困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

渡来人が日本をめざす理由が、いまひとつ分からない。

これが、多くの児童がぶちあたる疑問だ。

渡来人にとって、『日本』という国は、どう映っていたのだろう。
大陸から離れた、辺鄙で洗練されぬ田舎など、なんの魅力もないに違いない。
おまけに、途中の海は、荒波ばかり。
鑑真など、何度も難破と漂流をくりかえし、目が見えぬ病にも冒された。

「先生、これまでの渡来人は弥生時代から奈良時代までずっと、みんな順調に日本にわたってきていたのに、急に鑑真だけが嵐に遭うのはなぜですか」

鑑真の学習を終えると、いつもこれだ!

鑑真の船だけが、なぜこんなにも荒波にもまれるのか!!
なぜ鑑真は5度も失敗し、南の島に流され、あらしに遭うのか!!



教科書の挿絵が悪い!
この時期の東シナ海にだけ、
「日本に行く途中には、波の荒い海がたちはだかっていました」
という説明があり、いかにも、という荒波が、濁流が、砕け落ちる波しぶきが、これでもかと描かれている!

しかし、子どもたちにとっては、鑑真だけ、鑑真だけ、です。
鑑真だけが、荒波にもまれ、濁流にもまれ、突風によって船を沈められているのです。
これまでも渡来人はいつだって日本に来ているのに、

鑑真だけが漂流!!
鑑真だけが、突風!!


「先生、ひょっとすると、この鑑真って人、すっごい運の悪い人なんじゃないすか」
「まちがって悪霊がとりついているんじゃ・・・」


これについては諸説あり、鑑真は皇帝の目を盗み、通常は船を出さない時期(嵐の頻繁にある時期)にしか、港にたどりつくことができなかったのだ、という説もある。

中国にとっても重要人物であった鑑真。
時の皇帝に逆らってでも、日本にくるためには、嵐の時期をえらぶしかなかったのだ。


鑑真については納得してもらえても、それでも海の危険性に対する疑問は尽きない。

「先生、それでも命を懸けてでも、多くの渡来人が日本に来るのはどうしてですか」


教科書には、日本の朝廷が大陸の進んだ文化を取り入れるため、遣唐使として留学生を派遣したこと、帰国時には多くの宝物や渡来人と共に、海を渡って帰国したこと、が書かれている。

宝物も、たくさん持ち帰ってきている。
みんなで資料集を見た。
正倉院に保管されてある、1300年の時を経た、宝物の数々。
これらはすべて、渡来人が天皇に差し出したものだ。

「これ、買ってきたの?」

正倉院の宝物


いや、日本人が買ってきたのではなく、渡来人がもってきてくれた、と書いてあるよ。

すげぇ!渡来人、めっちゃ親切やん!!

ここでまた、最初の疑問にもどるわけ。

なぜこんな辺鄙な日本に、

〇命がけで
〇宝物まで持って
〇国や家族を捨てて
〇人生をなげうつようにして

来てくれるの?渡来人たちは・・・。

なぜ、渡来人は宝物を持ってどんどんと危険な海を渡ってきてくれたのか


〇日本に来たら、自慢できるから
〇日本に来たら、ちやほやしてもらえるから
〇日本の制度や文化が遅れていたので、ちゃんと教えてあげたいと思ったから
〇日本で良い給料がもらえたから?

なるほど。
そういうこともあったのかも・・・

しかし、世界に目を向けると・・・
東シナ海


(つづく)

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コメント

 コメント一覧 (1)

    • 1. 吉田道昌
    • 2019年06月10日 09:36
    • このテーマ、小学生がこんなに興味関心を示し、想像をたくましくするとは、すばらしい。縄文時代、弥生時代から現代にいたるまでの歴史の学習のもっとも重要なテーマの一つは、人間はなぜ移動するか、どのようにして、どんなルートで移動してきたか、その人たちを先住民はどのように受け入れてきたか、そこからどのような文化が生まれてきたか、などを考える学習でしょうね。朝鮮半島からの渡来人の歴史は、日本の地名を調べるだけでもわかってくるので、おもしろい。ワクワクしますね。
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