進めた。
すると、めずらしいのか、思いのほか、集中してくれる。
(これを読んで!)
という意味で、カードをふると、それを全員で声をそろえて読んでくれる。
全員でそろうのがすばらしい。
いつもよりも、もっとよい。
1時間目にそれをやり、2時間目には手持ちのカードが少なくなってきた。
というのは、ほめる言葉をたくさん書き足したのだ。
最初にあったのは、
「口をとじます」
「前を見ます」
「すわる」
などの指示ことばをカードに書いた。
あとで必要だと思い直し、加えたのが、
「すばらしい」
「きちんとしている」
「ていねい」
「そのとおり」
という言葉カード。
「そのとおり」を何度も使った。
マスクを外して、何度も実際の声で言おうとしたが、のどがつまって、声が出ない。
学校を早退する。
年休をひさしぶりにとった。
学期末、あわただしい中、学校を休むわけにはいかない。
体力勝負。
今から、薬をのんで、寝ます。
大学中退、ということに、なんら引け目を感じなくなった。
それは、やはり正規採用となれたことが大きい。
民間企業では、大学中退、すなわち高卒、という肩書はどううつるのだろう。
私はあまり学歴は重視されない零細?企業で勤めたので、そこのところがよくわからない。
ひとつ言えるのは、学校という公的機関では、大学中退というのはそれほど重要視されず、きちんと就職させてもらえた、ということだ。(もちろん給与などの面で違いはある)
公的機関にとっては、なにより大事なのは、資格の有無である。
基準さえ満たせていれば、きちんと教師として雇ってもらえる。
逆にいえば、「相手の提示する基準」さえ満たせば、就職できるのだ。
なぜこんなことを書くかというと、職員室で相談されたからだ。
職場の先輩、年配の先生に、
「うちの息子のことなんだけどサ・・・」
と相談があった。
つまり、大学に出席せず、まあアルバイトに精を出すかと思えば、不登校(?)のような状態が続き、とうとう中退するかどうか、というところにまでいってしまった、というのだ。
学生の本分を忘れて・・・と、先輩は言っていたが、ようするに、もともとあまり行く目的もなかった、ということらしい。
親としての心配は、
「この子はきちんと自立できるだろうか」
ということである。
この場合の自立は、ようするに
1)自分で生活できる
ということである。
それは言いかえれば、自分で社会に出て人の役にたつ仕事をし、タックスペイヤーになれるか(社会的に認められるか)、とういうことだ。
そこで、どうやらあやしい経歴をもつ、この私に相談をもちかけた、ということらしい。
まあ、比較的私の方がまだ若いので、聞いてみた、ということなのだろう。
(あまり、他に若い人がいないから)
それで、こう答えた。
・学歴はいつでも変更可能→ あとから思い直して通信制大学(通常と同じ学士の資格ももらえる)もいける。もしくは、大学等で科目等履修生として所定の単位を修得したのち、審査(申請書類、学修成果、試験)を通じて学位を取得できるシステムもある。(「大学評価・学位授与機構」での学位取得。)履歴に引け目を感じるのであれば、学歴を変えていくこともできる。
・学位は資格のうちのひとつとわりきる→ 学位がなくても二種の教員免許が取得でき、学級担任もできる。人生いろいろ。要る場合と要らない場合がある。こう考えると、教員というのは、比較的進みやすい道だと思う。民間企業では、「学位なし」は即ハネられることもあろうだろうから。
民間企業の面接で、通信制大学卒業のことを言ったところ、ユーキャンですか?といわれて絶句した友人がいたが、そんな程度の認識レベルの企業もある。
こういう話をすると、
「いざ中退してしまったら、他の人にどう思われるかが気になって、引っ込み思案の子になるんじゃないかと」
さすがに親ならではの心情。
愛を感じる。
子、というのには、少々トシがいきすぎているのではないか、と思うが、大学生になってヒゲが生えても、わが子は「子」なのだろう。
見たままの自分でしかない、と自分を受容するのは大きなテーマだ。
見た目の評価と決別し、自分は自分だと堂々とふるまえるのには時間がかかるのかもしれない。「見た目の評価」は、実は「親の評価」と似通っていたり、大きな影響を受けたりしているものだから、ようするに親離れをしていくことしかない。
この相談をもちかけた、先生自身の「大学中退」に対するイメージが変われば、もしかしたら子どもも楽になるかもしれないな、と少し思う。
しかし、渦中に居れば、気になるのがふつうの感覚なのだろう。
実際に、わたしも正規の教員になるまで、大学中退はなにかしら、心にひっかかるものがあった。一度採用試験に落ちたのは、大学中退だからだろうか、とか、いろいろとこじつけて考えたくなるものだからだ。
しかし、これだけは言える。
教員には、なれる!
