30代転職組・新間草海先生の『叱らないでもいいですか』

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。

独自のレシピを作る人

最近、隣町のレストランに就職した息子が、プリンを作ってくれるようになった。
厨房でプリンを作るのを手伝うようになり、レシピも教えてもらったらしい。

「めっちゃうまいプリン作ってあげるよ」

息子が機嫌よく言ってくれた。
お互いに休みの日がずれているから、なかなか合わない日が続いたが、ある時作ったから食べてみてと言う。
席について食べてみると、確かにおいしい!
聞いたら卵と牛乳、ほとんどそれだけで作ったらしい。

昔の名古屋の喫茶店の、プリンアラモードを思い出した。昔の喫茶店のプリンとか、ホテルのプリンは、硬くて、全く形が崩れなかった。

息子が作ったプリンはそれよりか柔らかかった。

今はとろけるプリンが世の中で流行ってます。息子の作成したプリンは、それとはまた違った感じ。つまり少しだけ昔の雰囲気が残ってました。

息子に聞いてみると、最初はなかなかうまく作れなかったらしい。

小生は、不思議に思いました。
「レシピをちゃんと聞いてきたのでしよ?・・・だったらその通り作れば良いのではないのか」
ということ。

聞けば、使っている道具が違うらしい。
そのレストランでプリンを作るのは、実はプリン用のオーブンでも何でもない。半世紀近く使っているような歴史的な古さのオーブンらしい。

本来プリンを焼く用途のものでないから、無駄に庫内が広い。
「多分、昔はもっと違うものを、それ専用で焼いてたみたい」
半世紀も前の道具で、今のオーナーも、かつてどう使っていたのか、よくわかってない。

そのお店は、その特別なオーブンを使って、なんとも上手にプリンを焼き上げることができる。

なぜか。

そのオーブンに特化して、この方法なら絶対大丈夫と言うレシピを考案した先輩がいたのだ。
その老舗のレストランでは、代々そのオーブンで、そしてその特別なレシピで持っておいしいプリンを焼き上げてきた。

息子が聞いてきたのは、そのオーブンに特化したやり方だったから、今家にあるオーブンレンジだとどうにもうまくいかなかった。

しかし、偉いものだ。
庫内の広さとオーブン内部の温度を考え、余熱の時間も調整しながら、彼は彼なりに、わが家のオーブンで、失敗しないやり方を開発した。

何にしても、最初はこのように時間がかかる。
試行錯誤するのに、エネルギーが要る。
しかし、彼なりのレシピを考えついたときの息子の表情は、なんとも充実感が漂っていた。

人生の中で最も面白いのは、このようにあることをくわだてた場合の、初期の段階の楽しさだろう。

まずある計画を思いつく。やがてやる気に火がつくと、実際に行動に移る。
初めて意図して行動しているわけで、そこには必ず試行錯誤がある。
うまくいかなくて当たり前。時間も労力もそれなりにかかる。この時のタイパはとても、非・効率的である。
しかし、初期の段階の特有な【楽しさと興奮】、この味わいは他とは比べようがない。

息子が秘伝のレシピをメモ書きにして渡してくれた。
「うちのオーブンレンジだったら、このレシピで大丈夫と思うから」

後日、妻が体調の良い時に作ってみたら、やっぱりうまくいったとのこと。
このレシピで作るプリンはおいしい、と改めて言ってもらえるレシピだったと言うことだ。

先日、ある喫茶店でアイスコーヒーを注文しました。
アイスコーヒーは店によってかなり調合が異なり、レシピが違うと思います。

初夏のアイスコーヒーと真夏のアイスコーヒーとでは、ブレンドする割合が違うと聞いたこともあります。
お客さんがおいしいと思えるポイントをお店の人は配慮していくわけです。

そのお店のメニューには、
「アイスコーヒー始めました」
と、初々しいインクで書かれてありました。

5月に頼んだアイスコーヒーは、それはそれはとても爽やかでおいしかったです。

そこには、独自のレシピを作った方がいるんだなと、開発の風景に思いを巡らせるのです。
おそらく、これは食品業界、サービス業だけに限らず、どの世界にでも共通することでしょうね。

人生でこのような楽しみを体験できるのは、それこそ最高の幸福だと思います。

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パソコンに乗車する時代


新緑の爽やかな風に吹かれながら、私は今、猛烈に自分を恥じています。庭の玉ねぎが「あんた、何やってんの?」と呆れ顔でこちらを見ているような気さえします。

事の始まりは、天下のトヨタ様が誇るハイテクの結晶、「アクア」に試乗したことでした。

私はこれまでずっとガソリン車を運転しておりました。何故かってまだハイブリッド車がこの世の中に出る前からガソリン車をずっと乗って、つまり車を1度も買い換えたことがなかったからなんです。今の車に相当長く乗りましたからね。

ハイブリッド車を買うぞと決めてから、心のワクワクが止まりませんでした。

いやあ、素晴らしい。もう、控えめに言っても「神」の乗り物です。ドアを開けた瞬間の気品、走り出した瞬間の静寂。かつて私がWindows 95を40枚近いフロッピーディスクで、祈るような気持ちで(というか、半分悟りを開きながら)インストールしていたあの狂乱の時代からすれば、これはもう、宇宙船ですよ。

私は元々、最先端のコンピューターシステムをガシガシ動かしていた元エンジニアです。JAXAの片隅でシステムと格闘し、デジタルと合理性をこよなく愛する、「ハイテク万歳!」な人間のはずなんです。インドア派で、趣味はと言えば画面の中。道具と体の一体感? 職人のこだわり? そんなものは、江戸時代の職人さんにでも任せておけばいいと思っていました。

ですから、最新のハイブリッド制御なんて、私にとっては「大好物のフルコース」みたいなもの。本来なら、アクア様の滑らかな制御を体感して「フッ、実に見事な演算処理だ……」と、眼鏡の奥の目を光らせてクールに微笑むはずだったのです。

ところが、現実は無情でした。
アクセルを、ほんの、ほんのわずかに踏み込んだその時です。
車はスッと加速します。最新の第5世代ハイブリッドシステムですから、加速そのものは極めてスムーズ。文句の付け所がありません。しかし、その加速の「0.2秒後」、あるいは「0.5秒後」くらいでしょうか。
私の耳に、エンジン様が「……あ、いま僕も回った方がいいっすか? よいしょ」とばかりに、ほんの一呼吸遅れて鳴り響いたのです。

「この感覚、ガソリン車と違うな・・・」

私の脳内で、何かが音を立てて崩壊しました。
エンジニアとしての理性が、「いや、これは最適なエネルギー効率を計算した結果であって、極めて合理的なタイムラグなんだよ」と必死になだめるのですが、私の深層心理がそれを断固拒否します。

