困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

2学期が怒涛のように始まり、体重がすでに3キロ近くやせております。
いいのです。夏休み中に増えてたから。

それにしても、年齢が年齢だからか、業務が多くて大変だと思う。
気が付くと、職員室の机の上に、文科省から教育委員会から、企業から大学から、市内の他校から、これでもか、というくらいに書類が届く。

わたしが係だから、しゃーないのですが、それにしてもこの業務量。

学校というのが、社会に対して開かれているから仕方のないことですが、『渉外』という係を、学校全体で正式に雇い入れたほうが良いと思うナ。
だって、わたしは担任だもの。授業だってあるし、子どものことを考えていたい。
文科省からのセミナーのお誘いや、大学からの依頼や、企業からのPRなんてのは、それがいったいどういうものか、を見極めるだけでも時間がかかる。こういうのを、精査してくれる係がいたほうが、いい気がするなあ。

愚痴はここまで。


さて、授業が楽しいのであれこれと作戦を練っています。

理科は、生き物と植物とのつながりがテーマ。

どんな授業にしようかなー、と考えるときが、もっとも楽しい時間である。

おまけに、そこにカフェオレがあれば最高だ。

じっと目を閉じて、授業の展開を考える。

ゴールはどこだ。

ゴールに至るまでの道筋は、どのくらいカーブさせるか、変化させるか。

授業開始15分ごろの教室の様子を、思い浮かべる。
30分後、45分後・・・。


見えた!


生物は、なにかを食べて生きている。
そして、多くの生物は、最終結果として、植物を食べていることになる。
さらにすすめていくと、植物の体を構成するエネルギーは、太陽エネルギーだ。
われわれは、ソーラーパワーで生きているのだった。


これを2時間かけて、授業する。


今日の発問は、コレ。

「ある島にラッコがいました。そして、魚をとる漁師もいました。漁師は何年もここで魚を獲って暮らしているのですが、しだいに魚が減ってきていることに気づきました。魚が減ってきた原因が何だったのか、想像してください」

生物は、なにかを食べて生きているんだった。
これを思い出してから、子どもたちは考えを進めていく。



イラストを黒板に書く。

海。

島。

魚。

そしてラッコ。



・・・


子どもたちから、ラッコについて確認事項がでる。

「まず、ラッコが何を食べるかを知りたいです」

「ラッコは、海中にもぐって、ウニやカニ、貝などを食べることが多いです」

「うーむ」



ラッコが魚を食べすぎた、というわけではなさそうだ・・・???



日本人がクイズが好きなのは、小学校でこんなことばっかり考えて育ってきたからではないかと思うね。

rakko
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット