自分が座っている職員室の席のことを書きたい。
となりに、23歳の青年が座っている。
新人の先生だ。

ものすごくよくできた青年で、わたしはうんと尊敬している。
自分が23歳だったころを考えると、隣席の青年がいかによくできた人なのか、いつも感動するのだ。

物腰が落ち着いていて、やわらかく、清潔感にあふれ、正直で、素直である。
この青年が、わが町岡崎の教員になってくれていて、本当によかったと思う。

さて、その23歳の新米先生と話すと、けげんそうに、
「あらま先生はいったいどこに住んでいたのですか」
ということを質問してくる。

これは返答に窮する。
いろんなところに住んでいたからだ。
また、仕事でいろんなところへ出かけたからだ。
日本の各地へでかけた。

5年生の社会科は、日本全国の農業や産業について学ぶ。
わたしが知っていることや体験したことをもとに授業の素材を考えていると、
隣席の新米教師から、

「え?みかん収穫をしたことがあるんですか?」
とか、
「え?林業をしたんですか?」
とか、
「え?北海道で牛を追いかけたんですか?」
とか、その都度聞かれる。
もう、自分でも不思議なくらいに体験談が出てくるのだ。

これらの経験はすべて、自分が今の世の中を考えるときの、下地になっている。
いちばん自分でよかったと思えるのは、この地球という土地は、あるいは日本というのは、ずいぶん豊かな土地だということを、肌で感じていることだ。この感覚は、20代のころから、何一つ変わりがない。

この地球という星は、あるいはこの世の中というのは、あるいは人間と言う生物は、なんという豊かさに包まれているのだろう、という感じ。
これは、20代の最初に感じていることを、今でもまったく同じように感じながら生きている。
だからだろうか。わたしは自分の中身が何一つ、20代のころと変わらないように思う。

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ここで、提言したいことがある。

日本の小学校は、過疎地の廃校を利用した合宿教育体制を作ってはどうだろうか。
都市圏の子どもたちみんなに、実際に農山村に触れて、農業を啓発される機会を作るのだ。
すでに多くの人が、これと同じことを言っている。
ところが、まだ実現はしていない。
まじめにやれたら、どんなにすばらしいかと思う。

日本にはすばらしい観光資源が無数にある。
また、優れた自然環境が存在している。
観光・農業・教育の条件は、すべて揃っているようだ。
「金儲け」を目指すのではなく、人の幸福を目指した社会を生み出すことができる、すばらしい国の一つではないかとさえ、思う。

「ぼくは、新間先生のように、日本はすばらしいとか、なかなか言えないです。他を見たことがないんで」

私の中には、この国がいかにすばらしいか、という思いがある。


たしかに、腐った時代もある。とくに昭和初期の圧政、圧迫。
国民をだました政治家と軍部は、狂っていた。
日本は神の国、という一つのドグマで、人を支配しようとした。
それは、うまくいかなかった。「これしかない」「この道しかない」というような、ある決められた一つきりのドグマで、人間社会を支配しようとしても、うまくいかないのだ。〇〇主義は、一つに偏ってしまうことで、人間社会をゆがめてしまう。これ以外はダメ、という白黒主義は、狭い視野をつくる。ヘイト・排除主義は、けっしてうまくいかない。
この国は、特に昭和の初期から、これまでに間違ったことも経験した。
しかし、この国の自然と人間自体は、本当は・・・素晴らしいはず。

その国の誇りを子どもたちが取り戻すためにも、子どもたちの農業体験は行政がすすめてほしいと思う。親もついでに、参勤交代すればいい。江戸と地方を行ったり来たり。半年くらいで。

ちょうどコロナだ。東京の密を、緩和しよう。
国が国民に現金をわたし、半年間、好きな地方で農業体験をするってのはどうだろう。
大企業の内部留保をこの際、使えばいい。
もう、日本は、元のような大企業依存の社会には、もどらないのだから。
チャンスだと思う。

「成長」だけが良いのではない。
ゆるやかなフェードアウト、静かな規模への縮小をだんだんと。
だれもが傷つきにくいような、順序やスピードを考えて、すこしずつ縮小していく道を。
人口は減っている。増える見込みは薄い。どうしたって、空き家、空きビルは増える。
ここちよい、お互いを大切にしあえる人間関係至上の社会へ、しずかにゆるやかにシフトする道をさぐろう。

子どもたちとそんな将来を描くような、未来をひらく学びをしてみたい。

tokyo