「違う。 今じゃない。アクセルを踏んだらその後に音が鳴るのと加速するのが同時に来なきゃ」

……お笑い草です。たった0.2秒ですよ?
普通のまともな人間なら、「お、エンジンかかったな」で終わる話です。実際、最新のアクア様は、かつてのハイブリッド車に比べれば、そのラグなんてほぼ皆無と言っていいほど解消されています。もはや魔法の領域です。
それなのに、私の脳みそは、その「魔法」をバグだと認識してしまったのです。

「加速してからエンジンが鳴り出すのはおかしな感じ・・・」

家族からは、情け容赦ない言葉が飛んできました。
「あのさ、Windows 95をフロッピーで入れた根性があるなら、0.2秒くらい待てないわけ? 加速と音のタイミングがズレてるからハイブリッドをやめるなんて、この地球上でアンタ一人だけよ。宇宙人なの?」
まったくもって、おっしゃる通り。ぐうの音も出ません。

かつてJAXAの末端で宇宙開発の一翼を担った(つもりでいた)男が、最新の国産コンパクトカーの、神業のような0.2秒の制御に躓いて、ひっくり返っている。
「お前は本当にエンジニアだったのか? 実は、江戸時代の鍛冶屋の生まれ変わりなんじゃないのか?」と、自分自身に問い詰めたくなります。
しかし、一度気になりだすと、もう止まりません。

私は、この「0.2秒の絶望」を抱えたまま、世の中の車たちを眺めていて、ある「邪推」に辿り着いてしまいました。
最近、街を走る車たちの色が、やたらと「アースカラー」だと思いませんか?
あの、ちょっとくすんだベージュとか、グレーとか。

あれ、もしかしたら私のような「隠れハイテク拒絶症」の人たちが、無意識のうちに叫んでいる「断末魔の叫び」なんじゃないでしょうか。

中身が高度なコンピューターになりすぎて、もはや自分たちが何に乗っているのか分からなくなった人類が、「せめて外見だけでも土の色に!」「せめて見た目だけでも泥臭い道具に!」と、必死に自然界の記号をかき集めている……。

「なんちゃってSUV」で車高を上げているのも、「俺はパソコンに乗っているんじゃない! ギアを操っているんだ!」と自分を洗脳するため・・・。(ごめんなさい)

本当はスーパーの駐車場に止めるだけなのに、いかにも「今から秘境の川を渡ります」みたいな顔をして走っているのは、失われゆく「物理的な手応え」を必死に守ろうとする、現代人の健気な抵抗なのでは。

……なんて、そんな分析を披露したところで、家族からは「いいから早く玉ねぎに水やってきなさいよ」と一蹴されるのがオチなのですが。
結局、認めざるを得ません。

私は、最新鋭のハイテクを誰よりも愛しているはずだったのに、その実、たった0.5秒の「コンピューター様の忖度(そんたく)」すら許容できない、ひどく面倒くさいアナログ人間だったのです。
システムエンジニアとして、最新のアルゴリズムに敬意を表すべきなのに、私の足裏と耳は「踏んだら即、鳴れ! 爆発しろ!そして加速だ、順番を守れ!」と、原始人丸出しの要求を叫んでいる。
ああ、恥ずかしい。

Windows 95のフロップディスクでのインストールに何時間も耐えたあの忍耐力は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。あの頃の私は、フロッピーディスクを入れ替える「数秒のラグ」にはあんなに寛大だったのに、最新ハイブリッドの「0.2秒のラグ」には、腹を立てて試乗車を飛び降りようとしている。

これはもう、老化なのか。
あるいは、長くなった田舎暮らしが、私を「エンジニア」から「ただの偏屈な親父」へと作り替えてしまったのか。

最新のアクア様、本当にごめんなさい。あなたは何も悪くない。
悪いのは、0.2秒を「永遠」だと感じてしまう、私のバグだらけの脳みそなんです。
ハイテクの頂点に座るべき私が、結局、ガソリンを爆発させて「ブォーン!」と即座に鳴って加速する、あまり賢くない車を探している。

「最新技術? 知らん! 俺は音がズレない方がいいんだ!」と、ヨレヨレのTシャツで叫んでいる姿は、まさに時代に取り残された悲しき化石。

さて、明日も庭の玉ねぎに水をやります。
彼らには0.2秒のラグなんてありません。水をやれば、濡れる。引っ張れば、抜ける。
そんな、コンピューター様が入り込む余地のない、残酷なほどダイレクトな世界。

元システムエンジニアの私が、今、一番ホッとするのは、そんな「アナログの極致」にいる時だったりします。

皆さんはどうぞ、素晴らしいハイブリッドの未来へ行ってらっしゃいませ。
私は一人、ガソリン車の排気音を聴きながら、江戸時代の職人さんのような顔をして、堤防の道をトボトボと走ることにします。
あ、でもボディーカラーだけは、流行りのアースカラーにしておくことにします。


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火花と中毒──「フラッシュ依存」について


■ はじめに──エレキテルの火花


江戸時代、平賀源内という変わり者がいた。

彼はオランダから伝わった壊れた摩擦起電器「エレキテル」を手に入れ、7年もかけて復元に成功した。
木箱のハンドルをぐるぐる回すと、中のガラスと金箔がこすれて
静電気が溜まり、銅線の先から──パチッと火花が飛ぶ。

たったそれだけ。
電球がつくわけでもない。何かが動くわけでもない。
火花が散って、触るとビリッとくる。それだけだ。

でも、江戸の人々は大興奮した。
「なんだこれは!」と押しかけ、大名までもが見物に来た。
田沼意次の側室まで見学に来たというから、
今でいえば政治家の家族がYouTuberの配信を見に来るようなものだ。

ところが──ここが面白い。
人々はすぐに飽きた。
一度驚けばもう十分。二度目の火花には、前ほどの感動がない。
源内のエレキテルブームは、あっという間にしぼんでいった。


■ 「フラッシュ」とは何か

僕が「フラッシュ」と呼んでいるものは、
まさにこの火花(フラッシュ)のことだ。

政治の世界でも、経済の世界でも、
誰かがハンドルをぐるぐる回して、パチッと火花を飛ばす。

関税をドカンとかける。
首脳会談を派手に演出する。
中央銀行が「異次元」の政策を打ち出す。
大統領がSNSで爆弾発言をする。

火花が飛ぶ。人々は「おお!」と注目する。
株価が跳ね、ニュースが走り、みんなが画面に釘付けになる。

でも、源内の時代と同じで、人はすぐに慣れる。
同じ火花では驚かなくなる。
だから、次はもっと大きな火花が必要になる。
もっと強い関税。もっと過激な発言。もっと劇的な政策転換。

