元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

ネコは何と言っているのか、考えていたら、

嫁様が横から

「おなかへってんじゃないの」

という。

こういう場合は、あれですね、つまり

嫁様がおなかをすかせている、ということが多い。

案の定、嫁さま、やおら立ち上がって

「おーい、猫さん。かりかりだすよー」

と言って皿に餌を少量足した後、

「わたしもおなかへっちゃった」

自分も冷蔵庫を開けておりました。


こういうの、心理学でなんてんだっけな。
たしか、心理学の教科書にも、説明がありましたね。
万人に共通の心のはたらき であります。

ネコをみて、「この猫はさびしそう」と指摘する人がいたら、
たいがいの場合、その人がさびしさを抱えております。
自分の心を、あたかも猫がそうであるかのように、見るのです。
心理というのは、どうもそういうものらしい。

ロールシャッハテスト、というのがあります。
インクの滲み、のような図柄です。
ご存じの方も多いでしょう。

chou-cho


これを見ると、いろんな感情が湧き出てきますので、それを自由に話してもらいます。
まあ、この模様は偶然できたものなので、まったく意味はありません。
しかし、この意味のない記号、サイン、図柄を見ただけで、人間のこころというのは、自由に想像力をともなって、生き生きとはたらきはじめるわけです。不思議です。

そこに父親の顔を思い浮かべる人もいれば、強い悔恨の気持ちが浮かんできたり、無邪気にはしゃいだ子ども時代を思い出す人もいます。なんにせよ、自由なのです。人の思念と言うものは。

人間は、人の行動を見て、あれこれ、と思いますが、
そのほとんどは、自分のこころの状態を解説するものとなります。

例えば、
他の人がしかめつらをしたのを見て、あの人は失恋したんだ、と思うとします。
実際は、彼は朝食べた魚にあたって、ひどく体調が悪いだけなのですが、
「ああ、きっと彼は失恋したばかりなのだろう」と考える人は、自分にとって、「失恋」あるいは「恋愛感情」というものが、とくに重要だと思える精神状況なのでしょう。

つまり、Aというものを見て、Bだ、と答える人にとっては、
B、というものがただいま現在、とくに重要な事柄なのです。

Aをみて、Cだという人にとっては、その人の人生において、今現在Cが重要だというわけです。


つまり、この猫、はらへってんじゃないかな、というとき、

人は自分が腹をすかせている、というわけです。

このことを、テレビのコメンテーターは、自覚すべきですね。

テレビを見ると、よく、コメンテーターがしゃべっていますね。かなり気軽に。
最近話題になっている芸能人のことを、あれこれと言いたいことを言っています。
そして、かなりの程度、それは自己紹介になっていることが多い、ということです。コメンテーター自身の心理状況を、自白していることが、往往にして、ある、ということですな。

これはもうそっくりそのまま、教師にあてはまります。

「この子、ぜんぜんいうこと聞かないし、わたしのこときらいなんじゃないかな」

それは、その子どもが教師をきらっているわけではなく、

大概の場合は、教師である自分がその子のことを気に入っていない、ということなのでしょう。

monasama
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