小学生のとき、ゾンビごっこが流行した。
ゾンビという死人の妖怪と人間のチームとに分かれて、互いに殺し合うゲームである。ちょうどそのような題名の洋画が映画館で上映されており、生来のお調子者気質からついつい見に行ったのだ。そうして、それがあまりにも可笑しかったので、さっそくクラスでもやろうということになったのである。
私はゾンビ役になった。
映画館で見たとおり、ゾンビーと叫びながら五体をふるわせ、ミシリミシリと音を立てながら廊下を歩いて行くと、クラスのボスが私の演技はうまい、と賞賛した。私はゾンビの親玉に昇格し、多くの子分を引き連れて人々を襲うはめになった。
ボスは私を指さし、「あのゾンビが一番手ごわいぞ」と怒鳴った。
私は銃やビームライフルなどで狙撃され、すでに身体中ズタぼろになっていた。しかし、そこは元々、死人のゾンビである。なんのこれしき、と残った力をふりしぼり、ウヌ、と叫んで電光のごとくボスに襲いかかった。逃げ惑うボス。
私たちは教室を走り回った。ところが、逃げ足のはやいボスを追いかけ回しているうちに、廊下と教室を隔てている窓ガラスを割ってしまった。
あまつさえ、それでもやめずにボスを追いかけ、ボスの首筋を本当に噛もうとした。私は心からゾンビになりきっていたのである。
幸い、大事には至らなかったが、私の適度を知らぬやり方は大変な非難を浴びた。クラスの担任は、ため息をもらしながら「もうちょっと落ち着いてくれよ」と嘆いた。
私には、適度感覚というものが育っていなかった。何でもやり過ぎてしまうのである。コントロールができない、というよりも、最初から過剰なやり方しか知らないようであった。そうして、自分ではまったくその気がないのに、なぜかやり過ぎてしまうのだった。 (つづく)
中学生になると、ひどい肩凝りに悩まされるようになってしまった。
机に向かっていると肩が張り、首の筋肉が固まってくる。頭が重くなったように感じて持ち上げると、首の付け根に鈍痛を感じる。肩を指でつまんでほぐしていると、これが何とも言えず気持ちいいのである。ピップエレキバンが私の愛用品となった。なんともじじむさい、中学生である。
この肩凝りは高校入試に合格するとすっかりなくなってしまった。
私は身体が軽くなったことを実感して、安堵のため息を漏らした。
しかし、安心するのはまだ早かった。
重く鬱々とした気分をもたらす痛みは、それから何年もたたないうちに復活したのである。
私は東洋医学と全身のツボの研究にいそしみ、教科書を読むよりもそっちの方が忙しいほどであった。ところがさらに驚くべきことに、今度は大学へ入学すると、肩こりはあとかたもなく解消してしまった。不思議だ。あれはいったい、何であったのか。
中学生の同級生に尋ねてみても、肩こりで悩む者はあまりいないようであった。自分だけが、早くから世間一般の中学生をだしぬいて、更年期障害か四十肩か知らないが、肩こりで悩むようになってしまったのである。それがどうしてなのか、当時は分からなかった。
だが、今振り返ってみると、ちょっぴりその理由がわかるような気がする。
つまり、私は親や先生からの要請、期待というものに過剰に反応したのではあるまいか。せいいっぱいその期待に応えようとしたあまり、少しばかり、「やり過ぎた」のではなかったろうか。
小さい頃からお調子者だった私は、ふだんから落ち着きがなかった。
小学校でもだしぬけに席を立ったり座ったりし、おまけに授業の文脈とはまったく関係のないことを口走ったりした。そのため、先生は早くから問題児だと目をつけていたらしい。遠足でも、浮かれすぎて先頭を行き、予定外の別のコースへ迷い込んでしまったりした。また、マラソン大会になるとクラス中の仲間が応援するので調子に乗ってはりきり過ぎ、顔を真っ赤にしてトップでゴールインしたのは良かったが、その後目の前が急に暗くなり保健室に寝かされたこともある。
つまり、どうも私はその場の空気に過剰に反応してしまうようであった。そうして、まったく自分の能力におかまいなくつっ走ってしまうのだった。(つづく)
多くの自治体で、水泳の実技が試験されるだろう。
前もって練習できればした方がもちろんよい。
本番で、どうするか。
水泳は、美しいフォームを知っている、とアピールする。
それにふさわしい泳ぎは、平泳ぎだ。
クロールは、ある程度のリズムが必要だから、
バシャバシャやっているうちに、面接官の前を