これが「フラッシュ依存」の始まりだ。


■ 「依存」と「中毒」の正体

「依存」という言葉を、もう少し丁寧に考えてみたい。

お酒を飲む人ならわかるかもしれない。
最初の一杯はすごく効く。ふわっと気持ちよくなる。
でも毎日飲んでいると、一杯では足りなくなる。
二杯、三杯、やがて一本。体が「前と同じ量」では満足しなくなる。

これを医学では「耐性」と呼ぶ。
同じ刺激では同じ効果が得られなくなること。
そして耐性がつくと、量を増やさずにはいられなくなる。
これが「依存」だ。

フラッシュ依存も、構造はまったく同じだと僕は思っている。

政治家が最初に関税カードを切ったとき、
市場は大きく反応し、メディアは大騒ぎし、支持率は動いた。
「効いた」のだ。

でも二回目は、反応が鈍くなる。
三回目には「またか」と言われる。
だから四回目は、もっと大きなカードを切らなければならない。

ここで重要なのは、「やめられない」ということだ。

アルコール依存の人が「明日からやめる」と言いながらやめられないのは、
意志が弱いからだけではない。
やめたときの離脱症状──手の震え、不安、不眠──が怖いからだ。

政治家にとっての「離脱症状」とは何か?
それは「現実の直視」だ。

フラッシュを止めた瞬間、
制御不能な債務、解決策のないインフレ、
構造的に壊れた年金制度、信頼を失った通貨──
そういう「どうしようもない現実」が、そのまま国民の目に映る。

それは政治生命の終わりを意味する。
だから止められない。止めるくらいなら、もう一発火花を飛ばす。

源内のエレキテルは、飽きられたら終わりだった。
でも現代のフラッシュは、飽きられたら「もっと強い火花」に
エスカレートするしかない。
源内は見世物をやめることができた。
しかし、現代の政治家と中央銀行には、その選択肢がない。

これが「依存」ではなく「中毒」に近い理由だ。
自分の意思ではもう止められない段階に入っている。


■ みんなゲームに夢中──機関投資家も個人投資家も

さて、ここからが面白い話だ。

「フラッシュ中毒」にかかっているのは、
政治家や中央銀行だけではない。
投資家たちも、見事にハマっている。

機関投資家──年金基金やヘッジファンドのプロたちは、
AIとアルゴリズムを武装して、
フラッシュが飛んだ瞬間にミリ秒で売買する。
大統領の発言がニュースに出てから0.003秒で株を動かす世界だ。
彼らにとってフラッシュは「燃料」だ。
火花がなければエンジンが回らない。
だからむしろ、フラッシュを待ち望んでいる。

では個人投資家はどうか?
実は、彼らも同じゲームの参加者だ。

スマホを開けば、リアルタイムで株価が動いている。
赤い数字、緑の数字がチカチカ点滅する。
SNSには「爆益!」「損切り!」の叫びが飛び交う。
誰かが「この銘柄、来るぞ!」と叫べば、
指が勝手にタップしている。

これはもう、投資というより反射神経のゲームだ。

考えてみてほしい。
昔の投資家は、会社の決算書を読み、工場を見学し、
社長の話を聞いて、「この会社は10年後も大丈夫だな」と
判断して株を買った。

今の投資家は、スマホの通知音で売買する。
「トランプが関税を撤回!」──Loss 買い!
「FRBが利下げ示唆!」──全力買い!
「地政学リスク!」──狼狽売り!

中身なんか見ていない。
火花が飛んだら反応する。それだけだ。
エレキテルを見て「おお!」と驚いた江戸の庶民と、
構造的には何も変わっていない。

違うのは、江戸の庶民は見世物にちょっとお金を払っただけだが、
現代の個人投資家は全財産をゲームに突っ込んでいる、
ということくらいだ。

しかもこのゲーム、個人投資家は圧倒的に不利だ。
AIが0.003秒で反応する世界で、
人間が「えーっと、売ろうかな」とスマホをポチポチしている。
フラッシュを最初に食べるのはいつも機関投資家で、
個人投資家に届く頃には、もう「残りカス」しかない。

それでもみんなゲームをやめない。
なぜか?
依存しているからだ。

「次の火花で取り返せる」
「次のフラッシュで勝てる」

パチンコ台の前で「次こそは」と思っている人と、
本質的にはまったく同じ心理が働いている。


■ ゴールドという「退屈な真実」

さて、こんな火花だらけの世界に、
一つだけ恐ろしく退屈なものがある。

金(ゴールド)だ。

金は叫ばない。ツイートしない。記者会見もしない。
AIが分析する「材料」がない。
決算発表もなければ、CEOの失言もない。
ただそこにある。5000年前からずっと、ただ光っている。

退屈だ。本当に退屈だ。
フラッシュ中毒の人にとっては、
金のチャートを見ているのは壁を見ているのと同じだろう。

でも、面白いことが起きている。

世界中の中央銀行が、この「退屈な石ころ」を
3年連続で年間1000トン以上も買い続けているのだ。
金の価格は2023年から歴史的な高値を更新し続けている。

なぜか?

答えは単純だ。
中央銀行は「フラッシュの裏側」を知っているからだ。
火花の正体を知っている。
それが見世物にすぎないことを知っている。

だから、火花に頼らないもの──
誰の約束も、誰の信用も必要としないもの──
つまり金を、静かに積み上げている。

レイ・ダリオは金を「約束を必要としない資産」と呼んだ。
ゾルタン・ポジャールは、信用が収縮する局面では
「信用とお金の違いが露わになる」と指摘した。
ピーター・シフは「持続不可能な債務がドルを蝕んでいる」と警告した。

彼らはそれぞれ違う言葉を使っているが、
見ているものは同じだ。

フラッシュが止まったとき、何が残るか?

株価は幻想に戻る。通貨は紙に戻る。
でも金は、金のままだ。


■ おわりに──火花が止む日

平賀源内のエレキテルは、やがて飽きられた。
模造品まで出回って、本物の価値も薄れていった。

でも静電気という現象そのものは、消えなかった。
火花はなくなっても、電気はそこにあった。
やがてそれは、本当の科学として花開くことになる。

フラッシュ依存もいつか終わる。
火花を飛ばし続けるにも限界がある。
耐性がつきすぎて、もうどんな火花でも驚かなくなる日が来る。

そのとき、残っているのは「本物」だけだ。

本物の生産力を持つ経済。
本物のことを正直に言える政治家。
そして、5000年間ずっと光り続けている、あの退屈な金属。

僕は田舎に住んでいて、何も持たない凡人だ。
火花から遠いところにいるからこそ、
見えるものがあるような気がしている。

源内のエレキテルは、江戸の人を一瞬だけ驚かせた。
でも源内自身は、本当は「驚かせること」ではなく
「理解されること」を望んでいたのかもしれない。

フラッシュはいつか消える。
本物は残る。

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正解にする力 By 文科省

昔、文科省で教科書何か作っていた、という大学のとある先生が、面白いこと言っていました。
それは、「正解にする力」という言葉で、ちょっと面白いなと思ったのです。

教科書を作ってた位の人だから、これが正解だというのを書いてたわけです。
しかし、正解がこれだと言うのではなく、あることを、自分で環境や条件を整えて、正解にする、と言うわけです。

講演会でその言葉を聞いたとき、面白くて印象に残りました。ちょっと面白いでしょ?