ネバーギブアップ!
大学中退でも、教員になれる!
小学校教員資格認定試験もある!
なせば、成る!!!
12月5日、89歳で死去した評論家の加藤周一さん。
鶴見俊輔さんが毎日新聞にコメントを発表していた。
記事には、
・・・「九条の会」で「武力によらない平和外交の方がはるかに現実的で経済的」などと主張した。・・・
とある。
加藤周一さんのことは、学生時代に知った。
教師が教えてくれたのである。
高校時代に社会科を受け持ってくれた教師が、とても印象深い。
生徒がつけたあだなは、「カトヒゲ」といった。
名字(姓)が加藤で、ていねいに手入れした髭(ひげ)が特徴であった。
カトヒゲ先生は、平和外交とは何か、というような内容の講義をたくさんしてくれた。
加藤周一、鶴見俊輔、小田実、冒険家の植村直己、堀江謙一、『ものぐさ精神分析』の岸田 秀、などをさかんに紹介し、読書意欲をかきたててくれたのが、先生だった。
高校のくせに、比較文化の授業がとても多かった。
その入り口、入門となったのは、今でも覚えている、和辻哲郎の『風土』であった。
「わつじは論じます・・・一枚岩的な性質・・・」
というくだりを、今でもはっきり、覚えている。
というのは、先生のおっしゃる、「一枚岩」という言葉の意味を、知らなかったからだ。
そこで、授業後に、ノートにメモした「一枚岩」を辞書で引いて、ようやく納得した。
また、和辻の西洋文化と東洋文化比較の論の中で、東洋の曲線を意識した庭園造りと、フランスの宮廷庭園の直線様式をくらべていたことを読んだ私が、そのことを授業中に言うと、
「おお!ちゃんと読んでくれたか!」
と大げさに感動してくれた。
このことは、すごい。
たいしたことなのだ。
つまり、
教師の感動を自分が引き起こしたのだ、という誇りとヨロコビというのはとても強いもので、20年たってもそのことを生徒が覚えているのだ。いやはや相当なものだ、と思う。
カトヒゲ先生は、毎回の授業開始に、かならず一人に新聞批評をさせた。
新聞を読み、そこから得られるニュースに対して、意見を言わせるのだ。
高校生が言う意見だから、たいしたことはない。
しかし、おそらく目的は新聞を読ませることだったのであろう。
かならず、カトヒゲ先生のフォローと時事解説が入り、私たちはそのことによって救われていた。
おかげで、新聞を読む癖がついた。
当時連載されていた、朝日新聞の連載エッセー「夕陽妄語」を読むようになった。
私は仲間と共に、加藤周一さんに徐々に近づいていくことができたのだ。
今、加藤周一さんの本は本棚に一冊だけ。
しかし、本棚にずっと、20年前から、ある。
何度も引っ越ししたのに、捨てずにいたのは、高校時代のカトヒゲ先生の、これまた大きな影響のおかげであろう。
(・・・・・・先生というのは、そういう、なんらかの影響を強く与えてしまう、そういう、職業なのであるのだなあ。・・・・・・)
加藤周一さんのご冥福をお祈り申し上げます。
クエートという国から、一通のハガキが届いた。
表には何やら原色の派手な、クエートの町並みの写真が載っている。
はて、オレはこんな国と関係があったかしらん、と不思議な思いで裏をひっくり返してみると、そこには、なつかしい高校時代の友人の筆記が見つかったのだった。
友人は、最近ツアーコンダクターの商売をはじめたので、このところ頻繁に、日本と外国を行ったりきたりしているのだという。
「外国人の観光客が相手だから、道中はぜんぶ英語なんよ。大変じゃ」
と書いてある。
それをよんで、なんだかとても可笑しくなった。
彼は、高校時代、お世辞にもあまり成績のよい方ではなかったからだ。どちらかというと、そういった学校の勉強よりも、世間の人間の営みに興味を持ち、たくさんの本を読む読書家であった。
友人が活躍するのを知るのは、なんだか妙に面白いものである。
ことに、その昔、いっしょにいる頃には、なんとも頼りなくみえた友人が、いっぱしの格好をして活躍しているのだと思うと、
「うーん、・・・あいつがねえ・・・」
と、心配に似た気持ちが出てくる一方、誇らしい気分にもなる。
ツアーコンダクターをしている以前は、運輸会社に勤務していた。
どうも、あちこちに移動するのが得意なようである。
「オレさ、前世は騎馬民族だったと思うよ」
「なんで」
「定住するのが、なんかこう、肌に合わんからよ」
こうみてみると、学生時代の友人たちは、大体、自分自身のことをよく知っているのか、端から見ていても間違いのない、非常に適した進路を選んでいるようだ。