通り過ぎてしまう。
何人もの受験生をみていく面接官。
くっきり、しっかり、アピールしないと、
ああ、泳げるね、という感想しか、抱いてもらえない。
クロールでも、フォームがみだれず、安定していれば好感される。
クロールが苦手な人、とくに息つぎで、顔があがってしまう癖の有る人は、平泳ぎがよい。
平泳ぎでは、すっきり伸びて、すっきり泳ぐ。
これがコツ。
ひじは、ハイエルボー。
大きく、確実に水をかく。
とくに、すっきり伸びる場面。体全体が、一直線にピンと伸びる。
ここで、ぐいっと水の中を進む。ここを、しっかり見せる。
そうすると、泳ぎ全体がていねいできれいな泳ぎに見える。
あとは、プールサイドでの立ち居振る舞い。
練習時には、他の受験生に迷惑をかけない。
順番を譲る配慮、列をみださない、だらだらしない・・・。
子どもがよくなる、という本をたくさん読んだ。
授業がよくなる、子どもがよくなる。
よくなる、の中身はナンだろうか。
本当に、よい、とは、ナンだろうか。
そこがしりたい。見えるようになりたい。見える人になりたい。
子どもにとって、と考える。
教師は、そう考えるようになっている。
そう考えられないようじゃ、教師といえない。
何でもそう考えられるから、プロの教師としてやっていける。
でも、ふと、考える。
子どもにとってよい、とはどういうことか。
表面の結果や効果をみて、よい、とどこまで言えるか。
キメツケなしで。
楽しそうだから、喜んでいるから、テストができるようになったから、
だからよい、と言えるか。
学校に来るようになった、学校が好きになった、だからよい、と本当にいえるのか。
自分も、そういうことに、いちいち迷っているうちは・・・。
とにもかくにも、2学期が始まる。
やりきった充実感とともに、現実の子どもたちとの、また新しい生活がはじまる緊張感。
この夏に、自分の中にどれだけの内容の充実、中身の充実がはかれただろうか、と考える。
自分の生き方、その方向性。
方向性が、正しい方向へと向いていっているのか。
その方向、矢印の向きはどうか。
矢印の大きさはどうか。
ベクトルは。
日常に忙殺されている最中には、考えが及ばない。
やりきったあとの、頭の中が軽くなったような、この一、二週間の思考回路。
中身は、どうなんだろうか。
自分の中身。
子どもたちの幸福が、みえる人になっていっているのだろうか。近づいているのだろうか。
さて、
模擬授業。
練習の成果が出るか。
結果を先に言うと、わりと落ち着いてやれた。
また、やっている最中に、ふと、意識の中で面接官の存在を忘れる瞬間があった。
あとで学年の先生に言ったら、
「ああ、じゃ、いい授業ができたのよ」
と言う。
「子ども以外のもの(面接官)を見てるようじゃ、いい授業とはいえないよ」
つまり、授業参観で親が気になるようじゃだめ、試験でも面接官が気になるようじゃだめ。
・・・ということらしい。
練習を、くりかえした成果があったのだろう。
模擬授業のポイント。
1)最初の挨拶。
受験番号、氏名、題材を、直立不動で、はっきりと区切って言う。
それから、すべてを言い終えたあと、一拍の間、待ってから、
静かに
「よろしくお願いいたします。」と礼をする。
そして、きびきびと教壇に立ち、
第一声をはじめる。
2)第一声
落ち着いて、なおかつ、高いトーン(はりのある声)ではじめる。
すると、その続きの声も、高いトーンで、明るい声がでる。
上手に見える。
3)子どもを扱う場面を見せる
発問、指示によって、子どもに作業をさせる。
あるいは、黒板に出てきてもらって、作業をさせる。
その際の、子どもへの声のかけ方、助言の仕方、姿勢などに気をつける。
子どもの立場に立っているか、子どもの目線に立っているか、を意識する。
4)ほめる
姿勢をほめる、
声をほめる、
意欲をほめる、
笑顔をほめる、
回答をほめる、
指示の通りにやれたことをほめる、
いろいろ、ほめることがある。目標は、1分に一度、誰かをほめる、あるいは
みんなをほめる。
5)笑顔
ほめるときに、笑顔になればよい
一度、しっかりした笑顔がでてくると、次から次へと笑顔が連鎖する。
さて、面接と模擬授業が終われば、あとは実技である。
2次対策について。
○面接
○模擬授業
すべて、練習がものをいう。
あとで後悔しないために、練習をする。練習を、重ねる。
面接は、全部で40問考えた。