最近、「正しい選択ってなんだろう」と考えることがよくあります。
仕事でも暮らしでも、後から振り返って「あっちを選んでいれば……」と頭によぎる事は、大小はあれど、誰にでもあることだと思います。

そんな時にふと思い出す言葉があります。
「電柱が高いのも、ポストが赤いのも、みんな私が悪いのよ」

昭和の人には何か懐かしい響きに感じるかもしれませんね。

私は最初この言葉を聞いたとき、どちらかと言うと、世の中を呪うような、本当は自分だって誰か人のせいにしたいのにと言うような少し苦しい言葉なのかと思っていました。

しかし、大人になると、このことの見方が変わり、これこそ自由を謳歌するための言葉だと思うようになりました。
このことを、人生で1番深く考えたのは、25 26歳位の時でしょうか。

求めないと言うのは何なんだろうかとずっと考え続けていた時期がありました。

全て自分の責任と言う言葉がきつく感じます。確かにずいぶん極端な言い方です。

私はこの言葉を「全部を自分が背負わなければならないのだ」と言う意味ではなく、「自分で決めたと思える方が、全て解決策が見つかりやすく、次に進みやすい」と解釈して受け取るようになりました。

確かに他の何かのせいや条件のせい環境のせいだと言うふうに思うのはとても簡単なことなのですが、そう思うと何か石🪨につまずくようにして前に体重がかけられないのですね。最初の一歩が踏み出せないことがよくあります。

授業も同じ。指導も同じ。

どんな指導が正解か、どんな授業の流れ方が正解だったのか。
それは人それぞれまたその時次第です。

どんな授業でも「これ子どもの心にきっと響いた」と思えた瞬間があれば、それはもう、その時の子どもたちにとって正解だったのだと思います。

仕方なく、そうさせられたとか、世の流れ、人の流れに、巻き込まれた、というのではないのです。

自分で選んだと考える。
正解を探し続けるよりも、その時自分の目の前にあったものや自分が選んだものを少しずつ本当の意味での正解にしていく。
そんな感覚で授業も楽しめたらいいなと思っています。

ふと、通勤途中の車の窓の外を見ると、既に畑から何か緑色のものが覗いていました。
あぜ道に注意深く見ると、小さなモヤモヤとした緑色の葉っぱらしきものがたくさん伸びていました。
季節はすっかり春の気配なのですね。
植物はきっとここに生えてきたこと、ここに根を下ろしたことについて、色々と言いたい事はあるのかもしれませんが、今から時間をじっくりとかけて、しっかりと根を伸ばして、しっかりと茎を伸ばして、葉を伸ばし、自力でその場に咲いたことの正解を作っていくのだと思いました。

これは人にも言えますね。
私の息子が今年専門学校を卒業して就職しますが、自分らしくこの道を選んだこと、人生の側から自分自身に問われたことに真剣に向き合って、正解を作っていってほしいと思います。

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心理的な安全を担保する

叱らないと言う話をしていたら、あるベテランの先生から、心理的安全の担保だね、と言われた。

まあ、そういうことになるか。

心理的安全というのが確保されると、途端に子供たちは生き生きとし、混乱をしなくなります。

ところが、心理的安全が確保されない場合は、おどおどしてこちらを上目遣いに見つめ、指示を待つ格好になります。アンテナをこちらに向けるのがよくわかります。そしてできるだけ何もしないでおこうと言うふうに構えます。

できるだけ何も問題を起こさずにいようというふうな保守的な態度です。下手なことをして、注意を受けないでおこうという感じになるわけです。

大谷選手、メジャーリーグの大谷選手は、できるだけ何もしないでおこうと言う風には考えなかったのでしょう。

心理的安全と言うのは小さなことから始まります。
例えば、子供に予定を知らせると言うこともそうです。
来週はこんなことがあるよから始まり、次のステップは明日はこういう予定だったねと言う確認も、大きな心理的安全につながります。
また、その日の朝になったら3回目ですが、やはり伝えるのです。
今日はこんな予定だったよね。どんなことに気をつけたらいいかなと。

そんな事は自己責任だから、放っておけば良いのだと言うスパルタ方式もあるでしょう。
しかし、できるだけ心理的な安全は、確保してあげるのです。
そうすると、どんどんと心理的安全を与えてくれる人の方に本音を話すようになります。

この人はわかってくれると言うわけです。

本当に大事なことや、自分自身が大事に思っている事は、心理的安全が図られる人の前では話すのです。

ヴィクトール・フランクル(Viktor Emil Frankl, 1905–1997)は、オーストリアの精神科医であり心理学者です。彼は、フロイト、アドラーに続く「ウィーン第3学派」の創設者として、「ロゴセラピー(意味による心理療法)」を確立したことで知られています。

フランクルは、私たちが「自分の人生にどんな意味があるのか」と問うのではなく、「人生のほうが私たちに問いを投げかけている」と考えました。
そして、人間は、人生からの問いかけに対して、自分の人生をもって答えなければなりません。この「問いに答える責任」を負っているという点において、すべての人類は対等であり、一つの大きな家族のような連帯感を持つべきだと彼は考えました。

そう考えると、教員も子どもも、その意味では、等しく、学びの途中であるわけです。

人生からの問いかけ、に答えるために、人間は等しく自分に与えられた時間を使って良いのです。
そのために大事なのが、心理的安全と言うわけです。

つまり、心理的安全がなければ、心理的安全が与えられなければ、人間は、問いに答えることができないのです。問いに対しての答えを忘れてしまうのです。と言うよりも、問いかけられていることそのものを見失ってしまうのでしょう。

子どもにとっての時間は、自分自身の「問い」を探し、不器用ながらも応答の練習をする時間。
教員(大人)にとっての時間もまた、完成された存在として振る舞うためではなく、自分自身もまた「人生から何を問われているか」を更新し続ける時間。

心理的安全がある場所では、この「試行錯誤する時間」が許容されます。そこでは「正解」を出すことよりも、自分なりの「応答」を紡ぎ出すプロセスそのものが尊重されるはずです。

