元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

ブログのタイトルを変えました。

『新間草海の!!自問自答ブログ』です。

突如、自問自答という言葉がぴんと来まして・・・。



先日、わたしが教師になりたての頃の、今から14年も前の、このブログの記事をみて、問い合わせがありました。

その方は何度も教員採用試験を受けている、わたしと同じような境遇の「転職サラリーマン組」の方で、このまま教員を目指すべきか、やめるべきか、と悩んでおられました。

人生、なにかを辞めたり、終わらせたり、というのはタイミングの取り方が難しいですね。
日本人の癖で、「あきらめる」ということが、ちょっと否定的にとらえられがちですから。

当時のことなんて、あまり覚えていないので、きちんとその方の希望する回答ができなかったので申し訳ない気持ちです。
教師になりたいという方がけっこうな数、このブログを読んでくださることがありがたいです。
そういう方が、

「なぜブログをはじめられたのですか」

とお尋ねだったので、なんでだろう、と自分でも考えているうちに、

要するに、自分は、『自問自答』が好きなんだろう、というしか答えが見つからないことが分かりました。

まあ、率直にいえば、「癖(へき)」ですね。

どうしようもない。
変えられません。癖なんで。

また、先月でしたでしょうか、若いころにお世話になった人生の大先輩が本を出版されたのですが、その方も、ずーっと、「自問自答」を続けておられて、刺激を受けました。

なんで自分はそう思うのだろう。
なんで自分はそれらを知りたいのだろう。
なんで自分はそこに興味を持ち続けるのだろう。


自分自身が「そうなってきたこと」「そうなってあること」への、解明がしたくて仕方がないのです。

つまり、自問自答、ですね。


人は誰でも、日々頭の中で、自分自身に問いかけ、自分で答えるという作業を繰り返しています。
その数はなんと毎日3万〜4万回と言われています。

その自問自答のプロセスこそが思考といわれるものです。通常、この自問自答は心の中で無意識で行われますので、自分では認識していません。でも、この無意識でしていた自問自答は、意識的にすることもできますね。

わたしはブログをはじめて十年以上経つわけですが、週末にブログを書くために、おそらく月曜日の朝から、自問自答を繰り返しております。

一週間、ありとあらゆることに自問自答を繰り返しながら、結局自分なりに出した「解」を、整理したくてここへこうやって書いているのだろうと思われます。

となると、このブログの正直なタイトルは、

新間草海の「自問自答」

と、こうなると思ったわけです。

冒頭の、教員採用試験にいつまでチャレンジするべきか、と悩んでおられた方も、
自問自答を続けているわけです。
人生において、いちばん必要なのは、自問自答する技術なのかもしれません。
ただしく、自問自答する術(すべ)、というべきか。

では、タイトル以外はそれほど変わりのないブログで、
まだまだ「自問自答」を続けますよ。

どなたもどうぞ、かっぱえびせんをつまむかたわらの気分で、おひまつぶしにご覧くだされ。

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