このすべてに対して、2~3文で答えられるように、準備をする。
くりかえすが、だらだらと答えてはいけない。
次の通り。
1\tここ(受験会場)までどうやって来ましたか。(→リラックスさせるための質問)
2\tなぜ教員をめざすのですか
3\tこれまでどんな仕事をしてきたのですか
4\t前職ではどんな仕事をしましたか
5\tその後はどんな仕事をしたのですか
6\tなぜ会社を辞めてまで、教員をするのですか
7\tなぜ小学校なのですか
8\tなぜ幼稚園ではないのですか
9\tあなたは小学校の教員に向いていますか
10\t将来、どんな教員になりたいですか
11\t児童の気持ちをどうやって理解するのですか
12\t講師の体験から印象に残っていることを教えてください
13\tどのようなクラス目標を掲げていますか
14\t講師としてこれだけはやってきたぞということはありますか
15\t講師として、これは成功したなということはありますか
16\tこれまでにどんな力をつけてきましたか
17\tやってみたい授業はありますか
18\t県の教育ビジョンについていかがですか
19\t授業についていけない児童にどうしますか
20\tわかる授業をどう進めますか
21\t今の教育に求められているのはどんなことですか
22\t自閉症の児童についてどう対応しますか
23\t豊かな心を育むためにどんなことをしますか
24\tどんな子どもを育てたいですか
25\tあなたの長所と短所はナンですか
26\t自分が児童のときとくらべ、今の児童についてどう思いますか
27\t家庭教育が本来担当する躾ですが、学校はどこまで躾にかかわるべきですか
28\t児童生徒との信頼関係をしっかりしたものとするために、あなたはどのようなことを念頭においていますか
29\t長い間休んでいた児童に、どのように対応しますか
30\t不登校の児童に対して成すべきことはナンですか
31\t授業中、急にとびだした児童生徒をどのように指導しますか
32\t明日から夏休み、子どもたちになんと言いますか
33\t始業式、最初にどんなあいさつをしますか
34\tLD児、ADHD児、アスペルガーの児童にどんな指導をしますか
35\t学習意欲を引き出すためにどんな工夫をしますか
36\t保護者からうちの子がけがをさせられた、ということで連絡があった。どうしますか。
37\t保護者に対して注文がありますか
38\t公務員の禁止事項はなんですか
39\t教員の禁止事項はなんですか
40\t教員の服務規程はどんなものですか
以上である。
(これらは、WEBサイト「浩 の 教 室」さんの
良く出るかもしれない教採面接質問集
ttp://www.liberalarts.cc/mensetumondaisyu.html
を参考にさせていただきました。)
とくに、30代転職組のターゲットポイントとなる、3つの質問、
1)転職したわけ、
2)教職をめざすわけ、
3)※サラリーが減っても教職なのはなぜか
この3つを、短く、答えること。
自分の信念に照らして、なおかつ、県の教育目標に照らして、
誰にも文句のつけようのない回答ができるように、
準備することが大切である。
この3つをいかに言うか、練りに練っていこう。
その過程で、面接に対する心構えが整っていく。
言葉に、熱がこもっていく。
魂が、こもっていく。
とくに、※で示した、サラリーが減っても、の質問。
これは、要するに、2)の質問のくりかえしなのだが、
2)の理由を短くさらりと答えてしまうと、必ず
「え、それでも、それにしても、なぜまた???」
というニュアンスで、尋ねてこられる。
そのときは、具体的なエピソードを入れた、
説得力のある回答ができるようにする。
つまり、2段構えで、回答するのだ。初めは端的に回答し、あとから、詳細を述べるのだ。
だれもが、
「なるほどなあ・・・、ぜひ、がんばってください!」
と思わず言ってしまいたくなるような、エピソードをふまえた回答がのぞましい。
この3つが、上手に回答できれば、
新卒の方たちよりも、ぐっと一段、引き上げてもらえる(気がする)。
こちらの熱意を感じてもらえるからだ。
チャレンジしていく、という気持ちが、はっきり伝わる。
人生を切り拓いていく、という感じがある。
さて、
ここまできて、あとの設問で大きな失敗がなければ、