学生のときには、
「将来、何しようかなあ」
と真剣に悩んだものだが、あるいはそこで悩んでおいたおかげなのか、今となってみると、ぴったりの配役についているのが、なんとも面白く思われる。
レターボックスをひっくりかえしてみると、かつての学生時代の友人たちが、本当にさまざま、ヒトそれぞれの職業に就いているのがわかって、面白い。
「宮崎はとってもいいところ。毎日、おばあちゃんとデートだよん」
という、謎めいたハガキをよこしたのがある。
これは、宮崎の病院へ赴任した医者の友人の年賀状だ。
「先週帰国しました。帰国後、どうなるかと思っていた仕事ですが、無事に通訳の仕事ができそうです。また、タイにも行きます。あの国、気に入った!」
2年間、青年海外協力隊員としてタイで日本語教師をしていた友人の、帰国後の書状。タイを気にいる人は、多いみたいだ。
続けて、
「のんびりした人が多いな。オレも時間にはルーズだから、気質が合っているんだろう」
と書いている。
転職した男。
「今度、富士通に勤めることになりました。パソコン買うなら富士通にしてください」
と、ちゃっかり宣伝している。
同様に、
「ちゃんと、年金支払うように。税金もなるたけ多く支払うように!」
という、まあ半分冗談の文書もある。役人からの年賀状である。
大体、同年代の男から届く年賀状は、忙しいからなのか、ずいぶん簡略であるのが多い。また、その内容も、自分の就職した会社の業務をPRするものが多いようだ。まあ、お互いにしゃれのつもりでやり取りをしているのだから、これでいいのだ。
この年齢にもなると、子どもをつくって家族を形成する友人も多く、年賀状や暑中見舞いに、赤ん坊の写真をカラーで載っけて、いかにも嬉しくてたまらぬ、という風なのもいる。
まあ、率直に言って、そんなに美男子とも思えない写真に対して、
「きみの子にしては、なかなか整った顔立ちで・・・」
などと冗談交じりにメールで返事を書いてやると、
「いやあ、あんがと、あんがと」
と、なんだかやっぱり嬉しいらしく、それ以来、毎年のように息子の写真を送ってくる。
近所の商店街に、クリスマスソングが流れ始めた。
いよいよ、年末のうきうきするような感覚が訪れようとしている。
今年の年賀状には、どんなことを書いてみようか、何だか楽しみだ。
学校づくりの記
斎藤喜博さんの本
「学校づくりの記」を一気に読み終えた。
社会づくりとは、クレームをいかに処理していくか、ということの手腕が問われているのだろう。それがうまい人がトップに立つことで、みんながのびのびと自由に能力を発揮できるようになる。斎藤さんは、その社会づくりの過程を、学校という舞台と先生たちという素材をつかって、表現した。
印象に残ったのは、授業をよくするには、まず職員室をカイカクする、ということ。次に、教師は創造活動を積極的に行うのがよいこと。書道、絵画、散文、短歌、詩、音楽。こういったもので積極的に創造していくことで、児童に向かうエネルギーが涵養される、というのだ。
振り返ると、自分も、学校を出て以来、絵筆をもつ機会はめったにない。
詩や歌を作ることも、以前に比べたらほとんどなくなった。
しかし、なんらかの創作活動が、自分の生命エネルギーを刺激することは経験から分かる。本当は、こういった活動が好きなのだ。
元来、のめり込むタイプだから、日常とは逆の方向へベクトルをぐいっと引き戻してやらないと、頭がどんどん仕事の方に偏ってしまう。
「ちょっとは休めよ」
と何度、職場の先輩に言われたことか。
仕事偏重。
偏ったままで生きているから、休んで疲労を回復させようとしても、なかなかリフレッシュできない。常に会社のことを考えながら生きている、という状態で二十代、三十代を過ごすうちに、床擦れのように頭や心にタコができてしまっているのではないだろうか。
創作活動は、何もしないでボーッと休息するのとは違う、いわゆるアクティブレストである。
自分から、積極的に心を別方向へ向けて、動かす。
休日に寝て過ごすのと、好きなスポーツをするのと、どちらか疲労を軽減させるかというテストでは、体力的には寝て過ごす方がまさり(当たり前だ)、精神的には好きなスポーツをする方がまさる。
創作活動も、精神的な疲労を癒すのに有効だ。
加えて、創作活動には、疲れを癒す、という面だけではなく、人間の総合的な創造力をアップさせるのだから、なお良しとするべきだろう。