心理的安全が脅かされると、人は「自分がどう応えるか」ではなく、「どうすれば安全か」「どうすれば怒られないか」という「反応」に終始するようになります。

• 「応答」:内なる使命感や意味に基づいた能動的な行動
• 「反応」:外部の刺激や恐怖に基づいた受動的な行動

「問い」を見失うということは、自分が人生の主人公(応答者)であることを放棄し、単なる環境の「産物」になってしまうことを意味します。だからこそ、心理的安全を担保することは、その人が「人間であり続けるための権利」を守ることと同義なのですね。

教員も子どもも、互いに「人生の問い」に耳を澄ませる「共鳴者」になれるような空間。そんな場所では、知識の伝達を超えた「存在の教育」が行われるのでしょう。

フランクルは著作「夜と霧」を書きました。

彼が戦後に『夜と霧』をわずか数日で書き上げることができたのも、収容所という地獄の中で、すでにその内容を「生きて」いたからだと言えます。

フランクルは「未来のどこかで、あなたを待っている『何か』や『誰か』がある」と説きました。

• 成し遂げられるのを待っている仕事
• 愛されるのを待っている人間
• あなたの帰りを待っている家族

人生とは、自分が何かをする場所なのではなく、人生から問われていることに対して、人生から期待されていることに対して、私はどのように答えるかを考え、実践する場所だと言えましょう。

私の知人が市会議員に立候補します。
実は、私の知人は、市会議員に立候補する方が多いのです。どの方もリスペクトできる方たちばかりです。人生何を問われていると言う風な視点に立てば、自分がそれに答えるためにと言う気持ちになるのがとてもよくわかります。

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そもそもなぜ教員になったのか

最近わかってきた。
私は教員になることが目的ではなかったようだ。

20年ぐらいやって、ようやく見えてきました。
自分自身が、なぜこの道を歩いてるのか、ということが。

私は多分、ブログを書くということの方が本来の目的だったのだ。
ブログを書く書きたいという思いが、まずは根底にあって、それを叶えるツールとして選んだのが教員という仕事だったわけだ。

だから別に、本当は教員でなくてもよかったんだろう。

20代で、出版社に関係し、新聞作りの仕事をしていたときの事。その時は、これこそ自分の天職だ、と思っていた。
取材をして、写真を撮り、記事を起こし、インタビューをして。そのすべての行動が楽しくて仕方がない。朝もバッチリ目が覚め頭がフル回転。次はどんなことをしてやろうと計画するのがワクワクしてたまらなかった。

この時も、それはただのツールでしかなく、本当の目的は書くためでした。
この世の何かを解き明かそうとして、自分は調べている調査員のつもりでした。書く記事は、その調査の報告でした。
別の惑星からやってきて、この星の調査をしていると言うCMがありました。サントリーのボスと言うコーヒーのコマーシャルです。
Tommy Lee Jonesは、宇宙人ジョーンズとして、この星の生物、人間に関する調査をしているという設定でした。
気分はそんな感じでしたからね。

インタビューをしながら、この人はどうしてこんな風な境地に思い至ったんだろうと言うふうに思うと、どんどんと質問したいことが湧いてくる。インタビューと言うのはそういう仕事でした。それをまた自分が咀嚼し直してから記事にする。

自分の記事が掲載されると、それを何度も読み返しながら、もっとこんなことが聞けたのになぁと言うふうに思いながら過ごすのが極上の楽しみでした。

今子供たちと一緒に暮らしながら調査員と言う私の立場が変わっていないことに最近気が付きました。私は編集者である以前に、また教師である以前に、システムエンジニアである以前に、調査員だったのです。

宇宙科学研究所で勤務している時も、なんでこの人たちはこんなふうにして別の惑星を調査してるんだろうと思いながらネットワークやセキュリティーの仕事をしていました。

ひのとり、とか、ようこう、とか、MUSES-C(はやぶさ)とか、かぐや、とか。
なんでこんなに調査をしているんだろうと言うふうに思いながら、調査をする人たちを調査している感じでしたかね。

最近、私が調査しているのは、人間は、仕事と言うものについて、今一度捉え直したほうがいいんじゃないかと言うことです。
全く掃除をやろうとしていない男の子がいたとします。なんでやらないのかと聞くと、おそらくめんどくさいと答えるようなタイプの子です。
その子はあることをきっかけに、急にお掃除に目覚めて、爆発的なエンジンを持ってお掃除を始めるわけですが、この事は非常に調査の対象になりますね。

脳の仕組みに関係があるんでしょうか?

そういう子たちを、日々見ながら、その子たちの正直な感想や態度や表情などを見ながら、なぜ人間はこういう時にこんな感情に陥るのだろうと言うことを、日々調査しているのが、私の仕事なわけです。

この調査癖(へき)、というのは、私はどうやら生まれながらにして持っていたものと言うよりも、小学生低学年から中学年位にかけて開発されて濃厚に持つようになったと思います。
それが、学研と言う会社が出していた雑誌で科学と学習というのがありました。その雑誌が私に対してものすごく大きな影響を持っていたと思います。これが私の調査癖を、増大させました。

また、もう一つは、光のくにと言う出版社が当時はありまして、その会社が出していた図鑑シリーズの挿絵が素晴らしかったことにもよります。全部手書きの挿絵だったんですよ。昭和の時代ですからね。そしてその絵が、なんとも美しく味のある絵だったわけです。おそらく紙芝居を書いていた人たちが、戦争が終わった後にいろいろな出版社に集められて、ベビーブーム世代のために、挿絵を書いたのでしょう。図鑑の。

一つ一つの挿絵に込められた芸術性に、私は打たれまして、世の中はどうなっちゃってんだろうかと言うふうにページをめくるごとに驚愕したのを覚えています。特に大好きだったのは深海魚ですね。深海魚は年に1回は見に行くほうが良いと思います。この世の中は人間だけでできているのではないと言うことを骨の髄から教えてくれる施設です。

まあ、こういうことが、徐々に徐々に私の中に貯金されていき、今の【調査癖(へき)】になったんでしょうね。

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【祝㊗️】ブログ開始おめでとう。20周年!

今年は、新間草海のブログを開始してからちょうど20年。記念すべき節目の日となりました!パチパチ、パチパチ!