大方、スムーズに合格圏へ進めることが出来るのではないだろうか・・・。
さて。
また、5月、願書を出す季節になった。
昨年と同じだ。
日常の担任業務に忙殺されながら、願書を書いて出す。
講師はもう、こりごり。
4月に引っ越すのはもう、こりごり。
何よりも、子どもたちに、申し訳ない。
本当の先生ではないのだから。
たしかに、子どもたちにとっては、本当の先生だ。
子どもたちの前では、私も本当の先生だ。
それ以外の意識では、教壇に立っていない。
しかし、職員室では、つねに、講師だという自覚が、心のどこかに、ある。
それが、学校生活の隅々に、何かしら、影響している。
6月。
教職教養の対策を始めた。
昨年と同じく、過去問を再度、解きなおす。
この必勝パターンに、自信がゆらぐことはなかった。
我は、30代転職組。
時間がないのだ。
最大効率で、効果のあがる勉強をするしかない。
目標は、1次合格。
北海道と似た傾向の問題が出ると知ったので、北海道の過去問もやってみた。
同学年を組んだ先生が、図書館で勉強しなさい!と、半分強制的に、命じてくれる。
ありがたかった。
「とにかく今年、ぜったいに受かりなさいね」
こう言って、帰宅時間厳守を強制してくれた。
何にもまして、この学年でよかったと、思えた瞬間であった。
夕方、時刻になると、過去問題集の入ったかばんをもって、近くの図書館へ通った。
7月になった。
1次。
昨年度とまったく同じ会場。
あまり緊張せずに、すごすことが出来た。
さて、服装。
周囲に黒いスーツ姿が多い中、半袖の軽装でのぞんだ。
白いYシャツ、半袖、といういでたちだ。
上着無し。
なんだか胸元がたよりなかったから、ネクタイだけは締めた。
結果発表。
1次は合格できた。
私は、スーツ上着無しの方が、合格するタイプらしい。
勝因を、振り返ってみる。
昨年と同様、過去問を解いたのがよかった。
面接は、講師経験を生かし、
「どの質問にも、教師の立場で言う」ということを意識して回答した。
一見、なにげない質問に対しても、学級経営をする担任から見て、という立場で、答えた。
論文対策は十分でなかったので不安もあったが、最後のマスまでうめることができた。
序論、本論、結論、という3部立て構成を、正直に実践した。
結果、合格。
すぐに2次対策である。
3月、学年末に3キロ、やせた。
4月で、学年開始に、4キロやせた。
5月のゴールデンウイーク、忘れ物をとりに、以前の学校へ行ったところ、旧知の先生がひさしぶりに私を見て、
「やせたねえ~」
と驚かれた。
自分はそれほどやせたつもりがなく、元気なつもりだったから、
「病気じゃない?大丈夫?」
と、会う人毎(ごと)に言われたのが気になった。
環境の変化が、ストレスとなり、かなり影響されるらしい。
ストレスに強いつもりだったが、実は、・・・弱かったようだ。
でも、気分はちっともめげていなかった。
気持ちは、まったく疲れていなかった。
はりのある、学校生活をおくっているつもり、であった。
「講師も楽しいよな」
と、思っていた。
しかし、その一方で、別の気持ちがあることも見えてきた。
もう、講師はこりごりだ、という気持ちだ。
また来年度、学校が変わるなんて。
ころころ春のたびに環境が変わって、
そのたびにやせていくのはいやだ。
なんとか、今年こそ、合格せねば。
3月、教育委員会からお呼びがかかる。
教育事務所へでかけ、諸手続きを行った。
教育委員会の事務室で、再度、講師登録の書面づくり。
あとは、簡単な面接があった。
それらを無事におえると、いよいよである。
新しい学校へ、赴任することになった。
講師の新年度は、引越しから始まる。
教室や学年室にたまった、1年分の資料や道具のたぐい。
段ボールに、何箱にもなる。
車がないから、レンタカーで運んだ。
新しい学校までの道のり。
初めてだから、地図を何度も確認した。
4月。
新しい学校への、通勤が始まった。
これまでとは、違う道のり。
電車に乗る時間も、乗り降りする駅も、これまで慣れ親しんだ毎朝の通勤風景が、いっさい変わった。
いろいろな変化があった。
通勤の仕方が変わり、
職員室が変わり、物の置き場所が変わり、
学校のルールが変わった。
上司が変わる。
学年が変わる。
子どもが変わる。
いろいろな変化に直面する。
これまでとは、ちがったルールで、日常がはじまった。
これが講師。
当年勝負が、講師の宿命だ。