「学校づくりの記」では、職員室の先生方の心理をいかに調和的に保つか、校長である斎藤氏が苦心することが熱心に書かれている。
調和的に保つ、というのは、明るく、楽しく、ほがらかになるように、ということである。
それも生半可なことではなく、本人が相当な実力をつけ、自らが自らを頼むことで表裏の無い、どこにもこびる必要の無い、正々堂々と人間本来の明るさを保てるように、と考えている。
だから、その過程においては、こびた態度や卑屈な態度、尊大な態度、進歩する謙虚さのない態度、遠慮がちな態度、いわゆる堂々とした態度でないものは、校長がまるで重箱の隅をつつくようにして掘り返し、衆知の場に出され、いわばお天道様の前で反省と進歩を求められる。
これがいやでたまらない先生もいたようだ。
しかし、おかげで陰湿な部分はなくなり、カラッとした明るい空気が学校を支配する。また、なんでも本音で相談すれば、みんなの考えで良いように工夫していけるのだ、というより積極的な考えが生まれ、和気藹々の笑顔がたえない学校になっていくのだ。
うまく話しが行き過ぎだ、という声もあるが、すべて事実だから驚く。
実際には当事者にはいろんな感想があっただろうが、この学校に関わることができたことに感謝する教員もたくさんいたようだ。
教師と保護者が、いっしょになってゲームやダンスに興じ、子どものことをいっしょになって考え、授業の進め方についても親が親身になって知恵を出していこうとする。こんな学校があるだろうか。
本の中で一番印象に残ったのは、交流会で親と教師がゲームをしながら笑い転げているのを、部屋の外で黙ってみている子供たちの描写である。
部屋の外には、いつの間にか子供たちが集まってきて、親たちの姿をながめているのだった。
どの子も黙っていた。
しかし、その顔は満ち足りて、今にも笑い出しそうな顔でうれしそうなのだ。
ダブルダッチを流行させようとしている。
理由は、ご多分にもれず、女子を校庭へひっぱりだすためである。
特に寒くなってきたこの時期、女子がなかなか外へ出ない。
高学年はわかるが、まだ小学校4年生だ。
十分、校庭であそぶべき、児童たちである。
教室でないしょ話をしているうちにケンカが始まり、廊下の隅やトイレでメモ書きを交換したり、ひそひそ話・・・
グループ同士のけんかに・・・
ふだんおとなしく、まじめな子が、しくしくと
「なんか、ないしょばなしされた・・・」
と泣いてくるのが、不憫でならない。
もっと、青空のもとで、しっかり遊んでおいで!
人間関係をつくる元のエネルギーを、たくわえておいで!
そういって、外に送り出してやりたい。
ところが、なかなか、エサとなるものがないと、外に出ていかない。
そこで、ダブルダッチ。
プライドがあるから、ふつうの大なわ程度では、外へ行かない。
なんらかの、プライドをくすぐる、カッコヨサのただようモノを用意しなければいけない。
そこで、ダブルダッチのロープも、専門のモノを用意したいのだが、
なかなかよいものがない。
ちょっと調べてみたところによると、マイスタージャパン社製のものがよいそうだが・・・
それがネット検索しても見つからない。
おそらく、ネットでは販売していないのだろう。
どなたかご存知であれば、ぜひ教えてください。
よろしくお願いします。
カブール・ノート「戦争しか知らない子どもたち」
山本芳幸:著
遠い国。
イメージの湧かない国、アフガニスタン。
思い浮かぶものといえば、米軍が行進していた荒地の光景と、ビンラディン氏の顔写真くらい。
読後、アフガニスタンが妙に親近感をもって感じられる。
行列ができる国。
順にならんで待つ、ということができる国。
政府が機能していないのにも関わらず、信号をきちんと守って市民生活が成り立つ国。
アフガニスタンがそんな国だとは知らなかった。
もっと、荒れた国だとばかり思っていた。
モラルなどなく、暴行や略奪が横行し(それは事実だが)、ルール無視の人ばかりしか住んでいないのだと考えていた。
いつの間にか、マスコミを経て届く限られた情報を、自分なりに理解して(つもりになって)、それを事実と勘違いしていた。
「事実とは何か」
マスコミを通した情報を得るとき、必ず自問しなくてはならないと思う。
マスコミが悪いのではない。
良い悪い、というのではない。
そうではなく、自分たちの頭の仕組みが、早わかりをしたがっているのだ。
「わかる」ということに、かなりの価値を置いている。
だから、「わかりたい」と思っている。
本当は、どうか、と検べつつも、
