新間草海の!!自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

ネットのニュースをたまたま見ていたら、
靖国神社で軍人の格好をしているおっさんたちが目にとまった。
無意識に、「総員玉砕せよ!」の水木しげる二等兵の姿をさがしてしまう。
水木さんはいなかったが、人はそれぞれのやり方で、醜悪な戦争をふりかえるのやなあ、と感心した。

さて、ご存じの通り水木さんは個性の豊かな人で、戦地に行ってまず絵を描こうとした話は有名で、上官に呆れられるのですが、世界中でこういう人はいたようですナ。フランスの作家、アルフォンス・アレー(Alphonse Allais)もまた、戦地を戦地と思っていないような態度でのんきに暮らしていたため、上官に怒られたそうだ。

わたしはこの話が好きなのは、子どもも同じような子がたくさんいるからで、教室を教室を思わず、授業中を授業中と思わず、好き勝手に寝転がったり、あくびをしたり、ムシと遊んだりする子はたくさんいる。わたしは呆れるのだが、昆虫の好きな子は、やはり、足元に虫などいたら、掃除中でも箒などほっぽりだして、掃除も忘れて昆虫の背中の羽の色に夢中になるわけです。

コスプレするおじさんたちも、水木しげると同じでしょうね。
水木しげるは、南国の珍しい景色をみたら、スケッチをせずにはいられない。同じように、靖国神社のコスプレおじさんたちは、コスプレの魅力にはまってしまっているのでしょう。やらずにはいられない、という感じ。毎日やるわけにもいかないから、終戦記念日、という大義名分がつけられそうな日をチャンスにしているのでしょう。

さて、授業中にムシに夢中になっちゃう子について、わたしは決して放置はしません。
こころのなかでは、その子らしさを十分に面白がっているのですが、そんなふうな担任の心中は知らせません。
どうするかというと、シンプルですが、今の時間の目的はなんだったか、と振り返ります。
授業は1時間ずつ、その時間の目的と目標があるので、算数なら「今日は、合同な四角形の書き方を明らかにする、だったよね」と、確認します。
たいていは、それで授業に向き直ってくれます。
集中してないなと思ったら、それなりの個別フォロー、全体への指導の時間配分などを変更します。

水木しげるにも、上官が目的を話したでしょうね。わたしと同じように・・・。


上官「馬鹿モノッ!」
しげる「はっ」
上官「ここにお前は何をしに来たんだ!」
しげる「はっ。こんなところへは二度とこられませんので、スケッチをするためであります!」
上官「馬鹿モノッ!鬼畜米英との戦いに来たのだ!米国の兵士と戦うためだっ!」

しかし、合同な四角形の書き方をマスターしよう、というような目的ならわかりますが、戦えといわれても、なんで戦うんだ?というのが水木しげる先生のホンネでしたでしょうね。

しげる「上官どの!なぜ戦うのでありますか!」
上官「馬鹿モノッ!南方を押さえねば、資源が手に入らないではないか!」
しげる「上官どの!なぜ資源が手に入らないのでありますか!」

これ、授業でも扱う場面ですが、なぜ太平洋戦争をはじめたか、という理由には、教科書にも「資源を手に入れようとした」と書いてありますよ。ただし、手に入らないから、という理由はまちがいです。資源はありました。しかし、「余計にほしいと考えた」からですね。東南アジアの資源を、ただ同然で、自国のものにしようとしたからです。

まあ、目的なんてのは、大人でもこうして見間違えたり、勘違いしたりしやすいのですから、常に熟慮しておかねばならないというわけです。

ただし、コスプレには目的なんてものはないでしょう。ただ、あの恰好がしたい、あの服を着たい、という、やらずにはいられない、という心性に突き動かされるようにして、靖国神社へ集っているのでしょう。

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