元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

学校で何を学ぶか。
世の中の多くの人はどう考えているのだろうか。
おそらく、今の世の中のことをしっかり学べるように、と考える人が多いのではないだろうか。

もしも、学校で重要視するものを、下記のように変革したとしたら何が起きるか。

今の世の中の仕組みを成り立たす人になるために学ぶ

  ↓

私がいちばん暮らしやすい世の中の仕組みはどうなのか、を思考・創造することを学ぶ


もし、このように変化したとしたら・・・

おそらく、起業家がたくさん出てきてしまうだろう。
そして、従来型の企業には就職しなくなるんじゃないだろうか。
あるいは、就職したとしても、従来やっていたことをただ繰り返すのではなく、どんどんと新しいアイデアを実行してしまうのではないだろうか。

企業としては、会社としては、どちらの人材を得たいか、ということになる。

「そりゃ、指示をしっかりと聞いて、その通りやれる人材が欲しいに決まっている」

と考える人は、今の世の中の仕組みをきちんと学ぶ学校 に入学すればよい。

しかし、

「新しいアイデアを思いついて実行できるように計画する人が欲しいだろう」

と考える人は、私がいちばん暮らしやすい世の中の仕組みを思考する学校 に入学するべきだ。

で、今の公立小学校はそのちょうど中間にいる。
例えば、図工の授業はずいぶんと変わってきた。
文科省の指導のもと、鑑賞の授業に力を入れ、ずいぶんと変革されたのがもう10年くらい前だ。
文科省は、「生きる力を本人が手にすること」を標榜して、鑑賞の授業をがらりと変えてしまった。

そのため、ゴッホとかピカソとかの名作の名前を覚える授業ではなく、
「自分がその絵を見て何を語ることができるか」を重視する授業に変えられてしまった。

つまりこれは、起業家を育成する方向である。

また、国語や社会も従来とは変わってきている。
歴史だって、こうなってこうなってこうなった、というあらすじをとらえるだけでない。
どうしてこういう現象が世の中に起きてきたと思うか、自分なりのとらえや発見を語れるようにする。だから、子どもたちは、授業になると書いたりしゃべったりが、忙しい。

覚える、というよりも、いかに自分の意見を持つか。

時代は変わり始めている。

文科省はこういう方向にずいぶん前にかじをきり、進めよう、進めよう、としている。
ところが一部、抵抗勢力がいる。
それが、親だ。

親は、自分の子どもに、

「従来の企業に就職しておとなしく首にならぬように長く勤められるように」

と考える。

だから、子どものテストの点数に目を光らせ、もう覚えたか?と聞く。


ところが、学校は、次のようなことを子どもに聞く。

きみは、どう思うの?なぜ?なるほどーふーん。
どうしてそう考えたの?その意見の参考にしたものはある?
どんな本を読んでそう考えたの?友達の意見で参考にしたことはある?
そう考えるとどんないいことがあるの?
そこから発展させてさらに考えたいことは?それは世の中のためになりそう?
世の中にはそれとは逆の考えもあるけど、反対意見についてはどう思う?

大学入試もそうだが、高校入試も面接の比重が高くなり、面接の時間が長くなり、作文や小論文の比重がどんどん高まっている。

意見が言える子の未来は、明るい。

大人だって、大臣だって、自分の意見をきちんと伝えるのが良い。
ロシアの怪僧ラスプーチンだって、トランプ大統領だって、サラリーマンだって教師だって、誰だって、自分の意見を言える世の中が正しい。
ラスプーチン
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