前回、平安時代の貴族たちのぜいたくな暮らしを見てきました。
藤原道長と言う人が、最高権力をにぎったのでしたね。
その都の貴族たちの暮らしを懸命に支えていたのは、貴族以外の平民(百姓)でした。
税をきちんと、それもたくさん、納めたのですね。
だから貴族は暮らしていけた。

しかし、だんだんとそれが続かなくなります。地方では反乱もあったし、災害もたくさん起きました。平安時代は長く続き、日本風の文化の基礎がつくられた重要な時代です。貴族たちが毎日のように歌を詠んだり宴会をしたりしなければ、日本風の庭園も造られないし、かな文字だって生まれなかったでしょう。あの文学の大作、「源氏物語」だって、この世には生まれていないはずです。

しかし、都に豪奢な貴族文化が栄える一方、なかなか政治自体はうまく整わず、国全体が苦労した時代だったのです。

もっとも苦労したのは、平民です。
貴族ではない、ふつうの人たち。
たいへんに苦しい生活でした。

不思議なのは、この時、農民たちにとって、すごく良い法律ができていたんです。つくったのは、聖武天皇。法律の名前は、「墾田永年私財法」です。

これ、すばらしい法律でした。
自分で耕した田んぼは、自分のものにしていいよ、という内容で地方の農民たちにとってはずいぶん都合が良いはずですよね。だって、都に納めるべき税だけきちんと納めればいいんで、あとは自分の田んぼを増やして、自分たちのために収穫していいんですよ。すばらしいじゃないですか。

これまでAの田んぼで暮らしていたのだったら、Aの田んぼでできるお米は税にして都に出す。
同時に、Bの田んぼをがんばって開墾し、次の年からBの田んぼでとれたお米は自分たちでたくさん食べたらいいんですよ。豊かになりますよね。

こんないい法律ができていたのだから、反乱なんて起きないはず。
でも、実は地域では凄惨な暴力と圧政が始まっていました。
なぜ、悲惨な争いがあったのでしょうか。

「開墾した土地を、自分が開墾した、ということにして取り合ったから」
「少しずつ開墾していたら、途中から誰かほかのひとが開墾のつづきをはじめちゃったから」
「結局、長い時間のうちに誰の土地なのか分からなくなってきちゃったから」

なるほど。
そういうことも、あったかも・・・。

実は、土地の開墾をする、ということは、大工事が必要なのですよ。
田んぼには水が要ります。だから、近所に川があればいいけど、もし無ければ、どこかから水をひいてこなければならない。一番近くの川の流れを変える、水を引く、ということをしなければなりません。みなさんだったら、明日からどうぞ、といわれてやれますか?

「やれない」
「ブルドーザーとかがないと」

実は、この法律、「墾田永年私財法」は、貴族だけが得する法律、だったのです。
都のお金持ちの貴族が、たくさんの人を雇って、川から水をひくなど大工事をして、地方の土地を開墾しました。そうしてできたのが、「荘園(しょうえん)」です。

ほとんどのふつうの人たちは、自分の土地を持つことができませんでした。
地方に住む人たちが開墾するなんて、なかなかできることではなかった。道具もないし、暇もない。時間も金もある、一部の「お金持ち」しかできないことだったのです。
おまけに、貴族たちは自分の荘園を増やそうとして、ふつうの人たちがもともと持っていた土地(口分田)にも手をつけはじめます。

「なあ、お前が今耕している田んぼ、あれは俺の土地、ということにしておけよ。そしたら税金を納めなくてもいいぞ。どうせ都に税金を納めるんだろ?それを安くしてやろうじゃないか。今まで10俵を税にして出していたなら、俺の荘園ということにして、8俵を俺に直接払えばいい。これまでよりも、2俵分たすかるだろう」
なんて言って、荘園の中に組み込んでしまう。すると、政治を支え、都を支えるための税は納められなくなり、貴族個人のための「貢物(みつぎもの)」を生み出す土地だけになります。

だから、当然、貴族たちの土地だけが増えていく。
金持ちはますます金持ちに。そうでない人の田んぼは、増えません。

一見すると、よさそうに見える法律があっても、実際はますますひどい状況になっていく。

しかし、農民もだまっちゃいない。
開墾したら、自分の土地のはずだ、と協力しあいます。
地域のみんなで頑張って、じいちゃんもばあちゃんも、お父さんもお母さんも、隣近所のみよちゃんもさっちゃんもけんたろうくんも、みんなで協力して、土地を開墾したとします。

「俺たちの土地!みんなでつくった大事な田んぼや!」

しかし、気に入らないのは貴族です。貴族の部下が荘園を見回ってまして、ふと気づく。
あれ、こんなところに新しい田んぼができたな。けっこういい土地じゃねーか。と。

貴族の手下「おい、この土地はだれのものだ?」
農民「わたしたち地域の百姓が共同で耕した、共同の土地です」

貴族の手下は驚いて、なんとかこの土地を自分のものにしたい、と陰謀をめぐらす。

貴族の手下「いや、この近くに流れる川から、すぐそこまで水をひいてきたのは俺たちだ。お前たちは田んぼに水を入れているようだが、川の水は俺たちがひいたんだから、俺たちのもの。だからこの土地も、半分は俺たちのものだ」