思えば、20年前!
不安いっぱいで始めた教師稼業でしたが、19回の担任を重ねるうちに、チョークを持つ手も、手慣れたものです。

漢字を鏡文字で書くのは、3年目、4年目ごろから急にできるようになりました。

小学校の授業時間は45分ですから、45分と言うタイマーが自分の体の中に格納されたようで、時計を見なくても、45分で話をまとめたくなります。おそらく他の職業になったとしても、例えば営業になったとしても、私は45分たったら自動的に、みなさんトイレに行きましょう、と言って話を終えるでしょう。

1番たくさんブログを記事を書いたのは何年ごろなんでしょうかね?
毎日書いていた時期もありました。
思えば、あの時、私は若かったと思います。

今ではすっかり老いぼれ果て、記事を書くのも大変になってきました。

大体、今の小学校の教員で20年間学校のことを毎日のように記事に書き続けてきた人は他にいるのだろうか。

しかし、このライブドアのブログでも、古参の先生方は、まだ地道に、ブログを書き続けていらっしゃるので、私なんかまだ若造かもしれません。
まだまだ、ハナタレ小僧です。

私のブログを読んでくださっている方に呼びかけて、1泊2日のイベントをやったのも楽しかった思い出です。イベントのタイトルも「叱らない先生を実践する方法」というので、そもそも人が集まるのかどうか、危ぶまれました。しかし蓋を開けたら全国から何人もきてくださり、叱らないと言うキーワードにピンと響いてくださった方がたくさんいたと言うわけで、まぁ今となっては当たり前のことかもしれませんが、20年前は確かに【叱らない】という言葉には、センセーショナルな部分があったと思います。

30代で転職するのは、なかなか勇気の要ることだったのですが、55歳になって振り返ってみると、30代はまだまだ若い、転職も特別なことではない、挑戦してみて良かったと、振り返って思いますね。

なにしろ、当時は教員免許を取るところからのスタートだったのと、既に結婚していて、妻が大学生だったと言う特殊な事情のおかげで、働きながら、給料を得ながら、教員免許を取り、さらに教員採用試験に受かると言う試練があったわけです。

もし独身であれば、試験に落ちても「もう一年頑張ろう」という選択がしやすいかもしれません。しかし、家庭があり、将来の生活設計がその試験の合否に直結している状況では、不合格は単なる個人的な挫折ではなく、家族の生活基盤を揺るがす危機を意味します。その背水の陣で挑む精神的な負荷がなかなかでした。

家計を支える「一家の主」としての役割と、
教員免許取得を目指す「学生」としての役割と、
採用試験という難関を突破しなければならない「受験生」としての役割。

これら3つの異なる顔を同時に、しかもどれ一つとして手を抜かずに、という状況で、深夜までシステムエンジニアの仕事をしていたのですが、それでもなんとかなったのは、明るくて呑気な妻のおかげだったと思います。

しかし、あの時が1番楽しかったような気もするんですよね。不思議なことに。

私は20代がバラ色で、とくに哲学をやりたかったので、ソクラテスのように、人と話をするのが大好きでございました。それも、大勢のひとと輪になって、「あーでもない、こーでもない、あげだい、こげだい(出雲弁)」と話をするのが。

私はそれがしたくて、わざわざ、旧制高校に近い雰囲気の寮を全国から探して、ほとんど大学に行くのが目的ではなく、寮生活をしてみたかった、という理由で松江の雄翔寮に入ったのです。
それから幾許かの時が流れまして。
20代は、ほぼ10年の間、輪になって人と話すことができる、という理由で人の多い職場におりました。楽しかったですなあ!そこをあえて去りまして、教職を目指したわけで。

20代の成功体験(バラ色の記憶)があればあるほど、働きながら勉強する苦しい日々の中で、「あのままでいれば今頃もっと楽しく笑っていたはずだ」という誘惑が何度も襲ってきましたな。

その過去の自分を振り切り、家族を支えながら「教員」という未知の未来に賭けたのは、今から思えば単なる転職ではなく、人生のOSを入れ替えるような痛みを伴うものだったとおもうのですが、それでも妙に明るくて呑気でした。これはやはり妻のおかげでしょうね。
まぁ、30代ならやれるよな、と、今となっては思います。もしこの文を読んでくださっている30代の方がいたら、そしてもしかして教員になろうと言う気持ちをお持ちの方でしたら、きっと大丈夫だと背中を押してあげたい気持ちです。

30代転職、教員人生20年、ブログを書き続けて、記事の数は 2112記事を越えました。なんと2,000記事をこしとるがな。我ながらよう書くなぁ。

当ブログは、まだつづきます。
これからも読者の皆様どうぞよろしくお願いいたします!

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絶対に反省しない、謝らない、というスタイル

絶対に謝ってはいけない。謝ったらおしまいだ。

こう考える人は、割と欧米には多いと思う。
欧米の「欧」はあんまりよくわからないが、「米」の方にはなんだかやっぱり多い気がする。
とは言え、これは私の勝手な思い込みで、マスコミやその他の一般的な情報で推測しているだけ。バイアスは大きい。

有名なところでは、トランプ大統領、そして、テスラのイーロンマスク氏。自分が絶対に間違っていない、謝る必要なんて、これっぽっちもない。それが強さを示す男のあり様だ、という感じか。

それに比べると、日本人はすぐに謝ってばかりで、アメリカと日本の文化の違いをまざまざと感じる。MLBと日本のプロ野球でもそうだ。
大谷翔平選手が投手のとき、ボールを投げる際にデッドボールを投げてしまった。すると、大谷選手は相手の打者に対して謝った。この様子はニュースになった。MLBでは、投手は絶対に謝らない。いかにも日本人らしい態度だと言うので、様々な番組やPodcastニュースで取り上げられた。

おそらくこういう態度と言うのは伝染するようだ。
ゲームの世界でもそうらしい。ネットで通信しながら、世界中のプレイヤーが戦うゲームがある。日本人のプレイヤーは、ミスをすると謝るらしい。ところが、他の国の選手は絶対に自分が悪くないと言い張るそうだ。逆にお前が悪いと責める。

しかし、こう書いていたら、やっぱり日本人でも謝らない人は謝らないなと思い出してきた。私は絶対悪くないと言い張ると言うのは、世界的に見てよくあることなのだ。年配の男性のほとんどが謝らないと思います。スーパーの駐車場でドアを開いて、隣の車に当てた人が、やっぱり謝りませんでしたね。私の車ではなかったですが、通りすがりに大きな声だったので目立ちました。

逆に、気を遣って、相手のことを大丈夫かと心配する人もたくさんいます。日本人ではなくとも。つまり、その人の生い立ちなわけです。人種は関係ないですね。

保護者にも、謝らない人はいます。
しかし、つい5、6年前までにはこんな事はなかったと思うから、だんだんと人間はこのことに対しての耐性が薄れてきているのかもしれません。やはり世の中は5年10年がするとずいぶん変わるものだと思う。

「私が悪いと言うわけではないですよね?」

と、確認する保護者。
教師が保護者を責める事はほぼないと思う。
それでも、誰も自分のことを責めていないと言うことについて確認をしたいのだ。

これは、やはり幼い頃か若い頃から常に責められてきたから、こういう反応するのではないかと思う。お前のせいだと何度も何度も言い続けられてきた人は、やはり心の底で自分は悪くないと言いたかったのではあるまいか。

大人の世界に入ると、相手を責めると言う事はずいぶん少なくなる。それよりもフォローしたり、カバーしたりして状況を改善しようとしたり、その人の手の届かないところをどうやったらみんなで手が届くことにするか、と、一緒に考えようとする。

