元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

このところ、ずっと家庭訪問をしてきた。
長い臨時休校が続いたこと、とくに新学年になり、担任が変わったというのにほとんど会えぬままであったことから、子どもに自己紹介をする意味でも、顔を見せたかったからだ。
マスクをしたまま玄関から2m離れ、「はじめまして!」と大きな声で自己紹介をすると、笑ってくれる子どもの表情は、本当の救いだ。
しかし、それも『非常事態宣言』により、やめるようにお達しが出た。

学校には、低学年の子を中心に、約20%くらいの人数の子たちが登校している。
両親ともに在宅勤務がかなわず、どうしても預かる場所が見つからない子どもたちだ。
高学年はほとんどいない。留守番もできるし、場合によっては料理もするだろうし、危険回避をする知恵もある。学校にくるのは、低学年がほとんど。

しかし、ニュースは一向に明るくなる兆しがない。
おそらく、この低学年の子たちが学校に来れなくなる日も近い気がする。
この学校の区域内で、感染者が一人でも出れば、外出はもっと厳しくなりそうだ。
また、児童の保護者や教員の家族に感染者が一人でもでれば、おそらく学校は閉鎖だろう。

わたしが気になったのは、子どもたちの中には、あきらかにメンタルに不安を抱える子がいるだろう、ということだ。
当然だろう。大人であっても、そうだ。仕事のこと、生活費のこと、また子ども・家族に対しての負い目が発生しやすい。いつものようにいかないのだ。生活スタイルを思うように進めていけないことによるストレスがかかる。

今回の家庭訪問で、わたしは、最初の一言を決めていた。
玄関を開けて子どもの顔が見えた瞬間に、
「よかった!元気そうだね!」
と言うことにしていた。

その一言で、子どもの表情がぱっとほころぶのが分かった。
元気でいてくれさえしたら。なんとかあと少し、休校の間、健康に気を付けて過ごそう、と思ってくれたら。

玄関先に出てきてくれた保護者の中には、こういう人も多かった。
「先生、GW明けには、学校はぜったい始まりますよね。それでなかったら、困っちゃいますよ、ほんとうに」
わたしは、あいまいに笑うだけだ。

ニューヨーク市長は、9月まで公立校を再開させないことにした。
ニューヨークに住む人たちが、スーパーの入り口で、2mどころか5,6m近くも離れて立ち、それでもめげずに1時間待つことも我慢しながら買い物をしている風景を
ニュースの映像
で見た。
夜7時になると、町中から拍手が聞こえる。命がけで医療行為にあたる関係者へのねぎらいと尊敬のサインだ。
これほどの感覚が、まだ日本にはないような気がする。少なくともわたしの住む地域には。

「最悪を想定しなければ」

職員会議で、校長が言った。

もしも、このまま禍(わざわい)が収束せず、仮に5月下旬まで休校ということになれば、夏休みは一日も無いだろう。行事もすべて無くし、これまでの授業を取り戻さなければ。

しかしそれも幸運が味方してくれた場合の話だ。
先の話で、地域に感染者が出たら、また1,2週間の休校措置はありうる。

国が動かないのであれば、県で。
県が動かないのであれば、市で。
行政が、大きな公共の建物を建設するお金を教育費にまわし、機材を貸してくれないだろうか。
あるいはどこかの、ふとっぱらの大事業主が、タブレット機器をすべての小学生に貸与(与えなくても、この期間中だけ貸してくれればいい)してくれないだろうか。

そして、先生たちがそれぞれ、心のこもった動画をアップすればいい。
「こんな内容では公開できない」と責めたり、その動画の質や授業の質、内容を責めるのは、すべての禍が終わった後に、すべての教師の、動画アップへの努力をほめたたえた後にしてくれ。
教育委員会は、先生たちの真心を信じたらいい。授業がうまいへた、じゃないのよ。すぐに、子どもたちが、一日でも早く、「学校を感じる」ことが必要だからね。スピードなのよね。

絵本を読んでくれる先生がいてもいい。
自分の担任の先生が、いつもの顔を見せてくれて、自分たちだけのために絵本を読んでくれたり、話しかけたりしてくれるだけで、子どもたちの心にはぜったいにプラスになるでしょうよ。

算数の得意な先生は、黒板を前に、ていねいに教えてくれたらいい。
社会の得意な先生は、写真や資料をみせながら、考えさせてくれたらいい。
理科の得意な先生は、実験をしてみせてくれたらいい。

それを、教育委員会が「これは許可する」「これは許可しない」とやるから、心が疲弊する。
現場ではマスクをしようと注意喚起していたのに、WHOが「マスクは効果ない」とか言ってたから、広がった面もあるでしょう?
きくところによると、医療現場では「この人を検査したい」と判断しても、保健所が許可しないからできない、と困っていた現場のお医者様は、たくさんいたらしいですね。
つまり、現場ではなく、どこかの会議室で判断しようとするから、初動が遅れるのです。

今は、『非常時』。
現場が動かない、現場の判断で動けないのは、『非常時』には、まずいのですね。
非常時は、現場に権限を与えなければならない。(←と、諸葛孔明が言ってた気がする)

jikennha
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