なんという難癖でしょうか。

泣く泣く奪い取られて、結局は貴族に雇ってもらうことにします。
もう、手下になった方が得なんですね。
貴族に対抗するの、疲れるばかりで、下手すれば殺されてしまいますから。
貴族の手下に加わって、それ以上いじめられないようにと、ぐっとこらえて生きるわけ。

日本全国がこのようになり、もともと日本全国が朝廷の土地、ということでやってきたのに、気が付いたらもう9割以上が貴族の土地になってしまっていて、朝廷の土地は「立つ場所さえ見つからない」と文献に書かれるほどになりました。


A村付近は、藤原〇〇の土地。
その隣の村は、嵯峨〇〇の土地。
その下の村は、橘〇〇の土地。
・・・

すると、川の近くの土地を欲しがってお互いに交渉したり、川の流れが変わったとたん、土地の境目のことでもめたり、取り立てる収量を急に重くした貴族を恨んでわざと耕作を放棄したり、放棄された土地を勝手に耕して自分のものだと言い張ったり、と

まあ、だれがだれの土地なんだか、みんな疑心暗鬼な状態で過ごすようになりました。

武士の登場です。
堀や塀をつくって、きちんと畑や住居を囲い、けんかになったら戦えるようにしていきます。
馬術が得意だったり、弓が得意だったりした者は、貴族に雇ってもらってボディガードや見張り役でお給料をいただくようになりました。

自分たちでつくった簡素な鎧(よろい)のようなものを身に着け、長い槍のようなものを持ち、ふだんは畑を耕すために働いている馬の背に、鞍(くら)もつけて、乗るようになります。

これが、武士の起こり、です。

有力な貴族には、強い武士がボディガードにつくようになります。
京都の都にも武士を連れて来て、自分の邸宅に配置させ、貴族がボディガードの強さをステイタスとして誇るようになりました。

貴族A「俺のボディガードしてる武士、すごい弓がうまいのよ」
貴族B「へえ、俺の雇ってる奴もまあまあ上手いけどね。そいつ馬はのれるの?」
貴族A「馬もすごいのよ。流鏑馬(やぶさめ)とか、百発百中だから」
貴族B「そりゃすごいねえ」

貴族は部屋の中で暮らしますが、田舎から連れてきた武士は、いつも庭の隅に控えさせていました。そして、部屋の中から

「おい」

と貴族から声をかけられると、勇んでかしこまり、御用をうかがうわけです。
貴族に気に居られないと、ダメですからね。お金ももらっていることだし。


さて、貴族たちの呑気な暮らしが、いよいよ終焉を迎える季節になってまいりました。
貴族の身の回りに、武士が生活するようになりました。
平安時代が、いよいよ末期に近づいていきます。


平安時代の末期は、世の中が「末法の世」と騒がれていた時代です。
貴族たち、表向きは平気な顔をしていても、なにか心の中に、大きな不安を抱えて生きていたのです。

864年から866年にかけては富士山の噴火があり、都でもそれが大きな話題になりました。
869年(貞観11年)には、東北地方を襲った大地震と大津波がありました。貞観地震です。
東日本大震災と比べられるこの地震の被害は甚大で、東北の土地を去った多くの民は、

「都なら食える」

と、京都に大量に移住しました。
しかし移住した先の京都で伝染病が流行り、多くの被害が出ました。

ざっと年表にすると、

794年 平安京できる(このころからもう遣唐使は実質、行かず)

867年 別府鶴見岳、阿蘇山の噴火。
868年 京都で有感地震(21回)。
869年 肥後津波地震、貞観大地震⇒京都の人口増(移入)。
871年 出羽鳥海山の噴火。
872年 京都で有感地震(15回)。
873年 京都で有感地震(12回)。
874年 京都で有感地震(13回)。開聞岳(開聞岳=鹿児島県)噴火。
876年 大極殿が火災で焼失。
878年 関東で相模・武蔵地震。
879年 京都で有感地震(12回)。
880年 京都で地震が多発(31回)。

「なんでこんなに天が怒っているのか」

それに答えたのが、仏教です。

「もうすぐ、『末法』の時代がやってくるんです」

もう、この世は終わりだろう、というじわじわとくる残念な予感。

ひたすら、あの世の極楽浄土を請い願う、というわけで・・・。

平等院
宇治平等院、ご存知のとおり、10円玉、です。

さて、都の人たち、貴族たちの不安はますます増大していきます。

最初のピークが訪れました。
それは、都の政権争いに端を発したものでした。

その名も、「保元の乱(ほげんのらん)」。
京都の都が、戦火につつまれます!

次回、平清盛が登場です。