ところが、そういう話を私がしたら、

「そんなことない」

と、知り合いに否定された。
大人の世界でも、相手を責めることがよくあると言うのだ。フォローされるなんて事はなく、あんたどうするの?とずっと執拗に責められたことがあると言う。

そういう状況に置かれたら、誰だって自分が悪くないはずだと声を大にして言いたくなるに決まっている。

これまであまり責められたことがなく、幸運な人生を歩んできた人は、相手を攻めたところで、状況が変わらない事は重々承知である。
というか、仲間であるはずの身近な人間を責めたら、その人は弱ってしまい、トータルに考えると、自分のチームは弱くなる。

自分の仲間だと思えば、励まし、その人の本来の力を出せるようにフォローし、励ます。その方が、結局は自分にとって得である。

トランプさんがなぜそんなに周囲を圧迫しようとするのかを、社会学的なアプローチや心理学的なアプローチ、あるいは経営者としてのマネジメント的な立場から分析する人たちがたくさんいる。
アメリカ本国の中にも、自分の国の大統領は、一体どうしてそういう風な態度を取るのかといぶかって、その正体を知りたくなり、分析を始める人たちがたくさんいる。

そこで、話題になっているのが、次の人だ。

ロイ・コーン。

政治の勉強している人は知っているらしいです。私は知りませんでしたが。有名な人のようですね。


マッカーシズム時代に「赤狩り」の急先鋒として知られた悪名高い弁護士です。若き日のトランプ氏に、メディア対応、攻撃的な交渉術、絶対に謝罪しない姿勢など、現在のトランプ氏のスタイルに通じる多くの影響を与えたとされています。

ダイヤモンド・オンライン
映画『アプレンティス』は、トランプの台頭と彼のリーダーシップスタイルの起源に焦点を当てています。この映画は、トランプの成功の裏にある複雑な人物像と、ロイ・コーンとの師弟関係を掘り下げています。映画が描くトランプの成長物語は、彼のビジネスマンとしての側面と政治家としての手腕を理解する鍵になります。トランプのスタイル、「攻撃・攻撃・攻撃、否定・否定・否定、勝利をつかみ、決して敗北を認めるな」の元はロイ・コーンでした。

ロイさんだって、本当は人を責めたくはなかったのかもしれませんね。ロイさんにはロイさんの、生い立ちやら、師匠やら学習してきた内容やら、いろんな影響受けて、その思想を持たざるを得なかったのかもしれません。

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メキシコ国境と、麻薬の罠

私が中学校の頃、最も驚いた事件が、「アヘン戦争」でした。
こんなひどいことを、人間がやるのかと驚きました。
トランプ大統領がメキシコ国境に地上軍を派遣するというニュースがあったとき、また、その大義名分が「麻薬対策」と聞いた時、思い浮かんだのが「アヘン戦争」でした。

私は、中学校の頃に、このアヘン戦争について調べたことがあります。中学校の時の社会科の教師が偉かったですね。おそらく少ない時間数をやりくりして、時間を生み出していたのでしょう。このことだけでかなり時間を使ったと思うんです。
しかし、私には今でも印象に残っている、大切な授業体験になりました。

19世紀に起きたアヘン戦争と、いま現在アメリカを苦しめている「オピオイド危機(フェンタニル危機)」は、時代も場所もまったく違います。しかし、その中身をよく見てみると、驚くほど似た「闇の仕組み」が隠されていることがわかります。

どちらの事件も、「人々に薬物の依存症を植え付けることで莫大な利益を得る」、そして「自分たちが儲けるためなら、他人の国や社会がボロボロになってもかまわない」という冷酷なビジネスの論理で動いているからです。

私が子どもの頃に驚いたのも、この冷酷なビジネス論理と言うものに対して、でした。

かつてのアヘン戦争では、イギリスが中国(清)との貿易で大赤字になったことがきっかけでした。イギリスはその損を取り戻すために、植民地のインドで作らせた麻薬の「アヘン」を、中国へこっそり運び込んで売りつけました。
すると、瞬く間に中国中で中毒者が増え、真面目な役人や農民、さらには国を守るはずの兵士までもが仕事ができなくなってしまったのです。

国のお金は薬代としてイギリスへ流れ、清の社会は内側から崩壊していきました。これはまさに、「他国の人を病気にして支配し、富を奪い取る」という、国が主導した恐ろしい麻薬ビジネスだったと言えます。

いま、この悲劇が形を変えてアメリカで繰り返されています。きっかけは、数十年前に製薬会社が「痛みに効く魔法の安全な薬」として、強力な鎮痛薬(オピオイド)を大量に売り出したことでした。

アメリカは日本のように誰でも安く病院に行ける制度が整っていないため、怪我をした労働者などは、高い治療を受ける代わりに安価な痛み止めに頼らざるを得ませんでした。

こうして「合法的な薬」から始まった依存の連鎖は、やがてより安くて強力な、アヘンの数百倍も強い「フェンタニル」という合成麻薬に取って代わられました。現在では、毎年10万人を超える人々がこの薬物で命を落とすという、戦争以上の被害が出ているのです。

トランプ大統領は、この現状を止めるために「メキシコ国境に軍隊を送り、密輸組織(カルテル)を直接壊滅させる」という非常に強硬な姿勢を見せています。

しかし、歴史を振り返れば、力ずくで押さえ込むだけでは解決しないことがわかります。国内に「薬を欲しがる人(需要)」が大量にいる限り、一つの組織を潰しても、すぐに新しい組織がさらに強力で隠しやすい新種の薬を持って現れるからです。
実際に、フェンタニルよりもさらに数十倍も強い「ニタゼン系」という新型の合成麻薬もすでに広まり始めており、取り締まりとの「いたちごっこ」が続いています。

さらに、こうした混乱の中でトランプ大統領が見せているのは、麻薬対策だけではない大きな野心です。彼は北極圏にある巨大な島「グリーンランド」をアメリカが統治したいという意欲を隠していません。

そこには電気自動車やスマホの製造に欠かせない貴重な天然資源が眠っており、北極を通る新しい航路をコントロールする軍事拠点としても非常に重要だからです。

また、南アメリカ全体に対しても、アメリカが絶対的な主導権を握る「覇権」を広げようとしています。トランプ大統領自身が、【モンロー主義】という、これまた中学校の社会科の教科書に載っていそうな言葉を使ってスピーチしています。これは、ライバルである中国などの影響を南米から追い出し、アメリカの周辺地域を自分のルールで管理しようとする動きです。

結局、アヘン戦争から200年が経った今も、根本にある「支配と利益」の構図は変わっていません。
このことを日本人はどう受け止めていけばいいでしょうか。こういう時に、人間のふだんの思考クセが、表面に出ます。

