困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

地域の小さな歴史郷土博物館から、明治・大正・昭和初期に使われたさまざまな生活の道具をお借りしたときのこと。
大切な道具であるにもかかわらず、わざわざ学校まで持ってきてくださった。
糸車、鍬、籾摺りの道具、ソバの収穫で使う道具・・・トラックにいっぱい。

子どもたちは大きなホールに集まって、それを見学した。
にわかに博物館の展示室のようになっていたので、みんな嬉しがったり、驚いたり、楽しんでいた。

本来ならば、係の方が「少しお話をしてくださる」という手はずになっていた。
30分ほどの予定で、歴史に関すること、地域に関すること、民俗に関することなどのお話を伺うことになっていた。

ところが、何かの手違いでその担当の方が、来られなかった。
代理で運んできた、まったく別の課だ、という職員の方がいらしたが、「話はできないです。よくわからないんで」ということであったから、同じ学年の先生で相談し、今回はただ物をよくみるだけの時間、ということにしてしまった。


わたしが事前に調べておいて、授業ができたらよかったとは思う。
なんとなく知っていることでも、言えばよかったかも。
だが、わたしも、正直、わからない。うまく説明することはできない。

だから、今回の場合は
〇事実を正確に知る
ことをねらう場にすることはできなかっただろう。



しかし、考えてみれば、授業はそればかりではない。

〇疑問点を列挙して、今後しらべていくための視点をもつ

ということであってもよい。
あるいは、

〇なぜそうなっているか

をその場にいる子どもたちどうしで考えあう

ということでもよかった。

だから、今考えると、いくつかのアイデアがうかぶ。
くやしいので、いかに列挙してみる。


1 ちがいを探そう~付箋を使う~

よくやる手だ。
ふせんを子どもたちに一人5枚ずつ配る。ふせんには名前を書かせる。
そして、びっくりしたところ、なんだろうと疑問に思ったところ、おもしろい、と思ったところをみつけたら、そこへ貼り付けるのである。
すると、たとえば鍬の先が3つに割れているものと、長方形で1本のままのもの、それが小さくなったような超小型のもの、など鍬だけでもいろんなものがあるから、子どもたちは思い思いに自分が興味を持ったところにふせんを貼るであろう。
そして、順に、①自分がどこにふせんをはったか②なぜそこに貼ったか を話していくのである。
みんながいっせいに同じような場所に興味を持ったなら、一か所にたくさんふせんが貼られるであろうし、意外にも一人しかそこへ興味を持たなかった子もいるだろうから、たくさん貼られた箇所と、たった一人しか貼らなかった箇所の、両方をみんなで確認していくだけでも面白い。

2 比べてみよう

鍬ならクワで、何本かを並べてみて、「比べてみて、なにがちがうかを見つけよう」でもいい。
比べる、という作業は面白い。子どもが知的になる。授業では重宝する思考ツールの一つである。
どことどこがちがう、と言い合っていた子どもたちは、次第に、「なぜちがうのか」「どうしてこうなっているのか、たぶんこうだろう」というように、予想をしていく。「比べる」が、「予想する」へと進化しやすい。

3 順番をつけてみよう

鍬ならクワで、何本かを並べてみて、「いちばん使いやすそうな鍬はどれだろう」とする。
順番を付ける、ランキングをつける、そしてそれに理由をつけて発表する。
これはいつでもどんな授業でも使える『超・お得』な思考ツールである。
歴史の授業で、縄文時代と弥生時代を比べて、もしもどちらかにタイムマシンで行って体験できるとしたらどっちがいい?というのも、ものすごーく盛り上がった。
好きな方を選ぶ、という行為そのものが、人間を知的にする行為なのだろうし、そもそも人間は、選ぶことが好きらしい。(ただ、すべて似たようなものだなと認知した場合は、そう判断した時点でダメ。選ぶのが面倒になる。明らかに違いのがあるものの中から選ぶのが良い)

4 色を塗って考えよう

これも、「ちがいをさがす」「比較する」「順番を付ける」の変化バージョンだ。
パーツのあるもので、全体が構築されているもの、である場合に使える。
全体像を印刷し、パーツを色別に塗っていく。ただし、同じパーツは同じ色で塗る。同じではないが、似てるようなパーツは、原色と似たような色で塗る。そうやって脳内で、『色』に変換させながらパーツの再現をしていくのだ。パーツをすべて塗り終わると、しだいに全体の構造がみえてくる。
そこで、「気が付いたこと」を出し合う。似てるもの、ちがうもの。高学年ならたくさん意見が出てくる。
農家の家の中の様子を白黒で印刷し、子どもたちに色を塗らせれば、部屋ごとに特徴があることや、土間、板の間、床の間などの特徴も考えるし、馬のいるエリア、水を使うエリア、火を使うエリアなど、考えて色を塗り分けることになる。


5 立場を入れ替えてみる

ストーリーがある場合。桃太郎の犬とキジを入れ替えてみる。犬が偵察に行くことにしてみる。
本来なら、それはキジの役目だ。キジなら空高くとびあがり、谷を越えて鬼ヶ島の全体像をすばやくみることができるし、距離も測定できた。
ところが犬は谷を飛び越えられないし、川の急流も越えられず、全体像が見えないので遠回りになる。ようやく鬼の本拠地を探し当て、その情報を持って帰るころには、桃太郎たちはベースキャンプでくたびれ果てているだろう。すなわち、どうしても「空中」を飛ぶキャラクターが必要だったのだ。犬役とキジ役の、それぞれの任務を入れ替えて考えただけでも、気が付くことがたくさんでてくる。
今の暮らしに慣れた自分たちが、昔の住宅に住み、昔の道具を使って暮らすとしたら、どんな感想が出てきそうか。それだけでなく、当時の子どもが今の暮らしを1日だけ体験したとしたら、どんな感想が出てくるだろうか。両方を考えてみると、広がりが増す。

知識をネットワーク化していく。新旧の知識を結び付けなおす。教科を超えた知識に統合していく。
これからの学校は、「知的活動を体験できる空間」をめざすはず。

kuwa2

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