困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

タイヤがかなりすり減ってきました。

まだまだ走れると思うが、なんとなくタイヤから
「わたし、疲れましたわ」
という声が聞こえてくる。

5万4000キロ走ったタイヤ、製造日から数えて4年半。
ほんとうに、お世話になりました。
溝を見ると3mmほど。最初が8mmほどの深さでしたから、半分以下です。
まだまだいける!という心の声も聞こえましたが、安全重視で交換することに。まぁ、5万キロ走ればいいじゃないか、ネ。


そこで近所のオートバックスに行くと、

んまー、お高いのね、タイヤって!!


店員さんが近寄ってきてくれて、

「はい、タイヤですかー?」

とのこと。

イケメンで、ちょいと茶髪です。
眼のふちが切れ長で、大阪弁でいうところの、「シュッとしてはる」感じ。
車が似合う、という雰囲気で、エンジン音に耳をすませている真面目な横顔なんぞ、なんだかしびれるほどかっこいいタイプ。


こっちはもうくたびれたおっさんなので、遠慮がちに伏目になり、財布に金が入っていない敗北感と罪悪感にうちのめされながら、

「・・・タ、タイヤです」

と最小限の声のボリュームで喉を詰まらせながら言うと、

「ハイッ!タイヤですね!」

と、鮪(まぐろ)か鰹(かつお)を売る魚屋のような威勢の良さで、言う。

このお兄さんからタイヤを買えば、ピチピチと跳ねる、とびきり生きの良いタイヤが買えそうだ。

「魚を買いにきたわけではない」

と自分に言い聞かせながら、それでもお兄さんがこちらへ、と手招きする方へ、無意識に誘導されて行くと、そこには黒々と輝く新品のタイヤが所せましと並べられていて、タイヤ特有の、オイルのような匂いまで漂っている。


「はァい!ご予算のホウは、どのくらいですかァ!」

とお兄さんは、店内に鳴り響けとばかりに声を出す。

はいッ!ざっとタイヤ4・本・分でこちらになりますが、これに工賃、タイヤ組み換えですね、ホイールから外してつけてそれから廃タイヤ、今までのタイヤの廃棄、そしてエアバ・ル・ブ、・・・の交換とですね、窒素ガスを充填、させていただいてッ!もちろんホイールの調整も含めこのお値段になりまーす!」


声の大きさと文字の大きさをリンクさせてみました。

これを聞くと、この店員さんがこのセリフを声に出すまでにかなりの修練を積んだことがうかがえた。おそらくこのセリフを一日に何度もくりかえしているのだろう。魚屋は知らんが、このように定型的なセリフに、独特の節回しがつくことはよくあることである。

よくあるのは、「わらびもち」そしてご存知の「やきいも」だ。
また、ちり紙交換や廃品回収なども、昭和の時代はまだアナログで、おじさんがちゃんと拡声器を通して、生でしゃべっていたこともあるくらいで、『売り声』として完成されていた。

コンビニでも「おにぎりあたためますか」とか「お会計〇〇〇円です、△△カードはお持ちでしょうか」とか、短いけれども定型的な言葉、というものがありますね。
フランチャイズのファミリーレストランなどへいくと、お席へご案内いたします、おたばこはお吸いになられますか、〇〇御膳が1品でよろしいでしょうか、お飲み物はドリンクバーでご自由にどうぞ、などと一連の定型文が見られる。

しかしこれらの文からは節回しは消滅している。どちらかというと抑揚が抑えられ、平坦なイントネーションになっている。これは一文ずつが客との応対になっているため、誤解がないようにということ、聞き取りやすいということなどがあり、しだいにこうなっていくのだろう。

このタイヤ屋のお兄さんは昔、なにかわらびもち、あるいは焼き芋を売っていたことがあるのだろうか。その抑揚の付け方が独特でもあるがなにか耳に心地よく響き、ある種の芸として成立しかかっていた。

わたしは昭和の古き時代、まだわたし自身が幼少であったころに、田舎の爺さんの家の近所で、「豆や」が「豆」を売り歩くのを見たことがある。

わりと堅く、教科書的に声を出していた。
「あずき、きんとき、うずら豆ッ!」
最後のマメ、というのを、まるで歌舞伎役者が見得を切るときのように『まメッ』と決める。
「そらまめ、えんどう、ひよこ豆ッ!」

わたしはおもしろいおっさんが来たと思って、何度も見に行ったものである。


納豆の売り声は落語でも聞けるが、「なーっとなっとーーーーーーなっと」という。
納豆は糸をひくので、こう間が糸をひくのです。

サツマイモを売る人の売り声は、芸がみえるところで、声だけで「蒸かした芋」か「焼き芋」なのか、客が判別できたそうだ。
蒸かしたいもは、ふわっと言う。「ふぁ~~、さつまいふぉ~」
焼き芋は、
「やーき、いーもーーー、おいもッ。あまくーてー、うま〜い、よォーー・・・あっつあつッ!・・・」
夜の静寂(しじま)をぬって、街のどこからか家々の屋根越しに、おじさんの焼き芋を売る声がきこえてくると、なんだかとてもいいものでありました。



考えてみると、彼も、なにかそういう芸をめざしているようでもあったナ。

彼のスマートな指先が、紙の下の方にある赤い数字を指さしたのを見ると思いのほか安く、どうやら広告の品かなにか、格別に安いものであるらしかった。

わたしは値段よりも、そのお兄さんの売り声について、彼に、二、三、質問をしたかったがぐっとこらえ、ともかくその芸に対して金を払うつもりで、おおようにうなずいた。

求められるままにキーをあずけ、店内に誘導され、座らされ、なにか会員だとかなんとか・・・住所など書かされた気がします。ほとんど覚えていませんが、終わってみるとあのお兄さんが目の前にいて、

「タイヤキできました!」

とびきりの笑顔でわたしを激励してくれました。


今や魚屋の若衆にしか見えない店員の背中を見ながらガレージの方へついて行くと、わたしの愛車が黒々とした新品のタイヤをつけて、わたしを待っておりました。



「・・・が・・・になってまして、・・・となります!・・・これでいいでしょーかー?

お兄さんが何か許可を求めてきたのですが、最後まで売り子の売り声としては完成度が高い物であり、芸を感じさせる領域に達していた。

教師も、かくあるべきであろう。
毎日の起立、礼、着席とか、
朝の挨拶をします、おはようございます!とか、
定型文はたくさんある。

そのうちにうちのクラスでも、
朝の健康観察ぅー、ひいた人はーいまーせんかぁ
などと節をつけて言えるようになるかもしれない。

いやー、新品のタイヤ、いいですわー!
なんか、スーッとすすむ気がする!
ちょっと静かになったー。
いいですね、たまにはタイヤ交換も。

連休中だけど開店しててよかったー。


わたしはこの年になるまで、タイヤ屋さんというのが、こんなに生きの良い生鮮売り場のような雰囲気だとは知らなかったですナ。


たいや
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