勤務校に、教育実習生が来ておりました。
コロナでたいへんな時期ですが、人材確保は必要なので、受け入れたのでしょう。
まあ学校は大勢の人が出入りをしておりまして、業者も荷物を搬入するし、PTAの親たちも、ふつうに校内で会合をしております。

教育実習生はたいへんです。
わたしは経験がないのでよくわからないのですが。
なぜわたしが教育実習を知らないのかは、わたしの経歴をごらんください)

先日、実習生がどうやら子どものけんかの仲裁らしいところにいるのを見ました。
どうやら実習生の目の前で、悪口を言うなど、なにかトラブルが起きたらしい。
わたしは通りすがりだったので、担当の教諭がそこへ現れたのをいいことに、そのままお任せして職員室へ行ってしまいました。

去り際に、ちょっとひっかかったのはなにか。
それは、悪口の仲裁のしかた、であります。

「なんでそんなことを言ったのですか」

と、彼女は子どもに向けて言っていた。
これは、悪口の理由を知りたかったらしい。
ところがふつう教員は、『悪口の理由』というのは、尋ねないものなのである。

世の中、なんでもかんでも、理由は必要ではないし、理由を聞いてはいけないものもあるのです。
とくに、子どもの指導の場面では、悪口の理由は言わせません。
なぜ、悪口の理由というのは、子どもに尋ねないのでしょうか。

理由を聞くのではなく、あなたはどうしてほしいのか、を言わせます。
で、その悪口を言うことで、相手がそうなるのか、を考えさせます。
悪口で解決はしません。その馬鹿さ加減を学習する場面なので。

ヘイトをすることで、相手が自分の望んだような行動をしようと思ってくれるかどうかを確認すると、まあ当然なのですが、自分の希望はぜったいにかなえられません。
ヘイトをしてもしても、何度ヘイトしても、ぜったいに自分の希望はかなえられない、という鉄則をここで学ぶのです。

それなのに、なぜヘイトするかの理由を説明させてはいけませんナ。
相手の言い分を、聴いてはいけないのです。ヘイトに関しては。
なぜかというと、ヘイトそのものが、すでに意味がなく、社会を壊すからです。

ヘイトする人の言い分も聞くべきだ、という人もいるでしょう。
しかし、民主主義を守るためには、ヘイトの言い分は一切聞かないのです。

「理由(わけ)を聞かない」というと、人権をふみにじる行為だ、という人もいるかもしれませんね。
でも、ヘイトした時点で、相手の人権を踏みにじっているので、人権を踏みにじる側の言い分を聞いている暇はないし、順番すら間違えている、というわけです。踏みにじる者がまず救われるべきではないのです。その馬鹿さ加減に気づくのが先です。踏みにじる側を救うよりも、救わねばならないのは、「ふみにじられて苦しんでいる側」です。

だから、「なぜヘイトをしたの!?」ということを、先生は尋ねません。
これは教員の世界ではまあ常識でしょう。
しかし実習生ですから、そのへんはまだ、あいまいなのですね。

「なんで、あらまくんのことを、おばけ、なんて言ったのですか」
「だって、あらまくん、おばけみたいなんだもん!」
「どこがどうおばけというのですか!」
「だって顔もおばけだし、髪の毛もおばけみたいなんだもん!」
「顔のどこがおばけなのですか!」
「だって目も鼻も口もおばけなんだもん!」
「髪の毛はどのへんがおばけですか!」
「くちゃくちゃだし変なんだもん!」
「くちゃくちゃでもおばけではないでしょう!」
「だって変なんだもん!くちゃくちゃでねじれてんだもん!」
「どこがねじれてんですか!」
「だってうしろも前も、横もてっぺんも、みんなくちゃくちゃなんだもん!」
・・・

このやりとりを、あらまくんはどう聞けばいいのでしょう。
おそらく、先生がヘイトの詳細な理由を言わせるたびに、『なんでそんなこと聞くんだ!』とくちびるを噛むでしょうし、相手の返答を聞かされるたびに、 『おまえのいい加減な決めつけをなんで聞かされるんだ』と憤慨し、泣けてくるでしょう。

つまり、悪口を言った理由など、ぜったいに聞いてはならないのですね。

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