事実を知り得る自分なのか、どうか。
「わかりたい」の罠に嵌っていないか。(わかる自分、事実をわかることのできる自分、という思い込み→そもそも脳は情報処理の道具、真の事実を知ることは不可能)
そういう頭で生きている、ということを知っているのと、知らないでいるのが、違うのだろう。
「みんなが困るから、備品は使ったら元に戻してください。」
と社内広報がまわってくるようなことだ。
備品係が困った顔で、報告するのだ。
「職場のみなさん、お願いしますね。みんな困っているので・・・」
みんなが困る、とある。
ほれ、困る、じゃないか。
実際の日常に「困る」ことは、よくあること。
「みんなが困るから、備品は使ったら元に戻してください。」
たしかに、そのとおりである。気をつけよう、と何人もの社員がそう思う。
でもなかなか、そうなっていかない。
備品が元の場所にそろわない。
備品の棚が、乱雑になったままである。
備品係は、何度言えばわかるのか、と愚痴る。
どういうことか。
「人間って皆が困らないようにと公の立場に固執していたら簡単に悪い人を作ってしまう存在なんだなぁ」
と、いうこと。
もし、備品係が管理する公の立場に固執することがなければ、同僚を悪人よばわりすることもなかった?その結果、職場に「困った事態を引き起こす社員」は存在しなかった?
いやいや、「公(おおやけ)」は存在するのだ。「公」を考える必要はあるのだ。
しかし、「公」を考えようとすると、すぐに悪人をつくってしまうのだ。そのような思考パターンが染み付いているのだ。
世の中の法律は、そのような思考パターンでどんどん増えてきた。
しかし・・・。
そもそも、悪い人が存在したのだろうか?
そもそも、困っていたのは誰だったのだろう?
備品係が困る前に、同じフロアの社員みんなが困っていた、ということなのでは・・・。
社員のみんなが、備品のことで困っていたのでは・・・。
あれ???
いつの間にか・・・・???
備品係が、愚痴を言っています。
愚痴を言っている備品係が一番迷惑をかけています。
どうでしょう。この逆説。
パラドックス。
多いでしょう。世の中に、こういうことって・・・。
ということか。
臨時任用として、学級担任を持つことについて。
先日来ていた、教育実習生が相談してきた。
今年、受験したが不合格だった。
来年度も受験予定だが、臨時任用、いわゆる臨採講師をするのがよいかどうだろうか・・・。
私はおすすめします、と答えた。
来年度、どうしても受からなければ、と考えると、迷う。
つまり、学級担任などしていれば、受験する7月には成績付け。夏休み前の追い込みで忙しい。とても受験に気が回らないのではないか。
それよりも、じっくりと、腰を据えて自宅や図書館で勉強する。そして、面接対策の講座を予備校で受講して、万全の態勢でのぞめば・・・。
それもある。
それくらいすれば合格もするだろうし、論文の書き方なんてのもたっぷり練習できるだろう。
合格はかなり近いところに見えるのではないだろうか。
しかし、と思うのだ。
目的が、次年度の合格だけ、という人はそれでもいい。
しかし、考えてみればこれはチャンスだ。
本当に自分が、ずっとこれから小学校教師をしていくのだろうか、と考えるよい機会だ。
感覚的な判断だけでなく、わが身の能力や得意教科不得意教科の別、はては子どもたちと共にすごす毎日から、静かな喜びを実感できるのか、それほど感じないのか。
なによりも、学校の生活が「自然」に行えるのか。
「自然に」というのは、ストレスなく、ということだ。
あれこれと思うことが多く、胃が痛くなる、という先生もいる。
わたしはあまりあれこれ思わないたちで、鈍感なので、助かっている面が多い。
そういうことが、どうなのか。
実際、どうなのか。
実際、自分は、先生として、どうなのか。
それを調べていく。検べていく。もっともよい機会である。おまけに給料ももらいながら、である。
1年、まずやってみたら、と私は言った。
教育実習生の方は、「そうします」とおっしゃった。
若いのだ。(私とくらべて、15年も若いのだ!)
やってみたらいいではないか。
そして、本当にやるぞ、となったら、その後の取り組みと馬力はおのずと異なってくるだろう。
眼の光、顔つきがちがえば、面接官もその道の人だ、わかってくれる。
きっと、合格は圏内にあるはずだ。
(もちろん、最初の夏に合格すれば万々歳だ!)
若い臨時任用の先生方、ぜひ頑張ってください!!