パワハラ体質の人は、「パワーこそ正義だ」という論展開に賛同しやすい傾向があるそうです。
また、普段の暮らしの中で、あるいは生活の中で、「弱者の立場」を経験している層は、そういった覇権主義を嫌う傾向にあるようです。自分自身のトラウマが影響するんですね。自分自身の価値観をそこに投影してみるのが人間の心理ですから。

50代60代70代の男性の多くが、トランプを応援しているそうです。
また、男性だけでなく、自力でビジネスを展開したり、ある団体の長に登り詰めたような女性も同じ傾向があるようです。

逆に、自分では何もできないことがわかっていて、周囲の人の助けや支援に感謝しながら、何とか生きている、という実感を持っている人たちは、トランプ大統領のような頑固で、周囲の迷惑を顧みない強引な政策は、見ていられないものに映るようです。

この両者は、共通の言語を持ちませんから、いつまでたっても理解し合うことがありません。


日本人や米国人を問わず、ある一定の、彼を支持する層の人々には、トランプ大統領の頑固で意地を張っている姿は、「凜としたリーダーのとるべき姿」として見えているのかもしれません。

「強さを経験し、それを正義としてきた人たち」が、自分たちの価値観を守るために大統領を支持している……。
そう考えると、この騒動は単なる政治問題ではなく、「アメリカンドリームによる成功哲学」と「アンクルトムの小屋から続く差別を嫌う人権意識」の最終戦争のような様相を呈していると思えてきます。


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「劇的なもの」のゆくえ

パッと輝く。
さっと色が変わる。
こうしたものに子どもたちは、目を惹かれます。
多くの人間がそうでしょう。
なので、理科の実験の時は、そういう「劇的な瞬間」というのを見せるようにしています。
子どもたちの興味の持ち方が変わります。

大人もそうですね。
派手なものには、目を向けたくなるし、派手な動きには神経を研ぎ澄ませてみたくなります。
スポーツの人気があるのは、そういうことでしょう。

「劇的」といえば、平賀源内を思い出します。
日本で広告キャッチコピーと言うものを最初に始めたのが彼だと言われていますね。
人々の耳目を集めるのに、劇的な言葉を使うと言うことに気がついた人なんでしょう。
彼は物産展を開き、多くの人を驚かせました。
人を驚かせるのが趣味だったのでしょうかね?
彼は最初に、珍しいものを集めて並べる物産展で話題を集めます。特に評判を呼んだのがエレキテルでした。
静電気の火花を見せると、多くの人が目を見張って驚きました。魔法使いかと思った人もいたと思います。

こんなふうに、人を驚かせるのが好きだった。彼の生涯はどうだったかと言うと・・・

最後が不遇だったんです。
平賀源内自身の人生もまた、非常に「劇的」で、最後は「孤独」だったのです。

• 絶頂期: エレキテルや戯作、そして広告の才能で江戸中の人気者になり、時の権力者(田沼意次など)とも繋がりました。
• 悲劇的な最期: しかし晩年は、事業の失敗や周囲との不和が重なり、最後は誤って人を殺めてしまい、獄中で孤独に亡くなりました。

「劇的な展開を好む人の晩年」は、恵まれないことが多いようです。どれほど世の中を驚かせ、時代の寵児となっても、その「劇的な手法」が誠実さや周囲の人の【心と心の交流】という土台を欠いてしまうと、最後は誰からも助けを得られない孤独に陥ってしまう……。


人間の普遍的な心理に照らしてみると、平穏な日常も大切ですが、一方で「何かすごいことが起きるのではないか」「この人が世界を変えてくれるのではないか」というワクワク感に、人は抗えません。

高市総理が「1月解散」という劇的なカードを切るのも、まさにこの「源内的な演出」が、今でも一定以上の人々の心を掴むと知っているからでしょうね。

源内の時代は、まだ「驚き」そのものが希少な価値でした。しかし、今は誰もがスマホで24時間、源内のエレキテル以上の「ぎょっとするニュース」を浴び続けています。

その中で、我々は気がつかないうちに、情報に対してのアップデートを済ませてしまったんではないかと思います。おそらくそれは2024年から2025年に起きたのではないでしょうか?

何かを見せるとか、「うわべ」を整えるとか、そういうことに大衆は心を動かなくさせたのではないか。あまりにも、そうしたことで、事実実態と表現が異なる姿を見せられてきたからです。
本当はどうかと言うふうに、大衆の気持ちがアップデートしてしまっているんだと思います。

これまで私たちは、素晴らしいキャッチコピーや、キラキラした映像、そして「劇的な演出」によって、実態以上に良く見せられたものを何度も見せられてきました。そして、その後にやってくる「中身が伴わない」という失望を、数えきれないほど経験してきました。

大衆の感覚がアップデートされたというのは、「演出」という魔法が解けてしまった状態だと言えます。
面白いですが、広告なんですけど、アイフルと言う消費者金融がありますね。偶然ですけど、そこに愛はあるんかいと聞いています。まさにそれは今の令和の新しい人たちの感覚なんでしょう。皮肉にもそれが既に広告になっているわけですが。

現代の大衆がアップデートしたというのは、

「驚かされることにはもう飽きた。だから、その奥にある『本当のこと』を見せてくれ」

という境地に達したということなのかもしれません。

劇的な演出で人々を喜ばせる「源内的なエンターテインメント」としての政治は、そこに愛(実体)はあるのか?、という冷徹な視線にさらされているのです。


高市総理がどれほど「広告的」に自分を演出し、強い言葉を発しても、それを受け取る側が「あ、これ広告だな」と気づいてしまった瞬間、その魔法は消えてしまいます。
2月の選挙に向けて、「そこに愛(誠実さ)はあるんかい?」という静かな問いが、SNSの喧騒を超えて、投票箱に静かに積み重なっていくのかもしれません。
「広告の時代」が終わり、「実体の時代」が始まった今、これから私たちは「嘘のない言葉」を政治や社会に求めていく姿勢がより強まっていると思います。
高市総理は、自分を「現代の源内」のような革命児だと思っているかもしれませんが、とにもかくにも、周囲の自民党内での分裂をさせないように頑張る必要があると思います。地道な折衝は時間がかかるかもしれません。また大勢の県や地方の国会議員に理解をしてもらうには言葉を尽くしていく、説明していく誠意を見せる必要もあるでしょう。

今回の解散で、高市早苗総理が、晩年を孤独で寂しく過ごすのか、あるいは社会に貢献してくれたと言うふうに受け止められて、感謝をいつまでも伝えてもらえる人になるかが決まると思います。
今、周りにいる人に、「総理大臣だから」と、利用価値がある存在として、ただ利用されるのではなく、本当に愛されていくのかどうかがこの解散で決まると思います。

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